バニヤンの木陰で

  • 河出書房新社
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本棚登録 : 66
感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (409ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309206479

感想・レビュー・書評

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  • 主人公の実体験を元にした小説。元々学生時代から興味があった事もあり、ポル・ポト政権下の惨状を捉えたルポや、当時を舞台にした小説はかなり読んできたつもりだが、初めて生まれが王族の人々の境遇を知る事ができた。しかし徹底的に知識人・富裕層を排除しようとした政権の思想故か、彼らが辿った末路はその他大勢のそれと酷似しており、迫り来る飢えや病、暴力に対して富と地位が何ら防波堤にもなり得なかった事を知る。そんな地獄の中で、「言葉」が父を死に追いやると同時に、父からの最後の贈り物として主人公の生きるよすがとなったのが興味深い。何も縋るものがない時に、言葉や詩や物語がどれだけ希望の光となり得るか…。カンボジアの数々の民話と共に、主人公の心情を映す鏡として動植物が生き生きと描かれ、美しい自然描写が挿入されているのも良かった。

    同じ題材に興味がある方は、本作と同じく虐殺を生き延びた少女による手記『最初に父が殺された―あるカンボジア人少女の記憶』や日本作家によるSF小説『ゲームの王国』もオススメ。

  • カンボジアに行き、トゥール・スレンも訪れ、クメールルージュの残虐行為について多少とも知っていると思っていたが…本書で書かれていたこと、彼らが国全体で何をしていたかは知らなかった。子供の頃実際に体験して家族のほとんどを失い、辛うじて生き残った女性による小説である。「バニヤンの木陰には限られた数の者しか残らない」。
    書かれた内容は衝撃的だ。知識人や上流階級などブルジョワをやり玉に挙げたこと、都会人を地方に連行し強制労働に従事させたこと、文化や宗教の破壊など、中国の文化大革命と似ている。大勢が殺され餓死や病死をした。人間の残酷さや愚かさ、集団的な狂気の闇の深さが計り知れない。
    但し、小説としてはあくまで美しい、時に美しすぎるほどだ。物語や神話が隣にある精神世界、風景や生き物の繊細な描写、何より家族の愛と娘に対する生きてくれというメッセージ、それに答えて生き抜く姿は感動的だ。悲惨さ醜さはことさらには強調されず、祖国や家族への鎮魂に昇華される。
    理想化、神格化されたような父親が印象的に描かれるが、ただ美しい奥様だった母親が、主人公に寄り添い柳のように細くも折れずに生き抜いた様子にも心を打たれる。
    エリ・ヴィーゼルを読んで自らの体験を書き残そうと思い立ったという作家の勇気を称えたい。また、翻訳者の市川氏は「テヘランでロリータを」に続き非常に意義深い訳業を送り出してくれた。

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