砂漠の林檎: イスラエル短篇傑作選

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309208909

感想・レビュー・書評

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  • パレスチナを追われたアラブ人作家ガッサーンカナファーニーの『ハイファに戻って/太陽の男たち』(https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4309464467#comment
    )を読んだので、イスラエルのユダヤ人小説を読んでみた。

    【用語】 
    ●ヘブライ語:
    ※現代ヘブライ語の情報は、ポットキャスト<#翻訳文学試食会>で教えていただきました。
    https://open.spotify.com/episode/2fEU2UnjhrI5KOOIQYMEXB
    この短編集は、イスラエルの公用語である「現代ヘブライ語」で書かれた小説を翻訳している。ヘブライ語とは旧約聖書に使われているのが「古代ヘブライ語」。その後口語ではアラム語が一般化し(イエス・キリストもアラム語で話していた)、ヘブライ語は文語として残った。その後言語学者が「現代ヘブライ語」を造った。文語のみで残った言語が口語に復活したのは「現代ヘブライ語」だけだそうだ。
    ●ショア:ホロコースト
    ●ゲットー:ヨーロッパの諸都市に設けられた、ユダヤ人の強制居住区域
    ●キブツ:イスラエルに創られたヘブライ語で「集団」を意味する農業共同体。完全な自由、個人所有の否定相互責任、生産や消費や共同を目指す。現在は軽工業や観光業を手掛けている。
    ●シオニズム:パレスチナにユダヤ人の国家建設を目指す運動。「シオン」はエルサレムの「シオンの丘」。

    【『砂漠の林檎』サヴィヨン・リーブレヒト】
    作者:
     ポーランドでショアを生き延びた両親が娘のサヴィヨンを連れてイスラエルに渡った。
    物語:
     女の役割をきっちり守る世代のヴィクトリア。その娘で恋人とキブツに行ったリフカ。ヴィクトリアは長い道を通ってキブツへリフカを連れ戻しに行く。久しぶりにあった娘は、伝統とは違う服装や髪型をしているではないか。しかしよく見ると、リフカの目は輝き、その恋人は女性を尊重し、自分のことも「お母さんと呼ばせて欲しい」と歓迎する。
    ヴィクトリアは、娘は自分で自分の人生を選んだのだ、そんな新しい生き方があっても良いんだ、と悟り、家に戻るのだった。
    ===
    最初の短編は、すっきりする良い話だった。
    宗教・風習・封建制に縛られ生きてきた母世代と、自分の意志で生きることを選ぶ娘世代。これが反発ではなくてお互い大事に思い、一緒には暮らさないけど理解しようとする所が良い。
    娘は母に「私はお父さんお母さんとは違った人生を送りたい」とまで言うのだが、母は「それもいいわね」とむしろスッキリする。

    【『コーヒー二つ』アターッラー・マンスール】
    作者:
     パレスチナでアラブ系キリスト教徒として生まれる。キブツにアラブ人として居住して学ぶ。ヘブライ語の新聞社でアラブ人記者として働く。
    物語:
     彼はパレスチナのキリスト教徒の家庭に生まれ、アラブ人と見なされ、イスラエルのシオニスト新聞で働いている。だがパレスチナの女性は、パレスチナに住むアラブ人がいることも理解してもらえない。「なぜアラブ問題なんかに興味があるの?」「あなたはどこから移民してきたアラブ人なの?え?アラブ諸国からの移民っていないの?」「あなたは侵入者?スパイ?」
    我々のようなイスラエルのアラブ人は、イスラエル・アラブ人、イスラエルのパレスチナ人という曖昧な立場しか与えられないんだ。「むずかしいね」
    ===イスラエル建国前にはアラブ人が住んでいたのだが、そんな「ずっとこの地に住んでいた」アラブ人の存在がまるで見えていないというこの国の複雑さ。

    【『日記の一葉/リンカ/ラファエル』イリット・アミエル】
    作者:ポーランドに生まれたが、第二次世界大戦で国を脱出する。ヨーロッパ各国や難民キャンプを経てパレスチナに渡り、キブツに着いた。
    物語:
     日記の一葉/ユダヤ人強制移送の真っ只中のポーランドから、娘だけを脱出させた。子供時代の思い出、持ち物、愛する両親の全ては向こう側に留まったまま。あれ以来私は安らぎを知らない。
     リンカ/強制収容所を生き延びたリンカだが、こんなことの後では生き続けられないことを見抜き、自分の魂に手をかけた。わたしは彼女が正しいと思っていた。でも生きていたら今はもう70歳。平和に裕福に家族と暮らしているかもしれない。リンカはそれがふさわしい女性だった。しかし生き続けている自分は思う。生きることを選ぶほうがずっと大きな勇気がいるんだ。70歳のリンカだって、家族のことで悩んだのかもしれないわ。
     ラファエル/ラファエルの両親は彼だけを逃がした。逃亡ユダヤ人となったラファエルは、森に住む農夫で癲癇症のハンスとその妻のイルゼに匿われた。戦争が終わりドイツを離れたラファエルは、結婚して息子も生まれた。でも神様はラファエルの成功を与えすぎたと思ったのかもしれない。ラファエルは息子を失ったのだ。ラファエルはハンスとイルゼの元を訪れ、ある事実を知って自殺した。その理由を私は彼からの手紙で知った。匿われていた時にハンスとイルゼとの間にした約束。そしてハンスから言われたあまりに過酷な偶然。
    ==
    第二次世界大戦で収容所への強制移送を逃れたり、生き延びたユダヤ人についての物語は、大事に世界大戦終戦で話が終わる事が多い。しかしその差別を生き延びて、ユダヤ人国家として建国されたイスラエルに着いたとしても平和に幸せになれるわけではない。失った人や物への思いが薄くなることはなく、新たな人生で更につらい経験をすることもある。
    この物語では、まさに神様がラファエルに与えそしてきっちり取り返した物のことが語られる。

    【『最後の夏休み』ウーリー・オルレブ】
    作者:
     ワルシャワ生まれ。大事に世界大戦で父はポーランド軍に召集され、家族は強制隔離される。戦時中はなんとかポーランド人の家に隠れ住み、戦後弟とともにイスラエルに渡る。
    物語:
     戦争は始まっていたけれど、まだあまり危険ではなかった頃の一夏、僕たちは山小屋で過ごした。その夏が終わり父さんはいなくなった(招集された。終戦後再会した)けど、ぼくはあの最後の夏休みのことを語りたい。

    【『ビジネス』シュラミット・ラビッド】
    作者:
     イスラエルのテルアビブ生まれ。
    物語:
     立ち退き迫られる区画で暮らす姉ヤエリと弟ベニー。両親は死に、成人するまで家の正式な権利を得られない。なんとかそれまで家を守らなければ自分たちは施設に送られて家は取り上げられてしまう。後見人のニサンはもう老人。ヤエリは廃墟のような建物の庭に入り込む娼婦相手を追い出したり、取引をしなくてはいけない。だが子供だけで戦うには…。

    【『太陽を掴む』ミハル・ゴヴリン】
    作者:
     イスラエルのテルアビブ生まれ。母親は、父をナチスに惨殺され、弟を強制収容所でなくし、イスラエルに渡り、結婚してミハル・ゴブリンが生まれた。
    物語:
     K族の人々は夏至の夜に海に沈んでく太陽を掴んで山の上に引っ張り上げようとすると聞いた写真家は、山の写真、日没の写真を撮っていた。
    ==エルサレムの迷路のような路地を巡り、現実から伝説の世界に入ってしまったようなお話。

    【『ユダヤ民話』】
    物語:
     皇帝ハドリアヌスと苗を植える老人/「こぶとりじいさん」「はなさかじいさん」みたいなお話。誠実に考えて行動すると良い結果になり、モノマネだけすると痛い目にあうよ。
     そいつをさがしてる/落語のようなとんちばなしのような
     しようがなくての盗み/盗みしか幸運が現れないと占われた男がしかたなく盗みをするが、数年後良いことが起きて埋め合わせするお話。仕方なく盗みするけど誠実な人物のままでなんか面白い。

    【『女主人と行商人』シャイ・アグノン】
    作者:
     オーストリア・ハンガリー帝国のガリツィア生まれ。幼い頃から多言語を学ぶ。ジャーナリストになり20あいでイスラエルに渡り、作家になった。イスラエル国家建設中心だった帝政ロシア出身者とはうまく行かなかったようだ。
    物語:
     行商人の男が、森外れに一人で住む女主人の家に留まることに。人前で決して食事をしない女主人の秘密は?
    ==日本の山姥伝説のような。ちょっとホラー。
    作者経歴で、イスラエルに渡ったユダヤ人といっても、元の国の違いや、元々の考えの違いも多かったことが現れている。

    【『オーニスサイド』シュラミット・ハルエヴェン】
    作者:
     ワルシャワに生まれ、両親とともにイスラエルに移住した。
    物語:
     題名は「鳥」「殺戮」を意味する言葉。鳥は煩くなきわめき、あちこち飛び回って町を汚すおぞましく不要な存在だ。この町には鳥殺しのノッポとチビがいる。この町だけではない、どの町にもノッポとチビがいるんだ。二人は鳥を駆逐して、町には鳥がいなくなった。するとこんどは人間が減っていった。二人が始末しているんだろうか?ではぼくも急に消えるかもしれない。
    ==鳥はユダヤ人や少数の体制に合わない人たちを意味しているんだろうけれども、恐ろしい。

    【『ショレシュ・シュタイム』エディ・ツェマフ】
    作者:
     英国統治下のエルサレム生まれ。
    物語:
     ユダヤ人狩りから逃れたヤコブは、一人でイスラエルにたどり着き、いまでは有力実業家で政治家だ。するとこの屋敷の前の持ち主のムハンマド青年が訪ねてくる。有力アラブ一族だった彼らは逃げ延びたが先祖代々の資産はすべて残さざるを得なかった。そして今ではヤコブのものとなっている屋敷の中庭には先祖の残した財宝が有るので掘り出す協力を得たいという。ヤコブは分け前を釣り上げる。飲まざるを得ないムハンマド。だがこれにはアラブ人の意地と復讐心が隠されていて…
    ==二転三転、騙し騙されどっちも損した?皮肉には皮肉しか返ってこない、変な争いは両方損するって話なんだが、イヤ〜な感じに書いていないのは作者の性質だろうか。

    【『狭い廊下』オルリ・カステル=ブルーム】
    作者:
     テルアビブ生まれ。両親はユダヤ人共同体のエジプト出身で、両親の先祖それぞれ流浪の末のようだ。
    物語:
     女は私を憎んでいる。彼女の息子を死なせたからだ。確かに私は、母親から離れた買っている女の息子と暮らしていた。そして追い詰めたというならそうなのかもしれない。
    ===そのまま読み取っていいの?潔癖症の女と事実婚となった。男はそんな「気違いじみて馬鹿げた主義主張まで全部受け入れ」、神経を病んで死んだ。情があるんだか乾いているんだか、なんだか不思議な読み心地。

    【『弟子』ダン・ツァルカ】
    作者:
     ワルシャワ生まれ。大事に世界大戦中に両親とともにシベリアに逃げ、カザフスタンで過ごし、戦後にポーランドに戻り、イスラエルに移民した。
    物語:
     エルサレムに貧しい靴屋がいたんだって。弟子が欲しいなあと思っていたが貧しいので叶わなかったんだよ。ある日靴屋は雨に打たれる天使を見たんだ。慌てて家に入れて介抱する。天使は言葉が喋れないんだけど、靴屋に助けられてそこに留まったんだ。そして町の人達も、人の良い靴屋の側で手伝いをする天使を受け入れていったんだ。
    ===かっわいいい!!!厳しい現実が書かれるこの短編集で、いきなり純粋で素直で悪意がどこにもない短いお話(2ページ強)が差し込まれてむしろびっくりしたわ。いやあ幸せになるお話。

    【『息子の墓』ユーディット・ヘンデル】
    作者:
     ワルシャワのラビの家系に生まれる。パレスチナに移住した。
    物語:
     息子を亡くした夫婦の悲しみ。息子が眠る共同墓場への道の途中に、まだ潰れた車がある。共同墓地についたときは雨で、墓にオーバーをかけた。まったく、いい人ばかりが死ぬ。

    【『老人の死』A・B・イェホシェア】
    作者:イスラエル生まれ。父はイスラエル住人で母はモロッコからの移民。
    物語:アシュトル夫人が老人を連れてきた。もう1000年も生きているという。アシュトル夫人も、私達も、村の人達も、老人が生き続けることに飽きてきた。アシュトル夫人が老人に告げた。「あなたは死ぬべき時が来たようですね」死亡宣告を受けた老人は、戸惑いながら墓場へ向かう。墓場で「なぜ…?」と問う老人に、アシュトル夫人は「意味がないのです。」と伝え、私が引き継いだ。「生命には意味があります。あなたにはなかった。それに私達にも」
    そして私達は穴を掘り老人を埋めたんです。私達は、老人の上の土を払い除けることもできたはずなのにやらなかったんです。それどころか、もう一つ穴を掘ってその中で寝てしまいそうになりました。
    ===こっっわい!!現実的にも寓意としても!

    【『神の息子』ニカノール・レオノフ】
    作者:
     アルゼンチンに生まれ、イスラエルに移民。兵役にもついていた。
    物語:
     僕の父は神と呼ばれていた。長い年月が経ち父は自分の世界から見捨てられていった。僕を「神の息子」って言ってた人たちは、今では「気違いの息子」っていう。<だが、父が作り出したすべてを眺めて、近いうちにこれらすべてが自分のものになるんだと思うと、もっと、ずっとかなしい。だが、ほんとのとこは、どうだっていい。ぼくは大学にいって、全世界を武装させるのだ。(P198)>
    ===すっかり時代遅れになって老いてゆく父の物悲しさ…かと思いきや、最後で「全世界を武装させる」という不屈さが。

    【『父』ダン・パギス】
    作者:
     ルーマニア生まれ。父はパレスチナに移民し、ショアから逃れたダンも父のもとに逃れた。父との関係はほぼ書いてある通りで、父の4年後に亡くなった。
    物語:
     イスラエルに移民した父にとって、僕は突然現れた大きな息子。父の何人もの妻、僕を逃がすために死んだ母。父と僕の間には心の距離があった。父の死に目にも間に合わなかった。まるでそんなめぐり合わせだったみたいに。でも父の仲間たちは言う。「君は親父さんを分かっちゃいなかった」
    僕は死んだ父の荷物に、母からの手紙を見つけた。そして思った。僕と母は捨てられたんじゃないんだ。父さん、僕ももうすぐ死ぬんだよ、病気が見つかってね。父さんが死んでからのほうが、たくさんの話をしているな気がするよ。僕は父への鎮魂歌を綴ろう。
    ===短編集の最後にふさわしい、静謐な語りだった。作者のショア後遺症は凄まじかったというが、父が死に、自分も死ぬとわかり、気持ちがどのように変わったのか。すくなくともこの物語はとても穏やかだった。

    【聖書物語】
    ・「空のとりあいー太陽と月と」創世記一章より
    姉の太陽に嫉妬した妹の付きだが、それぞれにいいところと欠点とがあるんだよ。それを認めあって太陽と月は空で輝いている。
    ・「人間(アダム)の誕生」創世記二章より
    人間を創造することに対して、天使は賛成派と反対派に分かれた!だが創造の神にはすべてを見通す叡智を元にして人間を造ったのだ。
    ・「葡萄酒を四杯飲むと」創世記九章より
    大洪水を逃れたノアは葡萄畑をつくる。サタンがやってきて「酔っ払いはみんな俺の仲間さ」とニヤリと笑っていう。ノアは出来上がった葡萄酒を飲む。一杯飲むとのどかな気持ちになる。二杯飲むと勇敢な気持ちになる。でも四杯飲むと自制心を失ってしまう。やっぱりサタンの仲間になるのはごめんだね!

    • 淳水堂さん
      jinminさんこんにちは

      「翻訳文学試食会」視聴者仲間!
      私もなにかリクエストしたいなあと思いつつ、大人しく視聴するだけになってい...
      jinminさんこんにちは

      「翻訳文学試食会」視聴者仲間!
      私もなにかリクエストしたいなあと思いつつ、大人しく視聴するだけになっています。
      こちらのレビューに書いたヘブライ語はPODCAST教えていただいた内容です。

      砂漠の林檎(親子断絶かと思ったら理解の話だった。)、弟子(ほっと安心!)、女主人と行商人(女主人強い)が良かったです。
      老人の死、は怖かった(-_-;)
      最後の父は、ラストにふさわしい静謐さでしたね。

      一緒に海外文学楽しむ方がいて嬉しいです!
      2024/03/12
    • pinoko003さん

      hei5さん横入りすみません。カーリルによると京都では京都府立と京都市しかこの本蔵書していないようです。自分のお住いの自治体から図書館相...

      hei5さん横入りすみません。カーリルによると京都では京都府立と京都市しかこの本蔵書していないようです。自分のお住いの自治体から図書館相互貸借できるか聞いてみてはいかがでしょうか。
      2024/03/12
    • hei5さん
      ありがとうございます。
      相互貸借システムはあるようです。
      「詳しくはお住まいの自治体の図書館でお尋ねください」と、府立図書館より。

      なんか...
      ありがとうございます。
      相互貸借システムはあるようです。
      「詳しくはお住まいの自治体の図書館でお尋ねください」と、府立図書館より。

      なんか、かぶりついて読むほど興味をそそられてるモノ以外は、何となく億劫というか、図書館職員に申し訳ないというか。。。
      返却も面倒ですし。(*´д`*)
      2024/03/29
  • Apples from the Desert by Savyon Liebrecht
    https://www.israel-culture-japan.com/novel-work/detail/apples-from-the-desert-by-savyon-liebrecht

    やまねこ翻訳クラブ:ウーリー・オルレブ邦訳作品リスト
    http://www.yamaneko.org/bookdb/author/o/uorlev_j.htm

    砂漠の林檎 :サヴィヨン・リーブレヒト,ウーリー・オルレブ,母袋 夏生|河出書房新社
    https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309208909/

  • イスラエルの作家のアンソロジー。1編ごとにきちんと作家についての詳しい翻訳者の解説があって親切。収録作家のほとんどは、親または本人がショア(ヘブライ語でホロコーストのこと)生還者。出身地はポーランドだったりドイツだったり様々だがのちにイスラエルに移住しているパターンが多い。ショア以外にも頻出する言葉、シオニスト(イスラエルにユダヤ人の国を再建しようとしている人々、その運動シオニズム)や、キブツ(シオニストの共同体。自給自足で集団生活を営む)の意味は調べておいたほうが理解しやすいかも。

    ショア体験談もあれば、どこの国にも通じる普遍的な物語もある。個人的に面白かったのは、カフカ系不条理の「老人の死」、民話っぽい「女主人と行商人」あたり。掌編ながら「オーニスサイド」や「弟子」「神の息子」も印象に残った。以下、備忘録として簡単なあらすじメモ。

    「砂漠の林檎」サヴィヨン・リーブレヒト:両親に反発し、好きな男を追いかけてキブツへ行ってしまった娘に会いに行く母親。どう説教して連れ戻してやろうかあれこれ考えていたが、いざ娘と男に会うとすっかり相手のペースに飲まれてしまい…。

    「コーヒーふたつ」アターッラー・マンスール:バスで隣り合わせた娘を気に入りデートに誘った男。しかし彼女は彼の人種や宗教と相容れず…。

    「日記の一葉」「リンカ」「ラファエル」イリット・アミエル:エッセイのようにも小説のようにも読める、ショア生還者のエピソード。「ラファエル」が実話ならなんという運命の皮肉…。

    「最後の夏休み」ウーリー・オルレブ:これもショア生還者の作者の実体験だろうか。

    「ビジネス」 シュラミット・ラピッド:再開発のために立ち退きを迫られている家の幼い姉弟。後見人は70歳の老人。中庭で娼婦たちが仕事をするのをいつも邪魔していたが、あるとき彼女らからお金を貰うことを姉が思いつき…強かに生きる子供たちとそれよりも道徳的正義を全うする老人との対比が鮮やか。どちらが正しいか、私には答えられない。

    「太陽を摑む」ミハル・ゴヴリン:研究のためある祈祷書を探していた女性が、偶然古書店でみつけた写真集には手記が挟まれており…。

    <ユダヤ民話>「皇帝ハドリアヌスと苗を植える老人」「そいつを探している」「しようがなくての盗み」:民話はもれなく面白い。皇帝~は、皇帝が100歳の老人から教えを得る話だけれど、終盤の展開が日本昔話にもよくある「良いおじいさんの真似をして利益を得ようとしたいじわる爺さんが逆に罰せられる話」になっている。

    「女主人と行商人」シャイ・アグノン:行商人がたどり着いた山奥のポツンと一軒家には美しいが不機嫌な女主人がいた。悪天候のせいでその家に置いてもらううちに女主人と良い仲になった行商人はそのまま居座るが、女は男にばかり良いものを食べさせて自分は食事をする姿を一切見せない。彼女には何人もの夫がいたようで…。ベースになっているのは民話。日本でいうなら山姥と馬方みたいな。あるいは女性版青髭。しかし男女の機微の描き方は意外と生々しい。

    「オーニスサイド」シュラミット・ハルエヴェン:オーニスはギリシャ語で鳥、サイドはジェノサイドとかと同じ虐殺の意味。鳥が増えすぎて鳥殺しという仕事をする人間がいる村。次第に鳥が減ってきたとき彼らは…。解説によると鳥=ユダヤ人の暗喩らしい。

    「ショレシュ・シュタイム」エディ・ツェマフ:かつて裕福なアラブ人の住んでいた屋敷を買い取り住んでいるユダヤ人のもとに、元の持ち主の息子が現れ、中庭に父親が金庫を埋め隠したためそれを掘り起こしたいと言う。がめついユダヤは分け前を貰うことで了解し、金庫が埋まっている上にあった建物を取り壊すが…。単純な報復譚ではなくさらにどんでん返しがあり、結果的にどっちもどっち、という。

    「狭い廊下」オルリ・カステル=ブルーム:潔癖症の女性と結婚して病気になってしまった男の話。

    「弟子」ダン・ツァルカ:靴屋が泣いていた天使を弟子にする掌編。

    「息子の墓」ユーディット・ヘンデル:戦死した息子の喪に服している父親の追想。

    「老人の死」A.B.イェホシュア:いつからかアシュトル夫人のところにいる老人は1000年以上生きている。最初のうちは皆彼と仲良くしていたが、やがて飽きられ、夫人は彼に「来週中に死んでくださいね」と宣告。同じ建物に住む全員で彼の埋葬を準備し彼を死んだものにしようとする。老人は抵抗をみせるが夫人は彼の生命には「意味がないのです」と言い放つ。老人はよってたかって埋葬され…。カフカ系不条理もの。

    「神の息子」ニカノール・レオノフ:ぼくの父は神、なんというパワーワード(笑)

    「父」ダン・パギス:妻子を置いてひとりだけ移住した父が迎えに来ないまま母が亡くなった息子の、父についての断片的な回想と、死者との対話の断片。

    <聖書物語>「空のとりあい――太陽と月と」「人間(アダム)の誕生」「葡萄酒を四杯飲むと」アディール・コーヘン編:聖書モチーフの童話のようなおはなし。

    • 淳水堂さん
      yamaitsuさん
      お見かけしたのでご挨拶に来ました。
      私が登録するとだいたいyamaitsuさんがいらして、昔図書室貸出がカードだっ...
      yamaitsuさん
      お見かけしたのでご挨拶に来ました。
      私が登録するとだいたいyamaitsuさんがいらして、昔図書室貸出がカードだった頃の「私が図書室で本を借りると必ずあの人の名前が!」状態(ジブリ「耳をすませば」でもありましたね)です 笑

      最近海外文学短編を紹介するポットキャスト<翻訳文学試食会>を聞いています。二人のおじさん(といっても50歳なのでわたしたちより若い(^_^;))のお喋りがとっても楽しいです。
      こちらの『砂漠の林檎』を取り上げていたのでよろしければチェックしてみてくださいませ。
      https://open.spotify.com/episode/2fEU2UnjhrI5KOOIQYMEXB
      2024/01/06
    • 淳水堂さん
      あ、私は今小学校図書室で働いているのですが、図書館の個人情報制定により「貸出カード」は禁止になってます。
      私も小学校の時に「この人が借りる...
      あ、私は今小学校図書室で働いているのですが、図書館の個人情報制定により「貸出カード」は禁止になってます。
      私も小学校の時に「この人が借りる本なら面白いだろう」と、貸出カードに誰の名前があるかチェックしていたんですけどねー。
      2024/01/06
    • yamaitsuさん
      淳水堂さん、こんばんは!

      こんなポッドキャストがあるのですね!今度時間があるときに聞いてみます(^^♪

      図書館の貸出カード、昭和...
      淳水堂さん、こんばんは!

      こんなポッドキャストがあるのですね!今度時間があるときに聞いてみます(^^♪

      図書館の貸出カード、昭和生まれには懐かしいですよね~(笑)今も図書館でわりと古い本を借りると、一番後ろのページに、かつてそこに貸出カードを入れるポッケを貼り付けてあった名残(剥がした跡)を見つけることがあり、妙にしみじみしてしまいます…。
      2024/01/06
  • 翻訳文学試食会#54で紹介されていた本書。
    イスラエル・ガザ紛争が発生した頃にタイムリーに紹介されていたため、そういえばイスラエルの人の考えに触れてこなかったと思い、購入。

    表題作『砂漠の林檎』他、『女主人と行商人』、『シュレシュ・シュタイム』などが、個人的お気に入り。砂漠の林檎は年頃の娘を持つ親になれば同じような感覚を持つのだという共感が得られ、また、後2者は、読み進めると背筋がゾゾっとする話で、物語の筋を楽しめた。

    翻訳者の熱い思いがあふれ出るアンソロジーで、収録されている原作者の来歴の描写が丁寧。そこで語られる、世界中でマイノリティとして生きざるを得なかったユダヤ人の多様さに、驚かされる。母語も住んでいる場所もまるで異なり、まとまりを生むには並大抵の努力が必要なのだと容易に推察できる。

  • ヘブライ語文学翻訳の第一人者母袋夏生さんの編んだイスラエル短編集。「文学」短編集でないのは、民話や旧約聖書の物語も入っているからだ。
    民話と聖書を除き、作家は1888年生まれから1980年生まれまで、ほぼ100年に亘っているので、当然ホロコースト(ショア)の前にヨーロッパで生まれ、生死の境をくぐり抜けて来た人から、歴史としてしか知らない人まで、内容もバラエティ豊か。所謂ユダヤ教を信じるユダヤ人だけでなく、キリスト教徒のアラブ人もいるところが良い。
    これを読むとイスラエルの文化的背景から戦後の建国、そして現代までが眺望できる。

    特に良かったのはイリット・アミエルの「ラファエル」、シュラミット・ラピッドの「ビジネス」ダン・パギスの「父」。

    「ラファエル」は戦争とホロコーストに翻弄された平凡な男の、劇的な人生を描いて衝撃。もしこの人が平和な時代に生きていたら、決してこんな人生を歩まなかっただろう。ウーリー・オルレブの『走れ、走って逃げろ』やグードルン・パウゼンヴァングの『そこに僕らは居合わせた』を思い出した。
    「ビジネス」はイスラエル色は薄く、どの国の物語でも通用しそうな内容。父母を亡くした13歳の少女が生き抜くために強かにならざるを得ないところが切ない。家の物置を売春婦に貸すことで生活費を稼ぎ出そうとするのである。その交渉も脅しを使って一歩も引かず。それを見ていた後見人の老人の切ない叫びが胸を刺す。
    「父」はユダヤ人迫害のはじめのころヨーロッパに妻子を置いてイスラエル(当時はまだパレスチナ)に渡った父と、置いて行かれた後母を亡くし、自分も強制収容所に入れられ、死ぬところだった息子の怒り、反発、わだかまり、許しの歳月を描いている。

  • イスラエルというよりヘブライ語の物語を集めたもの。
    かの国のことは複雑すぎてとても理解できない。
    国の成り立ちからして、想像もできないくらい複雑で過酷だったりする。それを背景としたこれらの作品には圧倒されるばかり。理不尽の意味が絶対に分かり合えないよね。

  • 知っていることと知らないこと
    どこにも属さない者たち、みな等しい
    無味で砂のようにさらりとしている

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ウーリー・オルレブの作品

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