- Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309278360
感想・レビュー・書評
-
これは楽しかった! セツ・モードセミナーを主宰した長沢節さんの生誕100年記念出版だそうだ(2017年刊行)。セツの出身である石川三千花さんが、師匠の大量の映画評から選び出したものが中心で、同じ作品を評した自分の文章を載せたり、コメントをつけたりといった体裁になっている。
とにかく、セツさんの評がきわめてユニーク。映画を観る第一の目的が、美しい男性を見ることなんだもの。すらっとした細身の長身で、手足が長くきれいな若者や少年が大のお気に入り。そのお眼鏡にかなうのは、断然イギリスの俳優で、ダニエル・デイ=ルイスやジェレミー・アイアンズなどを絶賛。アメリカではディカプリオがデビューした頃で、当然その「永遠の少年」的容姿にほれこんでいらっしゃる(ミチカさんがコメントしているとおり、今のオッサンぶりを見たらさぞ嘆かれるであろう)。
もうメロメロという感じのほめ方も面白いが、何と言っても笑わせてくれるのが、嫌いなものへの辛辣な評。さすがミチカ姉さんの先生である。「フランス人はずんぐりむっくり」なーんてのに始まって、いや出るわ出るわ。「西洋人はどんなに顔がシャープでも手先が鈍くて太い(たとえばアラン・ドロン)」とか、デヴィッド・ボウイは申し分なくきれいだけど、脚が太くて短くて「外国人にしては少しチビなのだ」とか。いやあ天下の二枚目も形無しだ。「危険な関係」で子爵役を演じたジョン・マルコヴィッチは「まるで人力車夫みたいなふくらはぎが、せっかくの衣装美を台無しにしてしまう」。ジュリアン・サンズなんか「太い短い下品な脚と腕!それが金髪で顔ばかり派手だからかえって強調されるのである」とまで言われちゃって。
当然かもしれないが、同じ映画やスターに対して、セツ先生と三千花さんの評価がまったく違うことも結構ある。その辺もごまかさずに書いて、全然イヤミじゃないところがミチカ姉さんのいいところだなあと何遍も思った。先生が美しさを絶賛するジュリエット・ビノシュが三千花さんは嫌いだし(他の本で書いてた似顔絵がすごくブサイク。でも似てる)、先生の大好きなロバート・カーライルも苦手で「だって、シリアスなネズミみたいなんだもん」とか言っちゃってる。まったく、この師匠にしてこの弟子あり、だよ。
セツ先生は1917年東北の農家に生まれた。自分の世代は舶来好みだと書いている。美しいものはみんなヨーロッパのものだった、と。戦時中は赤紙が来ることを恐れながらすごしたそうだ。なるほどなあ、戦後になっていかに心が解放されたか、想像するにあまりある。私は三千花さんの書いたものを通してしかセツ先生を知らないが、これを読んで、自分のセンスを信じ、好きな道を颯爽と歩んだ姿がくっきりと浮かんできた。
セツ先生も三千花さんも、自分の感覚に忠実で迷いがない。ズバッとした言い方をしていても、刺激的なことを言ってやろうというような、さもしい感じがない。何かや誰かの思惑をうかがうこともない。そこが気持ちいい。もっといろいろ読ませて欲しいのだが、最近三千花さんの本が出てなくてつまらない。映画評の雑誌連載は続いているんだけどな。カラッと笑えるのをまた読みたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示