猫の客 (河出文庫 ひ 7-1)

著者 :
  • 河出書房新社
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感想 : 60
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  • Amazon.co.jp ・本 (173ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309409641

感想・レビュー・書評

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  • ゆっくり味わいたくなる一冊。

    夫婦二人暮らしのもとへ自由気ままにやってくる小さな小さなお客さま。

    真っ白な毛並みにぶち模様の愛くるしいお客さま。

    いつのまにか夫婦の心にヒョイっと忍び込んで来たお客さま。

    可憐な姿でじゃれついて、ちゃっかり昼寝して、毎日可愛い足跡を心に残していってくれる。
    そんな可愛い猫の姿、しぐさがたっぷりと表現された言葉、夫婦の心の機微をゆっくり追って噛み締めて味わいたくなる作品だった。“わたしの猫”この言葉が印象的。
    かけがえのない愛が詰まった言葉みたい。思わずリフレインしたくなる。

  • 隣家の飼猫の突然の来訪は、夫婦にとってささやかな楽しみであり、心の拠り所だった。
    隣家の猫が気まぐれでやってくると、慎ましい夫婦の生活にほんのり明かりが灯る。
    いつもの時間にやって来ないと、来ない来ないとそわそわ。
    自分の猫ではないので、猫の行動を強制できないことがもどかしい。
    いや、猫とは何者にも強制されることなく、するりと人間の生活に入り込む生き物。
    そこが猫の魅力…そういう私も猫好きの一人。

    「わたしにとって、チビ(猫の名前)は猫の姿をしている、気持の通う友だち」
    妻の言葉通り、猫というより"心の友"。
    だから対等に喧嘩だってする。
    頻繁にやって来ては餌をもらったり遊んだりするのに、啼きもしないし抱かせもしない。
    そんなツンデレに弱いのよ。

    猫の魅力が存分に伝わってくる物語だった。
    猫好きにはたまらないはず。
    同じく猫好きの内田百閒『ノラや』を思い出した。
    昭和の終わりというより、古き良き時代の名残を感じる作風だった。
    夫婦が住む仮住まいの家は趣があって、実物が見てみたくなるくらいとても素敵。

  •  小説が好きで、それぞれの作品をとてもきちんと読んで解説してくれる友人がいます。
    「あのね、ネコの話を書いた小説ってありますでしょ。苦手なんです。」
    「どういうこと?」
    「吉行理恵っていたでしょ。『小さな貴婦人』って知っます?芥川賞の受賞作。あれからダメなんです。」
    「どういうこと?」
    「猫って、書き手をナルシズムに浸らせちゃうんです。そう思いませんか?」
    「犬は?」
    「犬は、そうならないんです。」
     そんな会話をしたことがあったのですが、ネコといえば漱石、内田百閒、最近では保坂和志、他にも、マア、山のようにあります。ちくま文庫には「猫の文学館Ⅰ・Ⅱ」なんていうアンソロジーもあります。
     で、「猫の客」(河出文庫)ですが、端からお嫌いの方にはおすすめしませんが、悪くないと思いますよ。マア、詩人の散文ですからね、気障なことは確かですがナルシスティックというわけではないと覆いましたよ(笑)
     ブログにも書きました。覗いてみてくださいね(笑)
     https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202302130000/
     

  • とても特別な感情を揺さぶられる一冊。

    猫が大好きなので、ジャケ買いした本。
    この本からは「人」はあまり見えてこない。
    主人公の目を通した情景が鮮やかに文庫から浮かび上がり、主人公の見目形ではなく心の機微と妻の心情がダイレクトに心に響く。

    ネコ好きは、犬好きに比べ狂気をはらんだイメージが強い。例に漏れず自分自身も当てはまることから、最初はあっさりとした大人の関係を築いている人と猫、と思われたけれどこれは自分でとは違う狂気だと気づく。

    どうして猫はこんなにも人の心をいとも簡単に掌握するのだろう?

  • こんな、密かな宝石のように美しい言葉で綴られる猫は幸福だ。

  • これは瞬間的にタイトル買いしました。可愛い話の予感がして。
    世界中で愛される、詩人が書いた猫小説とあったけど、確かに、なんか叙情的。
    全体は淡々としているんですが、景色とか猫の動きとかが細かくて、時折出てくる夫婦の強めな感情がグッと入ってくる感じです。
    お隣さん宅の猫とわかっていながらも、我が家が第二の家と言わんばかりにくつろぐ猫に、愛情がどんどん増していくのが伝わってくる。
    触らせない、鳴かないところに本宅での対応と線引きしてる猫にも好感が持てました。子供のお見送りに必ず一度出ていく描写も、飼い猫って感じが出てて可愛かった。
    そこはかとなく昭和初期なイメージでしたが、読み進めてるうちにバブル崩壊手前の頃と判明。その割には景気の良い雰囲気や派手な感じが夫婦に全くなく、大家さんの土地の売買のところでようやくバブル話。
    終盤頃の喪失感がすごくて、奥さんの気持ちがすごく痛かった。小さな子供の、まだ命の重さがイマイチ理解しきれてない故の悪意のない単純さもリアル。
    猫がいっぱい出るとか、初めに思ってた可愛さはなかったんですが、小説の世界観にゆっくり入っていきながら読み進めたくなる小説です。

  • 稲妻小路に姿を現すチビは隣家の仔猫。可憐な姿は見せてくれない客。啼かない、抱かせない、抱かれそうになると微かに「ミイ」と声をもらす。チビはわたしの猫ではないけれど、そんな典雅なしぐさの中に見え隠れするはにかみに惹かれた。本を閉じてから、運命について思いをはせる。雷のようにいつどこに落ちるかは予想できないけれど、後から振り返れば季節が一巡りするみたいに輪を描いている。生きた痕跡が糸となって私を新しい場所に導いてくれたのかもしれなくて、喪ったあとの新しい時間がこれからも続いていくことを思うと胸が熱くなった。

  • はじめ“稲妻小路”の光の中に姿を現したその猫は、隣家の飼猫となった後、庭を通ってわが家を訪れるようになる。いとおしく愛くるしい小さな訪問客との交情。しかし別れは突然、理不尽な形で訪れる。崩壊しつつある世界の片隅での小さな命との出会いと別れを描きつくして木山捷平文学賞を受賞し、フランスでも大好評の傑作小説。
    「BOOKデータベース」 より

    哀しくも美しい文体、人と猫のほどよい距離、時代の流れ.
    人と人の距離がほどよい.人とものの距離もほどよい.そこにあるもののすべてがそこにあるべくしてあって、大切に扱われている印象を受ける.丁寧な生活、丁寧に生きる、ささやかな幸せがそこにあるように感じる.

  • 動物好きの妻のもとに一日なんども顔を見せに来る仔猫は、隣家の飼猫だった。
    どんなに懐かれても、自分の家の猫ではない、と言い聞かせながら猫と戯れる人間。
    どんなに懐いても、鳴き声を聞かせることも抱き寄せることも許さない、誇り高い猫。
    少しずつ距離を縮めてきたのだが、ある日その交流は突然断ち切られることになった。

    語り手夫婦が住むのは同じ敷地に大家が住む母屋のある、離れ。
    しかし年老いた大家は介護付き高齢者マンションに引っ越すことになり、家も敷地も売却するという。
    引越しを迫られる語り手夫婦だが、猫と別れがたく、近所で家を探すことにする。
    バブル崩壊前夜、昭和の終わりの話である。
    そんな時の猫との突然の別れ。

    しかしこの作品はそんなストーリーを追うものではない。
    繊細な描写の妙。
    光景が、心情が、所作が、目に浮かぶように立ち上ってくるうえに、音読するとそのリズムの心地よさを味わうことができる。

    これはかなりの事実を含んだ小説なのであろうが、それにしても、猫との別れの後の、もうひとつの拒絶。
    これが哀しい。
    なんでそんなことになるかなあ。

  • - はじめは、ちぎれ雲が浮んでいるように見えた。
      浮んで、それから風に少しばかり、右左を吹かれているようでもあった。

    こんな出だしから始まる本書は、一つのマレビトの物語。

    とある書店で開催されていた、"ほんのまくら"フェアで出会いました。
    本の出だしだけで選ぶというフェアですが、ちょっとした宝探し気分で楽しかったです。

    エッセイなのか小説なのか、どこか退廃的で、でも透徹とした文体は、
    不思議とその田園地帯を思わせる街の描写にマッチしてました。

    ん、普段であればおそらくは手に取ることはなかったであろう、一冊。
    こんな思いがけない出会いがあるから、書店廻りはやはり楽しい。

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著者プロフィール

多摩美術大学教授

「2011年 『私と世界、世界の私』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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