夢を与える (河出文庫)

著者 : 綿矢りさ
  • 河出書房新社 (2012年10月5日発売)
3.20
  • (29)
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  • (17)
  • 本棚登録 :1330
  • レビュー :164
  • Amazon.co.jp ・本 (325ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309411781

作品紹介・あらすじ

その時、私の人生が崩れていく爆音が聞こえた──チャイルドモデルだった美しい少女・夕子。彼女は、母の念願通り大手事務所に入り、ついにブレイクするのだが。夕子の栄光と失墜の果てを描く初の長編。

夢を与える (河出文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 伸びやかな手足と
    中性的な顔立ちをした美少女の阿部夕子は、
    母の溺愛を一身に受け
    やがてチャイドルから
    CMに抜擢され
    国民的アイドルへと祭り上げられていく…。




    「血を流す綿矢りさ」といった印象。

    痛くてツラい内容でありながらも
    決して読むことを止められない
    この吸引力はなんなのか?


    杉田かおる、安達祐実、観月ありさ、広末涼子、大島優子など
    子役から芸能界を駆け抜けていった様々なスターたちを頭に浮かべながら
    一気読みしてしまいました。




    芸能界を嫌い
    家庭から離れていく父。

    夢を娘に押し付けるしか
    自分を生かす道がなくなっていく母。



    高校入学と同時に
    夕子はブレイクするも、
    多忙な毎日に押しつぶされていく。


    スキャンダルにおののく夢に
    毎晩うなされ、

    人前では
    過剰に気持ちを飾るクセがつき、

    同年代の友達は皆無になり、

    ロリコン趣味な衣装を着せられ

    重荷の味がするチーズを惰性で食べ、

    夜毎のパーティーに
    笑顔を貼り付けて
    大人たちの間を渡り歩き、

    次第に心壊れていく夕子が
    なんとも切なくて痛々しくて、

    コレ以上何も起こらないようにと
    中盤祈りながら読んでました(笑)



    それにしても壊れていく者の心情を
    ここまでリアルに
    シンパシーを持って描けたのは、
    綿矢自身がその奈落の淵に怯え血を流し、
    夕子と同化していた経験があるからなのでしょう。


    今の綿矢の復活劇を考えれば、
    ストーンズがブライアンの死を越え
    レノンがビートルズの幻影を葬り去ったように、
    綿矢自身、光を掴むために
    避けては通れない題材だったのかな。



    最後に…

    誰かのためには
    甘やかな言葉だけど
    それは奢りでしかないし、
    必ず自分を滅ぼす。


    人は誰かのためにと思った瞬間に
    すべてが嘘になるんですよね。


    夢を与えるなんて言葉は
    おこがましいと思わなきゃ(笑)


    後味の悪さを残す内容だけど、
    自分は綿矢りさの
    抗う意志を評価したいですね♪

    • まろんさん
      チャイドル時代は、素直な性格で、常識的な感覚もきちんと持っていた夕子が
      国民的アイドルとしてイメージに縛られ、恋を知って
      砂の城が崩れるように壊れていくのが痛々しくて、
      読むのが辛い本でした。

      読んでいる時は辛いばかりで気づかなかったけど、
      あの若さで賞をとって文壇のアイドル視されていた綿矢さんの
      いろんな葛藤が投影されていたのかと思うと
      この本をきっかけに遠ざかってしまってごめんなさい!という気持ちになったりして。
      最近の作品に挑戦しようと思っているところです(*^_^*)
      2013/01/28
    • 円軌道の外さん

      わぁ〜
      まろんさん、
      めっちゃ沢山コメント
      ありがとうございます!


      そうなんスよ〜

      ホンマにあんなに素直やった夕子が
      なんで壊れちゃったんやろって、
      もう痛々しくて
      かわいそうで
      自分も辛かったです(>_<)


      まぁすべてが
      綿矢りさの本音ではないやろうけど、
      彼女は自分を削るように作品を書く人だと思うので、
      全くのフィクションは逆に書けない人だと思います。
      (じゃなければ書けない期間などなかったと思う)


      だから彼女の苦悩が
      あの作品に少なからず投影されてたのは
      間違いない事実だと思うし、

      あとあと振り返ると
      彼女にとっても
      ターニングポイントとなる重要な作品になるんやろなぁ〜って
      自分に言い聞かせて
      読んでました(笑)(^_^)v


      コレを書かなきゃ前へ進めない理由も
      なんとなく分かった気がするし、

      自分もまた
      綿矢りさ
      追いかけていきたいなぁ〜って
      改めて思ってます(^O^)


      2013/02/05
  • ──単行本を読んでのレビューを加筆修正──

    最初の5ページほど読んだだけで嫌な予感がしていた。だから読み進められなかった。
    何とか読み終えた今、はあ、気が重い。
    これが発行されたとき「これは、綿矢さん自身の話なのでは?」と訊かれて本人は否定したらしいが、そう読まれて仕方ない部分もある。
    彼女自身、敢えてそこにシニカルに切り込んで、この作品を仕上げたという見方もできるけれど。

    2004年の芥川賞受賞後、出版業界は彼女をヒロインに仕立て、カンブリア村上氏言うところの出版不況好転を願って、「綿矢先生、是非、次の作品はうちでお願いします。あなたは日本で今いちばん注目されている作家ですよ」というオファーがたくさんあったに違いない。
    「この子は日本で一番きれいに咲き誇ることのできる花ですよ」と事務所の社長が夕子に言ったように。
    さすがに
    「綿矢先生(夕ちゃん)は今ブレイクするときなんだ」、
    或いは「あなたに来ている波は、今出版界(芸能界)のなかで一番大きな波だ」
    註:()内が『夢を与える』原文
    とまでは言わなかったにしても。

    『人の噂も七十五日』とはよく言ったもので、時が経てば経つほど話題性は薄れていく。
    これは芸能界も当時の出版界も同じ。
    結局、この次作を世に出すまでに3年半の歳月を要することになる。
    その間、ストーカー被害に悩まされ、*実りのない恋に激怒し、どこかの誰かに「愛してる」と言われ、狂ったように引越しを繰り返した。(*文藝 2011年 08月号、本人談)
    ところが書けない。
    書いては破り書いては破りの繰り返し。悩み、もがき、苦しみ抜いた3年。
    そして「一人称の限界を感じ、三人称に挑戦」(本人談)。
    だが、そこは出版界も同様。
    3年以上も経ってしまっては話題性も薄れ、そのせいか、内容のせいか、部数も「蹴りたい背中」の127万部に対し18万部と激減。
    もちろん部数が作品の良し悪しを決めるものではないが、この作品が受賞の翌年にでも発表されていたら、少なくとも「蹴りたい背中」の半分くらいまでは届いたのではないか。
    そうすれば河出書房新社もホクホクだったろうに。
    文庫化するのに、敢えて6年もの歳月をかけざるを得なかったことからも、河出書房新社の苦悩が窺える。
    普通ありえませんからね、長篇の文庫化に6年もかけるなんて。
    (それとも、かなり加筆修正されているのか? いや、まさかね)


    「信頼の手を離してしまったからです。信頼だけは、一度離せば、もう戻ってきません。でも……そうですね、別の手となら繋げるかもしれませんね。人間の水面下から生えている、生まれたての赤ん坊の皮膚のようにやわらかくて赤黒い、欲望にのみ動かされる手となら」
    「でも、今はもう、何もいらない」
    夕子(綿矢りさ)は見えない何かと決別、或いは諦観してしまう。

    結局、綿矢りさは次作「しょうがの味は熱い」で、再び一人称に戻すことになる。
    ただしそこでは、もう一人の男性視点での一人称も加えるという試みに挑む。
    試行錯誤を重ねながらの「しょうがの味は熱い」のラストの場面。
    「この部屋を出て行こう。一人暮らしの自分の部屋に戻ろう」
    明るく開き直り、というか再び決断し、「自分の書きたいものを書こう」という方向へ向かう。
    その結果、次の作品「勝手にふるえてろ」では、存分に弾けまくる一人称視点への回帰。
    こんな時系列を勝手に思い浮かべながら「夢を与える」を読めば、この作品の立ち位置は結構興味深いものがある。
    かなり穿った見方なのは分かっているけれど、ね。

    内容は、芸能界でよくあるチャイドルの転落物語。新鮮味は全くないですね。
    これが発表されたのは2006年ですが、今ではテレビ番組で、昔子役で頑張っていた子が実は裏ではすごいことをしていた、なんて話を暴露するのが当たり前の状況だし。
    実際、芸能界とか、レースクイーンの世界とか、こんなものです。
    ストーリーも、次はこうなるよな、だから彼はこうするだろうし、母親と父親はこうなるに決まってる。
    と誰もが思う予想通りの展開。
    唯一、多摩君との話が心を少し軽くしてくれるのだけれど、それも、あっという間。
    救われない物語でした。
    彼女にしか書けない美しい日本語、巧みな比喩はいったい何処へ消えた?
    いくつか散見されるものの、おそらく現在2012年までに発表された彼女の作品の中では最も長い小説にもかかわらず、綿矢さん独特の表現や、話し言葉や、比喩は少ない。
    三人称視点で、なおかつこういったストーリーでは彼女の素晴らしい感性による表現力は発揮できない気がする。
    この文体で、このストーリー展開で、途中に
    「で、夕子の下のふせんも俺が取ってあげるよ、ってか。正気か。」
    などという文章を挟みこめるはずもないし。

    一人称視点の長所は、感情描写がしやすく、語り手への感情移入もさせやすい。
    短所は、読者が語り手に共感できなかった時に拒絶されやすい。
    読者の感情移入しやすい人物が、悩み考えながら何かをする小説に向いている。
    三人称視点の長所は、主人公と関わらない場所でも他の人物も書けるし、他の視点ほど読者を選ばない。

    これを冷静に判断すれば、綿谷さんの作品は、内なる心の葛藤を表現する文章でこそ、彼女独特の感性を発揮し、美しい日本語、巧みな比喩、或いは口語が書けるわけだから、一人称視点に向いているのは明らかだろう。

    彼女の作品を時系列で追っていくと下記の様になります。 
    *◎などは、私の個人評価
    1.◎ インストール              『文藝』2001年冬季号
    2.◎ 蹴りたい背中       『文藝』2003年秋季号
    3.〇 You can keep it .       河出文庫収録 2005年10月
    4.× 夢を与える          『文藝』2006年冬季号
    5.△ しょうがの味は熱い      『文學界』2008年8月号
    6.◎ 勝手にふるえてろ       『文學界』2010年8月号
    7.△ 自然に、とてもスムーズに  『文學界』2011年1月号
    8.◎ かわいそうだね?       『週刊文春』2011年2月10日号~
    9.〇 亜美ちゃんは美人      『文學界』2011年7月号
    10.△ トイレの懺悔室       『文藝』2011年夏季号
    11.× 憤死       『文藝』2011年秋季号
    12.◎ ひらいて         『新潮』2012年5月号
    13.◎ 仲良くしようか      『文學界』2012年7月号
    あらためて見ると、2011年以降、突然雪崩のように作品を起こし続けているんですね。
    そう考えると、2006年に発表されたこの『夢を与える』は、彼女が創作活動に悩んでいた時期の過渡期の作品だと見ることができる。

    註:初の三人称に挑戦と書いたが、実際は「You can keep it . 」も三人称。ただ、この作品の場合は「インストール」文庫化に当たり、彼女がそれまで書き溜めていた作品を再構築したのではないかと推測される。でなければ、本人が「夢を与える」について語った時、「一人称の限界を感じ」と言わないだろう。

    ということで綿矢さん、これからもあまり悩まずに、一人称で書きたいものを書いてください。
    あなたは時代と日本語に選ばれた天才なのだから。

  • 芥川賞やらでとても話題になった作家さんなのに、実は読むのはこの本が初めて。
    読んだ後ちょっと検索してみたら、「インストール」や「蹴りたい背中」と、最近の作品のちょうど中間あたりの時期に書かれた作品らしい。間にスランプの時期もあったとか。

    読後感はあまり意識されていないような終わり方で、ハッピーエンドではないけれどバッドエンドとも言い切れない、だけど希望の光を感じるようなものでもない、不思議な感覚で読み終えた。
    尻切れな感じもしなくない。というか、単純に「もう少し先の流れも読みたかった」と思った。

    他人に「夢を与える」とは一体どういうことなのか。「夢を与えられるような人間になりたい」と口にする有名人(ミュージシャンやアスリート等)はけっこういるけれど、それを耳にしている一般人である私は、あまりその言葉を本気で捉えていなかったことに気づいた。

    美しい容姿を持って産まれた夕子は、幼い頃からチャイルドモデルとして活動し、とあるCMに出演したことをきっかけにスターダムへとのしあがっていく。
    芸能界に身を置くことが当たり前になっていた“普通ではない”人生で、17歳の時にした初めての恋が彼女の未来をがらりと変えてしまう。
    そこで夕子は初めて、自分が立つ場所はとても不安定だということに気づく。

    夕子は周りに言われるがままに、インタビューでどういうタレントになりたいか問われると「夢を与えられるような人間になりたい」と答えていたけれど、その言葉にずっと違和感があった。
    そして状況が変わって初めて、その意味に気づくことになる。

    私自身は人に夢を与えられるような人間になりたいとか思ったことはないけれど、立場上少し演じたり少し嘘をついたりということが無いわけではない。
    自分のありのままをさらけ出し、傍若無人に生きることは、人に夢を与えることには繋がらない。
    例えばアイドルが自分の恋愛を赤裸々に語ることは御法度だ。それはファンの夢を壊すことだから。
    その人生を自分で選択したのなら、責任を取る必要もあるのだということ。

    人から見られる職業って大変だな、とつくづく。夢を与える気はなくても、勝手に思い込む人間(ファン?)も中にはいるわけで。
    消費されるのも早い世界で、絶妙なバランスで「夢を与え」続けている人は本当にすごい。
    わりとありきたりな流れの物語ではあったけれど、そういうことを考えるには充分だった。

  • たまたま『ピンクとグレー』を読んだばかりなので芸能界ものが続きます。こちらは子役から活躍していた女の子タレントが高校入学と同時にブレイクして多忙を極めるも、たちの悪い男にひっかかりあっというまに転落・・・という芸能界ものの王道ストーリー。

    主人公の父母の恋愛からストーリーが始まっているのはとても興味深かったし(この母、やりすぎと思われそうだけれど私はこれくらい強かな女性は結構好き。むしろ被害者ぶってる優柔不断な父のほうにイライラする)、子役時代は芸能界にいながらも素直さを失わない主人公・夕子ちゃんのピュアさに癒され、初恋未満のボーイフレンド多摩くんの優しさにも涙し、一体この先どうなっていっちゃうのかなというワクワク感があったのですが、純粋だった夕子がだんだん荒んできて、恋は盲目の言葉通り、絵に描いたようなスキャンダルであっというまに転落してしまう後半は、あまりにも「芸能界あるある」すぎて、陳腐だったかなあ。ラストで突き放されすぎて、ちょっと寂しい気持ちになりました。

    芸能界の裏側描写は結構リアルだったんじゃないでしょうか(いや芸能界いたことないから知らないけど・笑)。仲良くなった女性タレントに宗教勧誘されるくだりとか、あと「働いても働いても疲れないのは、主に男性グループのアイドルたち」というのも妙に納得(笑)。タフですよねえ、某事務所のグループの皆さんって。もちろん軌道を逸れちゃう人もいますが、やっぱり一人より複数でいるほうが芸能界の毒に対して耐性が強いのかも。

    それにしてもいつの時代も若い女の子は、いくら相手が好きな男とはいえどうして簡単に自分の裸や行為を撮影させてしまうのか。本当に自分を大事に思ってくれてる相手は、間違ってもそんな要求してこないんだよ!捨てられたくないからってそんなの受け入れたら駄目!と、その手の事件が起こるたびに、すでに若い女の子ではない自分は思うのですが、それが若さ、そして恋というものなんでしょうか。困ったものです。

  • だいぶ前に買ってあってなんとなく読む気になれずにおいてあったんだけど、なんとなく読みはじめたらものすごく引き込まれてほとんど一気読み。
    子役が成長していく過程を描いていて、芸能界の裏をのぞき見るみたいでミーハー的に興味を引かれるというのももちろんすごくあるんだけど、綿矢りさならではと思えるような厚みというか凄味がある感じがして。ほかの作家が書いたら、もっとテレビドラマみたいな薄っぺらい安っぽいものになるんじゃないだろうかとか。
    主人公の子役の両親の話からはじめて、ずっと両親の話をからめていくところも奥行きというか深さが出ているように思ったし。
    風景描写とかもすごくよくて、主人公の目に映るものがすごく目に浮かぶし。
    特に前半がよかったなかなあ。
    後半の恋人ができてスキャンダルが起きるあたりからはちょっとありがちというかいかにもありそうな話になってきた……と思ってしまったのだけれども。

  • 物心ついたころには親がレールを敷いていてそこを母親というエンジンで走る。それは私の数年前と全く同じだった。
    世の中には無数の種類の人生があるけれど、そのうち、「親の期待に応える人生」と「親の期待を裏切る人生」の二つがあって、前者は成功の後に失敗がやってきて、後者は失敗の後に成功がやってくる。
    どちらが幸せかだなんて誰にもわからないのだろうけれど、
    親の期待を裏切るということは、当の本人が最も罪悪感が薄くて、相手に与える喪失感が心を奪うものだっていうことを私は知っている。
    そして、きっと親が言うとおりに生きたほうが、自分自身への喪失感も少なくて済むのだということを私は知っている。
    人生は難しいね。転がり落ちるトリガーは、きっと他のだれかが同じことをしていたら、鼻で笑うようなとても簡単な思い込みなんだよねいつも。
    どこか遠くて近い「夢を与える」
    読み応え充分な作品。

  • 2015/10/21読了〜
    心が死んでしまった夕子報われない、、最近子供の頃の教育というか環境?の大切さを感じる…
    中学生のきらきらしたあの青春が夕子の中で一番輝いてたんだなぁ、本人の意思が伴っていない行動は何かの崩壊を招くのね。。しかしなぜ多摩のもとに早く遊びに行かなかったのか、絶対好意抱きあってたでしょ。。

    個人的に、無理して手に入れたものは結局手に入らないって言葉が重かった…夕子が言うには重い、、

  • 犬童一心さんの解説まで一気に読んだら、犬童さんの視点に「そういう見方があったのか」と驚かされ、その直後、後半1/4くらいをもう1回読み返した。予想外の展開は一切無いぶん、主人公・ゆーちゃんの心の動きや言葉がぐさぐさ刺さってくる。後半は、なぜか急かされるようにページを読み進めていった。

    綿矢りささんの小説は、どこかで「なぜこのタイトルになったのか」がわかる瞬間があり、そのときにスカっとした気持ちになれるところが好き。この小説も然り。なぜ「夢を与える」なのか…それが一気に紐解ける、あの4行は、繰り返し何回も読んだ。共感、ただその一言しか無くて。

  • 子どもの頃から芸能界で活動してきた夕子の栄光と失墜。

    途中までまっすぐ純粋に育っていたように見えた夕子が、恋をして堕ちていく様は痛々しい。
    多摩と再会して、何かしら救われるのではないかと期待していたので、その希望がなくなったときは特にショックでした。
    夕子の母親も強烈だけど、彼女もある意味、可哀相なのかも。

    夢を与える側は夢を見てはいけないのか。
    普段アイドルから夢をもらっている自分には、非常に重く、胸に突き刺さるテーマです。これからも。

  • 「夢を与えるとは、他人の夢であり続けることなのだ。だから夢を与える側は夢を見てはいけない。」

    夢を見てしまったから、夢を与える側でいられなくなった主人公の夕子。でも最後に夕子が記者に対して正直に告白する場面に思う。
    自分で、自分自身の夢を見ることができない人なんているのだろうか?と。

    「夢を与える」というのは、結局は受け取る側が自分勝手に「夢を与えてもらった」と感じているだけのことではないでしょうか?
    受け取る側が押し付けた「夢を与える側」という位置に立っていた夕子は、最後の最後で押し付けられたものを跳ね返し、「夢を見ることができる自分」を取り戻したのではないかと思います。

    夕子の立場から読むと栄光と失墜の物語ですが、私には、勝手に期待しそして勝手に裏切られたと切り捨てる人間の身勝手さという大きな黒い影に覆われた、現代社会にも通じる警笛のようにも感じられました。

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