澁澤龍彦訳 暗黒怪奇短篇集 (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309412368

感想・レビュー・書評

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  • 本のタイトルは仰々しく重苦しいが、
    中身は意外に肩の力を抜いて楽しめる軽さ(巻頭作以外)。
    恐怖より黒い笑いの比重が高い。
    以下、全編についてネタバレなしでサクッと。

    ■グザヴィエ・フォルヌレ「草叢のダイアモンド」
     廃屋で逢引きを繰り返す恋人たちを襲った悲劇を見つめていたのは
     物言わぬ蛍の光。

    ■バルベエ・ドルヴィリ「罪のなかの幸福」
     老齢の医師トルティ博士と連れ立って動物園を散策していた
     語り手の前をよぎった、見目麗しい中年カップル。
     彼らを知っているという博士は、
     美しい伯爵夫妻の結婚までの経緯を語った。
     罪を犯しても添い遂げようとし、
     しかも一片の罪悪感すら持ち合わせない
     超然たる美男美女について。

    ■ジャン・ロラン「仮面の孔」
     友人から仮面舞踏会へ行こうと誘われた語り手は
     ドレスコードに従って準備を整え、迎えを待っていた。
     すると……。

    ■ジュール・シュペルヴィエル「ひとさらい」
     子供を望んでいるが授からない夫婦、
     南米出身のフィレモン・ビガ大佐と妻デスポゾリアは、
     貧しい親によって動物園に置き去りにされた
     双子の兄弟を連れ帰ったのをきっかけに、
     家庭環境が複雑そうな子供を攫っては家族を増やしていた。
     大佐は自らミシンで子供らの服を縫い、
     周囲のフランス人がせっせと避妊することに憤り、
     立派な父たらんと身構えるが……。
     *
     地位も名誉もあり、
     裕福で私生活にも恵まれた男の心に魔が差して、
     転落の一途を辿る
     ナボコフ『カメラ・オブスクーラ』(1932年)を
     思い出した。

    ■アンドレ・ピエール・マンディアルグ「死の劇場」【再読】
     車で一人、イタリアを巡る男が、
     風変わりな事物に出会す長編『大理石』中の一エピソード。
     絶命間際の女性を舞台に上げ、
     息を引き取る瞬間を見物する悪趣味な慣習について。
     人々の熱狂に鼻白む語り手の様子から、
     旅人は傍観者以上の存在に成り得ないという
     諸星大二郎のSFシリーズ「遠い国から」を連想した。

    ■レオノラ・カリントン「最初の舞踏会」
     クスッと笑える、とぼけた味わいの掌編。
     社交界デビューしたものの、
     自宅で開かれるパーティを嫌がる娘の奇策、
     その協力者とは……。

  • とりあえずタイトルの「暗黒怪奇」はちょっと大げさじゃないかと思いました(苦笑)。暗黒怪奇なんて銘打たれたらどんな悪魔的で人智を越えた恐ろしいことが起こるのかと思いきや、どちらかというと人間の心理に潜む怖さが主題のもののほうが印象に残りました。芸風として「暗黒怪奇」なのはジャン・ロランとマンディアルグくらい?以下個別に。

    ○グザヴィエ・フォルヌレ「草叢のダイヤモンド」:
    舞台は一見おどろおどろしいけど、どちらかというとロマンチックなくらいの悲恋ものの印象。

    ○バルベエ・ドルヴィリ「罪のなかの幸福」:
    妻のある貴族と恋に落ちた女剣術師範が失踪して召使として不倫相手と一つ屋根の下に住み、共謀してその妻を毒殺しながらも、まったく不幸にならず、ずっとラブラブで幸福なままという、勧善懲悪を完全否定するすごい話(笑)。

    ○ジャン・ロラン「仮面の孔」:
    ある意味古典的な夢オチですが、暗黒怪奇って言葉はこれが一番ぴったりだったかも。

    ○ジュール・シュペルヴィエル「ひとさらい」:
    あるとき偶然、双子の捨て子を拾って以来、慈善のように子供を育てるのが趣味(?)になってしまった男が主人公。最初は貧しくて病気で死に掛けているような子を連れてきたりして、ただの善意の人のようなんですが、そのうち寂しそうな子供を物色して勝手に連れてきちゃったり(子供自身は嫌がってないんだけど、正当な養子手続きをしていないので法的にはただの誘拐)、あげく男の子ばかりじゃなくて女の子も欲しいと思い立ち女子校の周りをうろうろするとかまでくるともはやただの変質者(苦笑)。

    結局、不幸な女の子をその父親公認で引き取ったものの、妻がありながらその少女に恋慕を寄せるようになり、彼女に手を出した養子の一人を嫉妬で追い出し・・・と、最終的にはただの困ったロリコンのおじさんに。彼はけして「悪人」ではないのだけれど、なんというか諸々からまわししていて、だんだん滑稽に思えてきます。

    1冊の半分くらいあるので短編というにはかなり長め。しかしその分読み応えもたっぷり。シュペルヴィエルは短編集の「海に住む少女」しか読んだことがないのですが、とても好きだったので澁澤訳で未読の作品が読めたのは嬉しい。

    ○アンドレ・ピエール・マンディアルグ「死の劇場」:
    マンディアルグは何冊か読んでいるので収録作家の中では一番馴染み深く、作風にも慣れているので、ああマンディアルグらしいな、と。旅先で奇妙な老人に連れられ、「死の劇場」を訪れた主人公。その町では、女性は死ぬ間際にその円形劇場へ連れてこられ、町の男たちは女性が死ぬまでを見物する風習があるという。この設定以上に、その劇場にいたるまでの道のりがなんだかおどろおどろしくて緊張を誘います。

    ○レオノラ・カリントン「最初の舞踏会」:
    キャリントンに関しては個人的には画家のイメージのほうが強くて小説読む機会ってなかったんですけど、画風同様小説もシュール。動物園のハイエナを自分の身代わりに舞踏会に出席させるとか一見童話的設定に見せつつ、人間になりすますために女中を食べてその顔の部分だけ貼り付けるとか、リアルに想像するとかなり恐ろしい。

  • 澁澤龍彥氏のセレクション及び翻訳によるフランス短篇小説のアンソロジー。ジュール・シュペルヴィエルの「ひとさらい」が読みたくて手に取りました。ロリータコンプレックスを取り扱った作品という意味では男性の暗黒面を描いた作品ですね。ラストはあわれというかなんというか…。「草叢のダイアモンド」は幻想的な作品、「死の劇場」は死のイメージが重苦しく、「最初の舞踏会」は大人のための残酷童話でした。あくまで澁澤龍彦流「暗黒怪奇」なので、どの作品も一筋縄ではいかない内容です。そしてフランス文学のエスプリが感じられる翻訳です。

  • 面白かった−!!澁澤訳の話を読むのは久しぶりでしたが、ロラン『仮面の孔』のようなバロック調の雰囲気のあるお話に、訳がホントぴったり。シュペルヴィエル『ひとさらい』は別に新訳が出ているので、そちらでも読んでみよう。収録作はどれもそれぞれよかったのですが、『暗黒怪奇』の表題によく合っていたのは、マンディアルグ『死の劇場』でしょうか…。

  • 「草叢のダイアモンド」Le Diamant de l'Herbe(1840)
    短篇集『失われた時』Pièce de Pièces, Temps perdu
    グザヴィエ・フォルヌレ Antoine Charles Ferdinand Xavier Forneret
    1809/8/16 - 1884/7/7

    「罪のなかの幸福」Le Bonheur dans le crime(1874)
    短篇集『悪魔のような女たち』Les Diaboliques
    バルベエ・ドルヴィリ Jules Barbey d'Aurevilly
    1808/11/2 – 1889/4/23

    「仮面の孔」Les trous du masque (1900)
    短篇集『仮面物語集』Histoires de masques
    ジャン・ロラン Jean Lorrain
    1855/8/9-1906/6/30

    「ひとさらい」Le Voleur d'enfants(1926)
    ジュール・シュペルヴィエル Jules Supervielle
    1884/1/16 - 1960/5/17

    「死の劇場」(1953)
    『大理石』 Marbre
    アンドレ・ピエール・マンディアルグ André Paul Édouard Pieyre de Mandiargues
    1909/3/14 - 1991/12/13

    「最初の舞踏会」The debutante(1939)
    『The oval lady: Surreal Stories 』
    レオノラ・カリントン Leonora Carrington
    1917/4/6 - 2011/5/25
    https://biblioklept.org/2014/01/05/the-debutante-a-short-story-by-leonora-carrington/

  • 『ひとさらい』読み直しついでに『草叢のダイヤモンド』『仮面の孔』『最初の舞踏会』も一緒に再読。
    澁澤龍彦の訳文は独特の乾いた色気と芳しさがあり、特に女性視点の訳文はなんとも言えないいやらしさがあって好きです。
    『ひとさらい』は澁澤龍彦の文で読むと擬似近親相姦のかなり際どいエロティシズムの話ですが、そもそも原典読めないのでどうなんだか。光文社版の翻訳違いも読んでみたいところです。
    なお、『死の劇場』のマンディアルグは生田耕作の湿度を感じる訳文の方がしっくりくる気がしました。

  •  以前、シュペルヴィエルの「海に住む少女」を読んで、その面白さに感動。
     そしてあの澁澤龍彦がシュペルヴィエルの「ひとさらい」を翻訳しているのを知り、その存在をあちらこちらで訊ねまわった。
     結局は澁澤龍彦全集にしか収録されていないと知り、これまたあちらこちらの図書館を訊ねまわったのに結局は出会うことが出来なかった。
     そんな「ひとさらい」が今回、本邦初文庫化として発売されたのが本書。
     ただし最近、シュペルヴィエルの「ノアの方舟」を読み、それほどに面白くなかったので、あれだけ大騒ぎして探していた作品なのに、果してどう転ぶのか、ほんの少しの不安を抱きながら読んだ。
     本書には全6篇の短編が収録されているのだが、ほぼ半分をこの「ひとさらい」が占めているので、実際には「ひとさらい他5編」的な扱いでも問題ないように思える。
     かといってその「ひとさらい」以外の5編がつまらないかというと、それぞれに怖くもあり、コミカルでもあり、中には「おいおい(苦笑)」といった作品もあり、読み応えはある。
     さて、その「ひとさらい」。
     めちゃくちゃに面白かった。
    「面白かった」という表現が適切かどうか判らないが……何故かというと読後感は決して良くはないからだ。
     いやいや、人によってはこれほどにコミカルな作品はないのだろうが、人によっては(つまり僕にとっては)読み始めから始終、不安感に苛まれ、ドキドキ・ビクビクしながら読み進めることになると思う。
     とある退役大佐が、誘拐してきたり、その子供の親に依頼された何名かの子供と自分の邸宅で一緒に暮らすという話なのだが、年甲斐もなく一緒に暮らしている少女に恋をしてしまう。
     結局なんだかんだでこの恋は上手くいかず(上手くいくはずもなく)悲劇的な最期を迎えるのだが、とにかくこの退役大佐がすごい。
     とんでもなく自意識過剰であり、優柔不断であり、おまけにとことん自虐的な人間ときている。
     血液型占いでいえば、まぎれもなく典型的なA型人間。
     ほんのささいなことを、まるでこの世の終わりがきたかのように悩みまくる。
     まぁ、僕もA型人間なので、変にこの退役大佐に肩入れしてしまうと、前出のようにドキドキ・ビクビクしながら読み進めることになってしまう。
     この退役大佐の人間性をどうとらえるかによって、たまらなくコミカルな話だと捉える人も必ず出てくると思う(漫画チックな人間ともいえるかも知れない)。
     それにしても、よくまぁこんな内容の話を書いたなぁと感心してしまう。
    「ノアの方舟」は今ひとつだったけれど、シュペルヴィエルという作家はやはり非常に気になる存在だ。
    「ひとさらい」以外の5編だけであれば、星は4つ止まりなんだけれど、「ひとさらい」の面白さを加味したうえで、星は5つ。

  • 『暗黒怪奇』は過剰な表現ではなかろうか?と思いますが読み応えのある中篇(『短篇集』も違う気が…)や10頁そこそこの短篇と5作品が収録されていました。
    最も長い『ひとさらい』が主人公にしてみれば心理的には暗黒かも知れませんが読む側からみれば哀れなほどの滑稽さで一番印象に残りました。

  • 好:マンディアルグ「死の劇場」/カリントン「最初の舞踏会」

  • 少し読んだ

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著者プロフィール

1928年、東京に生まれる。東京大学フランス文学科を卒業後、マルキ・ド・サドの著作を日本に紹介。また「石の夢」「A・キルヒャーと遊戯機械の発明」「姉の力」などのエッセイで、キルヒャーの不可思議な世界にいち早く注目。その数多くの著作は『澁澤龍彦集成』『澁澤龍彦コレクション』(河出文庫)を中心にまとめられている。1987年没。

「2023年 『キルヒャーの世界図鑑』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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