ロシア怪談集 (河出文庫)

制作 : 沼野充義 
  • 河出書房新社
3.44
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本棚登録 : 216
感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (440ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309467016

感想・レビュー・書評

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  • 河出文庫の『◯◯(国名)怪談集』シリーズのロシア版。プーシキン、ゴーゴリ、ドストエフスキー、チェーホフ、ナボコフなどロシアの文豪達が書いた短篇の中から、怪談的な要素のある作品を集めて年代順に並べたもの。

    …なんだけど、実のところ2/3くらいしか読めてない。地の文が長くて何度読んでも途中で眠くなってしまう。ドストエフスキーが会話文多めで実は読みやすい作家なのだということに気づいたのが一番の収穫。

    なので、とりあえずの感想なのだけれど、日本人とロシア人では恐怖のツボがかなり違うのだなと思った。前半のゴシック・ホラー系の作品では、ハリウッド映画みたいな大味な怖がらせ方が多い。死者の棺が空中を縦横無尽に飛び回ったり(ヴィイ)、吸血鬼が子供をぶん投げて攻撃してきたり(吸血鬼の家族)。逃げおくれた悪霊達が窓枠に張りついて固まってしまうくだりなどは、絵面を想像すると怖いというより何だか笑ってしまう(ヴィイ)。

    時代が下るとモンスターが暴れまわるだけでなく、統合失調症患者の幻覚のような話(黒衣の僧)や、殺人事件の犯人が亡霊に悩まされる話(魔のレコード)など、怖がらせ方も多様になってくる。ドストエフスキーの怪談では亡霊達までもがやたら饒舌でポリフォニック(ボボーク)。読んだ中で一番気に入ったのは、影絵遊びに取り憑かれた少年の話(光と影)で、これは日本的な恐怖の感覚に一番近いかもしれない。しっとり怖くて、とても良かった。

    しかし単純に怖さということでいうなら、ロシアの場合は怪談よりドキュメンタリーの方が怖いかもしれない。無人都市プリピャチやリトビネンコ氏暗殺事件の話の方が私的にはゾーッとする。何ごとにもお国柄というものがあり、ロシアの風土はゴシック・ホラーよりモダン・ホラー向きだなと改めて思った。

    結論:ロシア人は素の方が怖い。

    • 深川夏眠さん
      久しぶりにお邪魔しま~す。

      この本、気になっているのですが、
      既読作が多いようで、
      買おうかどうしようか迷ったままです。
      ソログ...
      久しぶりにお邪魔しま~す。

      この本、気になっているのですが、
      既読作が多いようで、
      買おうかどうしようか迷ったままです。
      ソログープも入っているのですか
      そうですか……(うううむ)。
      「光と影」は、
      故・中井英夫が絶賛していたのがきっかけで
      読みました。
      人の心がジワジワ壊れ、
      狂気が伝染するのが恐ろしく、
      しかも淡々とした調子に背筋が冷たくなり……。
      あ、また再読したくなってきました(笑)。
      2019/12/21
    • 佐藤史緒さん
      夏眠さん、いらっしゃいませ〜♪

      流石に博識でいらっしゃいますね!私はこの本で初めてソログープという作家を知りました。
      ええ、本当に良...
      夏眠さん、いらっしゃいませ〜♪

      流石に博識でいらっしゃいますね!私はこの本で初めてソログープという作家を知りました。
      ええ、本当に良かったです!
      はっきり言うと、この作品がなかったら、読んだあとこの本は処分していたと思います。そうですか、きょむくも(勝手な略)の中井英夫氏推薦でしたか。ちなみに翻訳は貝澤哉さんという人です。
      透明感のある端正な訳文でした♪
      2019/12/21
  • 1830年のプーシキン「葬儀屋」から1939年のナボコフ「博物館を訪ねて」まで、100年に渡るロシアの怪談を年代順に収録。プーシキン、ゴーゴリ、ツルゲーネフ、ドストエフスキー、チェーホフと、ロシアの文豪の錚々たる面々が名前を連ねていて、ロシア人どんだけ怪談好きかよと。かといって全体的にそれほど暗鬱な雰囲気はなく、意外にもちょっとユーモラスな部分もあったりして味わい深い。

    プーシキン「葬儀屋」は埋葬した歴代死者が、ザゴスキン「思いがけない客」のほうは悪魔が、自宅にやってきてわいわいやり出してホーンテッドマンションみたいな状態に。ドストエフスキー「ボボーク」は、墓地で転寝してたら墓石の下の死者たちのトークが聞こえてきちゃった男の話で、シニカルだけどコミカル。いずれもそんなにキャー怖い!っていうテンションの話ではないのがいい。

    ゴーゴリ「ヴィイ」は翻訳がちょっと古いのが難点だけど、学生さんが自分を使役しようとした魔女を運よく退治してしまったばかりに復讐される話で、最後に召喚されるヴィイという瞼が床まで垂れ下がっているというオバケのラスボスみたいなやつが不気味ながらも、ホラーというよりはちょっとドタバタコメディ的テイストもあるような気がしなくもない。60年代にロシアで映画化もされているそうで、その邦題が「妖婆死棺の呪い」(https://booklog.jp/item/1/B00006RTTT)だというのにちょっとウケる。昭和のトンデモ邦題あるある。

    個人的には吸血鬼ものがやっぱり好きなのでA・K・トルストイ(※あのトルストイとは別人)の「吸血鬼の家族」がとても面白かった。仕事でセルビアのある村に立ち寄った男性を泊めてくれた一家の父親が、盗賊退治に出かけて戻ってきたら吸血鬼になっている(このへんの経緯はちょっと謎)吸血鬼の本場東欧では吸血鬼は寂しいのでまず家族から仲間に引き入れようとすると言い伝えがあり、その伝承通り父親は家族を襲おうとする。主人公はまだ犠牲者が少ないうちに仕事の都合でそこを立ち去り半年後に戻ってくると、一家は全滅したと聞かされる。しかし家に立ち寄ると彼が密かに想いを寄せていた娘が残っていて二人は語らうも、実は・・・。終盤、馬で逃げる主人公を吸血鬼たちが追いかけてきて(馬より速く走れる!)なんと子供の吸血鬼を投げつけてくるという攻撃をしかけてくるにいたっては、怖いを通り越してちょっと笑ってしまった。エンタメ性抜群。

    チェーホフ「黒衣の僧」は、黒衣の僧の幻覚と対話しちゃう男性の話だけど、幻覚だけで片づけられない色んな解釈ができる気がする。狂気の状態のほうが彼は幸せだったんだな。ドログープ「光と影」は素直で優等生の子供が優しいお母さんと暮らしているだけなのに、ある日突然子供が影絵遊び(※指の組み合わせでシルエットがキツネになるとかああいうの)に夢中になり、それが発端で「影」に憑りつかれてしまう。幽霊も吸血鬼も出てこないのに怖い。ブリューソフ「防衛」は既読だったので再読(https://booklog.jp/item/1/4560072051)死してなお妻を守る夫の幽霊の話。

    だんだん時代が新しくなっていくので、グリーン「魔のレコード」になると現代的な犯罪も絡んできたり、友人に頼まれて博物館を訪れた男がなぜか迷路のような空間に迷い込んで出てきたら別のロシアだったナボコフ「博物館を訪ねて」にいたっては、ちょっとSF味すら感じた。編者のセンスかもしれないけれど、あまり嫌な気持ちになる種類の怖さがなく、なんというか、ロシアの怪談は趣味がいいな、という印象を受けました。

    ※収録
    葬儀屋(プーシキン)/思いがけない客(ザゴスキン)/ヴィイ(ゴーゴリ)/幽霊(オドエフスキー)/吸血鬼の家族(A・K・トルストイ)/不思議な話(ツルゲーネフ)/ボボーク(ドストエフスキー)/黒衣の僧(チェーホフ)/光と影(ドログープ)/防衛(ブリューソフ)/魔のレコード(グリーン)/ベネジクトフ(チャヤーノフ)/博物館を訪ねて(ナボコフ)

  •  あまり怪談や幻想の印象のないロシア文学だがどうやら私が無知であっただけのようで、面白い怪談揃いの短編集であった。無理やり言語化するならば、現実的で堅苦しいのに、いやむしろだからこそ薄寒くて恐ろしい恐怖、と言い表そうか?

     葬儀屋は、強欲な葬儀屋の家にかつて葬った死者達が現れる物語だ。死者達の一見和かだが危うい危険性を孕んだ行動や存在感が恐ろしい。
     思いがけない客も、葬儀屋と似ている部分がある。明らかに危険な悪魔な客達により一見友好的ながらも弄ばれいつ殺されるかわからない恐ろしい状況に放り込まれるのは原始的恐怖だ。
     ヴィイは、少し長めのホラーである。騒がしい愉快な神学生達の生態から始まったのに、恐ろしい魔女の死後の復讐や数々の個性的な怪物達、最後の最後に襲い来る最強の怪物など怒涛の展開である。一番気に入ったのは、泡のような姿で無数の蠍の鋏や針を有した土まみれの怪物。当時の食文化や人々の生活が窺い知れる描写も良かった。
     幽霊はこちらも白昼夢的な作品だ。数々の怪異や幽霊にまつわる話が入れ子的に語られる。果たして城の主人の奇妙な言い伝えも、息子を殺しかけた幽霊めいた謎の母親の姿をした何かも、最後に語り手の死を宣告した謎の存在も、そもそもの又語りをする最初の語り手の真偽も全てが謎のまま終わる。現実の人間達のやり取りが詳しく書かれるているのと対照的だ。
     吸血鬼の家族は、侵食と変貌が恐ろしい。あっさりと芋づる式に吸血鬼となってしまう村人達や迫り来る死んだはずの家族、吸血鬼の本能に抗おうとして屈服してしまう描写も面白いが最後の襲撃シーンがお気に入り。親世代の兄弟の挟撃から始まり、体に杭を刺された祖父と祖母による孫達をボールにしたホームラン攻撃はなかなか新鮮な攻撃描写だ。
     不思議な話は、まさに白昼夢である。宗教的な体験と異常なる信徒の装いはキリスト教の一側面に驚かされる体験を授けてくれた。不思議としか言いようがない。
     ボボークは、騒がしくて愉快なお話だった。墓に葬られたばかりの死者達が思い思い完全に腐り切る前に話したり相談したり喧嘩をする様は死んでも浅ましい人間の愉快さと悲しさを訴える。
     黒衣の僧は、まさに自惚れの狂気の功罪を示している。男は自身の幻想によって幸福となり、しかし将来の破滅が約束され、幻想の中断によりそれよりもはやく破滅が実現するも、最後には幻想に救われて死ぬ。何とも皮肉めいたシナリオだ。最初に話された無数の蜃気楼の連鎖により、世界や宇宙を廻る蜃気楼の神話自体も面白い。美しい果樹園の異世界めいた幻想的描写も気に入った。
     光と影は、今回読んだ中でも最も深く魅入られた作品だろう。影のもたらす夢幻の世界と遊びに魅入られてしまった優秀な少年と、それに巻き込まれる母親の姿が、短いパラグラムで淡々と続き、さまざまな方法で狂気を回避しようにも悉く裏目に出て悪化、もはや逃げ場もなく絶望するしかないという、追い詰められていく恐怖を追体験させられる恐るべき短編であった。ラストの悍ましく悲しく喜ばしい母子の姿はまさに圧巻である。
     防衛は短いながらもまとまった幽霊物だ。思いがけず幽霊と出会ってまい、それも故人の姿を借りた浮気というのは気まずいし怖い。しかしこの短編集のロシアの上流階級はすぐに人妻や未亡人に惚れ込むことだ。
     魔のレコードは、霊による復讐譚だ。あれよあれよとスピーディーに進む毒殺と、最後の呆然とした主人公と、怪奇現象を起こして罪を暴いたレコードの割れた黒を殺人者の魂の色と定義する一連の流れが印象的。
     ベネジクトフは、悪魔による物だ。圧倒的な悪魔やそれに連なる魔法使い達の圧力の描写と、それに魅入られてしまう哀れな人間達の対比である。悪魔会の遊びのカードの描写の艶かしさと、人間の魂が三角形のゴールドであるという描写が楽しい。また悪魔や魔法使いが次々と現れどういう関係性なのかが気になり続ける構成なのも良い。また最後の自分の勝ち取った自分の魂をヒロインが賭けでまた主人公から奪い、それを大切に保護したことで主人公が一生幸福でいられる描写は愛おしく、それまでの魂の尊厳のない扱われ方と比較してとても美しく明るく感じられる良い終わり方であった。
     最後の博物館を訪ねて、も面白かった。小さな博物館やその周辺で次々と薄ら気持ち悪い行動をとる人々や事象に遭遇したのち、夢幻に広がり様々な様相の部屋を一人にされて延々と彷徨い歩く恐怖、そしてようやく出れたら全くの未来にタイムスリップと、最後まで怒涛の展開でまさに悪夢を見ている気分だ。最後に主人公が悪夢のようだけどここは現実だと自覚する場面からは緊迫感が感じられ、読んでいてこちらも似たような夢を見た経験から恐ろしさに共感する。
     
     また今回の編者後書きも中々面白い形で一人なのにインタビュー形式で書かれている。前半では、あまり知られていないロシアの幻想怪談について詳しく説明され、知らない文化についての知識を蓄えることができだ。しかし最後の最後に世界で一番恐ろしい正体不明で毎回読めない謎めいた本の話から、実はこのインタビュー自体がまだ見ぬこの本の存在を予言し、あったはずのものがなくなる現実改変的恐怖を書くこととなる。編者の後書きまでも怪談であり、最後まで奇怪で恐ろしく面白い読書をさせてもらった。

  • このシリーズはドイツ、フランスも読んだが、個人的にはこのロシアの怪談集が一番バラエティに富んでおり、興味深く読めた。ゴーゴリの「ヴィィ」で主人公が三日三晩、教会でひとり魔物との攻防を繰り広げるシーンは緊迫感を持って読んだし、トルストイの「吸血鬼の家族」で、吸血鬼の目を欺いて馬に飛び乗り、主人公が命からがら逃げ出すシーンは手に汗を握りながらページをめくった。影絵遊びをきっかけに狂っていく親子を描いた「光と影」、定番の因果応報ものとも言える「魔のレコード」等も怪談特有の後味の悪さはあるが、個人的には好きな話。

  • 怖くはないけど、ロシアの名だたる文豪たちのちょっとマイナー寄りな作品がたくさんはいっているのでお得感がある。

    ダントツで好きだったのはチェーホフ『黒衣の僧』。
    チェーホフの幸せなところから絶望に転がり落ちる容赦ない描写が好きな私はこれもとても好きだった。
    狂気と正気の違いとは?狂っていたとしてもそれで幸せだったのなら変に介入するべきではなかったのでは?というように考えさせるところは、同じ作者の『六号病棟』にも通ずるところはあるのかなと思った。
    幻覚と対話する様は少し『カラマーゾフの兄弟』のイワンを思い出した。
    終わりかたもバッドエンドにみえるけど、本人的には幸せだったのかもしれず、私はそういうオチは好きだなぁ。

    あとは『思いがけない客』、『吸血鬼の家族』あたりも好き。

  • ヴィイは、エクソシストの向こうをはった小品。西洋の正統的なホラー。
    所々、アラビアンナイトのようなメタ構造を持って作品が出てくるのは作家の趣味?

  • 思ったよりおもしろくなかったな…
    怪談らしい怪談はA・K・トルストイの吸血鬼の家族くらいかなあ。

  • プーシキン、ゴーゴリ、ツルゲーネフ、チェーホフ、ナボコフ等々大作家の幻想・怪奇短編が一括で読めて大変にお値打ちなアンソロジー、計13編。客を呼ぶのが大好きな貴族がある夜コサックたちをもてなすが、次第に怪しげな雰囲気になるザゴスキンの「思いがけない客」(1834)や、墓の下から賑やかなお喋りが聞こえてくる、ドストエフスキー「ボボーク」(1873)は物の怪も死者もやたらとテンション高くて何だか楽しい。他には吸血鬼もののツボをしっかり押さえた、A・K・トルストイ「吸血鬼の家族」(1840頃)が面白/怖かった。

  • 『アメリカ』と同時に復刊されたロシアの怪談集。
    米露という文化的な背景がかなり異なる国のアンソロジーを読み比べると、何を怖いと感じるかは、非常にお国柄が出るものだと思う。このシリーズ……と言っていいのか、『〜怪談集』は、日本や中国、英国、ラテンアメリカなど、様々な国や地域が選ばれているが、これがアフリカや南洋諸島になったらどうなるのだろう。気になる。

  • プーシキン、ゴーゴリ、トルストイ、ツルゲーネフ、ドストエフスキー、チェーホフ…と収録作品の作家陣が豪華。そして文豪の書く『怪談』が面白くない訳がない。
    本書を読む前は、「ロシアの怪談話」と言えば土着の民話みたいな作品か?と思っていましたが、蓋を開けてみたら大半はゴシック・ロマンスっぽい方向の作品でしたね。

    影絵に囚われる母子を描いたソログープの『光と影』が良い作品のシナリオ運び(怪談ならではの小説上の演出と言えば良いのか)で気に入りました。

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著者プロフィール

名古屋外国語大学世界教養学部教授、東京大学名誉教授

「2023年 『ハーバード大学ダムロッシュ教授の世界文学講義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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