ロード・ジム (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

  • 河出書房新社
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感想 : 10
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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309709673

作品紹介・あらすじ

東洋のあちこちの港で船長番として厚い信頼を得ているジム。しかし彼には隠された暗い過去があった。一等航海士だった頃、ジムは800人の巡礼を乗せた老朽船で航海に出るが、航行中に浸水が発覚する。沈没を恐れた船長たちは乗客を船に残したままボートで脱出。混乱した状況下でジムもその脱出に加わってしまう。卑劣な行為に荷担したジムの後悔は深く、自尊心は打ち砕かれる。何よりも、こうであるはずだと思っている自己像と現実の自分との乖離を受容することができない。喪失した誇りを取り戻す機会を激しく求める彼の苦悩に、物語の語り手マーロウは時に寄り添い、時に突き放しながら、ジムを「私たちの一人」として見守り続ける。過去が暴かれそうになるたび逃避行を重ね、流れ着いたスマトラの奥地パトゥザンで、ジムはようやく伝説的指導者トゥアン・ジム(ロード・ジム)として崇められることとなるが-果たして失われた名誉は回復できるのか。海洋冒険小説の傑作、待望の新訳。

感想・レビュー・書評

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  • 221023*読了
    Amazon、楽天ブックス、実店舗の書店にも置いていなくて、古本で購入。
    本当は世界文学全集はすべて新刊で揃えたかったのだけど…。

    航海士だった頃に犯してしまった過ちから、人生を大きく変えることになってしまったジム。
    マーロウが夜通し語るジムの姿は、誠実であり自意識過剰な若者であり、どこか不安定だった。
    もしあの時、あの選択をしなければ、ジムは普通の航海士として生涯を終えていたのだろう。

    ただ、ジムは幸せだったのかもしれない。
    人生の絶望を味わった時はそれは苦しかったとは思うけれど、秘境にやってきて、そこで愛する人と出会い、多くの民から慕われて。
    数年だったとしても、自分の人生を愛せたのかもしれない。
    そんな結末なのかよ…と、物語の終焉は切なく感じました。

  • 長い。前半はメルビル風で、闇の奥のようなコンラッドぽさは後半。前半に比べて後半は地味でちょっと退屈。面白いけれど春に読んだのは失敗だったかな。

  • 二重性。

  • あの時、あの人、どんな表情だったんだろう。マーロウのように、ちゃんと見ておけばよかった!

  • 一読すると、一度の過ちで汚してしまった自分の名誉を、生涯かけて償うことで取り戻すことができるのか、というきわめてシンプルな主題を持つ小説のように見える。ピーター・オトゥール主演の同名の映画も同様の主題であった。しかし、改めて読み返してみると、それだけではない気がしてくる。

    二年の養成期間を経て、晴れて憧れの船乗りになったジムは、航海中倒れてきた円柱の下敷きになり、東方のとある港に下ろされる。病院には恢復を待つ様々な船員の姿があった。仕事に戻る際、ジムは本国に戻らず、地元船の一等航海士の職を選ぶ。ジムの乗った「パトナ」号と呼ばれる老朽船は、マレー周辺から集まった800人の巡礼を載せてメッカに運ぶのが任務だった。

    そのパトナ号が紅海近辺で座礁する。船長はじめ四人の白人船員たちは、事故に気づいていない乗客を見捨て、自分たちだけボートに乗って逃げようとする。ジムは、はじめ船に残ることを選ぶが、他の白人船員に呼びかける「飛び下りるんだ。」の声に誘われるように海に飛び込んでしまう。

    すぐに壊れると思われた船首隔壁が持ちこたえたため、パトナ号は沈没を免れ他船に救助される。乗客を見捨てて船員が逃げるということは許されるものではない。海事裁判が開かれ、白人船員たちは船員資格を剥奪される。船に乗れなくなったジムは、港々で碇泊中の船に必要な物資を提供する船長番という仕事に就き、名船長番として評判になるが、パトナ号での噂はどこまでも追いかけてくる。その度に逃げるように職を辞しては別の港を探すという日々を続けていた。

    この話の大半の語り手は、ジムから事件当夜の話を聞いたマーロウという船長だが、そのマーロウの友人スタインの世話で、ジムは、パトゥザンという、商人にも名ばかり知られているが、誰も訪れた者のいないジャングルの奥地に赴任することになる。ジムは、そこでの活躍が認められ、現地人にトゥアン・ジム(ジム閣下=ロード・ジム)と呼ばれることになる。美しい娘とも結ばれ幸せなジムだったが、悪名高いブラウン船長の出現がジムを窮地に追い込むことになる。

    濃厚なオリエンタリズムを漂わせる東洋の海を舞台にした海洋小説。筋立てや舞台を見れば、典型的な娯楽小説のそれだ。ところが、作者は第三者的な位置にある話者を介在させ、主人公への安易な感情移入は許さない。そのため、ジムの人物像をどうとらえるかは読者に委ねられる。つまり、読み終わった後「ああ面白かった」と言ってすませることができないのだ。この小説が発表されたのは1900年。機械的に言えば19世紀だが、内実は20世紀小説である。神の如き存在が世界に君臨し、総てを統御するなどということは信じられなくなってきていた。人の行為を裁くのは「神」ではなく「人」になったのだ。

    ジムの話を聞いて読者に伝えるマーロウという語り手の内心の声が加わることで、読者はジムの行為をどうとっていいやら悩まなければならない。逆に、そこにこそこの小説の面白さがあるといっていい。乗客を見捨てて、海に飛びこむジムの弱さを責めることのできる人がいるだろうか。窮地に陥ったとき、多くの人が心の中で一度や二度、海に飛び込んだ経験を持っているにちがいない。リアリストであるマーロウやスタインは、現実を直視することで、自分の中にある弱さや醜さを知っている。しかし、それは自分だけではなく人間なら誰もが持つ弱さでもある。しかし、ジムはそれを認めようとしない。スタインは、ジムのことをロマンチストと呼ぶ。マーロウは、それだけではないと思いながらも自分とは異なる価値観を持つジムに興味を持ち、次第にそれが親愛の情に変化してゆく。

    しかし、マーロウが実名で登場するまでの冒頭部分には、ジムの心のうちを直截に語る話者がいる。養成船時代のエピソードからは、チャンスを物にできなかった自分の瞬時の躊躇を知りながら、同僚を妬み事実を自分に都合のいいように解釈するジムを見つけることができる。また、怪我が治った後、本国に帰らなかった理由として、安逸な生活を送りながら幸運を夢みている仲間に魅力を感じていたことも明らかにしている。これらのことから分かるのは、ジムという人物は退屈な現実よりも想像力が描き出す事態の方に魅力を感じるタイプの人間だということである。

    だとすれば、船長たちが逃げ出した裁判に出廷して証言してみせたことも、その後の船長番としての活躍も、パトゥザンでの戦いで指揮をとったことも、みな彼の中にあるイデアリストの仕業ではなかったのか。パトナ号の事件を知る者が現れると、その港を逃げ出してしまうのは、自分の想像が創り上げたイマジネーションとしての自己の像が、現実の自分の像の前に色褪せて見えるのを恐れる心の為せる業であった。そう考えることができる。神を信じることのできる人物なら他人の目に自分がどう映るかなど気にしない。他者の評価が気になるのは、この世界が人間の思惑でできあがっていることを実感しているからである。ジムという人間は、神などこの世界にいないことを知りながら、英雄的な自己像を幻視することで世界と自分を偽って生きていたのではないか。

    果たして、ジムはどんな人間だったのか、というのが作者コンラッドの提示した謎である。解釈は読者に委ねられている。冒頭部に示されたジムの姿がそれを解く鍵ではないだろうか。

  • じっとり濃密な空気に息苦しさを感じるほど。理想の自分と現実のそれとの乖離に苦しむジムに私は到底共感できないけれど、マーロウという語り手のおかげで切実さや滑稽さが渾然一体となるジムの物語を享受することができた。

  •  「闇の奥」の作者コンラッドの代表作。新訳です。

     船員として明るい前途を持っていて主人公が挫折し、名誉をいかに回復していくかという冒険小説のテーマとしては定番である再生の物語。
    海洋冒険小説の最高傑作と謳われていますが、1900年に書かれた文学史に載るような作品ですので、倒置法やら擬人法やら(他は知らない)で修辞された文章がタップリです。書き手は能力と集中力を費やして書いたんでしょうが、読み手は残酷に飛ばしたり、斜めに読んだりで粗筋を追うことになりました。

    こうした文学作品を読んでいつも思うことは、読んだと言うことが最大の収穫だということです。

     この本はピーター・オトールの主演で映画化されています。「アラビアのロレンス」の二匹目のドジョウを狙った様な作品でおそらく失敗作だったのか映画史から忘れられています。

    今、原作を読むと、自分の理想に酔ったように、時に恥かしげに振舞う主人公は「ロレンス」でのピーター・オトールとイメージがが重なり、その意味ではピーター・オトール起用は正解だったようです。

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著者プロフィール

1857年ロシア領ポーランド生まれ。商船員として世界を航海したのち、1895年作家デビュー。99年『闇の奥』を発表。本書のほか、『密偵』『西欧人の眼に』など、現代にも通じる傑作を数多く遺した。

「2021年 『ロード・ジム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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