- Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334038595
感想・レビュー・書評
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暮らしの中で生まれた詩と人生が 交差する
暮らしの中で生まれた詩 に 励まされる
一見、何の役にも立たないようなものが
結局は、一番の心の支えになっていた
ことはありがちである
そんな想いが
読んでいる間に
ずっと漂っていました詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「もしも(if)」があってこそ創造物が生まれるといって過言ではない。著者は、「もしも(if)」を、想像力を呼び覚ます装置、と分析している。「もしも(if)」を用いることによって、思考停止状態の泉に石を投げ入れ、波紋を生じさせることができる。そして詩とは、役に立つものとは言えないけれど、そういう作用を持っていたりもするよね、というように、あとがきでは締めくくられていました。もっとも、そういう一石によって発生する波紋は、琴線を揺さぶる波紋になります。楽しい、哀しい、面白い、切ない。そしてもっと複雑な音色を心中に響かせもする。ものによっては言語レベルが高すぎて、その詩を理解できるまでいかない場合もありますが、そういった悔しかったり残念だったりする経験が、「わかりたい」という意欲に転化して、一歩も二歩も、いや、五十歩も百歩も、言語的山道をのぼっていくようなことになり、見たことのない景色を知ったりもするでしょう。本書は、紹介される詩句がまずおもしろいのですが、なにより著者のエッセイそのものに気持ちよさをとても感じました。読むことの幸せをつよくつくれる文章って、すごいよねえ、と思います。
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一期一会の英語の詩に心を打たれ、思わず書き留めました。しばらくの間、繰り返し眺める詩になりそうです。
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「「もしも」が果たす役割は大きい。「もしも」をバネにして、イマジネーションは動き出す。時代の流れをがらりと変えるのも、先見の明を持った「もしも」だ。日常生活においても、「もしも」が思考停止状態から解き放つカギになる。もちろん、詩作りにおいても、「もしも」は絶対に欠かせない。アメリカの詩人たちは、これまでどういった力強い「if」を発明したのか?平安時代の歌人は、なんという巧妙な「もしも」を使って、「老い」から逃れようとしたのか?どんな難問にでも耳を傾け、相談役になってくれる―そんな「もしも」の数々を、詩人のアーサー・ビナードが、選りすぐりの名詩を味わいながら紹介。言葉の魅力を存分に伝える、珠玉のエッセイ。」
目次
1 「もしも」と出会う
もしもマニフェスト
「もしも」のタワークレーン
おもてなしの「もしも」
「イフ」堂々
2 恋する「もしも」
なれ初めの「もしも」
もしも、モテたら
もしも愛しちゃったら
もしも会えなかったら
もしもマンゴー
3 世界を見つめる「もしも」
後出しの「もしも」
意地悪イフ
もしも「お金」が死語だったら
唯一の「もしも」
どちらもの「もしも」
4 「もしも」と生きる
縁起でもない「もしも」
取り返しのつかない「もしも」
もしもごっこ
空飛ぶ「もしも」
著者等紹介
ビナード,アーサー[ビナード,アーサー] [Binard,Arthur]
1967年米国ミシガン州生まれ。高校時代から詩作を始め、ニューヨーク州コルゲート大学英米文学部を卒業。’90年に来日後、日本語での詩作を始める。2001年、第一詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞受賞。『日本語ぽこりぽこり』(小学館)で講談社エッセイ賞、『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)で日本絵本賞、詩集『左右の安全』(集英社)で山本健吉文学賞、『さがしています』(童心社)で講談社出版文化賞絵本賞を受賞 -
もしも詩があったら アーサー・ビナード 光文社新書
歴史にモシモは無いと言うが
「if・もしも」の広がりを切り口にして
過去を洗い直し
未来の可能性を開くことで
重たくて鈍くなった人生に
活を入れることができるかもしれない
特に詩を描く創造の世界には
欠くことの出来ない新たな一歩なのだ
p213のウィリアムプレイクの詩「ハエに」と
p224のエリザベスコーツワースの詩「かもめ」が
良いね
Wise Man of Gothamがバカの代名詞だと聞いて
もしもバカに成り切れるならばすごいねともおもう -
『サピエンス全史』の1つのトピックに、「想像力の獲得」があった。
ある時点で、人類は「想像」を手に入れ、そして「物語」が、つまりは「創造」することができ、繁栄に至った、と。
「もしも」の発見である。
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「もし「もしも」がなかったら、ぼくらはこの世に生まれてこなかったかもしれない。」 -
↓貸出状況確認はこちら↓
https://opac2.lib.nara-wu.ac.jp/webopac/BB00236153 -
「もしも」をキーワードに現代の日本を読む。
何を主張したいのか、本編ではわかりにくい。
それらはあとがきに凝縮されている。
「もしも」が効果的に使われている世界の詩人たちの作品を紹介しながら、世界はどうあるべきか、やんわりと問ういている。
紹介されるのは知らない詩人が多くて、とても興味深かった。それらの詩人たちの作品にもっと触れたい。 -
いろいろな英文を引きつつ「もしも」「if」の役割について考える本。なるほどなー、ふむふむ、と思うところがたくさん。
もしも、をとてもポジティブな言葉としてとらえている。飛躍、脱出、転換のためのカギとして。反対語は「しかたがない」「無理」という思考停止ではないかというくだりが印象的。もしも、の反対は「現実」ではないんだ、と目の覚めるような思いがした。
「生きるためのif」の章が良かった。
Oh, if instead she'd left to me
The thing she took into the grave! ―
That courage like a rock, which she
Has no more need of, and I have.
母がもし、岩のようなあの勇気をかわりに残してくれていたら!
今の母には必要ないかもしれないもの―
でもわたしにあったなら、どんなにか。
亡くなった母が備えていた勇気へ背伸びするためのバネとして使われているif。一見、無いものを欲しがるような文だ。でも、wantではなくifを使うことによって、無いことを認めたうえで自分に必要なものを見据えて手に入れようとしている感じが出ていると思う。 -
[図書館]
読了:2015/7/5
p. 159
If you do not understand a man
you cannot crush him.
And if you do understand him,
very probably you will not.
もしある人を叩きつぶそうと思ったら、
まずその相手を理解しなければならない。
そしてもし、相手を理解するに至ったら、おそらく
叩きつぶそうなどとは、もう思っていないだろう
p. 154 キリストを看板に使っているカトリック、あるいはプロテスタント、あるいは正教会をとってみても、どうもその教えを実践しているようには見えない。キリストのカッコよさが全部どこかへ飛んでしまい、残るはセレモニーの抜け殻ばかり。
そもそもキリスト教の土台となったユダヤ教も、同じ流れの中から生まれたイスラム教も、経典をひもといてみれば「汝殺すなかれ」と、人殺しを禁ずる戒めに出会う。世界の三大一神教はそこが共通点だというのに、殺し合いの歴史を積み重ねてきて、二十一世紀に入っても、やめる気配などない。
→ そうそうそうそう。そこなんだよ宗教がうさんくさいのはぁ。信仰を否定する気はないが宗教は信用できない。
p. 122 電車内の Please inform the station staff or train crew immediately if you notice any suspicious unclaimed objects or persons in the station or on the train. は相当イラつくひどい英語だそうだ。「お願いだから大至急乗務員に知らせてくれ」とこちらを駆り立てて行動を促しているかと思ったら、悠長なコンマが差し込まれ、続けて「もし何か怪しいものとかに気付いたならば」とガクッと落とされる、空騒ぎメッセージである。immediately の位置もifの位置もひどい。