天使の蝶 (光文社古典新訳文庫 Aフ 5-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (407ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334751661

作品紹介・あらすじ

「先史時代の鳥類」のような奇怪な骨を見つけたのは、廃墟と化した大戦後のベルリンのアパートの一室…。表題作「天使の蝶」には、化学者でもあったプリーモ・レーヴィの世界観が凝縮されている。人間の夢と悪夢が交錯する、本邦初訳を多数収録した傑作短編集。化学、マシン、そして人間の神秘をつづった珠玉の15編。

感想・レビュー・書評

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  •  原著1955年刊。
     ユダヤ系イタリア人で、戦時中アウシュヴィッツに収容されたが、大学で化学を学んだことが幸いし、奇跡の生還。その後出版したアウシュヴィッツについての証言『これが人間か』(旧邦題『アウシュヴィッツは終わらない』)を出版し、これがじわじわと評判を呼ぶ。
     そんな特異な経歴を持つ作家レーヴィはどんな小説を書いたのだろう、と素直な興味を持った。しかし実際に読んでみると、ソフトなSFといった趣の軽いエンタメ物語で、ここには「異常な体験」も「人間存在の深淵についての意識」も認めることはできない。
     まあ、暇つぶしに読むような、軽いエンターテイメントという感じがした。あのアウシュヴィッツ生還者のレーヴィの、と思って手に取るのでなければ埋もれてしまいそうな小説集である。
     この短編集の中では「天使の蝶」「ケンタウロス論」辺りはわりあい面白かったか。

  • いやはや、面白かった。ユーモアというカーテンの向こうで人類への警鐘が鳴り響いているので、楽しみながらもどこかひんやりとしたものを見つめている自分にふと気づいてしまうという、奇妙で興味深い読書体験をさせてもらった。個人的にはとても好みで、作者の他作品も読んでみたくなった。

  • ユダヤ系イタリア人として生まれ、アウシュビッツで絶望的な状況に向き合い、化学者として生き、戦後かなりの時間が経過した後に自死を遂げた詩人、プリモ・レーヴィの短編集なのだが、彼が小説を必要とした唯一の理由は、あらゆる重力のくびきから逃れるための「軽さ」を手に入れることだったのだと思う。それほど、これがあの『アウシュビッツは終わらない』と同じ作者だとはにわかには信じがたい。
    しかし、その「軽さ」はそんな歴史の「重さ」のみに対比されたものではないような気がする。
    彼の身がそんな「重さ」にたわむまえから、彼自身が生来身にまとっていた蝶のような「軽さ」。
    そんな「軽さ」を再発見すること。

    だから、この小説集をその経歴にふさわしいものばかりが紹介されてきた彼のもうひとつの側面、と簡単に片付けるにはあまりにも美しく、コミカルで、優雅だ。
    そのメタフィクショナルな構造やほとんど星新一ばりのライトSF的な素材やNATCA社シリーズのドラえもんめいた想像力(シンプソンさん最高!)。「揮発性脂肪酸」「不飽和ケトン」「フェノール酸」。そんな化学用語が、これほど詩的で官能的な言葉だったのかと思い知らされる。

    まず冒頭の「ビテュニアの検閲制度」を騙されたと思って立ち読みしてみよう。
    その掌編の最後のページではっとしたら、次の「記憶喚起剤」まで読み進めて、きっと打ちのめされるはず。

    カルヴィーノが文学講義を「軽さ」からはじめた意味を、この短編集を読み終えて改めて思う。
    そんな物語の力を。
    そして、プリモ・レーヴィという人自身がどんなにチャーミングで矛盾に満ちた人だったのかということも。

    彼の全著作の出版を希望します。

  • 作者が科学者だという事実を先に知ってしまったからなのか、
    全体的に作品が骨格張って、別世界のレポートを読んでいる様な
    感じがしました。それはとても良い意味で、です。

    起承転結の[結]の部分が曖昧なのが憎い。そして面白い。

  • 鶏が検閲をしたり、天使を作ろうとして鳥の化物ができてしまったり、創世記でヒトを作ろうとしているときの会議の様子やケンタウロスや車の性についての話、営業マン・シンプソン氏によって勧められる不思議な機械。。化学者でもあり、アウシュビッツを生き延びた著者によるものであるからなのか、科学的で自由な発想で書かれているのだが、どことなく皮肉めいている。あまり読んだことはないんだけど、星新一や渋澤龍彦のような感じもした(個人的に)。

    4,5話くらいあるシンプソン氏の機械の話は、本全体を読みすすめていくと楽しみになってくる。今度はどんな機械が出てくるのだろう・・・と。シンプソン氏が出てくるものでは「完全雇用」が好きだなぁ。機械というより、ハチなどの昆虫と会話をして色々協定を結んだりするものなんだけど。でも、最後の「退職扱い」は読んでいて薄ら寒くなった。ハチとも会話をしたシンプソン氏があんなことになってしまうなんて。

    ○「退職扱い」より
    哀れなシンプソン! 彼の人生はもはや終わったも同然だ。NATCA社のために何十年と真面目に働きつづけたというのに、同社の最後の機械によって排除されてしまったのだ。(中略)死を意識しながらも、シンプソンはけっして怖れていなかった。すでに六回、それも六回とも違うパターンで体験ずみだったのだから。それは、黒ラベルのテープのうち、六本に刻まれていた。

    あとから考えてみると、その機械によって廃人同然になってしまったこと、死についてのテープがあったこと、そしてそのタイトル(考えすぎかもしれないけれど;)・・・背筋がぞぞっとしてくる。科学技術も使い方を誤ると怖いものだ。。

    プリーモ・レーヴィの他の著作も読んでみたいなぁ。

  • わりとSF寄りの幻想小説の短編集。ストーリーの組み立てがロジカルですが、詩的な空気もあり、通底に哀しみや諦念が横たわっています。
    著者のプリモ・レーヴィはレジスタンス活動によりアウシュヴィッツに収容された後、生還。戦後は化学者として化学品メーカーに勤める傍ら創作活動をするも68歳で自死。作品にも彼の生涯の影や気配を感じてしまいます。
    印象的だったのは
    表題作『天使の蝶』、戦時中、アパートの一室で密かに研究されていた人間の完成形、というかグロテスクな天使。しかし天使は群衆に惨殺されてしまい、死骸の行方は知れずという象徴的な物語。
    『転換剤』、苦しみについての物語。肉体的苦痛だけでなく精神的な苦痛すらも快感に転換させる薬を発明した化学者の自滅を知った主人公、というよりは作者自身の独白が印象的。「たとえば不在や、己を取り巻く無、取り返しのつかない失敗といった苦痛や、自分が敗残者であると感じる時の苦痛、そんなものも全て喜びに変えてくれるだろう。」
    関係ないですが、苦しみや悲しみ、孤独感の足枷を引き摺らないツルりとした人生は羨ましいですが、そういう人の創作物は味気ないなあと思います。
    で『ケンタウロス論』、物静かで知的なケンタウロスがある出来事を機に、文字通り足枷を引き摺り走り去るお話。ケンタウロスの感じる孤独や疎外感が哀しく美しいです。

  • 再読。ファンタスティックなタイトルですが、中身は結構エスプリの利いたSFの短編集。シンプソン氏という、なかなかトンチキな発明品の多いOA機器会社のセールスマンが登場する作品がいくつかあり(詩歌作成機、低コストの秩序、ミメーシンの使用例、美の尺度、完全雇用、退職扱い)三次元複製機ミメーシンで妻を複製しようとする男の話など面白かったです。これ、ある意味3Dコピー機として現在は実現してるのも面白い。

    表題作はあるマッドサイエンティストの実験の話。幼形成熟(ネオテニー)がキーワードとなっている。代表的なのは日本ではウーパールーパーの名前で知られるアホロートル。メキシコサラマンダーの幼形なのだけど、個体として成熟しておりそのままで繁殖能力がある。これの逆転の発想で、もしかして人間は幼形成熟であり、さらなる進化系が存在するのではないのか、それは天使ではないのか、という仮説に基づいた実験をレーブ博士という人物がおこなうが…。

    「詩歌作成機」「眠れる冷蔵庫の美女」「創生期 第六日」は戯曲形式。「眠れる~」はコールドスリープの美女を代々預かっている家庭で、実は夫はその美女と…しかし美女はもっと若くて良い男と駆け落ちし…というブラックコメディ。「創生期~」は人間をどのような形態にするかという会議。

    お気に入りは「ケンタウロス論」。ケンタウロスのオスは、人間の男性と馬のメスの間に生まれる。ケンタウロスのメスは、人間の女性と馬のオスの間に生まれるので、上半身と下半身がオスのケンタウロスとは逆(上半身が馬で下半身が人間)。こちらはそもそも誕生比率がオスより少ないうえに、形態的に長生きできないため、ケンタウロスはほとんどオスしかおらず、彼ら同志の間では生殖できない。そのうえ馬の下半身を養うために大量の食べ物が必要だが、人間の上半身でその量を食べるのは大変なので、一日の大半を食事に費やさなくてはならない。著者は化学者だったので、なんというか神話の生き物のもとも化学的に分析されている感じ。

    ※収録
    ピテュニアの検閲制度/記憶喚起剤/詩歌作成機/天使の蝶/猛威苔/低コストの秩序/人間の友/ミメーシンの使用例/転換剤/眠れる冷蔵庫の美女/美の尺度/ケンタウロス論/完全雇用/創生期 第六日/退職扱い

  • シンプソン氏の出てくる短編は良かった。技術的なSFでは無い感じがする。

  • SFでありながら非常に詩的で神話的で終始背中にぞくぞく来るものがあった。もうどこまでも私好み。以下激しくネタバレ。///シンプソン氏のNATCA社シリーズは、3DプリンターやVRの超すごい奴が出てきたりして、思わず私たちの「これから」に思いを馳せずにはいられない。にしても「検閲は鶏に」とか「測定される数値こそが美」とか痛快なまでの皮肉と「痛みこそ生の番人」というような真理が同居してるし、トレックで女優さんのハプニングとか細部に至るまでもう本当すごい。蜂の話とかも面白かったのに…辛いなぁ。何度でも読む。

  • 今の時代を見ているようで
    非常に恐ろしいように思えます。
    と、言うかこれからの人間への警告も
    含まれているのでしょうか…

    彼は化学者でもありました。
    それゆえに、これらの未来の商品に関しては
    本当に洞察力がありました。
    そのうちの一部は出てきています。

    だけれどもその中には絶対に
    日の目を浴びてはいけないものもあります。
    表題作も然り、痛みを快感に変えるそれも…

    著者はどこかに心の闇があったのでしょうか
    最後は自殺してしまいます。
    貴重な方をなくしましたね。

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著者プロフィール

1919年、イタリア・トリーノ生まれ。トリーノ大学で化学を専攻。43年イタリアがドイツ軍に占領された際、レジスタンス活動に参加。同年12月に捕えられ、アウシュヴィッツ強制収容所に抑留。生還後、化学工場に勤めながら作家活動を行い、イタリア文学を代表する作家となる。その円熟の極みに達した87年、投身自殺を遂げた。

「2017年 『周期律 新装版 元素追想』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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