地球の平和 (スタニスワフ・レム・コレクション)

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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336071361

作品紹介・あらすじ

自動機械の自立性向上に特化された近未来の軍事的進歩は、効果的かつ高価になり、その状況を解決する方法として人類は軍備をそっくり月へ移すことを考案、地球非軍事化と月軍事化の計画が承認される。こうして軍拡競争をAI任せにした人類であったが、立入禁止ゾーンとなった月面で兵器の進化がその後どうなっているのか皆目わからない。月の無人軍が地球を攻撃するのでは? 恐怖と混乱に駆られパニックに陥った人類の声を受けて月に送られた偵察機は、月面に潜ってしまったかのように、一台も帰還することがなかったばかりか、何の連絡も映像も送ってこなかった。かくて泰平ヨンに白羽の矢が立ち、月に向けて極秘の偵察に赴くが、例によってとんでもないトラブルに巻き込まれる羽目に……《事の発端から話した方がいいだろう。その発端がどうだったか私は知らない、というのは別の話。なぜなら私は主に右大脳半球で記憶しなくてはならなかったのに、右半球への通路が遮断されていて、考えることができないからだ》レムの最後から二番目の小説にして、〈泰平ヨン〉シリーズ最終話の待望の邦訳。

感想・レビュー・書評

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  • レム最後から二番目の小説の初の邦訳。<泰平ヨン>シリーズ最終話。シリーズ作品ではあるが内容的には完全に独立した作品であり、とくに他作品を読んでいる必要はない。本文320ページほど。巻末に訳者あとがきと解説がある。

    軍事的進歩をAIに依存する未来の地球では、各国合意のもとすべての軍備をそっくり月面に移すという選択がなされていた。AIによって推し進められている軍事開発の内容は、事前の取り決めによって徹底した監視下におかれ、地球上の人類はその内実を一切知らなかった。究極の軍縮をなしとげ一時的な平和が達成された地球上の人類だったが、やがて月面上のAIの反乱を恐れ始める。月の軍事施設を管理する超国家機関ルナ・エージェンシーは、月の現状を知るために自動偵察機を送り込むも、偵察機が破壊されて情報を得ることができなかった。

    そんな状況のなか、調査依頼を引き受けた泰平ヨンは、ルナ・エージェンシーでのトレーニングのあと月に向かう。船内から遠隔操作用のパワードスーツといえる遠隔人(リモート)を用いて調査を試みるヨンだったが、調査の過程で自らが月面に降り立った際になんと遠隔完全脳梁切断術(カロトミー)を受けてしまい、左脳と右脳の意識がバラバラになってしまった。そのうえ、手術の影響により月面着陸時の記憶を失ったまま地球に帰還する。

    全11章。冒頭の時点でヨンの月への探査はすでに終了しており、第一章で上記までの情報が明かされている。物語はヨンがルナ・エージェンシーに依頼を受けてから月の偵察までの過去と、地球帰還後の現在の日々を交互に織り交ぜながら進む。その過程でヨンがおこなった偵察の詳細や、失った記憶によって月の秘密を握っていると目される、カロトミーによって分離され別人となったた右半球との不思議なやりとり、そして重要な情報を持ち帰ったヨンの身に迫る危機が描かれる。

    「AIによる兵器の進化」「脳梁切断による分離脳」の二つがテーマとなっている。AIに託された軍事技術の進歩がどのような結果を招いたかは最終章まで明かされず、最後まで謎への興味は失われなかった。ヨンによる月の軍事施設偵察で現れる不思議な体験の数々はSFらしい楽しみがあり、人類の手によるものでありながらその一切が不明な軍事開発の現実に初めて触れるという意味では、一種のファーストコンタクトを描いたものともいえる。また、物語の背景となっている、テクノロジーに浸りきって退廃的にもみえる地球社会の実情も興味深く、部分的には現在との符号を連想させる箇所もあり古さは感じなかった。右半球とのコミカルなやりとりや脱線からの長広舌などといったシリーズらしい諧謔性も変わらずだが、展開が進むにつれてシリアスなトーンに傾いていく。

    二つのテーマを軸に、大きな謎の解明に迫りながらその過程としてSFやアクションといった見せ場も多く、仮想された未来社会の様子も面白い。とりわけ「脳梁切断による分離脳」が意味するものが何なのかについては、意味深く感じさせられる。

  • (SF)どうせ自分には読み取れないよくわからないと覚悟しつつも、世界観に浸りたい欲望で手に取り、やっぱり難しかった。というか頭が情報処理をしないんだよな。 でも他の作者の作品に比べると読み側への愛情?気配りは感じられる。

  • ナンセンスなアクションシーンはアニメ化希望させる。結末は絶望ではなく希望を感じさせる。

  • 何気に泰平ヨンシリーズ読んだのはじめてでした
    右脳と左脳の分離と、AIという現在でも全く色褪せない2つのめちゃくちゃキャッチーで興味深い主題がからみ合って重厚なやつかと思いきや、案外スパイ小説的なスリリングさがあり、かつ、コミカルですらあって、おもしろかった
    自分の名前LEMで何回も遊んでるところとか、笑える

    ところで、主人公は原語だとヨン・ティヒていう名前らしいけど、それがなんで泰平ヨン、て訳したのかが気になって仕方ない
    原作では、ヨン・ティヒはロシア語の「静かなるドン」の言葉遊びなのだそうなのだけど、そっから何がどうなったら「泰平ヨン」になるんだろう。気になるわあ

  • レムの最後の作品。
    あまりにも複雑であちこちち話が飛ぶのでわかりにくい。
    ところどころは極めて鋭いのだが、過去の泰平シリーズとは一見似ているようだが、主題の見えなさが全然異なる。
    正直、期待外れ。

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著者プロフィール

スタニスワフ・レム
1921 年、旧ポーランド領ルヴフ(現在ウクライナ領リヴィウ)に生まれる。クラクフのヤギェロン大学で医学を学び、在学中から雑誌に詩や小説を発表し始める。地球外生命体とのコンタクトを描いた三大長篇『エデン』『ソラリス』『インヴィンシブル』のほか、『金星応答なし』『泰平ヨンの航星日記』『宇宙創世記ロボットの旅』など、多くのSF 作品を発表し、SF 作家として高い評価を得る。同時に、サイバネティックスをテーマとした『対話』や、人類の科学技術の未来を論じた『技術大全』、自然科学の理論を適用した経験論的文学論『偶然の哲学』といった理論的大著を発表し、70 年代以降は『完全な真空』『虚数』『挑発』といったメタフィクショナルな作品や文学評論のほか、『泰平ヨンの未来学会議』『大失敗』などを発表。小説から離れた最晩年も、独自の視点から科学・文明を分析する批評で健筆をふるい、中欧の小都市からめったに外に出ることなく人類と宇宙の未来を考察し続ける「クラクフの賢人」として知られた。2006 年死去。

「2023年 『火星からの来訪者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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