- Amazon.co.jp ・本 (251ページ)
- / ISBN・EAN: 9784344017856
作品紹介・あらすじ
もっとも危険な現代美術家による初エッセイ集。
感想・レビュー・書評
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面白かったー。
視点が独特で自由。
堅苦しくなくてわかりやすい。
「天才でごめんなさい」の展覧会のタイトルのイメージが強く、勝手に確信犯的なものの作り方なのかとイメージしていたが、自由でも人間くささを感じるエッセイだった。一気に人となりが好きになってしまう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
絵だけでなく、文才もある人である。普段何を考えて、感じて創作活動をしているのかがわかってよい。家族の様子もわかる。あと、根本敬先生への言及もあってよかった。
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必要にせまって、得るものは大きい。
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変態性を期待して読んだんですが、至極マトモな面白いエッセイでした。視点、感性はやっぱり常人とは違う、それを文章にする能力はやっぱり高いんだろうなぁ~。大場久美子に対する学問的考察とか地理的マイナーな東金の話とか言われて見て初めてあぁそうなのか、と思う場面は多々あり。普通の人は妄想をここまで突き詰めて考えないだけかもしれないけれど。表紙があの「滝の絵」で会田誠氏の作品の中でも特に好きな作品の一つ。各章毎の扉絵に女の子がアップで載せられていて、一々「あ、この子は『滝の絵』のあそこに位置する子だ」と確認しながら読んでました。実物を見た時に一番可愛く描けているのでは?と思った子は159頁です。(探しました。私ってバカ?)
だいぶ会田誠熱に侵されている様な気がします。-
「読ませる」散文は少ない、ので手にする機会はあまりない。 が、筆者がアノ人となれば話は違う。奴の頭の中を少し覗き見してやろう的な気持ちでペー...「読ませる」散文は少ない、ので手にする機会はあまりない。 が、筆者がアノ人となれば話は違う。奴の頭の中を少し覗き見してやろう的な気持ちでページをめくる。めくる。めくる。・・・読まされた!
悔しいのだ、自分の感受性の低さが。彼の作品から何もキャッチできないのだ。文ならはまだわかる。天才ではないが、散文においても破壊を試みる仕業は好い。
最後に「滝の絵」について一言。自分の中では惜しいのだ。巨大な絵を前にしたとき、鑑賞者の目線が上下する。そのとき下から滝の上を「見上げた」視覚効果が加味されていれば、もっと面白みがあったのではないかと思っている。それと主観的な「美」の相違であろうが、私は描かれている少女の手足の特に長さが不自然に感じて仕方がないのだ。
ともあれ、世に問おう。文、これも芸であるなら、アーティストを名乗るものよ、彼のように取り組むべき分野ではなかろうか。(凡人にはありがたいのだ)2013/04/07 -
2013/04/07
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現代美術作ってる人って小難しいこと考えてるんだろうなーってのをなくしてくれます。こういう体験からこういうの作ろかな〜みたいなネタバレもしてくれてます。
子育てとか料理とか、人となりがわかって面白いです。
どこが一番面白い?と言われたら思い出せないけど、親しみやすいなーって印象です。薄くもあり濃くもある。そんな感じ。2013.02.15 -
美少女画が上手なのは、中学生のときから鍛えた技法によるもの。
新聞や雑誌の写真の服をシルエットを残しながら砂消しゴムで注意深くはがし、
通常の消しゴムで下地をきれいに仕上げてから、
鉛筆や色鉛筆を使い、服の下を想像しながら作品を作り上げていく。
その技法で物足りなくなると、
首から下は、自分の好きなポーズとして、絵の具を使って描くようになっていく。
ほかにも、
東金市の小学校に通う問題児の息子さんの日常、
得意料理の本格カレーと新潟のご家族の不仲、
零細企業の工場と間違うほど汚い!中目黒のミズマアートギャラリーでの2008年の個展の準備の話とか、
広島市民感情を逆なでしてしまったチムポムの「ピカドン」問題、
などイロイロ。
カリコリとは頭を掻くしぐさのプライベート用語とのこと。
どんなシャンプーでも痒くなるので使わない。
でも痒いのはおさまらないので、掻いてもらう。
お肌に優しいMINONのシャンプーでもダメなのかな? -
2012年11月24日(日)、読了。
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会田誠は至極まともで普通の日本人男性だと思う。いい意味で。
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画集だと思ったらエッセイ集でした。会田さんの日常がざわざわと、わざわざと、細胞一つ一つまで染みついてきますね。変態チックだけど、それが普通のお父さんなんですよね~。