居酒屋お夏 十 祝い酒 (幻冬舎時代小説文庫)

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  • 幻冬舎
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  • Amazon.co.jp ・本 (316ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344429307

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  • 祝い酒ー居酒屋お夏シリーズの10作目【完結編】
    2019.12発行。字の大きさは…中。
    白瓜、飴玉、祝い酒の短編3話。

    【白瓜】
    彫金師・勝太郎が、このところ後をつけられたり、女に横面を張られたりしていた事が自分とそっくりな遊び人の辰太郎に間違われた事だと分かる。
    勝太郎は、自分は貰い子であり、もしかすると、自分には兄弟がいるのでないかと思い。御用聞きの牛町の仁吉親分に調べを頼むと、辰太郎とは双子の兄弟だと分かる。
    仁吉親分は、辰太郎に兄・勝太郎と会ってはと言うと…

    【飴玉】
    お夏は、千住に豊久のおりんを尋ねた帰り、麻蔵達一味に両親を殺された10才ぐらいの福太郎を助ける。
    お夏は、麻蔵が探している木札の符牒を餌に麻蔵をおびき出すと…。

    【祝い酒】
    大嶽惣十郎とお夏たちは、仇と狙う小椋市兵衛を襲ったが、市兵衛の罠にはまり危ういところを南町奉行所同心・濱名茂十郎に助けられる。そのとき千住の市蔵が、小椋市兵衛であることを知る。
    濱名茂十郎によって千住の市蔵は、千住を追われ江戸府内の隠れ家に身を潜めて復活の時を待っていた。そんな中で千住の市蔵は、お夏が自分が斬った相模屋のお豊の娘・お夏である事に気が付く。そして、濱名茂十郎が千住の市蔵の隠れ家を襲った時。千住の市蔵は、お夏の居酒屋に…。

    【読後】
    居酒屋お夏シリーズは、10作目で完結である。
    「居酒屋お夏」は、人情物と仇討ちの2本立てであるが。
    私は、お夏が居酒屋に来る客たちにまつわる人情物が好きである。
    最後は、居酒屋で千住の市蔵がお夏と斬りあうがお夏の小太刀が千住の市蔵の体へ…、その時、火災で居酒屋の天井が崩れる…、
    お夏は、どうなったのか…、続編は有るのか、お夏の生死が…。
    こんな終わり方だと、続きが待たれる。
    2020.01.21読了

  • 著者、岡本さとるさん。
    ウィキペディアには、次のように紹介されている。

    岡本 さとる(おかもと さとる、1961年 - )は、日本の小説家、脚本家、演出家。本名、岡本智。

    大阪市出身。立命館大学産業社会学部卒業。松竹勤務を経て脚本家・演出家となる。現在は主にテレビドラマ『必殺仕事人2009』『水戸黄門』シリーズなどの時代劇テレビドラマの脚本を手がける。またドラキュラが関ヶ原に登場する奇想天外な時代劇ロマンス「愛、時をこえて関ヶ原異聞」をはじめとする舞台脚本も多数執筆、演出も手がける。2010年より時代小説も手がけている。

    今回手にした、『居酒屋お夏 十』。
    全3話が書かれており、それは、次のとおり。

    第一話、白瓜
    第二話、飴玉
    第三話、祝い酒


    第三話の「祝い酒」で、大悪党・千住の市蔵との決着になっているので、今回読んだ十巻は、おそらく、このシリーズの最終巻。
    読んでお楽しみの決着だが、中々の決着ですね。

    この巻の内容を適当なところからコピペすると、

    正体不明の大悪党・千住の市蔵は、争闘の場で見たお夏への復讐心を滾らせていた。お夏とて母を殺めた市蔵との決戦は望むところだが、表の顔はあくまでも居酒屋の毒舌女将。同心の濱名茂十郎は、お夏抜きで市蔵捕縛に向かう。正義と悪が激突する白山権現。そこで運命の悪戯ともいうべき事態が判明! お夏の運命は? 人気シリーズ、堂々の決着。

  • シリーズ第十弾。
    ※裏表紙には“人気シリーズ、堂々の決着”と書いてあるので、最終巻になるのでしょうか。

    第一話、第二話は、いつもの“ええ話”で、第三話「祝い酒」が前々から続いていた、お夏の母の仇・千住の市蔵こと、小椋市兵衛との決着です。
    濱名の旦那の奮闘ぶりが胸を打ちますが、結局はお夏VS市兵衛という展開に。
    ラストは居酒屋が炎に包まれ、読者としては「え!?」というところで終わりという・・。
    個人的には、その後、お夏と仲間達が玉子焼をつつきながら祝い酒を飲んでいてほしいという希望がありますが。

  • 時代劇の巨匠 岡本さとる作 長編書き下ろし小説 『居酒屋お夏』(全10巻)。

    レビュー第一声は、長い、長すぎる。である。

    この手の仇討ち話に、10巻は要らない。
    せいぜい、2巻、600ページで十分である。
    本筋には必ずしも必要でない寄り道が多すぎる。


    待ちに待たされた肝心の仇討ち場面は、
    最後の最後、第10巻目のしかも最後の10ページである。
    例えは悪いが、性行為に及んでおきながら、
    なかなかクライマックスに行かさないのと同じ。
    しかも、到ったはいいが、一瞬で終わる。

    確かに、この手の仇討ちもの、長いものが多い。
    先の、知野みさき作『上絵師 律の似顔絵帖』なども、
    4巻1300ページの長編もの。
    ただ、この作品は仇討ちの他に主要テーマを持たせ、
    仇討ちの後も話しは続かせており、全体としては許容範囲内。

    『居酒屋お夏』も、寄り道それぞれについては味があり面白い。
    『居酒屋お夏 短編集』として出せば、文句はないところ。


    さて、この作品。
    母親を無礼打ちとか理不尽な理由を付けて斬り殺され、
    父親もそれが元で生業から外れ病いで死ぬという不幸な娘 お夏の仇討ち話である。
    お夏も本来ならまともに嫁いで女としての幸せな生涯を過ごせる筈の人生が狂い、
    化粧っ気なく、毒舌で、くそ婆ぁと煙たがられる居酒屋の女将をしながら
    仇討ちの機会を覗っているのである。
    そんなお夏の味方となってくれる常連客が次第に増えていくのである。

    居酒屋の常連客の一人である同心の濱名茂十郎、
    同じく同心であった父親が千住の市蔵という
    正体不明の大悪党に滅多斬りにされ殺される。
    実はその市蔵という男は、正に、お夏の母の仇、
    武家の剣道指南役として仕える小椋市兵衞と同一人物だったのである。
    お夏が探している仇と、茂十郎が探す仇が同じ男であったのだ。

    ..........そうするうち、
    市蔵が身を潜めているという館があるとの知らせが入った。
    白山権現裏の寮とか、居酒屋からは遠く離れた処であった。

    *【この居酒屋から遠く離れているというのが、作者の “みそ” であるが、
    読者にとってはまだ違和感はない。 ところがである、】

    ..........「いざという時は助っ人を頼む・・・・・」
    茂十郎はお夏にそう持ちかけた上で、
    お夏自身は目黒の居酒屋に居なければならなぬゆえにと、
    仇討ちの場にくることを拒んでいた。

    *【なにゆえ、作者は、お夏を仇討ちの場に行かさないのか。
    小説にならないではないか。
    そろそろ、ストーリーに対する違和感が出て来た。】

    ..........この日、お夏はかつての仲間達を総動員して、
    そっと茂十郎の助っ人に向かわせた。

    *【仇討ち場から遠く離れた居酒屋には、
    お夏たった一人しかいないというシチュエーション。
    作者が、ラストのクライマックスに向けて黙々と伏せんを打っていたことに、
    この時、まだ気が付かなかった。
    そしてこのあと、やっと作者の意図に気が付いたのである】

    .............六人は、主戦場であった表の庭へ戻り、
    手早く賊達を縄で縛り上げつつ、
    「市蔵はどこへ行った?」
    と、勘吉と十次兵衛を締め上げた。
    「ふふふ、元締めはおれ達のように不覚は取らねえお人だよ。
    お前の相手をするより、女を斬ってみてえとお出かけさ」
    勘助は薄笑いを浮かべながら、茂十郎をじっと見て嘲るように言った。
    「女! 何だと・・・」
    「何でえ・・・、おめえ達と一緒じゃなかったのかい。
    ふふふ、そんなら元締も無駄足にならねえで、済んだってもんだ」
    「しっ、しまったぁ!」
    茂十郎は市蔵に計られたことをそのとき知った。

    「旦那! ごめんなすって!」
    清次は「お嬢・・・!」と叫び声を残し塀を跳び越えた。
    「お嬢!」鶴吉も後を追った。
    茂十郎は、手先のものに番所への言付けを託し、
    残る二人と木戸門を駆け抜けた。
    もう今から駆けたところで勝負はついていよう。
    決着はついていようが、どうあろうが、
    お夏をひとり残した居酒屋に一刻も早く辿り着く
    こと以外何も考えられなかった。
    「あの女が容易く斬られる筈があるものか。そんなはずが・・・・・」


    *【このあと、ラスト10ページのクライマックスシーンへとつづく】


    『居酒屋お夏 第十巻 第三話 祝い酒 十七』

    「何とはなしに、来るんじゃないかと思っていましたよ・・・・・」
    その武士が居酒屋に現れた時、お夏は不思議と心が安らいだ。
    ひょっとして、恋焦がれた男と巡り会えた女は、
    こういう心地になるのかと思ったものだ。
    清次が出ている今日は、日暮れから店を開けるつもりであったが、
    朝から落ち着かなくて、
    ――いっそ店を開けようか。
    縄暖簾をかけんとしたところに、
    「邪魔するぜ・・・・・」
    と、武士は入って来た。
    黒い夏羽織に白い帷子、袴はお召し。
    物持ちの浪人か、身分のある武士の微行姿かと
    思えるこの男は、千住の市蔵であった。
    さすがは ”闇将軍“ とまで噂された市蔵である。
    逃亡の中、 しっかりとお夏の正 体を見極めて、
    客が寄りつかぬ昼下がりにやって来るとは大したものだ。
    今日は店を閉めているのも承知の上であったのだろうか。
    そしてただ一人で、 武士であった小椋市兵衛を懐しむように
    現れたのは芝居がか っている 。
    「こうして訪ねる方が、 手間が省けるというものだ」
    市蔵は静かに言った。
    「ええ、 お互いにね」
    お夏は板場からにこやかに応えた。
    その右手は、目の前の棚に忍ばせてある、朱鞘の小太刀に伸びている。
    「千住の元締、 お前の乾分はどうしているんだい?」
    「さあ、 今頃は忌々しい木っ端役人を始末しているのではないかな」
    「そいつはおあいにくさまだね。 あべこべに、
    あたしの仲間に始末されているだろ うよ」
    「なるほど、 そういうことか。 お前逹にはしてやられてばかりだな」
    市蔵は、 茂十郎とお夏の一党が、
    陰で巧みに手を取り合っていたことに気付いた が、
    その表情はさばさばとしていた。
    「千住の市蔵も、 いよいよ年貢の納め時だね」
    「いや、 千住の市蔵はもう死んじまったぜ。
    今ここにいるのは生まれ変わった小椋 市兵衛だ」
    「ふふふ、 どっちにしろあたしの親の仇だ・・・・・」

    お夏は店の入れ込みに出た。
    その手にはしっかりと件の小太刀が握られている。
    入れ込みの床几は端に寄せられているから、
    二人が斬り合うくらいの広さはある。
    「言っておくが、 お前の仇はおれに女を斬るように仕向けた菅山大三郎だ」
    「その仇は、 あたしのお父っさんが、 もう討ったよ」
    「そうか・・・・・、 そうだったのか。 こいつは好い・・・・・」
    市兵衛はニャリと笑った。
    「お前の強さは、 親父仕込みというわけか」
    「お父っさんが、 どれほど強かったか、 その由縁から話すかい?」
    「少しばかり気になるが、 今ここで聞くのも面倒だ。
    まずお前を返り討ちにして、 おれはまた斬るか斬られるかの魔界に戻るのだ」
    「ふん、 恰好をつけたって、 ただの人殺しじゃあないか」
    「人殺しは、 お前も同じだ」
    「あたしとあんたを一緒にするんじゃあないよ。
    あたしのおっ母さんは、 困ってい る人を助けようとしたんだ。
    それを無慈悲に斬り倒したお前は、 人の皮を被った鬼 だ。
    魔界に戻る前に、 あたしが地獄へ送ってやるよ」
    お夏は抜刀した。
    「よし、 ならば女、 まず戦いの血祭りに上げてやろう。
    お前の母親が斬られたのは、 下々の者の分際で、
    畏れ多くもおれ逹武士に、 出過ぎた口を利いた、 当然の報いだ。
    だが、 お蔭でおれは退屈な武士の暮らしから逃れられたぜ」
    「あたしのおっ母さんがあんたのような化け物を
    造っちまったのかもしれないね え」
    「そうだ。 出しゃばり女は、 おれの運命を変え、
    そしてお前の運命を変えた」
    「あたしの運命?」
    「お前は母親が殺されておらねば、 標緻がよくて、
    勝気で利日な小売酒屋の女房に なって、
    できのよい子供に恵まれて暮らしていたはずだ」
    「ふふふ、 こんな “くそ婆ァ” にならずにすんだと言いたいのかい?」
    「いや、 わざと “くそ婆ァ” の面を被らずともよかったということだ」
    「こいつはおもしろい。 小椋市兵衛という男は、
    鬼のように押し黙っているのかと 思ったら、
    こんなにお喋りだったとはね」
    お前にわたしの何がわかるのだとばかりに、 お夏は突き放した

    話せば話すほど、 この男を殺したくなった。
    憎しみというような言葉で表せるものではない。
    人助けに生きた二親と仲間達の想いをこ奴にぶつけて、
    どちらが正しく刃を揮っ てきたか、
    ここで決着をつけてやろうと、 闘志が湧いてきたのだ。
    「ふッ、 憎まれ口よの。 すっかりと “くそ婆ァ” が身に付いたようだ。
    お前の仲間 はおらぬ。 命はもらったぞ……」
    市兵衛は、 無駄口もここまでだと、 自らも太刀を抜いた。
    いくらお夏が凄腕でも、 女一人に後れをとるつもりはなかった。
    だがお夏も負ける気はしない。 ここは家の中だ。
    狭いところでの斬り合いでは小太刀の術が生きる。
    若き日に、 十年の間、 足柄山に隠棲する武芸者に弟子入りをして、
    徹底的に術を 仕込まれた相模屋長右衛門は、
    「お夏お前は女ゆえ、 長い刀を振り回す機会は少なかろう」
    そう言って、 お夏にしっかりと小太刀の術を仕込んだ。
    それゆえ、 危ない時は家の中や、
    木立の中で戦えば腕の立つ男にも引けはとらないと、
    お夏は争闘の中で学んだ。
    おまけにここは勝手知ったる居酒屋である。
    ーーーやってやろうじやあないか。
    お夏は、 清次が濱名茂十郎の助っ人に出てから、
    妙な胸騒ぎに襲われていて、 臨戦態勢を整えていた。
    柄を握る右手に索早く手拭いを巻き付けて、
    小太刀を叩き落されぬようにすると、
    「小椋市兵衛、 母親の仇だ……」
    じりじりと歩み寄った。
    既に店の仕込みのために、 欅は十字に綾なしていた。
    「うむッ!」
    お夏は、 市兵衛の出方を確かめんと、 ぐっと前へ出て、
    牽制の一刀をくれた。
    市兵衛は、 さっと後退すると下段に構えた。
    そこは心得たもので、 彼の太刀はやや短かめで、振り回すことなく、
    剣先を鋭くお夏の左目に向けている。
    「諦めろ・・・・・。 所詮は女の生兵法だ・・・・・」
    市兵衛は冷徹な目を向けた。

    「さてねえ……。女の生兵法ほど、読めないものはないんだよ!」
    叫ぶやお夏は、傍の皿を左手で掴み、水平に投げつけた。
    「お夏、こいつを覚えていりやあ、どんな夫婦喧嘩にだって勝てるぜ」
    皿投げは、父・長右衛門が教えてくれた “女の武術 ” であった。
    たちまちのうちに五枚の皿が、市兵衛を襲った。
    手裏剣をかわすのとはわけが違う。皿は大きさがあり、
    しかも五枚共に軌道が違 って飛んでくる。
    かわし、刀で払いのけたが、
    その内の二枚は狭い入れ込みの中にいる市兵衛の両肩を捉え、
    彼の構えを崩させた。
    そこを狙ってお夏は斬り込んだ。
    市兵衛は、このような立合は初めてで、すっかりと調子を崩されたが、
    斬り合いになると体に沿み込んだ術が彼を守った。
    お夏の攻めを見事にかわすと、
    「お前は、おれに斬られる運命なのだ!」
    手練の諸手突きを、お夏に見舞った。
    お夏はそれをすんでのところでよけて、
    今度は油の壺を市兵衛の前に倒した。
    「おのれ・・・・・」
    市兵衛は油のぬめりに足をとられてよろめいた。
    「今度はこれだよ!」
    お夏は捨て身で、そこへ鼈の火種で箸に火を点け投げつけた。
    市兵衛の前でぼッと炎が立った。
    市兵衛はとび下がったが、その刹那、
    煙で目をやられて、堪らず外へ出んとした。
    お夏はそうはさせじと行く手を塞いだ。
    「この居酒屋はあたしの城なんだ。ここじゃあ、
    あたしに敵う者はいないのさ!」
    横に薙いだ小太刀の刃が、市兵衛の左の上腕を斬り裂いた。
    「うむッ!」
    市兵衛は、小上がりの上に飛び乗った。
    居酒屋の中は、火と煙に包まれている。
    「まだまだ!」
    市兵衛は、不利を悟り、太刀をお夏に投げつけ、小太刀を抜いた。
    何度も命のやり取りをしてきた男である。

    火煙の中でも動じなかった。
    右手で上下左右に小太刀を揮い、お夏を攻め立てた。
    しかし、居酒屋の中ではお夏の戦法が勝る。
    いざという時は、この店の中でいかに戦うか、
    日頃から頭の中に描いていた。
    「くらえ!」
    お夏は左手で、傍らに積まれた折敷を投げた。
    これも大型の十字手裏剣のごとく、 市兵衛に飛来する。
    「小廂な!」 市兵衛はとび下がりつつ、
    これを小太刀で真っ二つにした。
    ーーー かかりやがった。
    その刹那、お夏はニャリと笑った。
    市兵衛がとび下がったところは、濱名茂十郎お気に入りの席だが、
    今は床がいたんでいて、使っていないところであった。
    「うッ!」
    市兵衛の足が床にめり込んだ。
    「死ね!」
    お夏は、体勢を崩した市兵衛に、 体を預けるようにして、
    右手に手拭いで固定した小太刀を突き入れた。
    二人の動きが止まった。
    「まさか・・・・・」
    市兵衛は振り上げた己が小太刀をどうすることも出来ず、
    「このおれが、まさか女にやられるとは・・・・・」
    お夏の耳許で呻いた。
    「女を殺すからさ・・・・・」
    お夏は刀に袂りを入れると、突きとばすようにして、市兵衛から離れた。
    燃えさかる炎の中で、小椋市兵衛は目を剥いたまま動かなくなった。
    こんな奴のために、母が死に、父は盗賊と化し、
    自分は復讐に生きてきたのであ ろうかーー。
    そう思うと体の力がすべて抜けた。
    「お父っさん、おっ母さん、みんな・・・・・。
    仇は討ったよ・・・・・。さあ、玉子焼で祝い 酒といこうか!」

    体中から振り絞るようにお夏が吠えた時。
    居酒屋の天井が音を立てて崩れ落ち、火煙が辺りを呑み込んだ。








                  この作品は書き下ろしです。




  • 内容(「BOOK」データベースより)
    正体不明の大悪党・千住の市蔵は、争闘の場で見たお夏への復讐心を滾らせていた。お夏とて母を殺めた市蔵との決戦は望むところだが、表の顔はあくまでも居酒屋の毒舌女将。同心の濱名茂十郎は、お夏抜きで市蔵捕縛に向かう。正義と悪が激突する白山権現。そこで運命の悪戯ともいうべき事態が判明!お夏の運命は?人気シリーズ、堂々の決着。

    令和2年1月21日~23日

  • とうとう仇討ち叶う?

  • 千住の市蔵をやっつけたので一応シリーズは完結ということになるのか。
    だけど実際にはまだ何作か続いているようなので、名同心 濱田茂十郎が引退して一般人として居酒屋の常連になりつつ、人情でお夏一味と一緒に弱者を救う流れになりそうな予感。
    居酒屋に通う男たちの余計なところまで立ち入らない阿吽の呼吸が、本作は特に心地よいものだった。

  • 収録作品:白瓜 飴玉 祝い酒

    シリーズ第10巻。最終巻。

  • 201912/

  • 岡本さとる 著「祝い酒」、居酒屋お夏シリーズ№10、2019.12発行。白瓜、飴玉、祝い酒の3話。お夏、強し!もしかして、居酒屋お夏のシリーズ、これで完結か!?

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著者プロフィール

一九六一年、大阪市生まれ。立命館大学卒業後、松竹入社。松竹株式会社九十周年記念新作歌舞伎脚本懸賞に「浪華騒擾記」が入選。その後フリーとなり、「水戸黄門」「必殺仕事人」などのテレビ時代劇の脚本を手がける。二〇一〇年、『取次屋栄三』で小説家デビュー。他に「若鷹武芸帖」「八丁堀強妻物語」「仕立屋お竜」などのシリーズがある。

「2023年 『明日の夕餉 居酒屋お夏 春夏秋冬』 で使われていた紹介文から引用しています。」

岡本さとるの作品

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