- Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
- / ISBN・EAN: 9784414416312
作品紹介・あらすじ
精神分析の本質は病理的次元でなく倫理的な次元にある。そこでは病いに陥った人間が問題ではなく各人の生き方が問題とされる。精神分析を通して身体症状さえその多くが倫理的な意味をもっていることがわかる。哲学や思想や宗教と親和性のある精神分析の本質を、自らの経験をもとに分かりやすく書き下ろす。難解であるという定説を覆し不幸な受け入れられ方をした日本のラカン理解に楔を打ち込む一冊。
感想・レビュー・書評
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とかく難解と言われるラカンの理論を前期ラカン中心に述べているが、著者が精神分析を実際に受けていることもあり、思想家としてのラカンよりも臨床家としてのラカンを意識して描かれている。
ラカン派のポイントは「世界の認識の仕方」と「人間の理解の仕方」にあると感じた。前者については想像界、象徴界、現実界の理解に収斂しており、現代思想にある程度親しみがあれば比較的理解しやすいと感じた。
問題は後者である。一朝一夕で理解できるものでないのは当然だが、非常に難解である。一つには、本書で解説されるエディプス・コンプレックスが60年代までのもので、なにぶん古いこともあるだろう。とはいえこれ以上易しい解説もないだろう。永井均が『ウィトゲンシュタイン入門』で述べていたように、難しいもののレベルを落として説明することは無理なのである。 -
わかりやすくて大変良書だと思った。向井雅明の「ラカン入門」を途中まで読んで、これもまったく素晴らしい良著だと思ったが、途中でこちらにスライドして読み終えて戻ろうと思ったら大正解だった。なにより、著者が精神分析に対して誠実なことが文章の端々から滲み出ているところが信頼できた。一番初めにまずこれを読めばよかったのだけれど、ある思想をインストールするにはきっと理論そのものよりも「今の自分の何かにこの思想がきっと応えてくれる」という確信がまず必要で、その確信があるからこそ理論を丹念に読んでいこうという気持ちになれるので、そういう意味でいくと最初の出会いの本ではないのかもしれないのだけれど。
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読みやすい文体で書かれており、ラカンの精神分析に親しむ入り口としてとても入りやすかった。それでもわかりづらい箇所はいくらかあったので、他の本も読んでみたいと思う。
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精神分析とは一体何なのか?何が特徴的なのか?他とどう違うのか?ということをくっきり認識できるだけでなく、ラカンのロジックにざっくり触れてもらえることで精神分析がなぜその手法をとるのか、なぜ自分の生き辛さが発生するのか等考えることができる良書だった。話の筋が追いやすく、分かりやすく、しっかりと導いてくれる感があって大変読みやすかった。勿論ラカンの理論が完全に正解で、ここで述べられていることが全て正しくて、ここに書かれていることをベースに人生が全て理解できる、ということではないだろうが、それでも自分の人生や、自分のどうしようもない生きた軌跡や行為に対して、ひとつの見方をもたらし、同時に他人の生に関しても新たな見方をもたらしてくれるという点で大変価値のある本だったと思う。
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精神分析の案内。
言葉の定義を丁寧につむぎつつ、ただきくという状態の奥深さを紹介。
この分野は現在効率化によってやや淘汰されている分野としった。
著者もたしかに哲学として日本では目にするが、臨床医として紐解く面白さを知ることができた。
実際に研究分野で精神分析を捉えると何年も時間が必要で、ときには何もしないをよしとする点は、
気長なやりとりだなと驚く。
ただこれこそが、コーチング以上にカウンセリングで、かといって答えを与えるわけでもない、ただ聞く壁なんだと思えた。
読んでいるだけでも狂ってきそうだが、狂いそうなのは無意識の世界に足を踏み入れようとするから。
その点で学びがあった。 -
千葉さんの現代思想入門を読んだことがこの本を読むきっかけであった。この本に書かれている内容だけでも到底理解したとは言い難いが、これまで読んできた本の中に散りばめられた背景の理論を垣間見た気がした。
ここから結びつけていきたいが、あまりわかった気にならないように心がけることだけは誓いとしたい。 -
真摯でわかりやすい。
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[出典]
「現代思想入門」 千葉雅也
P.162 ラカンの入門書、まず読むのにお勧め -
小中学生の頃に読んでおきたかった。