現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
3.71
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感想 : 31
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480067258

感想・レビュー・書評

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  • スピリチュアルもUFOも、ヨーガによる覚醒も、オウム真理教や幸福の科学、そしてそれらの源流となったいくつかの新興宗教の教義も、それら現代に息づくオカルトは、「神智学」という根を持っています。

    さらさら読めてしまう新書の範囲内に収まる本ではありますが、それでもそれぞれのオカルトの要所要所をつかんで書かれているので、かなりくわしく読んでいくことができます。しかしながら、荒唐無稽な妄想ともいえるものをたくさん扱っているので、終盤にあたる現代日本の新興宗教までいくと、そうとう疲れてしまいました。

    プロローグでオウム真理教の教義に触れているのですが、努力して進歩していこうとする「人間」と快楽におぼれて堕落した「動物(的人間)」という二元論を用いて、動物を駆逐して人間の王国を作ろうと信者を扇動しサリン事件を起こしたことを示していました。1980年代の東西冷戦時代、資本主義でもなく社会主義でもない宗教の王国を目指したのがオウムで、70年代から流行したノストラダムスの大予言に代表される終末思想が広く世の中に浸透していたことがその土台となったのでした。オウムはそういう土台の上での「排除の論理」だったか、と気づくに至りました。

    時代と同期して生きていたら、その時代の最中では疑問に思いにくい領分ってありますし、その時代に勢いのある領分の論理に論破されて同化をせまられて困ってしまいそうな場面なんてものが、けっこうかんたんに思い浮かんでしまいます(マスメディアとか、テレビとか。大きなものを共有して時代と同期していると、そのときどきって、同期している感覚無しに同期してしまっているものなんだと思うのです。いまは、インターネットがそれにあたるのかもしれません)。はたまた、そんな彼らに冷笑や嘲笑を浴びても、それだけでは教義や宗教的信条が論理的に破綻しないので、冷笑などはレベルの低い者からの迫害であって、レベルの高い我々信者はそれらを乗り越えてみせなければならない、なんていう宗教的使命を強化させもしてしまいます。この「教義の頑健さ」が厄介です。そして、教義を形作る源に、「神智学」があります。

    人間と動物(動物的人間)という分類にあらわれている「二元論」や、最終戦争が来ると予言する「終末思想」、そして「排除の論理」などは、オウム真理教独自のものではなく、19世紀にブラヴァツキーが誕生させた「神智学」を祖としていて、そこから無数に枝分かれしたうちのひとつに過ぎないのでした。



    「神智学」を誕生させたブラヴァツキー夫人は、母親が小説家だったこともあるのでしょうが、幼少時には物語を作って周囲を楽しませる才能に長けていたと言われているそうです。ブラヴァツキーは7つの根幹人種というものを想定しています。現人類は第5根幹人種に位置し、第7根幹人種まで行くと、霊性としての進化が終わる、すなわち、完成されるという論理になっています。

    「神智学」以来のオカルトは、輪廻転生のシステムをデフォルトとして備えています。霊性(≒魂)が生まれ変わりながら繰り返しこの世の肉体を持った生命として修養を積み続けて霊性を上げていく、という考え方です。著者はこれを「霊性進化論」と名付けているのでした。

    ブラヴァツキーの「神智学」に影響を受け、神智学協会で力をつけていったリードビーターという人物がブラヴァツキーの次に挙げられているのですが、彼は神智学に傾倒する以前に『来るべき種族』という小説を愛読し、自身でも幻想的な物語を作ることを好んでいたそうです。彼はインドの貧しい少年・クリシュナムルティを新たな教団「東方の星教団」の教祖に据えて、神智学を展開していきます。しかし、16年経って、クリシュナムルティが救世主的役割である「世界教師」という立場を自ら否認し、教団は解散します。

    読んでいるといろいろ出てくるのですが、ブラヴァツキーにしても自分には霊能力があると見せたがって、詐術に走っているんです。霊能力というのは最大のカギですから、最近の宗教でもそこには最大の注意を払わなければいけません。霊能力が信者を取り込み、教義を信じさせる最大のカギであることを、霊能力を使えるとする側はしっかりわかっているので、誰かが「霊能力なんてそんなものないでしょ?」と疑問を呈したり否定したりすると、霊的な位からするとザコだだとか、悪魔かあるいは悪魔の手先か何かに指定されるとかされて、攻撃すらされかねなくなります。そういうことを無しに教義を展開するような公正さのないところが、「神智学」以来の新興宗教やスピリチュアルの弱点だと思います。それと、UFOや宇宙人のオカルトにすら、その根源に「神智学」の論理があります。なので、UFOフリークでもやっぱり排外主義的な心理傾向を陥りがちなのではないかと思います。


    さて、話を進めていきます。19世紀半ば、フランスのゴビノーによる『人種不平等論』で、「黒色人種は知能が低く動物的、黄色人種は無感情で功利的、白色人種は高い知性と名誉心を備えている」とされましたが、その源には、「インド・ヨーロッパ語族」という言語分類の学問的発見によって派生した「アーリア人」という概念があったということです。「アーリア」はサンスクリット語で「高貴さ」を意味し、インドに侵入したサンスクリット語を話す人たちが自らを「アーリア」と称していて、そんな彼らが北西に進路を取りヨーロッパに入ってヨーロッパの人たちの祖となっているとしたことから、「アーリア人」が生まれたそう。「アーリア人」は神智学の第5根幹人種のことを指します(神智学は、これらの学説から多大な影響を受けてできあがっているのでした)。アーリア人種は白色人種の代表的存在で、インド、エジプト、ギリシャ、ローマ、ゲルマンといった主要な文明は彼らによって築かれたとされます。それで、19世紀末に『一九世紀の基礎』(チェンバレン著)によって、アーリア人種の中でもゲルマン人こそがもっとも優れているとされたのでした。

    この先鋭化が、ナチスドイツのイデオロギーを支えたわけで、ナチスドイツへの国民の熱狂っていうのは、いわばオカルトに飲み込まれていたということだと言えるのだと思います。もうすこし詳しく見てみると、アーリア人のうちでもゲルマン人がとくに優秀とする学説と神智学が結びついたものを「アリオゾフィ」といい、ドイツに「アリオゾフィ」を説くトゥーレ協会(宗教結社)ができあがります。そして協会はトンデモ政党のドイツ労働者党を結成し、それが後にナチスと改称したその翌年にヒトラーが第一書記に就くのです。やっぱりオカルトに飲みこまれてそうなったんです。



    ここからは「これは言い得ている!」と思った箇所の引用をふたつほど。
    __________

    これまでいくつかの例を見てきたように、この世は不可視の存在によって支配されているとするオカルティズムの発想は、楽観的な姿勢としては、人類は卓越したマスターたちに導かれることによって精神的向上を果たすことができるという進歩主義を生み出し、悲観的な姿勢としては、人類は悪しき勢力によって密かに利用・搾取されているという陰謀論を生み出す。(p160)
    __________

    →昨今注目されている陰謀論って、こういうところからも生み出されてきます。

    __________

    古来、悪魔や悪霊といった存在は、不安・恐怖・怨念といった否定的感情、あるいは過去に被った心的外傷を、外部に投影することによって形作られてきた。近代においてそれらは、前時代的な迷信としていったんはその存在を否定されたが、しかし言うまでもなく、それらを生みだしてきた人間の負の心性自体が、根本的に消え去ったというわけではない。そうした心情は今日、社会システムの過度な複雑化、地域社会や家族関係の歪み、個人の孤立化などによって、むしろ増幅されてさえいるだろう。一見したところ余りに荒唐無稽なアイクの陰謀論が、少なくない人々によって支持されるのは、(中略)現代社会に存在する数々の不安や被害妄想を結晶化させることによって作り上げられているからなのである。(p178)
    __________

    →これは爬虫類型宇宙人(レプタリアン)の存在を強く主張するデーヴィッド・アイクというイギリス人の節での文章です。不安や被害妄想を緩和するなにか別のもの、あるいは受け皿となるものが他にあるといいのに、となりますよね。



    というところで、まとめにはいっていきます。たとえばオウム真理教であらずとも、「理想郷・シャンバラ」っていうユートピアを掲げる神智学由来の宗教者や思想家が数々いることが本書からわかります。そうやって様々なところから同じ言葉や理想像が出てくると、連作短編を読んで受ける感銘に似た印象的なインパクトがその人の心理に生じやすいのではないでしょうか。神智学も、それ以降の流れのものも、それまでのいろいろな宗教教義を折衷しています。そして、とんでもないくらいの想像力でそれらの隙間を埋め、あるときにはひとつ上の段階でまとめあげて融合させたりしています。

    それらを踏まえて。
    まとめて言うならば、これらは「壮大で超強力なフィクションである」と僕は言い切ることにします。

    最後に、神智学由来のオカルトの害について、本書の「おわりに」から要約的に紹介します。

    (1)霊的エリート主義の形成:霊性進化論の信奉者は、みずから修養に励むことで他の者よりも自分の霊性が高いと信じることになる。また、信奉者たちの格によって序列が生まれ、格の高い者の意思に服従するという構造が生まれてしまう。対極的に、霊性の低い者には、「悪魔が憑りついている」「動物的存在に堕している」とされて、差別や攻撃の対象となる。
    (2)被害妄想の昂進:霊性進化論の諸思想を知り、それらを信じることになると、世界の見えないところを知ることができたという興奮や喜びを信奉者は得ることになる。しかし、それらの団体が拡大していく影響で批判にさらされるようになると、闇の勢力によって攻撃・迫害をされているのだと思い込むようになる。そればかりか、闇の勢力による真理の隠蔽であり、闇の勢力が広範囲にネットワークを作り上げていて人々の意識を密かにコントロールすらしているという陰謀論の体系に発展していく。
    (3)偽史の膨張:「人間の霊魂は死後も永遠に存続する」という観念を近代の科学的な自然史や宇宙論に持ち込もうとする。その結果、地球が生まれる前から人間の霊魂は存在していた、という奇妙な着想が得られていく。この論理によって、地球が存在する前から、人間の魂は他の惑星で文明を築いていただとか有史以前に科学文明を発達させていたなどという超古代史的な妄想が際限なく展開されていく。その結果、歴史は、光と闇の勢力が永劫にわたって抗争を繰り広げる舞台となり、両者の決着がつけられる契機として、終末論や最終戦争論が語られるもするようになる。

  • 評価:★★★★☆

    もう随分前になるが、グノーシス主義に興味があったことが一時期あって、そのときに大田俊寛の本を買おうとしたことがあった。

    その本は彼の処女作にあたるものだったが、既に絶版であり、古本でもちょっと高価だったので結局手に取らずじまいとなった。

    それから時間がたって先日、ニコ生に出演している彼を見たらその話がとても面白かったので、著作の中で一番手を出しやすい本書を買ってみた。

    本書を読むまでの僕のオウム真理教に関する理解は、「チベット密教をカスタマイズしたもの」という程度だった。

    ところが本書によると、どうやら麻原彰晃は、チベット密教から直に影響を受けたというよりも、カリフォルニア経由で変質した東洋思想や神智学に影響を受けた、かなりニューエイジがかった人だったようだ。

    そう考えると、中沢新一を始めとした学者や文化人たちが麻原を好意的に評価したのも頷ける。

    言ってしまえば、“同じ穴のムジナ”だったということだろう。

    とにかく今の世の中がイヤで仕方がないから変革しようという、世が世なら革命家になりたかったようなペテン師たちだ。

    結局、共産主義が挫折して、経済の面で社会を変革するのに失敗したから、今度は精神面でリベンジ!というわけで、そういう時代が麻原にある種のオーラをまとわせたことで東大出のエリートがコロッといってしまったのだろう。

    幸福の科学の大川隆法も含めて、こういう感じのカルト宗教をやる人たちは、皆おなじような所に出入りしているというのも、笑えるというか笑えないというか。

    子供にシュタイナー教育を受けさせたくてオーストラリアに移住した劇画原作者の雁屋哲さんにもぜひ読んでいただきたい一冊。

  • 輪廻する霊魂を歴史の果てに進化させ、神の高みへと到達する
    そのような大目的のために人が生きるのだとすれば
    いま現在あなたが直面する苦境は、あなた個人のものではない
    それを乗り越えるための努力は、霊魂の集合知として
    回収されるだろう
    だからあなたの生には意味があるのだ、という世界観を信じることで
    救われる人の心は理解できる
    しかし一方、それは安易に選民思想・レイシズムへと
    堕するものでもあった
    つまり獣欲にのみ忠実な者どもは切り捨てられるべきであると
    …ナチスドイツ、オウム真理教、その他多くの先鋭集団が
    自分たちこそ「神人」であるとして、それを疑わなかったのである

  • 現代オカルティズムの根源である霊性進化論は、伝統的宗教世界を根底から否定するダーウィニズムのカウンターとして生まれたものだという自説に基づき、そこから現代に至るまでの霊性進化論の歩みを論じている。霊性進化論は心霊主義や神智学となり、さらにそこからさまざまに枝分かれしつつ多様なオカルティズムを生んだ。ある主義は持論を裏付けるために科学的根拠を提示しようとしたりと、もう矛盾もへったくれもなくなっていくところがまたおもしろい。一方で、それは世紀の大量殺戮を生んだ恐ろしい歴史でもある。

    信じることは、いつか自らの血肉となる。一般にはまったく理解の及ばない、あやうい信仰も、その根源にさかのぼると「自分が信じてきたものが失われてしまうことへの恐怖」という、とても素朴な人間の感情に基づくものだったことを思う。

    普段、私たちには「葉」や「木」しか見えない。それさえも見ないようにすることも多い。だけど、オカルティズムそのものの歩みという「森」を俯瞰することで、はじめて見えてくるものがある。そういうことを気付かせてくれる、おもしろい本だった。

  • 神智学のブラヴァッキー夫人からUFOのアダムスキー、爬虫類人のアイク、麻原彰晃、大川隆法などなどオカルト界の大物たちが「霊性進化論」という一つの思想でつながっていく。いわれてみればそうだよなあ、ということではあるんだけど、それぞれをちょっとずつ囓ってきただけの人間なので、おおーと感嘆してしまった。
    あと読みながら思ったことを適当に並べるが、これは、科学の概念をへたに人文系の学問に持ち込んで失敗する類いのことでもあるのかなあ。進化と進歩って違うよねぇ。それに、何かの途中で死ぬことは無意味だって思ってしまいがちなので霊性進化論に人は惹かれるのかも、という趣旨のことが書かれているが、何かの途中で死ぬことは無意味ではないと僕は思う《その人が死んだ時、いったい、何の途上であったのか、たぶんそのことこそが重要なのだと思います  N・E・オデル》 http://linkreading.tumblr.com/post/15023643427

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/685749

  • 『ペルソナ2罪』を20年ぶりに再プレイするに当たって、さわだ様の【そこそこ徹底ゲーム考察】『ペルソナ2 罪/罰』(その1)https://www.niwaka-movie.com/archives/11387 うを読んでいたところ、著者大田俊寛氏の前著について、

    “『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』という本を読んでいたらこれ『ペルソナ2』じゃんってなってしまった。どんな本かというとオウム真理教の思想を構成する諸要素をロマン主義・全体主義・原理主義にひとまず切り分けてその歴史を素描するいわばオウム元ネタ集みたいなもの。これらの要素がどのように結びついてどうオウム真理教の思想として結実していったか、という問題はほぼ手つかずなのでオウム真理教関係の本としては弱いのだが、しかしそんなことよりも『ペルソナ2』である。オウムはともかく『ペルソナ2 罪/罰』(以下『罪罰』)というメジャーにしてカルトな世紀末ゲームの全体像が、なんとなくこれで掴めたような気がしたんである。”
    (「【そこそこ徹底ゲーム考察】『ペルソナ2 罪/罰』(その1)」『映画にわか』https://www.niwaka-movie.com/archives/11387 2021年1月2日閲覧。)

    という評価があったため、『オウム真理教の精神史――ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011年)を読みたいと思ったものの、主に金銭的な問題で(ペルソナ2をプレイするためにPSVitaを買ったら金がなくなった)入手できなかったので、著者の作品の中で入手しやすい新書として本書を読むことにした。

    感想として、私もさわだ様と同じくこれ『ペルソナ2』じゃんとなってしまった。『ペルソナ2罪』だと終盤で主人公たちの住む街が浮上して、エンディングでは世界の滅亡と引き換えにその街に住んでいる人たちが新たな人類イデアリアンに進化するという結末に至り、それを認めなかった主人公達は世界の滅亡を自分たちの出会いの記憶ごとリセットするんですが、『ペルソナ2罪』の「人類の進化」という壮大なオチは、実は本書で論じられている19世紀後半の西洋オカルティズムに起源があったのだった。


    ざっくり述べるとこんな感じである。


    “ 人間の生の目的は、自らの霊性を進化・向上させてゆくことにあり、その歩みの結果として、ついには神的存在にまで到達することができる――。このような構図に立脚する思想体系、すなわち、「霊性進化論」の起源と変遷を辿ることが、本書の目的である。
     一見したところ、その発想はきわめて単純でありふれており、そうした思想は古今東西の諸宗教のなかにいくらでも存在しているように思われるかもしれない。しかし、実際にはそうではない。なぜならそこには「進化(evolution)」という近代特有の概念が、明確に刻みこまれているからである。
     霊性進化論は、ダーウィンの『種の起源』が発表されて以降の世界、すなわち一九世紀後半の欧米社会で誕生した。その源流を形成したのは、ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー(一八三一~九一)という人物が創始した「神智学(Theosophy)」という宗教思想運動である。”
    (本書22頁より引用)

    ということで、本書では、ブラヴァツキー、チャールズ・リードビーター、ルドルフ・シュタイナー、アリオゾフィ運動、エドガー・ケイシー、ジョージ・アダムスキー、ホゼ・アグエイアス、デーヴィッド・アイク、オウム真理教、幸福の科学といった人物や宗教教団のなかに、上記で引用した「霊性進化論」が如何に手を変え品を変え現われてきたかを追ったオカルティズム思想史の書となっている。

    第一章「神智学の展開」で論じられている19世紀後半から20世紀前半のブラヴァツキー、チャールズ・リードビーター、ルドルフ・シュタイナー、アリオゾフィ運動に至るヨーロッパの神智学には、ヒンドゥー教やチベット佛教の影響が強いように見えた。

    もしも神智学が単に東洋の神秘思想を学んで自分の霊性を高めるために修行しようということなら、よくわかんないけど頑張ってくださいということで済むのだけれども、残念ながらそうはいかなかった。グイド・フォン・リストとランツ・フォン・リーベンフェルスのアリオゾフィ(アーリアの叡知)運動に至り、アーリア人種の至上性を唱え始めると危険なことになる。本書93-96頁には、アーリア人種の至上性とユダヤ人の劣等性を対にして唱えるアリオゾフィ運動がオーストリアやドイツで勢力を伸ばし、アリオゾフィ運動の団体である「トゥーレ協会」にディートリッヒ・エッカート、カール・ハウスホーファー、アルフレート・ローゼンベルク、ルドルフ・ヘスといったナチズムの幹部になる人物が集結し、「トゥーレ協会」自体が1920年に政治団体化し、民族社会主義ドイツ労働者党、いわゆるナチスに改編されたことが述べられている。さらに、神智学の関係者がロシア帝国の秘密警察が作成した偽書である『シオン賢者の議定書』を背景に反ユダヤ主義陰謀論を扇動していたことと相俟って(97-98頁)、アリオゾフィ由来のアーリア人種至上主義と神智学経由の反ユダヤ主義は、アルフレート・ローゼンベルクの著書『二十世紀の神話――現代の心霊的・精神的な価値闘争』(1930年)に結実してナチスの政策理論となり、アーリア人種という「種の進化」のために、劣等人種であるということにされたユダヤ人をショアー(いわゆるホロコースト)で大虐殺するという信じがたい蛮行に至る思想的影響をヒトラーに与えていたとのことである(98-104頁)。

    “ その一方、周知のように、六〇〇万人以上にも及ぶユダヤ人が強制収容所に送致され、「チクロンB」という殺虫剤により、人間以下の生物として粛清を受けることになった。ナチズムにおける民族的運動が、通常の近代的ナショナリズムの範疇を遥かに超える暴挙に結びついた原因の一つとして、霊性進化論に基づく特異な世界観からの隠然たる影響があったということを、われわれは決して見逃してはならないだろう。”
    (本書104頁より引用)

    第二章「米英のポップ・オカルティズム」で論じられているエドガー・ケイシー、ジョージ・アダムスキー、ホゼ・アグエイアス、デーヴィッド・アイクについては特に多くを述べる必要があるとは思えない。ただ、『ペルソナ2罪』で小道具として用いられていた、マヤ文明の真の創造者が宇宙人で2012年の世界崩壊を予言しているというオカルト説が、メキシコ系アメリカ人のホゼ・アグエイアス(スペイン語の日本語表記としては何か変だが慣用的にこうなっているのだろう)の『マヤン・ファクター』(1987年)に由来していること(146-160頁)、レプティリアン(爬虫類人間)説を唱えていたデーヴィッド・アイクが『シオン賢者の議定書』から影響されていたこと(174頁)が興味深かった。デーヴィッド・アイクについては日本でトロツキストから職業的反ユダヤ主義者に転じた太田竜が晩年訳書を出していたが、「ニューエイジ」、「精神世界」という言葉で総称できそうなこれらのオカルト思想の裏面にもベッタリと反ユダヤ主義陰謀論が張り付いていることを思うと、どう扱うのが良いのかよくわからない。

    第三章「日本の新宗教」ではオウム真理教にも麻原彰晃が1988年頃から目標として唱えだした「種の入れ替え」という形で霊性進化論が引き継がれており、物欲にまみれた動物的人間を粛清する「種の入れ替え」の実現を目的としたハルマゲドンに向けてサリンやVXガスを製造する中で、地下鉄サリン事件その他のテロ事件が起こされたと述べられている(195-205頁)。また、麻原が反ユダヤ主義の影響を受けていたという指摘も興味深い(199-200頁)。
     
    著者は「終わりに」で、「霊性進化論は往々にして、純然たる誇大妄想の体系に帰着してしまうのである」(本書242頁より引用)と述べつつも、霊性進化論のような誇大妄想の体系が人々に求められるに至った要因である、「宗教と科学のあいだに開いた亀裂、すなわち科学的世界観や物質主義的価値観のみで社会を持続的に運営することが本当に可能なのか、長い歴史において人間の生を支え続けた過去の宗教的遺産を今日どのように継承するべきかといった、霊性進化論を生み出す要因となった問題は、根本的な解を示されないまま、今もなおわれわれの眼前にさしむけられている」(本書245頁より引用)との見解を示して本書を結んでいる。

    一読して、とりわけアリオゾフィ運動がナチスとヒトラーの人種論に直接の影響を及ぼして通り、オカルティズムは無内容だが、国際政治を動かしてしまうこともあり、その影響力はバカにできないと感じた。20世紀にあって、自由主義やマルクス=レーニン主義が歴史を動かす政治思想になったのと対になる形で、ファシズムの人種論の背景には大衆的なオカルト運動が存在したという事実。精神世界やニューエイジの本棚に並んでいる本は、実は笑って済ますことはできない存在なのかもしれない。

    なお、本書を読む直接のきっかけは『ペルソナ2』の再プレイだったけれども、別に『ペルソナ2』だけではなく、『機動戦士ガンダム』(1979年)のニュータイプ論や『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)の人類補完計画にしても、本書でいう霊性進化論の思想的影響という観点から解釈することは十分可能だと感じた。アニメやマンガの想像力が、如何に西洋のオカルトに影響されているかを解きほぐしていく文芸批評などは、誰かが既にやってるのかもしれませんが、やってみたら面白いかもしれない。

  • ブラヴァツキーという女性がはじめた神智学というキリスト教の派生みたいなものがいろいろ広まって、新興宗教とかオカルトとかの元ネタになったよ、という話。副題にもある「霊性進化論」というのは、人間の霊魂が進化して神になるor退化して動物になっちゃう、という考え方。
    で、なんで「進化」が大事なのか? それはどうもキリスト教的な世界観と進化論の対立があったかららしい。進化論が創造神の存在をぶっ壊してしまい、キリスト教信者が宗教的アイデンティティを失ったところに「魂は進化するのだ!!!」っていう宗教が現れると魅力的に見える、という説明。
    こういう図式論って普通は我田引水とかしちゃってダメダメになりやすいけど、この本の場合は神智学の広がりを追う形にしているのでそういうダメさはあまりない。あと、「そうした思想は古今東西の宗教の諸宗教のなかにいくらでも存在しているように思われるかもしれない」が「(霊性進化論には)『進化』という近代特有の概念が、明確に刻み込まれている」という説明でもそれを回避している。うまい。

    また、著者は霊性進化論的な発想が「SFやアニメといったサブカルチャーの領域に至るまで、実に広範な裾野を有している」としている。これも間違ってはいないと思うけど、その一方で「あれもこれも霊性進化論!!!」みたいな言説に陥っちゃったらもうどうしようもなくなるおそれがある。この本の場合は、そういう雑な言説は回避しようと一応努めていた。名前を挙げる作品もグラハム・ハンコック『神々の指紋』や庵野秀明監督『ふしぎの海のナディア』ぐらい。大した論証もないので物足りなさは感じるものの安心できるという側面もある。
    もはやここまで来ると、人間の思考が陥りやすい袋小路というよりは人間の思考特有のクセというかある種の基本的な思考パターンなのではと思えてくる。興味深いオカルティズム、もっと真面目に学ぶべきだった。

  • ヨハネ黙示録やマヤ暦に基づく終末予言、テレパシーや空中浮揚といった超能力、UFOに乗った宇宙人の来訪、レムリアやアトランティスをめぐる超古代史、爬虫類人陰謀論―。多様な奇想によって社会を驚かせる、現代のオカルティズム。その背景には、新たな人種の創出を目指す「霊性進化論」という思想体系が潜んでいた。ロシアの霊媒ブラヴァツキー夫人に始まる神智学の潮流から、米英のニューエイジを経て、オウム真理教と「幸福の科学」まで、現代オカルトの諸相を通覧する。(アマゾン紹介文)

    紹介文の上と下で随分と温度差が。神智学からアーリア人種至上主義(ナチ)、オウム真理教など、軽々しく語ることがはばかられそうな内容なのに、ある種の滑稽さを本文中もずっと感じてしまった。
    約2世紀間に現れては消える主義主張のそれぞれに独自のものはあるんだろうけど、一貫して二元論に至るってのがなんだかなぁ。

  • ブックオフでなんとなく目に留まったので読んだ。UFOやネッシーなどのキテレツ事象について書いてあるのかと軽い気持ちで読み始めたが、内容は新旧国内外の新興宗教の根底にある思想や傾向を霊性進化論という観点から解釈するという結構重めの内容であった。

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著者プロフィール

1974年生まれ。一橋大学社会学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在は埼玉大学非常勤講師。著書に、『現代オカルトの根源 霊性進化論の光と闇』(ちくま新書)、『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社)、『グノーシス主義の思想 〈父〉というフィクション』(春秋社)がある。

「2015年 『宗教学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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