働き方改革の世界史 (ちくま新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480073310

作品紹介・あらすじ

国の繁栄も沈滞も働き方次第。団結権や労使協調、経営参加……など、労働運動や労使関係の理論はどう生まれたか。英米独仏と日本の理想と現実、試行錯誤の歴史。

感想・レビュー・書評

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  • イギリス、アメリカ、ドイツ、フランスといった各国の労働運動の歴史を、主要な文献を読み解きながら振り返ったのちに、日本の労働運動のありかたをそれらと対比させながら解説する流れで構成されている。

    一概に特殊なありかたといわれる「日本型雇用システム」のどこが特殊なのかや、欧米では労働組合が産業別である一方、日本では企業別である(必ずしもそのように画一的ではないようだが)といった事柄について、その歴史的な背景や功罪を、より深く理解することができる。

    さらには、昨今語られるようになったメンバーシップ型からジョブ型へといった雇用のあり方の変化についても、一人ひとりの働き方への直接的な影響だけではなく、労使協議のかたちをどのように変化させていかなければいけないかということも含めて考えていく必要があるということに気づかされた。

    英米の労働運動の起原は、イギリスにおいて企業の枠を超えた職工たちによって形成された「トレード・ユニオン(職業組合)」であり、それらが賃金や待遇の改善を求めて集団で工場主たちと協議をする「集合取引」だった。これは、特定の技能・経験値を積んだ職人が集団で待遇改善を求めるというもので、同じ工場のなかでも職能の異なる職人は異なる組合に属していた。そして、複数の工場に所属する職工が一体的に協議をすることで、労働者は工場主に対して協議のバーゲニングパワーを得ることができた。一方で、この制度は熟練工を中心に組織されたものであり、この後フォーディズムによって大量に生み出されることになる単純労働を行う非熟練工を想定したものではなかった。

    これが、20世紀のアメリカにおいて非熟練工も含めた大量の労働者を生む科学的管理法と大量生産システムの進展を受けて変容し、ジョブ型の労働とそれに対応したジョブ型労働運動を生み出していく。トレード(職種)とは異なり、ジョブ(職務)とは企業が労務を管理するために設けた労働の単位であり、それぞれに対応した評価と報酬が規定されている。これに対して、企業の一方的な規定に従うのではなく、労働者がコントロールする権利を求めていく運動が、ジョブ型の労働運動である。

    一方、ドイツでは、20世紀の産業構造の変化によってもたらされた集合取引の限界に対して、それとは異なったかたちで対処している。それは、経営者と労働者がパートナーシップを組む「パートナーシップ型」の労使関係である。このかたちでは、経営者と労働者は交渉によって条件を決めていくのではなく、経営のなかに労働者の代表も参画する、より具体的にいえば取締役会のなかに労働者も代表を送り込むといった、共同経営のかたちが模索されている。ドイツでも産業別労働組合は組織されているが、このような従業員代表による経営への参画との二元的な体制が作られていたようである。

    この間、ジョブ型の労働管理システムを発達させてきたアメリカでも、そのシステムがあまりに形骸化し、労働者もマネジャーたちも、規定されたジョブの内容以外のことは一切関知しないため、生産性の低下や管理業務の肥大化・形式化など、企業の競争力の低下をもたらす事態が発生してきた。結果として、アメリカでは、ジョブ型の雇用は維持されつつも、それとセットであるはずのノンユニオン型のジョブ・コントロールは衰退し、その役割を人事コンサルタントがビジネスとして担う(職務評価や職種の格付けを行う)という形に落ち着いていった。また、このような中で、いくつかの企業がパートナーシップ型とも会社荘園制とも呼ばれるような、企業と労働者の関係性も細々と存在していた。

    以上のような欧米での歴史的な背景を振り返ったうえで、日本の労使の関係へと移る。日本では歴史的に企業単位で労働組合が組織されてきた。この企業単位に固定化された労働組合という仕組みが、「経営対組合」関係と「経営対従業員」関係という2つの異なる関係性をひとつの枠組みの中に混在させ、それらが不分離状態にあるという、海外とは異なるかたちを生み出したとのことである。

    欧米の労働運動の状況をみると、賃金や待遇改善に向けた争議は、経営対組合というかたちで、産業別労働組合を通じて協議をされる方が実効性があがるが、一方で、職務の定義や目標設定などは、経営対従業員というかたちで、労使のパートナーシップのなかで協議をされる方が実質的である。

    しかし、それらが渾然一体となった日本のシステムは、結果として、「企業対組合」という対立軸を限りなく薄めた、企業内組合中心の労使関係というかたちに落ち着いた。そして、このようなかたちは「パートナーシップ型」に近いとはいえるものの、実際にはドイツで採用されている産業別労働協約制度や企業内従業員代表制度を伴わない、きわめて労使間の対立関係の薄い仕組みとなっているといえる。直近では、安倍政権の旗振りによってようやく企業の賃上げが進むといった海外ではなかなか考えられないような動きも起こっているが、これも、このような日本の労使の関係が生み出した出来事ということができるようである。

    英米のジョブ型、ドイツのパートナーシップ型、そして日本の従業員型のいずれもそれぞれの特長と限界があるが、それらは各国の歴史的な経緯を踏まえて進化してきたものであり、一つの方式から他の方式へと簡単に乗り換えることは難しい。そのうえで、やはり現状のかたちを見たうえで課題となっているところは改善の方向を探っていかなければいけないだろう。

    日本では現在、雇用の流動化やジョブ型の採用、さらには副業といった様々な雇用の形態が議論されている。これらについても、それがもたらす労使の関係についても考えながら導入をしていなければいけない。

    専門性をもった労働者をスカウトしていくような雇用形態は、企業の枠というよりは同一職能をもった人たちの間でより共通の利害が生じる傾向にある。そのようなときに、ジョブ型の労働に対するユニオンのあり方は、ある程度参考になるだろう。実際にそのような動きも出てきているようである。

    一方で、産業の構造や求められる技術の変化が極めて激しい現在のビジネス環境の中で、一定の職能をベースにした組織が長持ちするのかという点も疑問である。むしろ、様々な変化を許容しながら職能の定義自体を企業と従業員が協議していくパートナーシップ型にも、一定のメリットがあるように感じられる。

    このように、様々な働き方とそれに応じた労使の関係、働き方の改善を図っていくための仕組みを考えるうえで、本書で述べられているような様々な労使関係のあり方とその歴史的経緯を知っておくことは、とても有益なことであると感じた。

  • タイトルは「働き方改革の世界史」だが内容は組合ばっかり。
    正しくは「産業革命以降の組合史」。
    日本特有の一企業内にある労働組合が左翼思想と親和性を持つ理由など書かれており興味深い。

  • タイトルは、「働き方改革の世界史」であるが、内容は、「資本と労働の対立と協調の近代史」、もっといえば「経営と組合の関係の近代史 国際比較」みたいな感じで、タイトルと内容はかなり違うかな?

    本を買うまえに、いわゆる「働き方改革」の本ではないことを確認していたので、とくにそこについては違和感はなかった。

    が、驚いたのは、近代史が歴史的な流れを通じて描かれるわけではなくて、この分野の「古典」の議論を紹介しながら、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、いわゆる欧米型の制度や現実の歴史が議論される。

    そうした欧米型のもつ問題点を考えたときに、なぜか理想として浮かんでくるのが日本型の雇用制度というのが驚き。

    たしかに、日本型の雇用制度はいわゆる「日本型経営」の重要なパートということで、70~80年代には世界の注目を浴びたのだが、その後の日本経済の凋落にともなって、忘れられていく。

    と言っても、世界的にこれがよいという制度があるわけではなくて、結果的には、新自由主義的な個人と企業との関係というところに帰着しつつあるのかな?

    今となっては、なんだったかわからない日本型の経営というものがあって、バブル崩壊後、それは否定され、欧米的な経営への転換をずっと模索して、一部の会社はなんとかなったのかもしれないが、日本企業の大勢は良くも悪くも日本型雇用のシステムのなかでもがいているのが現状かな。

    歴史とか、国の文化、企業文化のなかでできあがったものは、なかなか変えることは難しいわけで、「過去の栄光」へのノスタルジックな退行になってしまうリスクはありつつも、なんらかの形で「日本型経営」を今のコンテクストのなかで再活用しているのが大事なのかな?と思っている。

    そんな日頃の考えを、労働、雇用関係という視点でもう一度確認できるような本だったな。

    歴史的な記述がもう少し欲しい気はするが、「古典」を通じて、問題にアプローチすることで、理論的に問題を理解できたと思う。

    ちなみに、ここで紹介されている古典は、読んだことのないもの、というか、そんな本があることも知らなかったもの。

    結構、なるほど感はあった。

  • 労使関係の歴史について、主に欧米の古典を紹介しながら概説した本。
    数年前に「ジョブ型」に触れた時も新鮮で仕方なかったが、本テーマも初耳な事ばかり。しかしまたもジョブ型/メンバーシップ型に接続する議論になるとは(考えてみれば当然だけど)意外だった。また欧米のジョブ型と一口に言っても歴史的経緯や背景から色々な違いや時代毎の変化があって、単純に良し悪しは語れない事も痛感した。
    日本の労使関係論は切れ味鋭い渾身の一冊のみ紹介となっているが、連載は更に継続中の様なので、続編にも期待したい…。

  • ビジネス有利なアメリカの労使関係が、労組と経営者側の敵対関係を前提としてできあがり、イギリスの集合的取引が労働環境全体に日本の国鉄みたいに労働規律が弛緩する。
    日本の労働環境が称揚されたり、落とされたりと、どこの国でも労使関係というのは難しい。

    日本の労働運動の不幸は、戦争による断絶だと思う。戦後極端な共産主義が一気にはびこることになってしまい、労働組合運動に対してネガティブなイメージが定着してしまった。

  • ジョブ型雇用や労働組合に関する課題がなぜ生じているか、を歴史的経緯を踏まえて知れる1冊。
    専門家チックな論説になりがちなテーマだが、平易に噛み砕いて説明してもらってる部分も多く、腑に落ちる内容も多いように感じた。

    【オススメできそうな方】
    ・組合に入ったばかりの会社員の方。
    ※「なぜ、どっちつかずの立場で立ち回らないといけないんだろう?」と感じている方。

    ・新しく人事制度を構築することになった人事担当者の方。
    ※「そもそもジョブ型とメンバーシップ型ってどういう経緯で差異が出たの?」と不思議に思う方。

  • 労働政策の専門家と雑誌編集長による、労働運動の特徴を国別に述べた本。労働者の団結や労使交渉、ジョブ・コントロールなど労働組合の運動について、その考え方を歴史的な著作を紹介するといった形で話を進めている。労働運動について体系的にまとめられているわけではないので、わかりにくかった。また、労働組合の国別の違いもあまり大きくは感じられず、専門家として研究する意義はあるのかもしれないが、残念ながら知識として得られたことはほとんどなかった。

    「多くの国では、労働組合は企業横断的に作られており、それは職業別に組織されたり、もしくは産業別に組織されたりしています。たとえば、工場で働く工員さんは、他の会社の工員さんたちと一緒に技能工組合に加入し、店舗で販売やサービスに携わる店員さんたちは、販売員組合に入る、といった形で、社外の同職の人たちと一緒に労働組合を作っているのです。海外では当たり前なこんな形での企業横断型の労働組合だと、団体交渉も労働争議も、日本よりかなり合理的に行えるのです」p16
    「海外の場合、1つの組合がストライキを行ったとしても、その組合員は企業横断的に存在するわけだから、広く多くの企業が休業状態に入ることになる。これなら、1社だけの失速とはならず、労使とも落ち着いて交渉ができるわけです(日本の場合、1社のみでストを行えば、自社の業績は落ち、顧客は他社に持っていかれてしまい、業績が悪化するから(自分で自分の首を絞めてしまう))」p17
    「労使関係は所得の分配問題であるばかりではなく、人間の権利と尊厳に関する問題でもある」p125
    「サッチャー、メージャーの保守党政権18年の間に、かつて猛威を振るったイギリス労働運動は見る影もないほどに力を失い、今では賃金決定はほとんど産業レベルでは行われなくなり、企業レベルに、いやむしろ個人レベルに大きくシフトしたといわれています」p133
    「労働組合がある企業は次第に、若い大学卒労働者の最良部分を惹きつけることができなくなり、代わって組合不在企業が、より望ましく感心深い働き場所だと見られるようになってきたのです」p163

  • 集合取引と共同決定を軸に欧米の著作11冊と日本の著作1冊が紹介されている。

    それぞれの国の文脈で労使関係が構築されてきたことを再認識した。

    取り上げられていた本を読んだことはないけど,うまくエッセンスが説明されているように感じた。この本を入り口にして,本書で紹介された本や関連する本を読んでいきたいけど,なかなか。。。

    自分の入っている組合のことを考えると,組合員が減ってきて団体交渉で何も勝ち取れず,経営側の決定を一方的に押し付けられるだけで協議からも排除されていて,中途半端というか,グダグダになってるなと思って,少し暗い気分になった。。。

  • 東2法経図・6F開架:B1/7/1517/K

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著者プロフィール

1958年大阪府生まれ。東京大学法学部卒業、労働省入省、欧州連合日本政府代表部一等書記官、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授を経て、現在は労働政策研究・研修機構労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員。主な著書・訳書に、『日本の雇用と労働法』(日経文庫、2011年)、『新しい労働社会――雇用システムの再構築へ』(岩波新書、2009年)、『労働法政策』(ミネルヴァ書房、2004年)、『EU労働法形成過程の分析』(1)(2)(東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター、2005年)、『ヨーロッパ労働法』(監訳、ロジェ・ブランパン著、信山社、2003年)、『日本の労働市場改革――OECDアクティベーション政策レビュー:日本』(翻訳、OECD編著、明石書店、2011年)、『日本の若者と雇用――OECD若年者雇用レビュー:日本』(監訳、OECD編著、明石書店、2010年)、『世界の高齢化と雇用政策――エイジ・フレンドリーな政策による就業機会の拡大に向けて』(翻訳、OECD編著、明石書店、2006年)ほか。

「2011年 『世界の若者と雇用』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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