- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480436481
作品紹介・あらすじ
リブロ池袋本店マネージャーだった著者が、自分の書店を開業するまでの全て。その後のことを文庫化にあたり書き下ろした。解説 若松英輔
感想・レビュー・書評
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個人の本屋さん、好きです。
東京には、たくさんの個性的な本屋さんがあって、ほんとうにうらやましい限りです…
こんなことまで教えてくださるの?と驚くくらいに赤裸々な実体験で、なかなかに面白かったです。
経験値からの選書や、臨機応変に変えるところと頑なに変えないところの加減など、なるほどなぁと。
近所にTitleさんみたいな本屋さんがあれば、入り浸るだろうなぁ♡
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幼い頃、本屋で働くのって楽しそうだなぁと漠然と憧れがあったから、実際に一から本屋を開店させる話は興味深かった。でもこのご時世に本屋を営むという事は本当に大変なんだと思う。ただ開店させられればそれで終わりなのではなく、そこから利益を出して、街の人から愛される本屋になるには相当な努力と覚悟が必要なのだろう。長く愛される本屋さんになる事を願います。
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大型書店で長く働いたのちに、夫婦で小さな書店とカフェを開いた方が教えてくれる、仕事についてのあれこれ。
本屋は、本を売るだけではなく、本にまつわる様々なこと、出会いや豊かな時間を提供する仕事でもあるのか、と見方が変わりました。
身の丈に合った、でもこだわりは捨てない、自分の思いを大切にしながら仕事をするとはどういうことなのか。考えるきっかけをもらえました。
「ときにがっかりすることがあったとしても、自分で本屋をはしめたことを後悔したことは一度もない。毎日よく飽きないねと言われることもあるが、目の前のことに飽きてでもなお、やり続けることのできる仕事が、自分のほんとうの仕事なのだと思う、そうした意味で本屋の仕事は、わたしにとって自分の仕事だと思ってやり続けることのできる、ほかに代えがたい、唯一の仕事なのだ。」p245
以前読んだ島田潤一郎さんの出版社「夏葉社」の読みが、「かようしゃ」ではなく「なつはしゃ」だったんだ、と知れたこともこの本のお蔭。
この本を楽しく読めた人は、裏表紙の見返し?のちくま文庫のその他のラインナップにぞくぞくするはず。「無限の本棚 増殖版」「本が好き、悪口言うのはもっとすき」「トラウマ文学館」読みたい本が次々と。ちくま文庫さん、好き。 -
この本に巡り会えたきっかけは、尹雄大さんの新刊本のトークイベント会場を調べたら、titleという本屋さんだった。その本屋さんの経営者がこの本の作者だった。とても面白かった。titleという本屋さんもとても居心地の良い本屋さんでした。近くにこんな本屋さんがあるなら幸せだろうなあ。
解説書いてる若松英輔さんの著書、『読書のちから』も大好きな本の一つ。
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著者の人柄があらわれているような、丁寧な文章で、書店員時代から本屋Titleを開業するまでが綴られている。ぜひ訪れてみたい本屋さん。単行本の対談も読みたい
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本屋ってどうやって開くんだろな?という単純な疑問と、いつか本屋やってみたいかもな〜という少しの憧れで購入。
結果、私では無理だ…という結論に落ち着く。辻山さんの誰にも換えが効かない豊かな経験と情熱、将来を見据えた確かな眼差しがあってこそこの本屋は(行ったことないけど)オープンできて、そして今に至るまで続いているのだろうし、辻山さんの働きぶりにただただ敬意を表したい。そしていつか行ってみたい。
辻山さんの著作、他にもあるそうなのでまた機会があったら読んでみたいと思う。自分で本屋を開くのはちょっと無理そうです。 -
一晩で一気読み(笑)。
この人も「池袋のリブロ」から始まった人か…が読み始めの印象。そうそう、リブロのなかでは他の本屋に無いさまざまな発見があった。詩と演劇の本ばかりを集めた一角があった頃、私は高校生だった。そこで私は宝塚歌劇の雑誌を買っていたっけ(←今や全国区の雑誌だけど、当時は東京で買えるところはほとんどなかった。)
今は「本」「cafe」「雑貨」は必須アイテムだ。どこの(大手の)書店さえ、その形を追随している店舗ばかりだ。その斬新さも右に倣えな感じで、最近はあまり惹かれなくなった。
この本を読むと、本屋に魅力がないことの原因に矜持がないからに違いないとわかる。冒険するからには矜持が必要なのだ。
最後の最後に「コルシア書店」のことが出てきて、久しぶりに胸が熱くなった。
昔ながらの古書店がある、大型書店がある、大きな図書館のある町で育った私が生まれて初めてその恩恵を感じたのは地方暮らしでだ。住んでいた小さな町の唯一の図書館で借りたのが須賀敦子と森まゆみの本だった。全部あるわけではなく、端本だったと思う。ネットで欲しい本を買うという感覚も理解できなくて。本は手にとって内容を確かめるというのが当たり前だと思っていた。で、電車に乗って一番近い大きな町に出て、勇んでいったチェーンの大きな店で(とはいえ、東京に比べたら中規模くらいだった店)買って読んだのが『コルシア書店の仲間たち』だった。リアルな本屋で並んでいる本を見ながら本を選ぶ喜びはなにもにも代えがたい喜びだった。
小さな町の本屋さんがどんどんなくなっていくのはとても寂しい。でも、この本を読むと、少し元気になる。 -
荻窪の小さな書店をはじめた経緯と準備、またその後日談について書かれている。全般面白かったが、特に以下3点が興味深かった。
■「切実な本」が売れる傾向にあるということ
筆者が書くしかなかった、書かざるをえなかった本というのは、どの時代にも存在すると思う。それはたぶん、「こういうテーマなら売れる」という打算からは少し距離を取った(ビジネスである以上、完全に離れるのは難しいだろう)思いから執筆された本だと思う。
辻山さんが、「自分が」titleを運営していることの重要さを認識しているのと同じ仕方で、「切実な本」を書く人達は、自らが執筆することに意義を見出しているのだと思う。
■意外性のある本屋を目指すということ
実際titleに足を運ぶと分かるのだが、人文学、政治学、その他社会科学系の専門書が比較的多く扱われている。大手チェーンの書店なら当たり前の光景だが、titleほどの規模の書店ではなかなか見ないラインナップ。これこそがまさに筆者が目指すところの意外性なんだろうと思う。
趣味系の本のすぐ近くに専門書が置いてある光景は、選書のセンスを示すとともに、多様性のある読書体験を喚起してくれる気配を感じさせる。
■「本屋」を行うということ
終章の最終部分に、「本屋を行っている」という表現がある。他の箇所でも書かれているように、辻山さんにとって、本屋はただ本という商品を販売するためだけのスペースなのではなく、本にまつわるあらゆる事柄が起こりうる、ひらかれた可能性をもつ場所なのだと感じた。 -
福岡にリブロができて、書店の本を店内の椅子に座って読める事に驚き、嬉しくて、天神に行くたびに必ず通った日々を思い出した。
試し読めることをいい事に、あれこれ背伸びして名作を試し読みしたり、手持ちの予算でどちらを買うか悩んだり、自分自身で本を選ぶ経験をたくさん重ねて、自分の読書の土台のようなものができた時期だった。
その裏にはこんな方がいたんだなぁ。
巻末の企画書、事業計画と収支の項は目にする機会のない内容で、(企画書は作ってる人も少ないのだろうけど)後進のために詳らかにしてあげよう、という著者の気持ちと、『これくらいの実行力と実力が本屋には必要なのだ!』という気概のようなものを感じた。
住む街に本屋が無くなってしまった、地方の本屋難民にとっては、こんな新刊本屋が身近に欲しいなと思った。