日本語で書くということ (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
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感想 : 3
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480438027

作品紹介・あらすじ

〈書く〉ことは〈読む〉ことからしか生まれない。小説には収まりきらない世界がここにある。水村作品を紐解くエッセイ&評論集、待望の文庫化。

感想・レビュー・書評

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  •  読んでいて成る程と思ったのは、漱石論の二編。
     一つは、「見合いか恋愛か-夏目漱石『行人』論」。もう一つは、「「男と男」と「男と女」ー藤尾の死」。

     『行人』において、一郎は悩む。「自然が醸した恋愛」と「狭い社会の作った窮屈な道徳」、つまり「自然」と「社会」、〈自然〉=〈ピュシス〉と〈法〉=〈ノモス〉の対立。一郎の狂気とは二項対立のないところに二項対立を見いだそうとするところにある、と著者は言う。何となれば、恋愛が〈自然〉と〈法〉の対立する世界観を前提とするのに対し、一郎とお直がそうであったように、見合いはそうした対立関係にはないから。
    お直が答えようもない不可能な問いを一郎が問うことーこの夫婦間のアポリアは、そのまま『行人』というテキストを構成するアポリアである(130頁)。
     ウーン、『行人』を読んだのはだいぶ前だが、何だか一郎の心理が分かりにくいのと思ったのは、お直に求めることの、そもそもに無理があったからなのだろうか。

     『虞美人草』。後の漱石の作品と異なり、美文調が読みづらいくらいの印象しか持っていなかった。
     『文学論』に表れている、漢文学への親しみに対し、英文学への嫌悪。『虞美人草』、特に藤尾に対する扱いに表れているのも、そうした漱石の好悪の感情だと、著者は言う(171頁)。

     恋愛を文学的主題とする西洋文学を、漱石がどのように受け止め、作品化していったのか、『明暗』にまで繋がる問題であり、著者が『続明暗』を書くに至ったのも、分かるような気がする。


     本書にはまた、「現代思想」に寄稿された、著者の文章で初めて出版されたというポール・ド・マンに関する論説が収録されている。80年代に書かれた思想系の文章と同じく難解なことに加え、ド・マンの仕事自体良く知らないので、正直、興味を持てなかった。

  • 韓国についてのエッセイが特に印象的である。

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著者プロフィール

水村美苗(みずむら・みなえ)
東京生まれ。12歳で渡米。イェール大学卒、仏文専攻。同大学院修了後、帰国。のち、プリンストン大学などで日本近代文学を教える。1990年『續明暗』を刊行し芸術選奨新人賞、95年に『私小説from left to right』で野間文芸新人賞、2002年『本格小説』で読売文学賞、08年『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』で小林秀雄賞、12年『母の遺産―新聞小説』で大佛次郎賞を受賞。

「2022年 『日本語で書くということ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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