- Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480689948
感想・レビュー・書評
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2017年12月に発行されたこの本。
私が読んだ2022年には、2017年よりも、だいぶ世の中、経済の動きが変わってしまった気がする。
それでも、今のところ仮想通貨バブルは継続している。著者が話す仮想通貨の終焉はそのうちに訪れるのだろうか?
この本は、いわゆる「貯金だけじゃだめ、積立NISAで投信買いなさい」みたいな指南本ではない。
お金の歴史と、今後についての筆者の見解が書かれた本。興味深く読んだ。
著者は、将来的にお金はなくなり、信用がお金に取って代わる…と言う。
そうなると、税金はどうなるんだろう?お金以外で取り立てる事が可能なんだろうか?という疑問が湧いた。
もしかしたら、国家(税金を徴収する者)自体が破綻すると言う意味が込められているのだろうか。
「信用で飯を食う」というと、昔ながらのお中元お歳暮などの贈り物文化を思い出した。世話になってる、頼りにしてる、という意味合いで贈られるものは、その人の信用を表している気がする。
若い世代、特に都会暮らしの人の間では、お中元お歳暮文化は浸透してない。若い世代は、確かに衣服にお金をかけず、IKEAのコットントート持って、ユニクロでも良いという人も多いかもしれない。でも逆にお金かけたいところにお金をかける(推し活とか)。それに、若い人全員がカジュアルを好んでいるのではなく、若い人の中にも、良いスーツ着て良い車に乗ってこそ得られる羨望を求めてる、つまり、お金を必要としている人だって一定数存在する。
逆に、年配者や地方暮らしの人は、仕事で得た信用で次の仕事のお誘いがあったり、口コミやネットワークで広がっていく世界を生きていると思う。年配者や地方が時代の最先端とは思わないけど、筆者が言うところの将来の世界というのは、都会の若者より、地方の年配者の方が、当てはまっているような、信用が物を言う世界を生きているとも言えるのではないか?と思ったりしたよ。
将来=時代の最先端、と思いがちだけど、意外にも将来は、今で言う年配者や地方暮らしの文化的なところにシフトしていくのかな。
私は、お金!お金!の暮らしはしたくない。生きてくのに支障がなければ、余分なお金はなくて良いかなと思ってる。身軽に生きていたいのだ。
他方で、同級生の中では、タワマンに住んで外車乗って…をステータスに置いてる人もいる。
後者にとっての「信用」とは、つまり「お金」でしかないと思うのだ。
何がいいたいのかというと、「信用」とは、多様な意味を持つ。お金によって作られる信用もあるし、お金があるから得られる信用もある。
そういう多様な価値基準の中で、一律の価値をもつもの、一律の信用をもつものとして誕生したのが「お金」だ。
「信用」とは一義的なものではない以上、信用がお金に取って代わり、お金がなくなる、というのは、現実的に想像ができないな…と私は思った。
他方で、将来的にお金がなくなれば良いという筆者の考え方は、一定程度支持ができる。
お金がなくなれば、お金をめぐる様々な犯罪(振り込め詐欺とか、給付金詐欺とか)、そんなことにアイデアを出して頭使うなら、もっと社会貢献しようよって思うような犯罪が減るのではないか、と思うからだ。
そう考えると、本当に「お金」って罪な存在ですね。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
そういう可能性もあるなと思いつつ、細かなところはよくわからない。信用を中国みたいにある企業や国家が数値化しだすのだろうか。信用と承認はそんなにイコールだろうか。
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資本経済から時間、記帳、信用と進化していく。これまでの働き方の価値観が変わると知った。ちょうど吉本問題の渦中も、芸能人の在り方の転換点だとうなづく。より、個人の活躍が重要。
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お金は信用を外部化したもの。うん分かる。そして汎用性があること。これも分かる。
信用さえあれば、紙幣や通貨の形である必要もない。敷衍して資本主義から信用主義へと移行すると予言する。どうかな。
信用を担保するものは何なのか。これがどうも著者の言い分に同意できない。でも未来のお金との付き合い方として「お金でお金を増やすのはやめよう」という提言には賛成だ。ここが現実には受け入れられないと思うけど。人は貪欲だし利他主義にはなれないよなぁ。 -
2018年14冊目
お金というもの、そして、これからのお金について書かれた本です。
著者は事業家であり、思想家
著者は前著からお金に対する考え方を紹介しており、本書は著者のお金についての思索の旅の終わりと書かれています。
なので、本書に描かれているお金の未来は著者の思索から生まれてきたものと思われます。
と、言って難しい話かというと割と読みやすい。ただ、なかなか理解しにくい面があります。
お金というものを考える上では面白い一冊です。 -
著者の修論を発展させた一冊とのこと。
ただ、経済学部の院だったら正直この内容では厳しいのではなかろうかと思った。
しかし情報学環の修士ということで納得。
図解による大雑把な分類は多分にコンサル的でわかりやすいが、本質を切り取っているとは限らない。
それは、既存の院であれば学術論文を書く際、一番はじめに指導されるところだが、軽やかに無視されている。
無論、それはこの本の内容が面白くないとかいう話ではないので、自分の指摘は本質的では無いといえば無いのだが、論の進め方が仮説を立ててはそれを検証していくという学術論文の体裁とは相容れないので、論文発表の席でも教授陣と議論が噛み合わないことが多々あったんじゃないかな、という気がした。
研究室内での発表会などでも、まわりは「この人はコンサル出身で自分で起業もしてその会社を売却もして、そういうすごい人だから」みたいな感じで遠目で取り巻いて、プレゼンも一方通行気味だったりしたかなーと。
著者は、自身の会社を売却した後、海外の大学も渡り歩いた末、自身の会社を買い戻しビジネスの現場に戻ってきたとのこと。
著者自身の自分探しの旅が一区切りついた中での著書で、なぜ学術の世界で居場所を見つけられなかったのかについての回答は、著者によっても説明が為されているが、それ以外にもあるということが、よく読むと分かるという意味でも面白い本。
理論と実践は違う、というのとも違う。強いて言うなら、学者と哲学者は違う、ということか。 -
仮想通貨は、2030年代くらいをピークにした短期的なもの。次に時間主義経済がやってくるってピンとこない。その考え方自体がよくわからないんだよね。
Facebookの仲間分けが終わって、次はそのコミュニティを支える仕組みや規範作りっていうのは分かる。福祉、教育、通貨のインフラ整備に入る。ここで必要なのは、異なる業界を結ぶ人。