Bolero: 世界でいちばん幸せな屋上 (ミルリトン探偵局シリーズ 2)
- 筑摩書房 (2000年6月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480803566
感想・レビュー・書評
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謎を解かないミステリ、ミルリトン探偵局の第二弾。
おんちゃんの日常と、ノスタルジックなお話たち。
ほんのちょっと高いとこのシアワセ。
これを書いた時点で中学生やったって?
うーん…まいった。
だってこれ、「おっさん」が書くような内容やんかぁ。
ぼくは、著者のプロフィールなんてほとんど気にせえへんタイプやから、よく知らないんやけど、「おんちゃん」に関しては、クラフト・エヴィング商會による架空の存在ではなかろうかと、疑っています。
もし架空やったら、大好きですクラフト・エヴィング商會。
実在やったら、すごい子やと思います。
(2004年11月13日読了)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2010.5
ミルリトン探偵局第2弾。
side A
シナモンと黒猫
鏡の国の入口
屋上の楽園
雨の日の小さなカフェ
チョコレエトをかじりながら書いたあとがき
side B
バディ・ホリー商会
世界でいちばん幸せな屋上
奏者Ⅱ予期せぬ出来事
ボレロ
ThinkとBoleroの不思議なつながり感、適度なファンタジーに胸がほわほわとします。好きです。
後の吉田作品を彷彿させます。
”とにかくここは、世界でいちばん幸せな屋上なんだと、私は誰かに電報でも打ちたいような気分だったのである。” という文章を読んだところで、「いい!」と言ってしまいました。
じっくりと味わいたいのに、先が知りたくて、やっぱり急ぎ足で読んでしまいました。もったいない。
シナモンのたっぷりかかったアップルパイ、チョコロール、そしてチョコレエトが食べたい。チョコレートじゃなくて。 -
ミルリトン探偵局1に引き続き2度目の読了。
とにかく、このクラフトエヴィング商会の世界がいい!
ふと、音ちゃんって本当に実在するの?とまで思い、
調べてみると・・・ -
ボレロのように連なる人と人。その些細な重なりが、やがてひとつのシンフォニーへ。
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物から始まる話も面白いけれど、クラフト・エヴィング商會の装丁も相変わらず素敵。
えっ?
吉田音って架空の存在なの?!
これまたクラフト・エヴィング商會なんすか?!
だーまーさーれーたー!
完全にやられましたs。
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もし幸福というものが見たいのなら、いま確かにここにそれがある
ミルリトン探偵局シリーズ。ラジオの紙上放送なんていうのも頁の間に。『ボレロ』の話が一番好きかも。 -
「歳をとってゆくことと、成長してゆくことは別のことのような気がします。私は成長したいのです。人はどこまでも成長できる動物です。なぜなら、人は<考える>からです。<考える>ことで人は成長し、前へ進めるのです。そして、孤独や苦悩というものは、ただネガティブな存在としてそこにあるのではなく、むしろ人に<考える>エネルギーを供給する役割を担っているのではないでしょうか? そう思えるようになって、私はようやく<現実>を見つめる愉しさと、その深さを発見できるようになったのです。」
と、20年近く前にたった一枚だけLPを世に出して、その後音楽シーンから跡形もなく消えてしまったかつての青年は、遠い異国の客人を前にしてつぶやく。
しかし、彼の言っていることには、解ったようで解らないところがある。フィル・ブラウンというかつてのミュージシャンが自らの音楽活動のエネルギーとしていたのは、苦悩や怒りというものであるにに違いない。それは幾ら歳を重ねたからといって、まだ無くなった訳ではないだろう。それを受け止め損ね、何かわからない焦燥感に駆られていた自分自身。そのことを少し高い位置から見つめられるようになっただけなのだ。そのことによって、苦悩や怒りを何ものかに変化させる術を身に付けたのだ。
その変化を、人は「成長」と呼ぶのだろうか。そんな思いと供に、ミルリトン探偵局シリーズ二作目である本書にそこかしこに溢れている、時間によって変化するモノ達を見つめていると、ほろ苦い大人の味のコーヒーの香りが漂ってくる。。
屋上という幸福な記憶。それは地上の喧騒を離れ、高きモノに近づきたいとする純粋な精神の象徴、腐敗した現実からの逃避とも読める。ここに皿洗いというキーワードがずしりとした重さを伴って配置される。その意味するものの大きさに気付く。
汚れた皿を洗う。穢れを落とす。そしてその繰り返し。それこそが日常。
もう一つのキーワードであるシンメトリーも、やはり完璧さの象徴として登場するのだが、それは何も地上の喧騒から離れた純粋な場所にだけあるのではなく、「日常」というなんでもない言葉の中にも存在する。
そういった発想の転換(あるいはそれを理解の深まりと呼ぶのか)が、成長といえるのならば、人は確かに成長を続けてゆく動物だろう。しかし、人は何故か、成長する前の「負の」と言ってもよいエネルギーの作り出すものに、やはり魅せられてしまうのである。その絡め取られるような魅力にあらがうこと、それこそが苦悩の根源であろう。
屋上には、時間による変化の前後に係わらず、幸福な景色と清らかな風が吹いている。人は「成長」した後に、その場所を訪れても、あの時の幸せと今の幸せを感じることができるだろう。それはまるで、幸せとは人の心の中にあるのではなく、独立して存在するのだ、とでも言っているかのような言い回しだ。しかしそうではない。答えは風の中に吹かれているのではなく、吹かれている風の中に聞きとる耳の方に存在するのだ。しかし何故だろう。今の幸福というものに、ほんの少し淋しさが滲んでしまうように感じてしまうのは。
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「ミルリトン探偵局」第2弾。
黒猫シンクは相変わらず素敵なものを拾ってくるので「私」は大忙しである。
円田さんは急に作家を目指し始めたり。
初めてのカフェはドキドキしたり。
なんかそんな少女の心情がかわいいなぁと。
今回は「屋上」がテーマなので。
様々な屋上で繰り広げられる「物語」がより一層郷愁を誘う感じで。
私にもこういう時代があった…としみじみしてしまったり。
屋上で見た景色は多分一生忘れない美しい光景なんだろうなぁと。
どこかの屋上に上って空を見上げたい気分になります。 -
帯表
クラフト・エヴィング商會プレゼンツ
猫とカフェとレコード
帯背
猫とカフェと音楽と幸せな屋上の物語
帯裏
この世のどこかに、ものすごいシナモンというシナモン・ツリーがあるんです」
「なるほど・・・人生は洗いものの連続か」
もし、幸福というものが見たいなら、いま確かにこの屋上にそれがある。
「予期せぬ出来事って何だろう?」
「黒猫って本当に見分けが付かないよな」
「もしかして、別の猫と入れ替わっていたりして」 -
ところどころに入ってる写真がすてき。せりふもすてき。