琥珀捕り (海外文学セレクション)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (346ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488016388

感想・レビュー・書評

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  • アルファベット順に並んだ関連のなさそうな単語が各章のタイトルになっていて、各章の中で語られるのは、冒険物語とかほら話とか絵画のうんちくとか神話とかこれまた関連のなさそうな挿話の数々。
    けど、実は各章はゆるいしりとりでさらり、と自然な流れでつながっていって、しかもまとまりのない各話は全体としてみると、すべてが一続きであるようにも感じられる。
    おまけに、それぞれの話の中に文字通りの琥珀にまつわる話が散りばめられていて、それを拾い集める楽しさを味わいながら、メタファーとしての琥珀(膨大な言葉の山に埋もれたきらり光る一片の言葉)を見つける喜びも味わえるという。
    原文のニュアンスはわからないけど、そのときどきで語りのスタイルを軽妙に変えてくる翻訳もあいまってめちゃくちゃ面白く読めたし、琥珀探しの構成が素敵すぎて最高でした。
    きっとこれからもなんども読み返したくなる一生ものの一冊だと思う。

  • 思いもかけず、楽しい読書体験をさせてもらった。というのも、文中に登場する人やら物やらに寄せる蘊蓄のただならぬこと。「Tachygraphy-速記法」などは、チェスタトンの引用も含めて、一章のほとんどがボルヘスの『異端審問』の中の「ジョン・ウィルキンズの分析言語」から成り立っていると言ってもよく、ついつい手持ちの資料にあたってみることを余儀なくさせられた。

    博覧強記とは、こういう作者のことを言うのだろう。特に、フェルメールをはじめとする、オランダ絵画に関する記述、オウィディウスの『変身譚』を主としたギリシア・ローマ神話については、たびたび繰り返して言及されている。どこまでが引用で、どこからが作者の創作によるものか、書棚から関連する図録や書物を抜き出して机上に置き、いちいちつき合わせてその真偽を確かめずにはいられなかった。

    たとえば、「Yarn」の章。ちなみに作者はこの物語をアルファベットのAからZではじまる言葉を標題とする26章で構成している。プルーストが、美術批評家ヴォドワイエを誘って、ジュードポ-ム美術館にフェルメールの絵を見に行ったときのことを話者はこう記す。

    「フェルメールの技巧には中国風の忍耐があるように思われた。極東の漆細工や石彫でしかお目にかかれないような、作業の方法や手順をいっさい隠してしまう技量である。」

    今、ここに2000年に大阪で開かれた『フェルメールとその時代展』の図録がある。その解説の中で千足伸行氏がプルーストとフェルメールの関係について触れながら、ヴォドワイエのフェルメール論を引いている。その中にある文章。

    「フェルメールの仕事ぶりには極東の絵画、漆細工、彫像などにのみ見られる仕事の細心さやプロセスを見えなくするような力、いわば中国的な忍耐(une patience chinoise)がある。」

    一読して分かるように、この部分に関して言えば、話者の語るフェルメール論はヴォドワイエその人の言葉を一字一句引き写したものである。文中では先の引用部分を含む段落の後に改行があり「―フェルメールの絵は、とヴォドワイエが語りはじめた。」と続く。つまり、引用部分は話者の言葉として語られていることになる。

    一言ことわっておくが、作者は、最後に参考文献の長大なリストを付していることでもあり、盗作云々を言いたいわけではない。そうではなくて、一冊の本を読むために机上に本を積み上げる愉しさについて述べているのだ。先行するテクストを引用しながら、まったく新しい別の作品を創作するという方法は今では認知されている。第一、プルーストにしてからが、芸術に対しての言及の多さで知られる『失われた時を求めて』の中で、ヴォドワイエのフェルメール論を借用しているのはよく知られた事実である。

    物語の中にまた別の物語が入れ子状に組み込まれ、物語が切りもなく増殖していったり、発端と結末が呼応し、ウロボロスの蛇のごとき形状を見せるのは『千一夜物語』などでお馴染みのものだが、『琥珀捕り』のスタイルで特徴的といえるのは、琥珀や煙草、望遠鏡、潜水艦などを繋ぎに使い、物語が尻取りゲームのように章から章に繋がっていることと、今ひとつは、物語の中に突然、「物」についての詳細きわまりない解説が挟み込まれ、植物の薬効成分だの医学的効能などが、延々と冗長とも思える長さで続くことである。

    そうした他に類を見ない文学形式に対してインディペンデント紙は「文学においてのカモノハシに相当するもの」という見解を示し、この書物を語る上での惹句になっているらしいが、そうだろうか。書棚から抜き出した本の一冊に『OVIDIANA-ギリシア・ローマ神話の周辺』(久保正彰、青土社)という本がある。その中に次のような箇所がある。少々長くなるが引用しよう。

    「オウィディウスが『変容譚』の話と話のつなぎ目、すなわち、あるようなないような脈絡を語るときの方法は、多様であるがじつはホメロス以来の伝統的な技巧を、彼の独自の工夫によって組み合わせているにすぎない。(略)本筋の進行中に、壺絵が直接に読者に向かって語りかけ、もう一つ別の筋が展開する。この技法はテオンとかニコラオスなどの後世の修辞学者たちが美術・工芸品の描写美(エクフラシス)と名付けているものだが、実例はホメロスの叙事詩にすでに根づいている。」

    『琥珀捕り』が、オウィディウスから借用しているのは、話の素材ばかりではなかったのだ。オウィディウスは、このエクフラシスの技巧に優れ、「時としては、本筋のほうがいつのまにか場面の外に押しだされてしまい、ものが主人公のように収ってしまっていることもある」そうだが、キアラン・カーソンの場合もそれと同じことが言えよう。何のことはない。オウィディウスはホメロスから、そして、キアラン・カーソンは、オウィディウスからその方法を借用していたというわけである。

    ホメロス以来の技巧をアイルランドの法螺話の中に何気なく紛れ込ませたり、全編これ他の書物からの引用かと思えるほどの博覧強記ぶりを見せつけるかと思えば、どこから見つけてきたのか分からぬ昔話風の物語を滑り込ませ、読者の知的好奇心を挑発するなど、どこまでも食えない作者である。翻訳は、苦心の跡の窺える労作といえる。ただ、解説で柴田元幸氏は琥珀についての澁澤の文章を引用しているが、贔屓の引き倒しというものであろう。そこだけ、文章の格のちがうのが見えてしまうのである。 

  • ローマの詩人オウィディウスが描いたギリシア・ローマ神話世界の奇譚『変身物語』、ケルト装飾写本の永久機関めいた文様の迷宮、中世キリスト教聖人伝、アイルランドの民話、フェルメールの絵の読解とその贋作者の運命、顕微鏡や望遠鏡などの光学器械と17世紀オランダの黄金時代をめぐるさまざまの蘊蓄、あるいは普遍言語や遠隔伝達、潜水艦や不眠症をめぐる歴代の奇人たちの夢想と現実―。数々のエピソードを語り直し、少しずらしてはぎあわせていく、ストーリーのサンプリング。伝統的なほら話の手法が生きる、あまりにもモダンな物語。

  • 刺さる人には刺さる作品でしょうね。
    だけれども神話系とか神々のワードを覚えるのも
    しんどいわっ!!と感じる人にはこれ地獄だかんな!!

    基本的につながりが変なところに出てくるので
    あまり真剣に読むとケガします。
    気になるところだけさっと読むにとどめたほうが
    賢明な作品です。

    だけれども冒険王ジャックは
    正直者だったんだなぁ…

  • 3/15追記
    読めば読むほどどんどん好きになる。
    ★5にしちゃった。
    イーオー、アルゴス、メルクリウス。
    “イーオーの燃える炎の燃料は、地球上の河川くらいの大きさの稲妻をたえず投げつづける木星が供給している。”

    ----------------
    取り留めのない与太話・御伽噺・蘊蓄話がひたすら途切れることなく延々と綴られた奇書。

    大好きなんだけど、読んでると絶対に眠くなってきてなかなか読み進められない。
    こう書くと地味な内容のように思わるかもしれないけど、実際に文章を読みながら浮かぶ情景は「目もあやな」と言いたくなるくらい色彩豊かできらきらしてる。香りもする。
    喩えるならクリムトとヒエロニムス・ボスとフェルメールをごちゃ混ぜにした琥珀色の織物(あるいは琥珀色の迷路、あるいは琥珀色のジャンルグル)みたいな。

    死ぬまでに読み終えられたらいいな。
    でも一生読み終わらない方がこの本らしい気もする。

    チューリップ熱の話と装飾写本の話が好き。

  • 目次
    ・対蹠地(アンチポーズ)
    ・ベレニケ
    ・水時計(クレプシドラ)
    ・デルフィニューム
    ・麦角(エルゴッド)
    ・キツネノテブクロ
    ・ガニュメデス
    ・ヘリコーン
    ・イーオー
    ・ジャシンス
    ・薫製ニシン(キッパー)
    ・ライデン
    ・マリゴールド
    ・思い上がりを罰する女神(ネメシス)
    ・アヘン
    ・ペガソス
    ・マルメロ
    ・派生効果(ラミフィケーション)
    ・潜水艦(サブマリン)
    ・速記法(タキグラフィー)
    ・水の精(ウンディーネ)
    ・ヴェロニカ
    ・行方(ホエアラバウツ)
    ・ゼロックス
    ・ヤーン
    ・回転のぞき絵(ゾエトロウプ)

    Amazonの紹介文がすべてです。
    詩人が書く散文は、かくも難解なものになり得るのだなあ。
    ギリシア・ローマ神話もケルトも、ほら話も好きなのですが、手こずりました。

    ”異質なものがさまざまにはぎ合された結果、ここの部分には見覚えがあるけれど全体としては途方もない合成物になっているという点で、この本はカモノハシにそっくりである。”
    これにつきます。

    日本語の目次ではわかりにくいのですが、原書ではアルファベット順に26タイトルが並んでいます。
    そしてそれらが重なりながら、徐々にずれながら、いくつもの物語が語られていきます。
    化石の中から琥珀を取り出すように、中のものを壊さないように、慎重にいろんな角度から少しずつ削り出していく。
    取り出されたものは磨かれて、静かに輝きを見せる。
    そんな作品でした。
    いろんな知識があったらもっと楽しめたと思うと、自分の浅学が残念です。

  • たぶん20年近く積ん読だったのを思い立って読んでみた。
    入れ子構造なんやけど、入れ子の中身がおもしろすぎて読んでるうちに外枠のこと忘れて、一つのエピソードが終わって立ち位置がわかんなくなること数知れず。これ、また間空けて何度も読んだら都度オモロいんやろな。

  • 不思議な本だった。密度が濃い。気の赴くまま何度となくパラパラと読み返すことになりそう。

  • 一言で言い表すのは難しい、どうにも不思議な本。
    作中に頻出する蘊蓄や物品の数々には惹かれずにいられない。造本の良さも魅力。
    『文学におけるカモノハシ』という表現は言い得て妙。確かに似た作風は思いつかないなぁ……。

    今年(2015年)の神保町ブックフェスティバルで、『シャムロック・ティー』を何となく買って、そこから既刊を買い集めたのだが、買って良かった。

  • 確か、社会人になってすぐぐらいのタイミングで出会った本。数年置きに読み返してますが、いつ読んでも面白いです。

    後書きにもある通り、これは「カモノハシの文学」。パーツを個々別々に見ている限りでは見覚えのあるものの、全体を見渡してみるとかつて見たことのないような奇妙な、しかし非常に興味深いひとつのストーリーとして成立しています。この「ひとつのストーリーとして成立している」というのが要であり、この作品の傑出したところです。ただ単に、バラバラの話を並べているだけ、というわけではないのです。

    アルファベット順に並んだ一見脈絡のなさそうな26の単語により26の章に分かれていて、各章ではだいたい一つか二つの大きなトピックが軸になって話が展開していきます。そして、話が進む中で現れてくるある単語やエピソードが次のストーリーを紡ぐための布石となり、いつの間にか別の話へと舞台が転換していきます。「さて、ここで別の話に移ります」といった、流れを分断するような切り替えは一切なく、話を少しだけずらして別の世界に話を飛躍させ、読者を迷わせないように誘っていく(時折、立ち眩みを起こしてしまいそうな話の転換もありますが)著者の手腕には唸らされます。

    取り上げているトピックは様々ながら、中でも頻繁に登場するのが「中世のキリスト教聖人」「ギリシャ神話の神々」「オランダに関する話」「エスペラント語」、そして話の合間に頻繁に登場してそれぞれの単語を繋ぎ合わせる役割を担っている「琥珀」といったところでしょうか。このあたりのキーワードのどれかに関心がある方であれば、そこに辿り着くまでの不思議さ、そしてそこから別の話に飛躍していく不思議さも含めて楽しめるのではないかと思います。

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