千年紀の民 (海外文学セレクション)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488016500

作品紹介・あらすじ

ヒースロー空港で発生した爆破テロ。精神分析医デーヴィッド・マーカムはテレビ越しに、事件に巻き込まれて負傷した先妻ローラの姿を目撃する。急ぎ病院に駆けつけたが、すでに彼女の命は失われていた。その「無意味な死」に衝撃を受けて以降、ローラ殺害犯を捜し出すためデーヴィッドはさまざまな革命運動に潜入を試みるが…。新たな千年紀を求め"革命"に熱狂する中産階級。世紀のSF作家バラードの到達点。

感想・レビュー・書評

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  • 21世紀初頭のロンドンを舞台に、テロと一部居住区域内で勃興した過激派が扇動する中産階級の反乱を描く。2003年発表で、作品内においても言及のある2001年の世界貿易センタービル爆破事件にも影響を受けているとされる。

    アドラー心理学協会所属の精神分析医デーヴィッド・マーカムは、裕福な実業家の娘である妻サリーと結婚生活を送っている。米国への出張に赴こうとしていたある日、ロンドン・ヒースロー空港の爆破テロ事件をテレビで目にし、そこで先妻ローラが犠牲者として亡くなったことを知る。先妻の死にショックを受けたデーヴィッドは、個人でテロ犯を突き止めるために各種過激派のデモに潜入するうちに、チェルシー・マリーナという居住区域内で、中産階級による革命を企図する過激派と遭遇する。デーヴィッドは次第に彼らの活動に深入りするようになり、姿を現さない革命の真のリーダーとされる小児科医リチャード・グールドに興味を引かれる。

    『千年紀の民』(原題:Millennium People)というタイトルと、テロ事件から始まるというあらすじの情報から派手なSFを予想していたのですが、実際には、現実にも起こりうるであろう範囲での出来事で構成された、SFとしては比較的シックな作風でした。作中では再三、中産階級の反乱という言葉が出てきますが、彼らの居住区域や職業や生活を見る限り、過激派に扇動されて反乱に加担する市民たちの階層は、正確にはアッパーミドルのようです。飼いならされた「精神的貧困」からの脱却を目指すという過激派の意図や、謎の多いリーダーであるリチャードの存在、デーヴィッドの心身の変化などから、読書中は映画『ファイト・クラブ』を何度も想起しました。その終わり方もあって、悪い意味ではなく、割り切れない読後感が残りました。

  • 『「三十分たったらーー帰らなければ。革命であろうとなかろうと」「間違いないわ。あなたのために革命を延期するから」彼女はちらっと微笑みを浮かべてみせた。「これがあなたのフィンランド駅なのだと思って、マーカムさん」』-『第十章 革命との約束』

    バラードが描く人は追い詰められていることが多いような気がする。それは物語の要請というよりも、バラードが背負っている人生の不条理というものがそうさせるのだろう、と少々フロイトの考えそうなことを思ってみる。だから、バラードがSFを書くのか普通の小説風のものを書くのかは、案外自分にとっては大きな問題ではない(何が、だから、なのか、とご指摘を受けそうであるけれど)。

    過去に何度か、自分は理科少年であったけどSF者ではなかったと告白している通り、バラードを読み始めたのは最近だ。でもSF者にかぶく可能性のあった純真理科少年としてバラードを読んでいなかったことで、バラードの小説の自由度を逆に楽しむことができているのかも知れない。白黒を着けたがっていたその頃の自分がSF色の強いバラードにのめり込んだ後に感じておかしくはない反応は、バラードは偏向した、という原理主義的な思い込みによる凶弾であったであろうから。しかしあとがきにあるように、そうして自分の読後感もそうであるように、バラードの作品は設定がどうであっても何か共通したものがあるように思う。それを自分は、人間の心の奥にある闇を手探りで探索することをバラードがしているからだ、と思うのである。

    そんなこんな色々と思ってみるのだけれど、バラードの魅力は川上弘美の「バラード、だいすき」というエッセイが存分に語ってしまっているので、自分はいつもこの川上弘美呪縛から逃れられないのも事実なのだ。なぜなら、自分は、川上弘美、だいすき、なもので。へへ。

    ところで、この小説は比較的新しいガジェットがまだ意味を持っているので、普通の人なら恐らくなんの違和感もなく読めるだろうけれど、大方のSFはそういうディテールから時代に絡め捕られて腐敗していく。例えば、鉄腕アトムに出てくる未来世界は未だに実現していないような夢の世界だけれども、アトムと御茶ノ水博士が黒電話で話をいているところなんかに、そういう時代に絡め捕られてしまう要素がある。それを見て、やっぱり、なんだかなあ、という気持ちが沸いてしまうのはやむを得ないことなのだと思う。それは科学と技術の進歩を具現化して見せるSFにとっての宿命なんだと思う。それでも、例えばバラードの「コンクリート・アイランド」を読んでみると、そういうアイテムが古臭くなってしまっているのは否めないけれど、それで小説自体が詰まらなくなってしまっているかというとそんなことはない。この小説も、多分に9・11後の世界と強くリンクしている部分があるとは言え、きっと時が経っても面白さ自体は変わらないんじゃないかと思うのだ。

    もちろん、優れたSF作家は時に未来を見通してしまったような文章も残す。例えば今年(2011年)ロンドンで起きた暴動なんてバラードは知る由もないのに、この小説の中で起きていることと二重写しになる。それは結果ではなく原因を探り、深い根っこのところにある人間の癖が時代を経てもそんなには変わらないということを知っていたバラードならではの予想だったのだろうな、と思うのである。

    老婆心ながら、フィンランド駅はもちろんフィンランドの駅ではない。
    それは三島由紀夫にとっての市ヶ谷駐屯地であった可能性もレーニンにはあった筈の場所なのだ。

  • バラードの最後から……2番めになるのかな? の長編の翻訳。 舞台は中産階級の住むロンドンの一角なんだけど、なんだかVermillion Sandsを彷彿とさせる。主人公の心理学者(アドラー派!)と、「革命」の火付け役であるドクターは、いつものバラード世界の人。美しく現実である妻もまた。 影のない太陽。

  • ドライブ(疾走)感すごい。揺れ不安興奮と同時に密室感あり、落ち着くような落ち着かないような。

    話→昔の奥さんが空港のテロに巻き込まれて死亡。今の奥さんの手前気丈に振る舞うが、やっぱりショック。心の空洞を埋めたいわと規模の小さい組織に参加し爆破を行う。
    何かの表明のためや目的がある訳ではなく、退屈だから満たされないからという理由の、うさばらしのために十分お金を持っている大人達が不謹慎にも集まって破壊活動してんだよなあ。

    やっぱそれって狂気であり狂ってるんだけど、そうでない人間なんていないんだろうよ。

  • 初バラード。不思議な読後感だ。主人公マーカムの前妻が空港爆破テロ事件に巻き込まれて死ぬ。現妻にも勧められて独自に犯人を突き止めようと、社会の様々なことに不満を持つ中産階級の活動グループに潜入する。何だか冗談のような逸話ばかりだ。革命を起こそうとする中産階級のグループは相対的にいい暮らしをして高級住宅街に居を構えてるが、内実は家賃や光熱費を払えず崩壊寸前。だから革命を求めるのだ。マーカムの現妻は列車事故に合い大怪我をしたことに反発し、怪我が治っても体が不自由なふりを続ける。笑っていいのか真面目にとらえるべきなのか分からない。
    印象的な人物がたくさん出てくるが、特に医師のグールドは強烈。無意味であることにこだわり、テロの標的に意味を持たせない。そして最後に語られる「いかなる真剣な革命もその目的を達成すべきではない」が、一番心に残っている。

  • 2016/12/13購入

  • 高学歴の中産階級が焚きつけられて「革命」というテロを始めましたという話。むなしい。

    ユートロニカのこちら側の選評に選考委員の東氏は「本作の空気はバラードの「コカイン・ナイト」や「千年紀の民」を連想させた」とあったので読んでみた。確かに連想される。が、千年紀の民はテロにもう少し焦点を当てている。で、ユートロニカのこちら側は、管理社会の方に焦点を当てている。私的には後者の方が好みだな。

    本書は2段組で300ページを超える。この内容でこの分量は重いのが何とも。

  • ウォール街からエジプトまで、世界のいたる都市で暴動や大きなデモが起きている現在にこれを読むと、やっぱりバラードは予言者なのかなぁと考えてしまう。「動機が欠如した暴力によって社会的な倫理的な約束(共同幻想)を壊す」という思想は『ダークナイト』(2008年)のジョーカーのよう。まだ翻訳されていないバラードの遺作は郊外のショッピングモールが舞台らしくて、超楽しみっす。

  • バラード「千年紀の民」読んだ。病理社会三部作の完結?アッパーミドルの娯楽としての管理暴力、目的化する無意味、共同体感覚。いつも思うけど、この人は何故SFに分類されるのか?「従順で道徳的で公共心を持ち自我を抑制する中産階級」とあり、今の東京でこれを読むのはかなり複雑な気持ちに…

  • 新たな“千年紀(ミレニアム)”を求めて、“革命”という名のテロを起こす中産階級たちの描写が生々しい。
    その生々しさに反して、語り手である主人公がそこまで主観的ではない判断をする一種のぼんやりとした覚束無さがあって、バラードらしい描き方だなと思いながら読み進めた。
    作中の「ほんとうに無意味な暴力行為は、何か月にもわたってわれわれの感心を惹きつける」という一文が一番印象に残った。
    世界は無意味で理不尽で、人間はその運命に翻弄される犠牲者なのだ、というバラードからのメッセージを感じてしまう。
    人間は自分の人生を意味あるものにしたくてもがいている分、急に“無意味な何か”に遭遇した時は何もできなくなってしまうんじゃないかと思うと薄ら寒くなった。

    ただ、主人公の動機となったテロと殺人の犯人をつきとめるまでの過程がだれているような気がするのが残念といえば残念。
    そんなに自分は推理しながら読むタイプではないのだが、物語の中盤程度でなんとなく犯人が分かってしまったくらい。

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