ミステリウム (創元ライブラリ)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488070885

作品紹介・あらすじ

ある炭鉱町に、ひとりの男がやって来る。水の循環の研究者だというその男は、小川の水を調べ、廃坑になった炭鉱や町の歴史に興味を持ち、骨董屋の女性アンナの心を奪いもする。まもなく、共同墓地の墓石が破壊され、図書館の本に酸をかけられる異様な事件が続き殺人事件まで起きる。そして住人たちが次々に正体不明の病に侵されていく。伝染病か、飲料水に投げ込まれた毒か? マコーマックらしさ全開の不気味な奇想小説!

感想・レビュー・書評

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  • 二つの時間が別々のものであっても、二つのよく似た存在をどんな手立てを使っても結びつけようとするのが人間の性分。真実とは自分の見たいと思っているもののことだと繰り返し仄めかしてくる作品だった。作中人物の語りは状況に対して極端に口数が少ないのに、世界に対して言葉が余り続けている印象。主観的な言語で客観を俯瞰する視点で騙る人生と、曖昧で理不尽な因果の気配だけがある。真実という言葉を口にしたとき、その言葉が持つ虚構の猛毒で舌が腐り始めるのなら、霧に覆われた小さな町に立ちこめる臭いと同じの鼻をさす臭いがするのだろう。

  • ブレア行政官から見習い記者ジェイムズの元に送られてきたのは、疫病のために封鎖され、情報規制が敷かれている村、キャリックに住む薬剤師が書いた手記だった。一人のよそ者の滞在と、エスカレートする破壊行為に関連はあるのか。村の秘密と言語中枢を狂わせる毒の謎は……。排他的な村で起こった奇妙な事件を描いたメタ・ミステリー。


    マコーマック作品は他に『隠し部屋を査察して』と『パラダイス・モーテル』の二作を読んでいるが、いつも〈演技と創作〉を主題にしている作家だと思う。特に本作は、死なせるためにキャラクターを創作し、無から真相を生みだすミステリーというジャンルの型を使って、「死を受け入れるために物語を必要とする村」という逆説を描いている。
    作者が創作キャラの生殺与奪を握っているのはどのジャンルでも当たり前だが、ミステリーは特にその権利を遊戯的に行使する点で特殊である。本作は第二部以降あきらかにメタ・ミステリーとして書かれていて、作中でブレア行政官が講義する犯罪理論は、自ら創りだした謎に自ら意味を与え、真相解明=秩序回復をうたうミステリー小説の成り立ちに対するユーモラスな当てこすりだと思う。解説の柴田さんはこの部分を「全体の流れに奉仕しない」細部の代表として挙げているが、この講義こそ『ミステリウム』という小説を自己言及的に説明しているともいえる重要なパートではないだろうか。
    また、行政官の講義が記号論のパロディになっていること、行政官が修道士に例えられたりカバラが引き合いにだされることから、本作全体が『薔薇の名前』オマージュのようにも思える。行政官とジェイムズの関係はウィリアムとアドソに似ているし、中世の格言を引いて閉じる余韻も共通する空気がある。『薔薇の名前』では書かれたものを否定するために殺人がおこなわれるが、『ミステリウム』では突如起きた大量死を肯定するために物語が書かれるのだ。
    第一部の大半を占めるエーケンの手記は、冬の景色をエリキシル剤の調合に例えるくだりに始まり、眠りを傷に、声を花瓶に例えるなどの独特の比喩と、芝居じみた(特にアンナとの)台詞の応酬、アフォリズムに満ちた文体が不穏で魅力的だ。その不自然さは、第二部ではジェイムズという第三者の目を通して別の色合いをあらわす。
    エーケンは精神を病んだ父・アレクサンダーと彼が実行したとされる復讐に意味を与えるため手記を書き、その手記を解読可能にするためのサブテキストが村人たちの語りだった、という「解釈」もできるだろう。あるいは、全員が台本に基づいた役を演じているだけの〈ミステリウム・ミステリオルム〉なのか。探偵役のように登場しておきながら、実は全く推理を披露することがないブレア行政官は、最後まで村人の演技と真実の区別をつけることに意味を見いださない。
    だが、「無秩序な現実を意味づけたい」「物語のように読み解けるものにしたい」という思いが差別に繋がりやすいことも、キャリックの人びとを通じてこの作品は念入りに描写している。村人たちは南部出身のブレア行政官とは話をしようとせず、アメリカのことを「植民地」と呼び、移民やアルビノは何年一緒に過ごそうが他者だと思っている。〈身内〉と〈他人〉の線引きが物語を生み、復讐を生む。
    全てがパターンに収束していく世界の安心感と不気味さ、動機もプロットもない世界の恐ろしさと自由さを同時に感じ、灰色になった心を置き去りにされるようなラスト。これこそ小説家が小説を書き続け、人類が創作をやめない理由なのだと思うと虚しくもあり、愛おしくもある。本書の裏にある感情は、中井英夫に『虚無への供物』を書かせたものにも近いんじゃないだろうか。それならこの小説はメタ・ミステリーではなくて、アンチ・ミステリーと呼ぶべきなのかもしれない。

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