- Amazon.co.jp ・本 (334ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488110215
作品紹介・あらすじ
鳥獣や人間をむさぼり食うと伝えられる異形の怪樹《孔雀の樹》に挑んだ大地主の失踪事件の真相とは。怪奇色に満ちた傑作中編「高慢の樹」。かつて名探偵として名を馳せた神父の元を訪った青年。彼が修道院で遭遇した宝物消失事件を顛末を描く表題作。創元推理文庫初収録となる「煙の庭」「剣の五」に加え、夢想家の姪と実際家の甥の先行きを案じた公爵の計略が思わぬ騒動を招く、三幕仕立ての戯曲「魔術」を本邦初訳で贈る。
感想・レビュー・書評
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100ページ強の中編「高慢の樹」、表題作と「煙の庭」「剣の五」の三つの短編、70ページほどの戯曲「魔術」の混成からなる日本オリジナルのコンピレーション。戯曲以外はミステリ小説作品である。
「高慢の樹」
コーンウォールの海岸にある大地主ヴェインの住む土地には、「孔雀の樹」と呼ばれアフリカ北岸から移植されたと言われる不気味な樹が海辺の森に存在する。鳥を食べるとされるその樹は、近頃では近づいた人間が行方不明になるという噂がたち、付近の住民たちから恐れられている。大地主の招待客であるアメリカ人批評家のペインターほか、詩人、医師、弁護士、娘のバーバラなどが集う夕食会のあと、頑迷な大地主ヴェインは「孔雀の樹」の迷信を晴らすべく樹に登り森で一晩を過ごすといって一人で樹に向かう。しかし翌日になっても大地主は帰ってこなかった。そして季節が変わっても帰らない大地主を捜して森に出掛けたペインターは森の中に意外なものを発見する。
怪奇ものの雰囲気を併せもつミステリ作品。「孔雀の樹」の迷信と絡めた真相も面白い。
「煙の庭」
純朴な娘が名高い女性作家にして流行の詩人であるモーブレイ夫人の話し相手としてロンドン郊外の住宅に赴き、訪問客のフォンブランク船長に出迎えられる。夫人宅に宿泊した翌日、奇妙な匂いに目が覚めるキャサリンは、夫人の夫である医師の大声と悪態をつく声を耳にし、とある薬が失くなったらしいことを知る。そんななか、薔薇が咲く庭の中である人物が倒れているのがみつかる。
「剣の五」
決闘についての論争をしながら散歩をするフランス人フォランとイギリス人マンクは、突然若い男に人が殺されたから助けてほしいと声を掛けられる。呼び出された先のある邸宅の庭には、決闘に敗れて殺害されたとされるクレインという若い男が横たわり、双方の介添人二人ずつと決闘で相手を殺した青年が集っていた。決闘は昨晩、酔って賭博をいかさまだと絡んだクレインとの間で持ち上がったという。いさかいが起きた屋敷は荒れたままで、床には「スペードの五」のトランプが落ちている。しかし、フォランは賭博と決闘が起こったという現場のある状況に違和感をもつ。そしてフォランは殺されたクレインの美しい妹に乞われ、真相究明を約束する。
「裏切りの塔」表題作
東欧のある地に滞在する英国人外交官のドレイクは、付近の城から滞在先である修道院に戻る途中、修道院から発射された弾丸によって殺害される地元の農夫を目撃する。直後に付近から怪しい男性が現れるが、自身の犯行ではないと弁明して立ち去る。不審な事態にドレイクは当地に隠棲する、もとは有力な政治家だったスティーヴン神父の謎を読み解いてきた過去に期待して、神父のもとへ相談に訪れる。修道院の塔には高価な宝物が収められており、新たな修道院長による厳戒な警備体制によって守られていること。ドレイクが城にいる想い人に会うため修道院を抜け出していたこと。城にいる娘の兄や城主の博士にドレイクが疎まれているらしいことなど、ドレイクは彼の置かれた状況を説明する。ドレイクのある言葉に閃きを得たスティーヴン神父は、ドレイクとともに塔に向かっていくのだった。
東欧の荒野や厳戒な塔、城の存在が不穏な雰囲気をまとい、結末とも相まって詩的な空気を醸し出している。
「魔術―幻想的喜劇」
三幕の戯曲。富豪である公爵家に、ともに暮らすことになっている被後見人の甥モリスと姪パトリシアが到着する。寄付を募りにきた教区牧師スミスと開業医のグリムソープ博士も訪問するなか、公爵に招待されたという奇術師が現れる。到着したばかりの甥のモリス甥のモリスが奇術師に絡むなか、奇術師の見せる"魔術"によって騒動が持ち上がる。本書内でもっとも読後感が温かい。謎をどのように受け取るか、鑑賞者に委ねられる点も印象的である。
ミステリとしての真相も含めて第一篇「高慢の樹」の完成度が高く、個人的には本書内でもっとも面白く読めた作品だった。表題作がもつ独特の雰囲気も良い。偶然かもしれないが、全作品に恋愛のエピソードが絡んでいることも手伝って、全体に抒情的な読み心地がある。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ノンシリーズ短編集。
表題作と「高慢の樹」は『奇商クラブ』に収録されているが、読んだのはかなり昔なので全く覚えていなかった。
ミステリ的な切れ味より詩的な雰囲気を楽しむ話が多く、ブラウン神父シリーズより地味だがチェスタトンらしさに溢れている感じ。
ベストは、動物や人間を貪り食うという異形の樹に挑んだ地主の失踪事件を描いた「高慢の樹」。 -
チェスタトンの面白さがやっと分かってきた感じがする。
高校から大学にかけて、ドイル、クリスティー、クイーン、カーと読んできて、そこからブラウン神父に手を伸ばした。当時は何かひねった文章というイメージが強く、チェスタトンの逆説というような解説を読んで、こういうものを逆説というのかと、良く分からないまま文字面を追っただけだった。
最近、南條氏訳のチェスタトンの短編集を何冊か読んできて、理性と狂気、信仰と科学、迷信、伝説と論理といったことについて、チェスタトン流の表現方法が漸く分かってきた気がする。
謎を解き明かすといった点からも、本作に収められている各編はとても面白い。
冒頭作の『高慢の樹』では、土地の伝説に彩られた孔雀の樹に登ると言って忽然と消えてしまった大地主の失踪に端を発して繰り広げられる調査、遂に犯人に迫るかと思われたその先にあった事件全体の構図の意外さ、と盛り沢山な内容が詰まっている。
『剣の五』では、賭け事のイザコザから決闘になってしまい、イギリス人の若者が死んでしまった、その直後の現場に居合わせることとなった探偵役が、実際には何があったのかを解き明かすというもの。これも目に見えていた構図がガラッと変わってしまう手際が鮮やかである。
『裏切りの塔』、始めの数ページを読んでいたときには、一体何が起こっているのか良く分からなかった。あるゴタゴタに巻き込まれてしまった人物が助けを求める、かつては国際的にも名を知られていたのに、隠棲生活に入ってしまったスティーブン神父。2人のやり取りにおける神父の言葉は一見突飛なようで、実は論理的なのがチェスタトン流である。謎を解明するために行動に出た神父の最期は痛ましいが、英雄的である。
ボーナストラックの戯曲『魔術』の収録は、実にありがたい。こういった作品を本の形態で読める機会はあまりないからだ。
奇術にはタネがあって、それならば合理的に理解できるが、それを超える現象があった場合に、人間はどうするか?無理矢理にでも理解できる範囲で理解しようとするのか。戯曲ということもあり、登場人物のキャラ立ちがいい。
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全編にわたり雰囲気は禍々しいが…。
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短編集の選から漏れてしまった作品を集めた作品集。どれもこれもなかなかに奇怪な読み心地のミステリです。
お気に入りは表題作「裏切りの塔」。奇怪な謎に挑む探偵役は神父、ということでブラウン神父のシリーズみたいなのかな、と思って読みましたが。……なんてこったい。終盤の展開には驚愕させられました。そして消えたダイヤモンドの行方がまさかそんなところに!
「煙の庭」も奇妙な読み心地です。そして意外な凶器の正体にも驚き。いや、意外な凶器というなら「剣の五」もそうかも。 -
著者の豊富な知識(現地と歴史)は読者の想像を超える様々な場面とその背景、登場人物を混乱させる。「高慢の樹」でも御伽の国の話(伝説)と現実・現場との違いで混乱させ、犯人を特定できない。巻末での謎解きでなるほどと思わせる術もあるミステリー小説だ。
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短篇4篇+戯曲1篇収録。中でも『高慢の木』が最高に面白かった。私としてはチェスタトン入門に何を読めば良い?ときかれたら、この中篇作品を推せば良いのではないか、と思っちゃうぐらい、見事にチェスタトンの面白いところが詰まっている逸品です。
導入の「人を喰らう」と噂される怪樹の逸話と奇妙な昼食会、市長が行方不明になるという謎が発生し、そこから解決へ至ったときに提示される見事な「逆接」。中篇だからこそ丁寧に描かれた所もあって、とても分かりやすい。そして解決篇の犯人の理論のシビれます。
他の収録作もどれも面白く、高クオリティの一冊。