思考機械の事件簿 1 (創元推理文庫 176-1 シャーロック・ホームズのライヴァルたち)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (358ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488176013

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  •  『思考機械(シンキング・マシーン)』は、本名を「オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン」といい、哲学博士(PH.D.)、法学博士(LL.D.)、王立学会会員(F.R.S.)、医学博士(M.D.)、そして歯科博士(M.D.S.)といった、肩書きと名前とでアルファベットの殆どを使ってしまうという、驚くべき人物である(それにしても、長い名前だこと)。


     1887年に誕生した、シャーロック・ホームズの人気を皮切りに、各国から、それに続けとばかりに現れた個性的な推理ものの中に於いて、この思考機械シリーズは、1905年の『十三号独房の問題』で初登場し、その彼自ら刑務所の独房内に入り、そこから見事に脱出してみせるといった、彼自身の知識の豊富さに基づく観察眼と発想を転換させる天才ぶりに、サバイバル要素も加わったストーリー展開が斬新で、それは、本書の「《思考機械》調査に乗り出す」にも感じられた、探偵自身が窮地を脱するようなワクワクさせる面白さがあった。

     しかし、そのイメージがあまりに強すぎたのか、本書の短編十一作を読んだ率直な印象としては、割とオーソドックスな型に感じられ、誰にも解けないような謎に興味を持つ思考機械が、時に新聞記者の「ハッチンソン・ハッチ」(彼も思考機械の魅力に取り憑かれた内の一人)を情報収集役にし、安楽椅子、フィールドワークとやり方は様々でありながらも、やがては論理的思考によって、事件を解明していく、よくあるパターンといえばそうである。

     また、謎の中には彼の肩書きを象徴するような、理系のそれの分かりづらさや、中には、伏線に無い後付けしたようなものもあって、読者が共に読みながら謎を解明していくには、やや合わないかもと感じたが、それでも1900年代に、このような今でいうところのオーソドックスな型を作り上げた功績は、凄いと思う。

     そして、そこにフットレルならではのストーリーテリングが加わることで、事件の謎を解く物語としての面白さは充分に感じられ、特に、同じ叙情的文章を二度掲載したこと自体が伏線となっている、「完全なアリバイ」や、金庫破り専門の男ドーランが妻の為に、警察が押し掛けてくるまでに如何にして大金を隠すかといったスリリングさも読み所の、「茶色の上着」は良かった。

     更に、フットレルの描き方で印象深かったのが、犯人の中にある人間の汚さや真意の読めない恐ろしい部分であり、その、時に思い切った非情なさまは如何にして、心の中で形成されたのかといった点に惹かれたのが、「情報洩れ」や「余分の指」であり、特に前者の、他人の信頼をいいことに飄々と日常生活を送っていた、その心理状態は全く理解出来ないものがあったが、そうしたものも含めて人間の複雑さなのかもしれないと、思わせるものがあったのも、確かであった。

     それから特筆すべき点は、ホームズとはまた異なる、思考機械の探偵像であり、その興味のある謎の話を聞いている時の彼独特の仕種、椅子に座りながら細長い指の先をつき合わせ、斜視ぎみの目を天井に向ける様子や、スティーヴン・スピュリアによる表紙の彼の絵もそうだが、中でも、彼の生き様を表しているものとして、『二プラス二は四であるのは、つねにそうである』の台詞に裏付けられた、論理的思考に対する絶対的な自信であり、時にはそれによる頑固な一面も見られたが、『想像だけで論理操作の半ばが達成される』や、『あらゆる疑問点の答えを得るまでは、謎が解けたなどというべきでない』といった、考える事や、どこまでも丁寧に手抜かりなく一つ一つ追っていく事の大切さを唱えており、決して自信過剰なだけでは無い、直向きな真面目さこそが、彼の真の持ち味なのだと感じ取れた。

     そして、それは物語で依頼人から届いた小切手も、身体障害児童収容ホームへ送付させる、彼の、謎自体が報酬であると認識している、その優しい人柄からも感じられて、そんな彼の人柄はそのまま、タイタニック号の遭難事故で、妻を救命艇に押しやり、自分自身は船に留まって海底に没した、フットレル自身のそれを表しているようで、なんだか切なくなってしまったが、おそらく確固たるものを内に抱いていた方なのだろうと思わせる、彼の人間性があったからこそ生まれた物語なのかもしれないと考えると、また違ったものが見えてくるような気がしてならない。

    • たださん
      kuma0504さん、こんにちは♪
      コメントありがとうございます(^^)

      絵本や児童書メインになって以降は、私もあまり読まなくて、あくまで...
      kuma0504さん、こんにちは♪
      コメントありがとうございます(^^)

      絵本や児童書メインになって以降は、私もあまり読まなくて、あくまで広く浅くといった感じなのですがね(^_^;)

      ただ、時折無性に読みたくなるので、こうして気になっていたものを少しずつ読むのですが、フットレルの場合は物語の内容以上に、その人間性を作品に滲ませた印象が強く、そうしたものが、人生最後の彼の行動にも表れていたのかもなんて、我ながら自分都合の考えだなと思いつつも、思ってしまいました。

      ですから、そんな彼の人間性をもっと知りたくて、思考機械シリーズ以外も読んでみたくなったのですが、どうも翻訳されているのは、このシリーズだけなのが、とても残念です。
      2024/01/09
    • Minmoさん
      思考機械!懐かしいー。
      思考機械!懐かしいー。
      2024/01/10
    • たださん
      Minmoさん、コメントありがとうございます!

      私が、思考機械を初めて知ったのは、江戸川乱歩編「世界短編傑作集1」の中に収録されていた、『...
      Minmoさん、コメントありがとうございます!

      私が、思考機械を初めて知ったのは、江戸川乱歩編「世界短編傑作集1」の中に収録されていた、『十三号独房の問題』で、しかも読んだのが約1年前と歴史が浅いものですから、そのような気持ちになられたこと、とても嬉しく思います。
      改めて、Minmoさんの本棚を見てみると、その好みも何となく分かるような気が致しました。
      2024/01/10
  • 不可能犯罪などあり得ぬと、論理的証明で難事件に挑む超人探偵ヴァン・ドゥ-ゼン博士(別名:思考機械 The Thinking Machine )と新聞記者ハッチンソン・ハッチがコンビで登場する11篇のアメリカン・ミステリ-です。『余分の指』『茶色の上着』『消えた首飾り』『赤い糸』などホ-ムズ探偵ものと比べて遜色ない作品が並んでいます。 著者ジャック・フットレルは、1912年4月<タイタニック号>にメイ夫人と乗船、14-15日夜の悲劇的な遭難事故で妻が救命艇に乗船したのを見届けて、未発表の原稿とともに帰らぬ人となりました。

  • 「海神の晩餐」に出てきたので。

    シャーロック・ホームズのライヴァルの一人とされる、
    「思考機械」ことヴァン・ドゥーセン教授のミステリーで面白かった。
    シャーロックよりさらに頭脳派というか非肉体派で、
    小柄で瘦せていて蒼白い顔という外観はちょっと典型的だが、
    常に切手を持ち歩いているとか、
    不可能ということばにいらいらするとか、
    女性については何も知らないと断言するとか、
    面白かった。

    電話交換手とか、ガス燈とか、
    夜間の12時間労働とかいろいろ小道具も面白かったが、
    動機や容疑者を足止めしたメモの内容が
    明かされない事件があったのが少々不満。
    解説によると、このシリーズは
    HowdnietからWhydnietへと変わっていったらしいので、
    2作目以降が楽しみ。

  • 「ありそうもないことだとおっしゃるならともかく、不可能という言葉は、ぼくの前では口になさらないでください。神経に障りますから」正義や報酬のためではなく頭脳の体操として事件を解決するヴァン・ドゥーゼン教授は、チェスの世界チャンピオンとのゲームで15手先を読んで王手と言い「思考機械」と呼ばれるようになる。その活躍談11編収録。若い女性が傷ひとつない指を切断してほしいと医者に訴える出だしが奇想な「余分の指」や幽霊屋敷での大がかりなトリックが面白い「焔をあげる幽霊」など。

  • シャーロックホームズのライヴァルものとして十分に楽しめる。本書に収録されていない十三号独房の問題が気になる。

  • 代表作「十三号独房の問題」を含まない短編集
    書かれた時代を思えば仕方ないかもしれないが
    標準作であるもののそれ以上ではなく
    これ以上が前記ひとつでは埋もれてしまうのもいたしかたなしか

  • なにがきっかけか忘れたけども、シャーロックホームズのライバルという字に惹かれて本書を図書館で予約。
    思考機械というネーミングをはじめ、科学技術万歳な感じが夢と希望にあふれた60年代、70年代の鉄腕アトムの時代の風潮を反映しているなって思った。

  • うれしい復刊。この際、2巻も復刊してほしい。

  • 推理小説の初期だけあって、現代から見ると「そりゃ無いよ」というトリックがちらほら。トリックより、動機を秘密にしたたままにしたり、見破られた犯人が独房で横になるシーンなど、話の「締め」の方が印象的。

  • サンドイッチが食べたくなったので用意しておくと良いと思われる。ありえないことを嫌う性格は好感が持てるが、情景描写がやや雑。

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著者プロフィール

ジャック・フットレル(Jacques Futrelle)
1875年アメリカ・ジョージア州生まれ。劇場支配人などを経て、新聞王ウィリアム・ハースト傘下の「ボストン・アメリカン」紙の編集者になる。1895年、作家L・メイ・ピールと結婚。1905年、「ボストン・アメリカン」に「思考機械」シリーズ第一作「十三号独房の問題」を発表。1912年、タイタニック号の沈没事故により死亡。このとき、「思考機械」シリーズの数篇が彼の命とともに失われたとされる。

「2019年 『思考機械【完全版】第二巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ジャック・フットレルの作品

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