傑作集: 日本ハードボイルド全集7 (創元推理文庫)

制作 : 北上 次郎  日下 三蔵  杉江 松恋 
  • 東京創元社
4.00
  • (1)
  • (3)
  • (1)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 50
感想 : 3
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (688ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488400279

作品紹介・あらすじ

〈日本ハードボイルド全集〉最終巻は、一作家一編で厳選したアンソロジー。大坪砂男の探偵作家クラブ賞受賞作「私刑」にはじまり、片岡義男、小泉喜美子、小鷹信光など翻訳者としても功績のある人々の珠玉編、さらには稲見一良のデビュー作「凍土のなかから」や高城高の文庫全集未収録短編「骨の聖母」等の入手困難だった逸品まで全16編を収録。解説として編者三名の書き下ろしによる「日本ハードボイルド史」概説を収め、有終の美を飾る。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 北上次郎、日下三蔵、杉江松恋・編『日本ハードボイルド全集 7 傑作集』創元推理文庫。

    姑息な感じがするのだが、この最終巻のみを購入した。最終巻は傑作集で、北上次郎、日下三蔵、杉江松恋の3氏がセレクトしたハードボイルド黎明期の16編の短編を収録。書籍初収録作品も3作あるようだ。

    収録された中には、果たしてこの短編はハードボイルドなのだろうかと首を捻るような短編やどうしてセレクトされたのだろうかと疑問を感じる短編も多いのだが、兎に角じっくりと時間を掛けて読んだ。1冊に3日を掛けたのは久し振りだ。

    自分が読んで来たハードボイルドというと、レイモンド・チャンドラーやダシール・ハメットといった海外作家の作品が最初で、日本人作家でハードボイルドを意識して読んだのは大藪春彦、河野典生、北方謙三、船戸与一、志水辰夫、原尞だった。従って、古いハードボイルド作品は余り読んでいない。

    ハードボイルド小説は、男が男らしく在ろうとした時代の象徴的な小説だ。今の時代は、何に対しても男女平等が叫ばれ、次第に男は軟弱化し、あらゆる責任から逃れようとしているかのようだ。再び男女がそれぞれの相応の役割を果たし、それこそが真の男女平等なのだということに気付くためにも、今こそハードボイルド小説は必要なのだ。


    大坪砂男『私刑』。1949年の作品。少しホラー色のあるピカレスク小説。時代を感じる言い回しや文章に、遥か昔に読んだ古い新潮文庫や角川文庫に収録されていた推理小説やサスペンス小説を思い出した。刑務所を出獄した野師の清吉が出獄を待ち構えていた菅原一家の梅若に拳銃で襲われる。私刑を恐れた清吉は足を撃たれながらも梅若を返り討ちにするが警察に捕まる。菅原一家が清吉を狙うのは清吉が黄金仏の強奪に関わっていたためであった。そんな清吉の挙動を見守る人物『私』の視点で物語は描かれる。

    山下諭一『おれだけのサヨナラ』。1963年の作品。昭和という遥か昔に過ぎ去った古き善き時代を感じるハードボイルド。極めてドライな主人公の名も無い男が依頼された仕事を淡々とこなし、仕事で軟禁した魅力的な女が殺し屋に殺されても感傷に耽ることはない。それでも一時の想いを全て捨て去ることは出来ず、男は静かに復讐を誓うという典型的なハードボイルドだ。『男は男らしく、女は女らしく』と昔は当たり前だったことを自由に言えなくなった生き難い今の時代。

    多岐川恭『あたりや』。1965年の作品。ドクと呼ばれる主人公の泊定春は一体、何者なのかという興味が読者を物語に引き込んでいく。しかし、無情にも答えは無い。そればかりか、結末までもがはっきりとは描かれない。ある晩、飲み屋からの帰り道にドクが面倒を見たことのある健と2人の男たちを見掛ける。3人の男たちは当り屋だった。健が前から来た車に当り屋を仕掛けようとすると車は加速し、健を跳ね飛ばして逃走する。健は当り屋たちとグルの医者の病院に運ばれるが、呆気なく息を引き取る。誰が健を殺したのか。

    石原慎太郎『待伏せ』。石原慎太郎もハードボイルドを書いていたのかと驚く。1967年の作品。恐らくベトナム戦争の戦地でベトコンと闘う米軍に帯同するジャーナリストとカメラマンが闇の中で味わうを描いているのだろう。余りにも情報量が少ない。これもハードボイルドかと疑問を感じた。

    稲見一良『凍土のなかから』。稲見一良のデビュー作。1968年の作品。この作品は改題改稿され、『銃執るものの掟』として連作集『ダブルオー・バック』に収録されている。自分が好きな稲見一良は、強く男を感じさせる作品を僅かばかり残している。僅かばかりと言うのは稲見一良の作家デビューが癌が発覚し、生きた証に小説を書こうと決意してからなので、極めて遅かったからだ。一番好きな作品は『セント・メリーのリボン』である。この作品を原作にした谷口ジローの漫画も素晴らしい。老犬と共に三十貫を超す巨猪を追うハンターの男。男は訳あって5年前に全てを捨て、山の中で世捨て人のような生活を始めた。巨猪をあっさり仕留め、安堵したのも束の間、男は後ろから何者かに殴られ、意識を失う。男を昏倒させたのは看守を殺して刑務所を脱獄し、さらに若夫婦を殺害した3人の脱獄犯だった。

    三好徹『天使の罠』。1969年の作品。この作品を選んだ理由が理解出来ない。他の作品と比べると遥かに劣るように思うのだが。新聞記者の主人公が海岸公園の射殺事件の犯人を探るうちにとあることから、ある大学生が犯人ではないかと目を付ける。しかし、事態は思わぬ方向に向かい、射殺事件は何時しか忘れ去られる。

    藤原審爾『新宿その血の渇き』。1969年の作品。昔も今もこうした犯罪は無くなることが無い。貧富の差は広がり易く、多くの若者は不満を抱えながら、何とか日々を過ごしているというのが現実だ。満たされない日常に不満を感じていた若い工員の主人公は僅かなことで相手に激しい怒りを覚え、その相手を待ち伏せ、ナイフで刺していた。被害者は女性ばかりで、警察は懸命に捜査をするが、なかなか犯人に迫ることが出来なかった。

    三浦浩『アイシス讃歌』。書籍初収録作。1970年の作品。訳の解らぬうちにストーリーは展開し、謎が謎を呼ぶのだが、何じゃこりゃという結末を迎える。イギリスが舞台で、主人公は左遷された日本のテレビ局の報道部員の伊吹茂。伊吹が友人の深田から招待を受け、オックスフォードに向かう列車の中で、見知らぬ青年から荷物を託される。荷物は缶に入ったペンキで、現在行われているボートレースのオールに塗るために必要なのだと言う。しかし、オックスフォード駅にはペンキを渡す相手の姿は無く、深田の姿も無かった。

    高城高『骨の聖母』。書籍初収録作。1972年の作品。特に暴力的な表現がある訳でもなく、殺人が起きる訳でもなく、ハードボイルドという感じはしない。純粋なるミステリーではなかろうか。サハリンとの学術交流視察団のメンバーに選ばれた大学講師の島本卓は戦後初めてサハリンから邦人の遺骨を持ち帰る。島本が遺骨の人物を特定し、遺族に引き渡したのだが……

    笹沢左保『無縁仏に明日をみた』。1972年の作品。木枯し紋次郎シリーズからの1作。中村敦夫が紋次郎を演じたテレビドラマをよく観ていた。確かに時代小説でありながらも、ハードボイルドだ。旅を続ける紋次郎は渡世人の力蔵、その妻と子供と出会う。力蔵から峠越えの手伝いを頼まれた紋次郎は力蔵の妻を背負い、峠を越える。3人と別れて先を進む紋次郎は叫び声を耳にする。引き返せば、力蔵が紋次郎に間違えられ、5人の渡世人に殺害される。「あっしには、関わりのねえことなんでね」と冷たい言葉を残し、先を急ぐ紋次郎。

    小泉喜美子『暗いクラブで逢おう』。1974年の作品。深夜クラブのマスターのジョーンジイが宿酔いで起きた日の夜、店に出ると、友人が飲んでおり、さらには美人モデルが彼に誘いを掛け、どっかのセンセイが彼に話し掛ける。この短編のどの辺りがハードボイルドなのか理解出来ない。

    阿佐田哲也『東一局五十二本場』。1976年の作品。麻雀小説。これもハードボイルドなのか。麻雀業者が若者たちに請われて半チャン1回の勝負に50万円のウマを付けて、卓を囲むことに。イカサマありの真剣勝負。タイトルが示す通り、誰も和了れず、東一局五十二本場を迎える。

    半村良『裏口の客』。1977年の作品。『下町探偵局』からの1作。これもハードボイルドなのかという、ほのぼのとした雰囲気の短編。もはやハードボイルドとは何なのか解らなくなって来た。ある日、下町探偵局に医大の入試にからむ不正を調べてほしいという依頼が来た。

    片岡義男『時には星の下で眠る』。1978年の作品。やっと正統派のハードボイルドだ。片岡義男らしいお洒落な雰囲気の短編。アーロンがバーでジャネットという若い女性と知り合う。彼女が電話ボックスで電話を掛けていると狂った男の客が突然発砲し、ジャネットは被弾して死亡する。そして、狂った男も保安官に射殺される。ジャネットが電話で話していた相手と話をしたアーロンは彼女の車をカリフォルニアまで運ぶことになった。

    谷恒生『彼岸花狩り』。1979年の作品。谷恒生の作品を読む機会は余り無かった。たまに古本屋で陽に焼けた本を手にするくらいだ。船荷を鑑定する鑑定人の日高凶平が耳にした娼婦とトルコ嬢の大量失踪事件。失踪事件に最近鑑定した船が関わっているのではと考えた日高は出目六と船が停泊している博多へと飛ぶ。

    小鷹信光『春は殺人者』。書籍初収録作。1980年の作品。『探偵物語』に未収録の1作。松田優作主演の『探偵物語』は面白かった。工藤俊作が新宿の飲み屋で知り合った3人の女性の中の1人、ユーコが何者かに殺害される。

    解説は3氏による3本。
    日下三蔵『日本ハードボイルド史〔黎明期〕』。
    北上次郎『日本ハードボイルド史〔成長期〕』。
    杉江松恋『日本ハードボイルド史〔発展期〕』。

    本体価格1,500円
    ★★★★

  • 収録されている作品の水準が非常に高く、どれも傑作ぞろいです。

    あえて三作選ぶなら、
    稲見一良「凍土のなかから」
    笹沢佐保「無縁仏に明日を見た」
    藤原審爾「新宿その血の渇き」
    でしょうか。

    恥ずかしながら、木枯し紋次郎シリーズは未読だったのですが、ここまで面白いとは……。

    北上次郎さんに思いをはせつつ、この叢書が完結できたことを嬉しく思う次第です。

全3件中 1 - 3件を表示
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×