監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い

  • 東洋経済新報社
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  • Amazon.co.jp ・本 (606ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492503317

作品紹介・あらすじ

監視資本主義という言葉を生み出した
ハーバード・ビジネススクール名誉教授が示す、
資本主義と人類の未来のビッグピクチャー

原書は2019年に刊行され、世界的な話題書に。

『ニューヨーク・タイムズ』ノータブルブック・オブ・ザ・イヤー選出
『フィナンシャル・タイムズ』ベストブック・オブ・ザ・イヤー選出
『サンデータイムズ(UK)』ベストビジネスブック・オブ・ザ・イヤー選出
『ガーディアン』が選ぶ21世紀のベストブックの一冊に選出
バラク・オバマ元大統領が選ぶ2019年ベストブックの一冊に選出
フィナンシャル・タイムズ&マッキンゼーが選ぶブック・オブ・ザ・イヤー最終選考選出

この本は現代の『資本論』であるーーゼイディ・スミス(『ホワイト・ティース』著者)
稀に見る大胆な仮説、美しい筆致、深刻な警告を併せ持つマスターピースーーロバート・ライシュ(『最後の資本主義』著者)
デジタル時代の自己防衛を必要とする全ての人が読むべき本ーーナオミ・クライン(『ショック・ドクトリン』著者)

感想・レビュー・書評

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  • ディストピアSFよりも刺激的で、描くのは現実。『ホモ・デウス』のデータ教って、つまりこういうコトか!
    Googleについて書かれた本よりも、Googleに詳しくなれます。もちろん、悪い意味で(笑

    本著の敷居の高さについて先に触れると、税別5,600円、本編601ページ+原注148ページ+索引等。
    翻訳も素晴らしいと思いますが、図書館で借りたにもかかわらず(^^;、本著に挑むのは少々の勇気を、読了までにそれなりの根性を必要としました。
    (抄訳版を新書で出せば売れるんじゃないかと思うんですが、本著独自の表現が多いのが壁になるかも)

    さて、本著は、社会心理学を専門とするハーバード・ビジネススクールの名誉教授による、足元でGoogleやFacebook、Microsoft等が実施しているユーザデータの収集等の活動を「人間の尊厳を貶めている」として糾弾するものです。
    例えば、ルンバ社は、ルンバが作成したユーザ宅の間取り図を、Google等に売却できる。共有を拒むこともできるものの、その場合ユーザは遠隔での清掃やソフトウェア更新等の各種ネットワーク機能を使えなくなる。これを一方的な「投降勧告型の関係」と指摘しています。
    (ちなみに、ここから連想すると、ひょっとすると今の世の中に数ある無料ゲームの目的は、ゲームで稼ぐことではなく…?)

    という感じで、明確に禁止されている行為ではないにしろ「なんか気持ち悪い」事例が本著内で挙げられていきます。
    その先にあるのが「予測可能な社会」なのですが、コレって結局、ビッグデータを持つ企業の思い通りに、個人が無意識に(企業と個人間の契約すらなく)誘導される社会ということ。人間は、未来の自由をこれらの企業に奪われてしまう訳です。
    これが、監視資本主義。
    監視資本主義企業が提供する無料のサービスは、ユーザを顧客とみなしている訳ではなく、彼らがユーザから吸い取ったデータを「デジタルのパンくず」という表現で誤魔化しながら、広告主からの収益を最大化するためだと。

    こうなると、本著でも挙げられているGDPR(EUの個人情報保護規則)なんて、正直仕事で関わった際は「また面倒な…」と思っていたのに、今となっては慧眼だったと言わざるを得ないです。
    日本は、元々の法規制が足枷になって、自動運転等の新しいサービスの導入が進んでいないんだから、せめてこういった分野の規制を整えれば良いのに…。

    さて、本著を読了した上で、今後の世の中はどうなるのか?と思いました。
    監視資本主義自体は独裁制と親和性が高そうなので、中期的にはGoogleよりは百度やテンセントが有利かもしれません。あるいは政治体制が徐々に変わってしまうのか。
    あとはユーザ自身も、正直「利便性とのトレードオフだから仕方ない」で諦めるケースもあるんじゃないかと思います。(と言うか、今もChromeブラウザでこの文章を書いている訳だし…)
    ただ、できれば、「そうでない世界」をどこかに残しておきたい気がします。文明と途絶したアーミッシュの村くらいになるのかもしれませんが。。

    正直長すぎる本でしたが(著者が監視資本主義を全体主義になぞらえたりしていて、熱い思いで語っているんだな、というのは理解しました)、今年一番衝撃を受けた本でもありました。

  • 監視社会のテーマの本を初めて読んだので、内容が衝撃的すぎて、読んでからもう世の中のことが180度違って見える。パラダイムシフト。

    グーグル、フェイスブック、にケンカを売っているし、大衆の無知を利用して民主主義を蹂躙して監視収益を追求している監視資本主義者たちへの怒りに満ちた文章。確かにこれら企業のここ数年での金満化ぷりには目を見張るものがあるしな。

    それになにより、オカネが奪われているのではなく、私たちが行動する権利、未来をつくる権利が奪われているのだという主張がショッキング。

    個人データを加工して、物を売ったり投票させたりといったメカニズムがどうなっているのかピンときていなかったけど、具体的に書かれててよくわかった。ケンブリッジアナリティカのスキャンダルとか。当時、イミプーだったけど、少しわかった気がする。

    まずは、グーグル検索してたのをエコシア検索しますw

  • この本で取り上げる監視資本主義とは、中国や北朝鮮、独裁国家で行われているような、支配階級の人間が国民の言動を監視しコントロールする社会ではなく、GAFA等の企業が、個人のログを半強制的に採取し、それを第三者に制限なく売却して利益を上げつつ、個人の行動を会社の利益となるように誘導するような社会である。GAFAは情報や作業を自動化するのではなく、利用者である人間を自動化させることを狙っており、個人の意思に基づく選択、意思決定という未来に対する権利を奪う、というもの。特に911以降、国家の安全保障という名目のもと、警察や軍という公的な組織ではなく、民間企業が個人の活動の情報収集することがほぼ無制限に行えるようになり、そのことが都合良い国家が法律や規制を緩和するなどしてそれを後押ししている状況ができている。私たちが利用する各種サービスにいつの間にか侵入し、習慣化させ、適応させ、方向転換させるというステップで、気づかないほど便利になっている時ほど危ういということになる。絶妙なタイミングで放り込まれる広告、他の人はこうしていますという勧誘、あなたはこれを買うべきという提案。心当たりはいくらでもある。また、いつの間にか個人の信用度や能力などが評価され、買い物できる上限や外出の範囲、果ては就職や公職への就任などもコントロールされるが、この社会に所属していたり、同じサービスを使っていないことに対する孤立感を感じるようにさえなっている。極端な意見という気もしなくもないが、思い当たるところもあって、勉強してよかったと思える一冊。

  • 個人に対して生活の利便性を高めるツールを無償で提供する見返りに膨大な行動データを取得し、そこから人々の未来の行動を予測し望ましい方向に動機づけるようなデジタルプラットフォーマー(つまりGoogle、Facebookに代表されるような)がいかに民主主義や社会の安定性を破壊するか、という危険性を”監視資本主義”と定義し、その全体像を伝達する一冊。

    しかし、率直に言って既に人口に膾炙しているような概念にアカデミックな定義づけをしてお化粧直しをしたような本としか思えず、600ページもの大作であるが、そのエッセンスは30ページ程度にまとめられるものであるし、残りの570ページに大きな知的好奇心を揺さぶられるものがあるかと言えば特にない。強いていえば、20世紀において最も民主主義の破壊に近づいたイデオロギーである全体主義についてハンナ・アレントらの議論を援用しつつ、”監視資本主義”との共通点・特異点を示したパートだけは、やや刺激があった、という印象。

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  • 自己実現するように育てられるのにも関わらず政治などからは無視されているように感じるってところがすごい私に刺さった

  • 600頁もあるのにどこを開いても同じことしか言っていないので逆にすごい、400頁あたりでようやく自由意志や全体主義の話題に触れるもののそこから深い洞察やあっと驚くような飛躍に導かれるわけでもなくやはりそれまでに幾度となく読まされてきたのとおなじ結論を見せつけられる、たぶんどんなに多く見積もっても100頁はあれば事足りるだろうと思う。やたらアーレントが引用されるけれどこれを読むのに時間を費やすのなら『全体主義の起源』を読むほうが数百倍も有意義だ。

  •  

  •  監視資本主義は人間の経験を、行動データに変換するための無料の原材料として一方的に要求する。これらのデータの一部は、製品やサービスを向上させるために使われるが、残りは占有的な行動余剰と宣言され、「人工知能」と呼ばれる先進的な製造プロセスに送られ、わたしたちの行動を予測する製品へ加工される。最終的にこれらの予測製品は、新種の行動予測市場で取引される。その市場をわたしは行動先物市場と名づけた。監視資本主義者はこうした取引から莫大な富を得た。なぜなら、わたしたちの未来の行動に賭け金を投じようとする企業は無数にあるからだ。
     これからの章で見ていくとおり、監視資本主義者は、市場競争に後押しされて、より正確な予測を可能にする行動を捕捉しようとする。その余剰とは、わたしたちの声や人格や感情だ。さらに監視資本主義者は、わたしたちをただ観察するだけでなく、説得し、なだめ、調整し、駆り立てることで、より正確な予測を可能にする行動データが得られることに気づいた。競争の圧力がもたらしたこの変化により、自動化された機械処理は、わたしたちの行動を知るだけでなく、形成するようになった。すなわち、わたしたちに関する情報の流れを自動化するだけではもはや十分ではなく、わたしたちを自動化することが目指されるようになったのだ。監視資本主義の進化のこの段階では、ますます複雑化し包括的になる「行動修正」が、生産の手段になる。こうして監視資本主義は、新しい種類の力を生み出した。それをわたしは道具主義と呼ぶ。道具主義者は、他者の目的のために、わたしたちの行動を知ろうとし、あるいは形成しようとする。彼らは、軍備と軍隊ではなく、ネットワーク化された「スマートな」デバイスとモノとスペースからなるユビキタスな計算構造という自動化されて、その目的を達成する。


     わたしたちは、この破壊的なまでに複雑な対立を理解するためのツールを手にしている。耐え難いのは、経済的・社会的格差が産業革命以前の「封建制」に戻っているのに、私たちはその状況に戻っていないことだ。わたしたちは文字の読めない小作農でも農奴でも奴隷でもない。「中流」であれ、「社会的に無視された」層であれ、わたしたちは皆、複雑な社会経験と意見を持つ、個人化した人間だ。わたしたちは、かつては不動とされた生来の運命からも、大衆社会の状況からも、歴史によって解放された、何億人、いや何十億人の、第2の近代の人間である。わたしたちは、自分には尊厳があり、豊かな人生を送るための機会を得る資格があることを知っている。いったんそうなった以上、逆戻りはできない。絞り出した練り歯磨きをチューブに戻せないのと一緒だ。格差という現実と、それがもたらす感情との不愉快な衝突から生じた反響は、爆発音のように響きわたり、この時代の苦痛と怒りを象徴している。


     要約すると、グーグルの発展の初期の段階で、検索ユーザーが意図せず放棄したものはすべてグーグルにとって価値があり、サービス向上のために活用された。この再投資サイクルでは、グーグルは、ユーザーが行動データを提供した時に生じた価値を、より良い検索結果をユーザーに提供することによって「消費した」。ユーザーが検索を必要とする一方で、検索がユーザーを必要とすることは、グーグルとユーザー集団との間に力の均衡を生み出した。この段階では、ユーザーは主体として扱われた。すなわち、「世界中の情報を体系化し、アクセスできるようにする」というグーグルの公式の使命と完全に調和する、市場化されていない自己完結型のサイクルの主体として扱われたのだ。


     このレトリックが触れなかったのは、新たな目標の追求において、グーグルが未踏の領域に踏み込むことだ。自社が独占する当時は数百万、やがては数十億になるユーザーの詳細な行動データを、グーグルは調べることになる。この目標を達成するために、行動価値再投資サイクルは急速かつ秘密裏に、より大規模で複雑な作業に従事するようになった。こうして、かつては検索結果を向上させるためだけに使われていた原材料が、ターゲティング広告を送るために利用されるようになった。今後もユーザーとのやりとりを通じてデータは増え続ける。その一部は、サービス向上のために利用されるだろうが、大半は、広告の収益性を上げて、グーグルと広告主を儲けさせるために利用されるようになる。サービス向上以外の目的で用いられるこれらの行動データは、「余剰」であり、この大量の「行動余剰」こそが、グーグルが生き残るために必要な「持続的で指数関数的に増える利益」をもたらす。こうして、「非常事態」のおかげで新しい突然変異が形をなし、グーグルとユーザーが暗黙のうちに結んでいた、顧客志向をうたう社会契約の海に、密やかにその錨を下ろしたのだった。


     グーグルを先頭に、監視資本主義は急速にウェブ上の情報資本主義のデフォルトモデルになり、…、さまざまな分野から競争者を引き寄せていった。この新しい市場形態は、人々の真のニーズに応えることは、彼らの行動の予測を売るのに比べて儲けが少なく、したがって重要ではない、と宣言した。グーグルは、ユーザーの未来の行動に賭ける他者より、ユーザーは価値が低いことを発見したのだ。これがすべてを変えた。


     こうした目に見える変化は、深部での重大な変化の表れだとわたしは自著で論じた。職場の秩序の原則は、分業から知の分割へと移行していた。わたしは、新たな知的スキルを身につけ、情報があふれる環境で成功して、自分自身と上司を驚かせた多くの人々について書いたが、そうした成功に伴う葛藤についても詳しく述べ、それを「知識と権威と力のジレンマ」と呼んだ。
     知の分割について検討するには、まずこのジレンマを解決しなければならない。それは3つの基本的な疑問で表すことができる。最初の疑問は「誰か知っているか?」である。これは知の分割についての問いであり、知る機会を持つ人、持たない人は誰か、ということだ。第2の疑問は「誰が決めるか」である。これは権威についての問いであり、誰が何を知り、その知識をもとにどう行動するかを決めるのは、どの人々、あるいは団体、あるいは手続きか、という疑問だ。そのような権威の正当な根拠は何だろう?第3の疑問は「誰が決めるか誰が決めるか?」である。これは力についての問いだ。知識を与える権威、与えない権威を支える力の源になっているのは何だろう?


     分業の最も驚くべき効力は、生産高を上げることではなく、分割された集団を連帯させることだ。その役割は、…単に既存の社会を装飾したり、改善したりすることではなく、分業しなければ存在し得ない社会にすることだ。…分業は単なる経済的な利益をはるかに超える。なぜならそれは、社会秩序や道徳の基盤を構築するからだ。


     監視資本主義による知の分割の支配は、わたしが2つのテキストの問題と呼ぶものに始まる。監視資本主義の特殊なメカニズムにおいて、「電子テキスト」は必然的に2つ作られる。第1のテキスト(ファーストテキスト)について言えば、わたしたちは著者であり、読者である。この公開されているテキストはおなじみのもので、指先を動かすだけで大量の情報やアクセスが得られる、と称賛されている。グーグル検索はワールド・ワイド・ウェブの情報を体系化し、フェイスブックのニュースフィードはネットワークをつないでいる。この公開されているテキストの大半は、わたしたちがページに載せるものからなる。つまり、投稿、ブログ、動画、写真、会話、音楽、物語、観察、「いいね!」、ツイート、その他、捕捉され、伝えられ、蓄積されていく、生活に関する雑多な情報である。


     正確な予測をして行動予測という新市場で優位に立つには規模が必要だが、規模だけでは不十分だ。同様に範囲の経済も必要だが、それだけでは不十分だ。正確な予測をするには大規模で、かつ多様な行動余剰が必要なのだ。しかし、行動を最も確実に予測するには、その源に干渉して、行動を形づくるのが一番だ。その目的で考案されたプロセスを、わたしは行動の経済と呼ぶ。この経済を達成するために、機械的プロセスは、人間や物体が存在する実世界で現状に干渉するように設定されている。これらの干渉は、人間の行動をそっと後押しし、調整し、集め、操作し、修正することで確実性を高める。その干渉はささやかで、気づかれにくいたとえば、あなたのフェイスブックのニュース配信に特定のフレーズを挿入する。携帯電話に購入ボタンが出るタイミングを図る。保険の支払いが遅れたら、あなたの車のエンジンをかからなくする、といったことだ。


     デロイトは独自の調査データから、顧客のほとんどはプライバシーに対する懸念からテレマティクスを拒み、自分の行動を監視しようとする保険会社を信用していないことを知っている。しかし、「そうした根深い懸念はあるが、プライバシーを明け渡してもいいと顧客が思えるほどの値引きを提案すれば、そのような抵抗は克服できる」とデロイトなどのコンサルティング企業は保険会社に助言する。この値引き作戦がうまくいかない場合は、行動監視を「楽しく」、「インタラクティブで」、「競争的で」、「満足できる」もののように見せかけて、優良ドライバーや成績が向上したドライバーに報酬を与えることが推奨される。これは「ゲーミフィケーション」と呼ばれる手法で、顧客を「パフォーマンスに基づく競争」や「動機に「基づく挑戦」に参加させることができる。
     こうした試みがすべて失敗した場合、保険業者は、「テレマティクスは避けられない」、「自分は無力で「抵抗できない」と顧客に思わせるようアドバイスされる。デロイトは保険業者に、「他の多くのテクノロジーがすでに運転を監視しており、強化された監視や位置情報技術は、良かれ悪しかれ現代社会の一部なのだ」と顧客に強く語ることを勧める。


     監視資本主義には、「レンダリング」のこの2つの意味が見て取れる。一方の意味としては、そのテクノロジーは、脂肪から油をレンダリングするように、わたしたちの経験をデータに変換する。概してこのレンダリングは、わたしたちの同意を得ないまま、というより、わたしたちが知りもしないうちに起きている。もう一方の意味としては、わたしたちはデジタル・インターフェースに遭遇するたびに、自分のレンダリン経験を「データ化」させ、監視資本主義に原材料を続々と引き渡している。


     しかし資本主義では、潜在的な需要が供給者と供給を召喚する。監視資本主義も例外ではない。予測要求は、深層からの行動を追跡するために監視の猟犬を解き放つ。善意の研究者はそうとは知らないまま、安価な肉のかけらを通り道に残して獲物をおびき寄せ、それを監視資本主義者が狩って、むさぼり食う。そうなるまでに長くはかからなかった。2015年、IBMは自社のワトソン・パーソナリティ・サービスをビジネス向けに公開することを発表した。IBMのそのツールは、多くの学術研究で使われたものより複雑で、侵略的だ。それは、5因子モデルに加えて、「欲求」の12のカテゴリにわたって個人を評価する。12のカテゴリとは、「興奮、調和、好奇心、理想、親密さ、自己表現、自由主義、愛、実用主義、安定性、挑戦、仕組み」である。次に、そのツールは、個人の「価値」を鑑定する。それは「ある人の意思決定に5つの側面から影響する要因」と定義される。その5つの側面とは、「自己超越(他者を助けようとするか)、保守性(現状維持を好むか)、快楽主義(生活を楽しんでいるか)、自己増進(成功を追い求めるか)、変化許容性(興奮を求めるか)」である。


    ■監視資本主義の成功理由
    1.前例がないこと
    2.侵略としての宣言
    3.歴史的状況
    4.要塞化
    5.強奪サイクル
    6.依存性
    7.自己利益
    8.疎外感
    9.憧れ
    10.権威
    11.社会的説得
    12.代替手段の排除
    13.不可避主義
    14.人間の脆弱さというイデオロギー
    15.無知
    16.速度

     
     第1部と第2部では、この私的な知識王国を構成する条件・メカニズム・操作について調べ、市場プレーヤーが求める結果を保証するために、予測がより確実なものへと進化するさまを見てきた。第7章で書いたとおり、保証された結果を得るには、そうした結果を出す力が必要とされる。これが監視資本主義の暗い核心だ。この新たなタイプの商業は、独特の力を持つレンズを通してわたしたちを見て、行動を修正しようとする。この力とは何なのか。また、確実性を高めて儲けるために、それは人間の本性をどのように作り替えるのだろうか?
     わたしはこの種の力を「道具主義(instrumentarianism)」と名づけ、修正・予測・収益化・支配を目的で、行動を計装(instrumentation)し、道具化(instrumentalization)することと定義した。計装とは本来、「計器を装備して、監視や制御を行うこと」だが、この定義においては、「人間を操り人形にすること、すなわちわたしたちを、人間の経験を視覚化し、解釈し、操るコンピュータと常時つなげておくこと」を意味する。「道具化」とは、監視資本がわたしたちを他者の市場目的を果たす手段へと変えるために、わたしたちの経験を操ることを意味する。監視資本主義が登場した結果、わたしたちは前例のない形態の資本主義について考えなければならなくなった。監視資本主義を支え拡大する道具主義者は、わたしたちインストルメンタリ前例のないものとの2度目の対立を強いている。


     あなたが30歳以上なら、クラインが言っているのが、あなたか両親の思春期のことではなく、ましてや、祖父母の思春期のことではないと、わかっているはずだ。巣で暮らす思春期と成人形成期の若者は、行動工学が細心の注意を払って作った最初の人間だ。彼らはまた、コンピュータが媒介する行動修正、巨大で複雑な構造に組み込まれた最初の人間であり、ビッグ・アザーに監督され、行動余剰を捕捉するための規模と範囲と行動の経済に従うよう方向づけられ、かつてないほどの知識と力の集中から生じる監視資本によって資金提供された最初の人間である。わたしたちの子どもがその中で成長していく巣は、監視資本主義を奉じる応用ユートピア主義者が所有・運営し、道具主義者の集合的な力によって継続的に監視され、形作られている。それは、この社会で最もしなやかで、熱心で、自意識があり、有望で、心を開いたメンバーのために、わたしたちが用意したいと思う生活だろうか。


     巣の中では、何世紀も前から続く、自己を構築したいという人間の欲求と、監視資本の行動工学の専門知識が衝突する。そのことが人間の精神に悪影響を及ぼしているという証拠は増える一方だ。すでに研究者は、2つの重要な問いの答えを見つけている。その問いとは、巣を支配する心理的プロセスはどのようなものか?これらのプロセスが個人と社会に及ぼす影響は何か?である。ソーシャルメディアの使用メンタルヘルスの関係を調べた定量的研究のうち、最も重要な302件(ほとんどは、2013年以降に行われた)によると、フェイスブックユーザーに見られる最も特徴的な心理プロセスは、心理学者が「社会的比較」と呼ぶものだ。通常それは、「社会環境によって個々人に強制された」、無意識に働く自然自動的な心理プロセスと見なされており、その比較においてわたしたちは、社会、コミュニティ、グループ、家族、友だちから知らず知らず取り入れた評価基準を用いる。ある研究レビューが要約しているように、「出会ってまもなく、相手と自分と類似性について、最初の全体的な評価がなされる」。人生において他の人々と出会う時、わたしたちは自然に、類似と相違によって相手と自分を「似ている」あるいは、「異なる」と評価する。この潜在意識による認知が、「わたしはあなたより優れている」「あなたはわたしより優れている」という評価に変換される。


     監視資本主義が登場した時、民主主義はすでに窮地にあった。初期の監視資本主義は、自由を求める新自由主義に守られて育ち、人々の生活との距離を広げていった。まもなく、監視資本主義者は、どうすれば力を蓄えて、民主主義の意義と影響力を空洞化させられるかを学んだ。監視資本主義のレトリックと機能は民主主義を装ったが、実際には極端な富の不平等という新たな金メッキ時代を招き、かつては想像もできなかった経済的独占という新形態と、調整者と調整される者を分かつ社会的不平等の源をもたらした。このクーデジャンは、民主主義と民主主義制度をさまざまな形で侮辱したが、ここで特に指摘したいのは以下である。断りなく人間の経験を強奪すること、社会における知の分割の支配、大衆からの構造的独立、巣での生活の強制、道具主義の力の台頭とその抽出論理を持続させる極度の無関心、「ビッグ・アザー」という行動修正手段の構築・所有・操作、未来と聖域に対する生来の権利の剥奪、民主的生活の支柱であ個人による自己決定の阻害、その違法な代価への答えとしての精神の麻痺の強要。今や監視資本主義は、社会に完全性を求める集産主義的構想を視野に入れて、自由と知識に対する権利を主張し、その新自由主義の起源から予測されるよりはるかに広い範囲の支配を目指している。その反民主主義的な集産主義者の野心は、ハイエクやスミスの主張にも似ているが、年老いた父たちを破滅させる強欲な子どもという姿をさらけ出している。
     冷笑主義は魅惑的であり、わたしたちの目を塞いで、民主主義は依然として唯一の改革の手段だという永続的な事実を見えなくする。民主主義は人間が長い抑圧の歴史の末にたどり着いた人間には自らを統治する不可分の権利があると主張する唯一の思想である。現在、民主主義は満身創痍の状態にあるが、それに傷が多いからといって、わたしたちは、民主主義の前途を信じる気持ちを失うわけにはいかない。ピケティはまさにこのジレンマを認めた上で、依然として民主主義を擁護し、「異常」な蓄積のダイナミクスでさえ、永続的で効果的な対抗策を打ち出す民主主義制度によって和らげられてきたし、今後もそうなるだろう、と主張する。「わたしたちが再び資本を支配しようとするのであれば、すべてを民主主義に賭けなくてはならない......」。
     民主主義は前例のないものに対して脆弱だが、民主主義制度の強みは、その脆弱性の破壊性と、それがいつまで続くかを見極めるための機構を持っていることだ。民主主義の社会では、議論や競争は、今も健全な制度に支えられており、予期せぬ圧制や不正に対抗する世論の流れを動かし、やがては立法や法解釈を導くことができる。

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著者プロフィール

ショシャナ・ズボフ
ハーバードビジネススクール・チャールズ・エドワード・ウィルソン名誉教授
シカゴ大学にて心理学の学位を、ハーバード大学にて社会心理学の博士号を取得。1981年よりハーバードビジネススクールに参画、同スクールの教授陣のなかでテニュア(終身在職権)を取得した最初の女性の一人であり、寄付講座を持った最も若い女性である。2014-15年にかけて、ハーバードロースクールのバークマン・センターでファカルティ・アソシエイトを務めた。著書にIn the Age of the Smart Machine: The Future of Work and Power, The Support Economy: Why Corporations Are Failing Indivisuals and the Next Episode of Capitalism(James maxminとの共著)がある。

「2021年 『監視資本主義 人類の未来を賭けた闘い』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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