ローマ帝国の崩壊: 文明が終わるということ

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (350ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560083543

感想・レビュー・書評

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  • 古代ローマ帝国の末期に焦点を当て、ゲルマン民族の大移動を契機としたその消滅が「ローマ人にとってきわめて不快な出来事」であり、「洗練された」ローマ文明が「終わった」ことを、考古学的知見をもとに解き明かす。
    というと、日本の高校世界史レベルの知識からすると違和感が特にない見解ではあるのだが、
    近年の学会における古代ローマ帝国の末期は「古代末期」論の名の下に、ゲルマン民族の「侵入」は破壊的なものではなく「順応」であった、ローマ文明は「衰亡」したのではなくキリスト教文明に「変容」したにすぎなかったという論調が幅を利かせているのだが、その反論として改めて伝統的なローマ衰亡論を主張している。というのが本書の位置付けになる。

    第一部では5〜6世紀を叙述した文献資料をもとに、ゲルマン民族の侵入がいかに暴力的で「順応」と程遠いものであったか、ローマ辺境の軍事制度がいかに崩壊していたかを説く。またゲルマン民族の統治下におけるローマ人との関係性にも着目する。
    第二部では考古学的知見に基づき、いかにローマ流の「洗練された」経済や流通の構造、庶民の生活水準が5〜6世紀に失われていったかをこれでもかと主張する。

    いずれの部も具体的事跡に基づいて語られるので素人の私にも大変分かりやすく読めた。
    複雑化、分業化が進み規格品が普及する経済社会を「洗練された」文明とし、それが失われることを「後退」と決めつけるのは、学会では問題視されているようではあるが、先進国に住む庶民としては馴染みやすい論調である。
    では古代末期論が間違えているのかといえば一概には言えないようである。著者自身折にふれて述べているように、古代末期論は心性史、宗教史的側面に焦点を当て5世紀以降を文明の新たな段階への移行と主張しているのに対し、著者は物質的、政治的側面に焦点を当て5世紀以降を衰退の時代と主張しているのである。
    つまり、着目点が違うだけで、どちらにも一理あるということなのだと思う。
    (尤も、私自身は古代末期論は読んでて眠くなるので理解は十分には出来ていないのだが…)

    個人的には古代末期論があまりに聖人などの個人の事跡に着目しすぎていて強引に感じる一方で、本書の広域にわたる考古学的知見をいかした論旨はすんなり飲み込めたので、本書の立場の方が好みではある。

  • 前回紹介した『海のかなたのローマ帝国』のテーマは「ローマ化」でした。「ローマ人」に征服された「野蛮人」を支配下に置いたことで彼らを文明化した、という見方は欧米の植民地支配の時代に、その行動を正当化するために生み出された考え方であり、本当はローマ属州になった地域でも表面的にはローマ的な生活様式を取り入れつつも、従来の生活が続いていたという主張でした。ローマ研究ではこのようにローマ帝国の「滅亡」はなく、「変容」だとする主張が広がりを見せているようです。
    一方、本書ではこの考え方に異議を申し立てる立場をとっています。ゲルマン民族の到来はローマ人にとってきわめて不快な出来事であり、時には残虐さを伴う劇的な変化であったという立場です。世界史では単にローマ帝国がゲルマン民族によって滅ぼされたと習うだけだったので、滅亡に関しては本書の内容が当然だと思っていましたが、なぜここまで滅亡について熱く取り上げるのかと言えば、上記のように、「変容説」が優勢になりつつあるからのようです。
    そもそも、ローマ帝国は滅亡したのではなく変容したのだ、という説は『海のかなたのローマ帝国』を読んで初めて知り、本書を読んで「滅亡だ」「変容だ」という議論がなされていること自体驚きだったのですが、いずれの説をとるにせよ、文明が終わることの説明が研究者によってとらえ方が違うため、いかようにも説明ができるという印象を受けました。著者は特に経済的な視点でローマ帝国の複雑さが崩壊していく様子を述べています。ローマ帝国が拡大し、物質的な豊かさを極めた最盛期がどことなく現代と被るようにも思え、現代文明が滅ぶことはなかったものの、冒頭にはリーマンショックによる影響についての記述が少し出てくるあたり、ローマ帝国の滅亡と現代文明の今後の行く先を暗に意識しているところがあります。ローマ帝国の滅亡がローマ人にとって決していいものではなかったという主張から、おそらく、現代文明がもし滅ぶとすれば、同じような痛みを伴うはずだという警鐘を鳴らしているようにも思えます。

  • 西欧古代史に疎く、蛮族の侵入により崩壊した(西)ローマ帝国が、近年の学説では蛮族とローマ人とが平和に混じり合っていたことになっているとは全く知らなかった。

    本書はその学説に再度疑問を提示している。陶片等の遺物から、生活水準の低下は明らかで、五世紀以降のローマ帝国西部の崩壊は否定できず、ローマ時代の生活水準を取り戻すのに地域によっては千年掛かったという。
    崩壊の遠因がローマの社会システムが極めて精緻に出来上がった分業制にあったことというのは、納得できる。

    ナチスドイツへの反感を背景にゲルマン民族の侵入、衝突がローマ崩壊の原因という定説になっていたが、戦後のドイツのイメージ復権に伴いよりソフトな解釈が英米のアングロサクソン系研究者から提示され、今やドイツ系研究者がその主流であるとか。マルクス史観(を言う前に我が隣国を見ても)もそうだが、所詮歴史は政治からは離れられないということか。

  • <目次>
    日本の読者に
    序言
    地図 紀元後400年ごろのローマ世界
    地図 紀元後500年ごろの新しい世界秩序
     第1章 そもそもローマは滅んだのか
    第一部 ローマ帝国の崩壊
     第2章 戦争の恐怖
     第3章 敗北への道
     第4章 新しい主人のもとで生きる
    第二部 文明の終わり
     第5章 快適さの消滅
     第6章 なぜ快適さは消滅したか
     第7章 ひとつの文明の死とは
     第8章 この最善なる可能世界において、あらゆる物事はみな最善なのか
     補遺 陶片から人びとへ
    年表
    訳者あとがき
    図版の一覧と出展
    参考文献一覧


    2015.01.24 http://mediamarker.net/u/naokis/?asin=4400227235『キリスト教とローマ帝国』を検索したら、リコメンドされた。ローマ帝国が崩壊した時に社会に何が起きたかの考察として興味深い。
    2015.01.25 予約
    2015.02.09 読書開始

  • ・376年フン族の攻撃を逃れたゴート族が、ドナウ川を渡ってローマ帝国東方に侵入する
    ・378年ゴート族がハドリアノポリスの戦いでローマ帝国東方の軍を破り、東方皇帝ウァレンスを殺害する
    ・476年ゲルマン民族の傭兵隊長オドアケルがロムルス・アウグストゥルス(イタリアに居住した最後の皇帝)を廃位し、自ら王として即位する。以後、ローマ皇帝は、コンスタティノープル市に居住する東方のローマ皇帝だけになる
    ・1453年首都コンスタンティノープルが「征服者」メフスト二世率いるトルコ軍の手に落ち、ビザンンツ帝国は消滅する

  • ローマ帝国の崩壊は、広大な帝国領土にまたがる一つの経済圏の崩壊だった。その後の経済は、先史時代の水準にまで後退し、ローマ帝国崩壊前の水準を回復するまでには、何世紀もかかった。広大で効率的な経済圏を支えたのは、地域間相互の緊密な依存関係だったが、その依存関係は、ある地域で始まった衰退の影響が帝国領土全体に及ぶ要因にもなった。2014年7月20日付け読売新聞書評欄。

  • いやなかなか歴史ってのは面白い。
    僕はローマ帝国ってのはさまざまな暴力にさらされて滅亡したって覚えてたんだけど、長じてからは
    「いや、実は多民族国家になってゆるやかに自然にほろんだ」
    みたいな話を聞いて、なるほどそうだったのかと覚えていたら、今度はいややっぱり暴力だみたいな話。

    経済が一気に衰退したんじゃないかって話も面白く、かなり分厚い書物だが退屈しない。

  • 古代世界で繁栄を誇ったローマ帝国。
    しかし、この帝国の運命は周知の通り、崩壊・消滅です。

    さて、西方ローマ帝国の崩壊についてですが、かつてゲルマン族やアングロサクソン族と言った蛮族の侵入・略奪が原因とされ、これらの蛮族に対しては否定的な評価がなされてきました。
    しかし、崩壊後の暗黒時代におけるキリスト教文化の開花に着目したアメリカ、北方ヨーロッパ(つまり祖先が蛮族)が、ローマの崩壊をローマの変容と、より肯定的に捉え直し、自らの祖先を再評価しようとする動きを見せてきました。

    本書は、そんな動きに対する異を唱える一冊です。

    簡単に内容に触れると、遺跡から発見される陶器や時代ごとの建築物の変化に着目してローマ時代と崩壊後の社会の違いを述べています。
    本書によれば、ローマ時代には帝国内部の広範囲に及ぶ分業体制が構築され、それによって社会全体の効率と識字率が高まり、より洗練された文化が育まれてきたのが、崩壊後には分業体制もともに崩壊。
    そしてそれが引き金となり、経済活動の縮小、識字率の低下が引き起こされたとの事です。

    また、最終章においては、なぜローマの崩壊を変容と捉え直すのかと言った事柄について、著者自身の考えを記しています。

    翻訳者の後書きによれば、本書の内容に関しては専門的な観点から様々な反論や指摘が相次いだそうです。
    しかし、崩壊を変容と捉え直す動きに対しては、著者意外の研究者からも様々な反論が寄せられており、それによってローマ帝国の終わりに関する議論の行方は余談を許さないとの事です。

    この様に、本書は高度に分業化された社会が一旦崩壊し始めるとどの様になるのかと言った事を教えてくれる他、社会状況と歴史解釈の関係性等についても考えさせれくれる内容となっています。

    ご興味をお感じになられた方は一読されてみてはいかがでしょうか。

  •  古代ローマについて書かれた本の多くは英雄譚や壮大な遺跡にあふれた共和制ローマやローマ帝国の形成期に焦点をあてたものであろう。その点では、西ローマ帝国の崩壊を陶器や瓦、貨幣、集落等々、生活物資を基に論じた本書はきわめてユニーク、かつ実りの多い史書と言えよう。
     とくに古代ローマ社会を維持するための日常物資の大量生産のための専業化やそれを運送するインフラストラクチャーの発達はローマの高度な組織化を促進したが、蛮族の侵入とともにその有機的な機能が分断されると、その利点がかえって障碍となってブリテン島やガリア等の遠隔の地の生活レベルは先史時代レベルまで劇的に退化したという論は説得力がある。
     ローマは間違いなく、生産力で文明の進展に貢献することのない貪り尽くすだけの蛮族に喰い尽くされたのであった。これは今日の先進7か国と他の中国やロシア以下の中進国、後進国との関係に比したとき、大いに注目すべき論点ではなかろうか。

  • タイトルどおりの内容。精緻に構築された社会のシステムが崩壊したとき、人々の生活がどうなるかをローマ時代の史料や考古学的見地に基づき述べている。自給自足やサバイバル生活が安心して楽しめるのはあくまでしっかりしたインフラと流通、社会のシステムが背後にあってこそ、その中においてだけなのだという事がよくわかった。ましてや娯楽や文化をや。
    近年のローマ史観について語る作者の情念が何か妙に強い、っつーか濃くね?と読みながら幾度か感じたが……とにかく現代の社会情勢と比べても色々考えさせられる、面白い本。

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