- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784562071883
作品紹介・あらすじ
ゴシックの歴史的な経緯から発展、そして継承と拡散を、建築から文芸、映像まで、全編にあふれるフルカラー図版とともに案内する唯一無二の「宝庫」。「該博な知識と綿密な調査で説得力十分に実証していく」(巽孝之)
感想・レビュー・書評
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かつては欠けた月を背景に断崖の城、墓石に群がるコウモリが飛んでいれば〈ゴシック〉だった。今やその定義はあまりにも幅広く包括的なものになっている。19世紀のゴシック・リバイバルから、21世紀の小説・映画・インターネットの世界で暴れまくるさまざまな〈ゴシック〉的なるものまで、フルカラーの図版でたっぷりと見聞できる一冊。
節操なしにいろんなものをゴシックに含めている本書だが、最初はしっかりゴシック建築の話からはじまる。ヘンリー8世以来、イングランドでは「カトリックの堕落のシンボル」でしかなかったゴシックを、19世紀の著述家たちがいかにリバイバルさせたかを見ていく。この章の最初の図版は教会ではなくイマーム・モスクなのだが、ゴシック建築の特徴的な尖頭アーチなどはイスラム建築の影響下で出来上がったものだと最新の研究で明らかになっているらしい。ヴィクトリア朝イギリスではそれを国家主義と結びつけようとしたんだから皮肉なもんだね。
本書における〈ゴシック〉とは、自己と他者の境界に潜む得体の知れないものへの恐怖であり、その恐怖を美しく感じること、期待して待ち望むことを指すというのがひとまず大まかな定義になるかと思った。本書ではそれが「ゴート人」という一民族に対する恐怖だった時代から、先住民を蹂躙し尽くしてアメリカ大陸を征服したあとで地球の裏側や宇宙の果てへと恐怖の対象が移り変わっていくさまを見ることができる。
特に第Ⅲ章「ゴシックの方位」で語られるオリエンタリズムとゴシック、フロンティア精神とゴシックの関係はピリピリくる。植民地でゴシックの概念を吸収した現地の人びとが、自らの恐怖を描くためにゴシックを利用したというところも。
マイノリティとゴシック、という観点もある。周縁に追いやられる〈怪物〉たちにシンパシーを感じる人びとが、ゴシックな物語を絶えず現代的に語り直してきた。ゴシックは周縁的なものを恐怖し排除しようとする差別的な側面を持っているが、だからこそマイノリティを描くときにゴシックという方法が武器にもなり得るのだ。
テクストの断片性とゴシックの結びつきについても。ロマン主義時代の哲学者は「太古の作品の多くは断片的にしか残っていない。現代の作品の多くは書かれるや否や断片にされる」と語り、ラックハーストは「ゴシック小説は断片を装う」と言う。完結よりも、どこまでも想像の余地を残したオープンエンドが好まれたのだ。とても21世紀的な創作論じゃないだろうか。ゴシックは「消えようとする瞬間に増える」「古い考え方の保管場所になる」というのも面白い。チャタートンの贋作詩やマクファーソンの『オシアン』が挙げられているように、古きを装う新しい表現がゴシックなのだ。
さまざまな未知への恐怖(死は最大の未知だ)を〈ゴシック〉の一語に取り込んできた本書は、「自分自身」という未知に向き合って終わる。この構成もわかりやすくていい。強いて言うなら、もっと探偵小説の話をしてほしかった。イギリスの古典はもちろんとして、著者が『黒死館殺人事件』を読んだら何を言ってくれるのか想像するだけでも楽しいのだが。 -
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https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/780573