世界危機をチャンスに変えた幕末維新の知恵 (PHP新書 606)

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  • PHP研究所
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  • Amazon.co.jp ・本 (267ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569709826

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  • 近年,構造改革路線の推進者だった経済学者中谷巌氏の著書『資本主義はなぜ自滅したのか』や,
    日本の経営コンサルタントの草分けともいえる船井幸雄氏の著書『2009年資本主義大崩壊』などが話題になっている。

    百年に一度といわれるアメリカ発の経済破綻によって,資本主義の限界を認めようという風潮が漂う。

    しかし,こうしたことがそのまま資本主義の全否定になるのだろうか。
    ピンチをチャンスに変え,日本の資本主義を立ち上げた幕末維新を生きた人たちの足跡は,時代を超えて通用する,あるべき実業家の姿,モラルや倫理といったものを示しているのではないか。
    そしてそこには,今,苦境に立っている資本主義を再生するヒントや知恵が必ず含まれていると考える。

    世界的な不況が続き,資本主義の限界が叫ばれる今こそ,私たちは目先の問題からいったん目を歴史に転じ,苦難のなかで日本の実業界・資本主義を作った先達を振り返ってみる必要があるのではないか。

    この本から,ピンチをチャンスに変えた先人たちの姿を知ることで,今後を生きる自分たちのあるべき姿を学ばなければいけない。


    ○『危機を活かして近代国家を作った日本』
    現在,世界の経済が大きく変動している。
    このようなときこそ,日本は大きく脱皮できるのではないか。

    現に明治維新が起こる以前,世界史的な事件やそれによる外圧は,当時の日本にとって大きなピンチだった。
    執拗に開国を迫る列強にも,そうせざるをえない,やむにやまれぬ事情があったのだろう。
    しかし,同じようにそうした世界史的事件の洗礼を受けたアジア諸国が,軒並み列強の植民地となっていくなかで,
    日本だけは苦悶しながらも植民地を免れ,近代化を成し遂げることができたのだ。

    江戸時代の日本は,215年もの間,鎖国政策をとってきた。
    しかし,大陸に近い九州地方では貿易も密かに行われ,世界史的な事件の波も押し寄せてきた。

    特に地理的条件に恵まれた薩摩は,世界情勢の情報がいち早く入る環境にあった。
    この時期,薩摩では,大久保利通,小松帯刀,松方正義,他藩でも,坂本龍馬,渋沢栄一,大隈重信といった日本を改革した人々が生まれている。
    彼らが,これらの情報の影響を受けたであろうことは想像に難しくない。

    外圧から日本の独立を守るためには,近代化せざるをえない。
    海外に近い辺境の薩摩であればこそ,危機意識が強く,必然的にそこから近代工業化がはじまったといえる。

    近代化には,世界と対等に渡り合うため,工業化を進め,軍事力を高めなけらばいけない。
    しかし,幕府は時流の変化に気づかず,動こうとしない。

    そこで,薩摩は藩の富国強兵や倒幕の資金のため,南北戦争を使った。
    南北戦争とは,奴隷労働によってタバコと綿をつくり,自由貿易をしたい南部と,工業化して産業育成のために保護貿易を主張する北部との戦い。

    そして,南北戦争は,世界綿花飢餓に乗じた綿花ビジネス,戦争の終結であふれた新鋭武器による軍備の増強,兵器ビジネスという3つの面で,薩摩の国力を高めることに役立った。
    これが,のちに維新への道に拍車をかけ,近代国家に生まれかわることができたのだ。

    このように,幕末維新期の日本は,アヘン戦争や南北戦争など押し寄せる世界史的な大事件の渦中にあって,そこに端を発して逃れようのない外圧に押しつぶされるのではなく,かえってこれを近代国家建設のためのバネとして活かしていった。

    その危機の中には,己が一身を賭し,命がけでことにあたった人物たちがいる。
    この人物たちの思想と行動から,この危機を乗り越えるための力を学ぶ。


    ○『明治維新の影の立役者小松帯刀から学ぶ客観的視点』
    小松帯刀とは…
    弱冠27歳で家老に昇格,以後,軍事・財政・教育などの重要な分野の長を兼任し,島津久光の有能な懐刀として活躍。
    経済活動や商社活動を重視し,莫大な資金を集め,薩摩藩の富国強兵・殖産興業の発展をさせる一方,
    坂本龍馬や西郷,大久保といった維新の原動力たる人物に活躍の場を与えた明治維新を支えた重要な人物である。

    帯刀から学ぶことは
    「過去にとらわれず客観的に物事を見て,自由に実行できるという気質」

    当時は,家格が重んじられる時代であったため,いくら志が高くても,身分が低ければ,政に口をはさむことなどできなかった。
    ところが帯刀は西郷らに偏見をもたず,彼らが叫ぶ反幕運動に耳を傾けた。
    そして,国父である島津見久光と下級武士とのあいだに立ち,両者を取り持つ役を担った。

    帯刀は
    「同郷がなんだ,縁故がなんだ。藩の係り合いもどうでもよろしい。情実など取るに足りない。ただ才能あるものを用い,適任者を選ぶだけだ」
    と語っている。

    人は,どうしても周囲の意見や私的感情に流れさて物事を判断してしまう。
    ただ,本当に成し遂げたい志があるのであれば,周囲に流されず,自分に流されず,ただ志の一点を見つめる必要があることを教えてくれる。

    そのためには,自分の志を日々見つけていくことが大切なのだろう。


    ○『川崎正蔵から学ぶ,志の見つけ方』
    川崎造船所(現川崎重工業)の創業者であり,日本の政治家でもある川崎正蔵。
    川崎は,海運で一度三菱に敗れている。

    日本国郵便蒸汽船会社の副社長であった川崎は,同じ海運業である岩崎弥太郎の郵便汽船三菱会社と西南戦争の軍事輸送の競争に敗れ,海運業から足を洗う。

    ここで諦めず,造船業に乗り出す。
    造船である理由は,自分が海難事故にあった経験に起因する。

    鹿児島に向かうため,川崎が大阪から船に乗ったところ,土佐沖で暴風に遭遇し,船が沈没しかけた。
    なんとか暴風域を抜け,種子島に漂着することができたが,命拾いをした川崎は沈没を免れた西洋型の船にすっかり魅了された。

    西洋式の船は底が広いため,安定感があり,波に強いという特徴を知った川崎は「これからは西洋式の船の時代だ!」とばかりに造船の意欲をもったのだ。

    川崎から学ぶことは,一度失敗しても諦めずに新たな志を見つけたことだ。

    志とは,案外単純なことが原因なのかも知れない。
    タタの社長もタタ・ナノを作った理由として
    「1家4人が1台のバイクで移動する日常風景を見て、手ごろな値段で、雨の中でも安全な移動手段を提供したい」
    という思いを語っていた。

    つまり,志は普段の生活に転がっているものではないだろうか。
    そこに気づくか気づかないかは,日ごろから考えているかいないかの違いだろう。
    常にアンテナを張り巡らせば,「自分はこれをしたい!」という思いが見つかるかもしれない。


    ○『前田正名から学ぶ志、に対するすさまじい信念』
    大蔵大臣を12年にわたり7期つとめ、日本銀行を設立するなど財政指導者として名を成し、内閣総理大臣まで務めた松方正義を真っ向から批判した人物。

    対立の問題点は、日本資本主義の構造をいかなるかたちに決するかということ。

    松方は、移植重工業中心の立国を考え、急速な産業革命を引き起こすかたちで、日本を近代国家にしていこうとした。
    そして、デフレ政策を断行した結果、財政は健全化したものの、農民が犠牲になった。

    一方で、前田は地方産業の優先的近代化を唱えた。
    農村に立脚した加工業、陶器・磁器・織物といった日本の産業を輸出して日本を富国化していくことを捨てるべきではない、農工併進で資本主義国家をつくるべきだと考えたのだ。

    あまりの対立路線に困惑した松方は、前田を追放してしまう。
    しかし、地場産業の近代化・組織化の夢に向かって尽力することを惜しまず、脚絆に股引、蓑と行李を背負い、手にはこうもり傘といういでたちで、全国を講演行脚するのだった。

    「村力おこらざれば、郡力たらず、郡力たらざれば、県力たらず、県力たらざれば国力到底たらず」
    現代でも、地域産業を確立させ、地方が元気にならなければ、日本全体の復興は成り立たないはずだ。
    今回の世界的な経済危機は、地に足をつけたものづくりを忘れ、実体経済から乖離してしまったことに起因している。

    前田からは、絶対に曲げない信念と地に足をつけた本当の資本主義のあり方を学ぶことができる。
    松方と前田の対立や大久保利通と西郷隆盛の対立など、偉人といわれる人たちの争いには、私利私欲などない。
    「世界と対等に戦うために、日本をどうすべきか」という一点についての争うなのだ。

    そのための方法論で争い、どちらかが敗北してしまう。
    しかし、本当の志であれば、敗北したとしても諦めずに遂行し続けることが重要なのだろう。
    前田からは、その信念の強さを学ぶべきだ。


    ○まとめ
    歴史から学ぶことは、現代に置き換えて今の自分の理念や行動を決めることにある。

    現代に目を向けると、グローバル市場原理や株主優先資本主義がもたらしたのは、農村崩壊と格差社会だ。
    アメリカでは、1%のヒトが国内の富のほとんどを独占し、残りの人々とは医者かかれない状況。
    こうした格差社会を許しているのが自由競争主義だとすれば、自由競争の質を問わなければいけない。

    そして、これからそのような社会を継続させないためにも、私たちは先人たちの教訓を学び続け、理想的な持続型社会を構築していく必要があるのではないだろうか。



    ●補足(しおりに書いてあったすばらしい言葉)

    学ぶ心さえあれば,万物すべてこれわが師である。
    語らぬ石,流れる雲,つまりはこの広い宇宙,
    この人間の長い歴史,
    どんなに小さいことにでも,
    どんなに古いことにでも,
    宇宙の摂理,自然の理法がひそかに
    脈づいているのである。
    そしてまた,人間の尊い知恵と体験が
    にじんでいるのである。これらのすべてに学びたい。

    松下幸之助

  • 南北戦争がなければ維新は起きなかったそうです

  • 幕末への理解がさらに深まる。
    日本の上位にある世界という視点で、日本=幕末を捉えられる。

  • 五代友厚に関して、特に上申書と薩英戦争、その後の薩摩藩の外国貿易について知りたくて購入。
    目的の部分についてはちょっと記述が少ないけど、なかなかいい本です。
    幕末から明治にかけて単に黒糖が明治維新の原動力・資金源になったわけじゃなくて2段階のステップを踏んでいた、また、薩摩藩の国外に対する情報収集と対応について改めて知ることができた。

  •  本書は日本資本主義を立ち上げた幕末指導者8人を取り上げた書で、登場人物は「島津斉彬」「小松帯刀」「大久保利通」「岩崎弥太郎」「松方正義」「前田正名」「五代友厚」「渋沢栄一」などだ。彼らのエピソードはそれぞれおもしろいし、興味深いし、読んで楽しいと思うが、テーマの「世界危機をチャンスに変えた幕末維新の知恵」という切り口は本文とあまりあわない。
     幕末から明治の時代の転換期は、日本史の中で興味深いひとつの時代であるし、その時代を立体的に知るためには多くの情報が不可欠だと思う。その意味で本書では、その活動をあまり一般には知られていない「小松帯刀」や「前田正名」が取り上げられていることは興味深く読んだ。しかし、有名な指導者については小説でもよく読む真偽不明のエピソードも多く見うけられるように感じたし、本書の最終章の「危機をチャンスに変えた幕末・明治の国家建設に学べ」では、何が言いたいのか良くわからない文章だと思った。本書の価値は、幕末維新の指導者のエピソード紹介のみにしかないと思う。

  • [ 内容 ]
    南北戦争がなければ明治維新は起きなかった!?
    幕末・明治の歴史は経済で動いていた。
    薩摩藩はいち早く得ていた海外情報を利用して倒幕資金を稼ぎ、小松帯刀は龍馬と組んで、世界を相手にビジネスに乗りだした。
    その近代化路線は大久保・岩崎・松方らへと引きつがれる。
    が、急速すぎる工業発展に危惧を抱いた前田正名は、農業の重要性を説いて全国をまわる。
    そしてついに、渋沢栄一が日本型資本主義を確立した。
    資本主義の崩壊が叫ばれるいま、時代を超えて通用する志を、彼らの奮闘ぶりから感じとれ。

    [ 目次 ]
    序章 南北戦争がなければ明治維新はなかった
    第1章 島津斉彬の工業化と対外貿易政策
    第2章 小松帯刀が坂本龍馬に託した世界進出
    第3章 大久保利通と岩崎弥太郎による海運興業
    第4章 松方正義と前田正名の工農対立
    第5章 五代友厚から渋沢栄一へ―日本実業界の飛躍
    終章 危機をチャンスに変えた幕末・明治の国家建設に学べ

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 本書で紹介される幕末薩摩藩の綿花輸出による財力の形成…これは今までに知らなかった事例でした。
    やはり戊辰戦争の影にはアメリカ南北戦争の影(英仏の対立)が色濃くあることがわかります。

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著者プロフィール

1947年、鹿児島県生まれ。東京大学文学部国史学科卒。同大学大学院修士課程修了、博士課程単位取得。鹿児島大学法文学部教授を経て、同大学名誉教授、志學館大学教授、鹿児島県立図書館館長。専門は日本近世・近代史、薩摩藩の歴史。NHK大河ドラマ「翔ぶが如く」「琉球の風」「篤姫」「西郷(せご)どん」の時代考証を担当。『世界危機をチャンスに変えた幕末維新の知恵』(PHP新書)、『龍馬を超えた男 小松帯刀』(グラフ社)など著書多数。

「2022年 『日本人として知っておきたい琉球・沖縄史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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