流転の中将

著者 :
  • PHP研究所
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569849263

作品紹介・あらすじ

会津藩主・松平容保の弟で桑名藩主の松平定敬。国許に見捨てられながらも、越後、箱館と義を求めて戦い続けた波乱の生涯を描く長編。

感想・レビュー・書評

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  • タイトルの『中将』とは『桑名中将』こと桑名藩主・松平定敬のこと。
    兄の『会津中将』こと会津藩主・松平容保はよく知られているが定敬の方は詳しい経歴を知らなかったため、興味深く彼の『流転』の物語を読んだ。

    幕末というと薩長側の視点の物語が中心になってくるのだが、桑名側から見ると全く違う物語になる。明治という新しい時代を築いた薩長中心の人々が単なる野心と私怨で徳川を追いやった嫌な人たちに見えてくる。

    『養子の責は重いぞ』

    定敬の胸に何かとよぎるのは亡き父の言葉。同じ養子として尾張藩主となった兄・慶勝は早々に徳川を見限り薩長と連携した。逆に会津藩主となったもう一人の兄・容保は新政府軍と徹底抗戦する道を選んだ。
    定敬は容保に頼まれて援軍を送るべく米沢藩、仙台藩と交渉の旅に出るがいずれも断られ、逆に恭順を促される。

    『謝罪と言われるか。我らになんの罪があるか。答えていただきたい』

    恭順を促す米沢藩の使者に対する定敬の言葉はグッと来た。徳川宗家・徳川幕府を守り必死に闘ってきたのに、いつの間にか『朝敵』だと言われ徳川幕府ではなく『新政府』というものが取って代わり、そこに『恭順』するために『謝罪』をしろと迫られる。
    更には忠義を尽くしてきた将軍・慶喜にも見放され、桑名藩家中にすら見捨てられたも同然の状況に追い詰められる。

    やり切れないだろう定敬の気持ちは理解出来るし、自分の納得行くまで抗いたい気持ちも分かる。だが結局は彼の望むように闘うことすら出来ず、ただ北へ北へと敗走する形になるのが切ない。
    慶喜も榎本武揚も土方歳三も定敬を利用するだけ利用し見捨てていった。

    一方で桑名藩家老・酒井孫八郎の視点で見れば、何とか桑名藩を存続させることで多数の藩士たちのこれからを守ろうと必死に『恭順』で交渉を進めているのに、肝心の藩主・定敬が『恭順』に反対し北へ逃げていくというのは何と身勝手なと思える。
    桑名藩家中も『恭順派』『抗戦派』に分かれ、脱藩する者も後を立たず空中分解寸前。
    酒井は『抗戦派』はもちろん『恭順派』からも叩かれ追い詰められ、新政府側からは監視されストレス爆発しそうで同情する。

    『生まれに従い、家に従い、命に従い。
     これまで何一つ、自ら選び取ったことなどないのだ』

    養子として桑名松平家に入った定敬には何一つ思い通りになったことはなかった。藩の行く末のような重要なことが自分の知らないところで決められている。そして好きな女性と共に生きることも出来ない。
    そんな定敬が唯一自分の意志で行ったことは上海へ逃げることだった。この物語のように本当に船の雑役として潜り込んだのかどうかは分からないが、兄・容保のように戦で闘ったのではないものの、定敬もまた最後まで抗い納得行くまで闘ったのだなと思う。

    『下の者に罪をなすりつけ、上にある者は何もなかったかのように生き延びる。そうすることで、全体が延命する。
     自分の生きてきた幕府、大名…武家の家というのは、さような仕組みだったということだろうか』

    定敬が国を出たいと思うほどの絶望感。だが現代(日本に限ったことではないが)もさして変わっていないように思うのが悲しい。
    それでも定敬が家中に見捨てられたのではなくてよかった。少なくとも家老の酒井は最後まで定敬を救うべく動いていた。その酒井はなんと35歳という若さで亡くなっている。このときのあまりの重圧が寿命を縮めたのだろうか。

    高須松平家の四兄弟(慶勝・容保・定敬・茂徳)の物語をいつか大河ドラマで見てみたいように思う。

  • ◆「大義」ゆえの苛烈な生[評]縄田一男(文芸評論家)
    流転の中将 奥山景布子(きょうこ)著:東京新聞 TOKYO Web
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/125842?rct=book

    「流転の中将」奥山景布子著|日刊ゲンダイDIGITAL
    https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/292756

    流転の中将 | 奥山景布子著 | 書籍 | PHP研究所
    https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84926-3

  • 前に読んだ「葵の残葉」の姉妹作、と言っていいのか分からないけど、この中に登場した高須四兄弟の末っ子松平定敬の物語。
    徳川慶喜の命で兄松平容保と共に開陽丸に乗せられるところから物語が始まる。
    国許は薩長に恭順の方針。だけど定敏は戦う道を選ぶ。会津や仙台、箱館、果ては海外まで、まさに流転の日々を送る。
    最後まで戦いたい定敏だけではなく、国許を預かる家老酒井の視点も入っており、相容れない切なさも感じた。
    そしてもう一度「葵の残葉」を読み、"その後"の定敏を噛みしめたい。
    ちなみに、本書はダッシュ(—)で囲んだ補足をちょこちょこ入れているので、読みづらさを感じる人もいるかもしれない。

  • 幕末の戦いは、いつも疑問に思っています。
    日本の繁栄を目指しているのは同じなのに、何故、戦わなければならないのか。
    憎しみに駆られて、振り上げたこぶしを降ろすすべを見失ってしまったのか。
    人は、正義のためには、どこまでも残酷になれると、何かで読みましたが、人の心の狂気の部分を見ているようで、とても辛いです。

    時代が大きく変わるその時に、それぞれの藩の人たちの奮闘がとてもリアルでした。
    孫八郎の選んだ道も、定敬の選んだ道も、納得のいく読後でした。

    子供の手形をお守りにするという話が出てきましたが、とても素敵だなと、自分もやっておけば良かったと思いました。

  • 面白かったぁ!
    皆さんの評価が低くてびっくり。
    一会桑・・・本小説の主人公、桑名藩主松平定敬公って、
    今まで盲点でした。
    わたしは次が気になって一気読みでした。

  • 今回は桑名藩から見た、幕末。今まで、新撰組、大村益次郎、勝海舟、会津藩の幕末を見てきたが、これまた壮絶な日々の末、一体何の誰のための闘いだったのか、また分からなくなった。
    どこまでフィクションで事実か分からないけれども、くじ引きで藩政を決め、上海に流れ着く藩主というのは、現実は小説よりも奇なりを体現しているな、と思った。
    土方や榎本と御三方の対立は、なんかお互いが味方でありながら忌み嫌いあっているのがよく伝わってきて、もどかしい気持ちになった。
    やっぱり幕末は良いものではないけど、興味をそそられるな。

  • 桑名藩主・松平定敬。
    戊辰戦争勃発後、大坂城から慶喜と共に江戸へ脱出した彼が辿った人生とは。

    大坂から江戸。新政府へ恭順の姿勢を示すため越後にゆくも、徳川幕府への忠義のために戦うことを選び会津・函館へ。
    行く先々で、彼の行動が邪魔者になってしまう境遇が悲しい。それは、戦争から逃げ出した慶喜にも、新政府に降伏した桑名藩の将来にも、函館の榎本政権にも、定敬が戦いの場にいることが、状況を好転させることがないというのは、無力感しかない。
    さらにいうと、好転も悪化も彼の存在によって大きく変化させることがない。新政府に対する旗手にも、お飾りにすらなれない、というのは読んでいてしんどい。
    桑名藩士には忠誠を捧げられてはいるけども、だからこそ藩士の枷になってしまっているという状況も辛いものがあります。

    「潔いとか、粋だとか、そんなのは、後から他人が決めることです。必死に生きてる当人は、いつだってみっともなくて、それでいいんじゃありませんか」
    上海で定敬がかけられた言葉。大坂から始まった彼の旅路、生き方を肯定する言葉です。越後でこの境地に至っていれば、と思ってしまうのは定敬に寄り添うことができていない感慨ですかね。それこそ、後から他人が決めることでしかないか。

    とにかく、この慶喜には苛立ちを感じました。
    こいつはダメだ。

  • 葵の残葉のスピンオフ作品。これも大変感動しました。優しくも逞しい定敬さんのファンになります。

  • 評価が低いのは、松平定敬の優柔不断な点が読んでいてイライラするからだろうか。

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著者プロフィール

1966年愛知県生まれ。名古屋大学大学院国文学研究科博士課程修了。文学博士<br>2007年第87回オール讀物新人賞を受賞してデビュー<br>2018年『葵の残葉』(文藝春秋)が第37回新田次郎文学賞と第8回本屋が選ぶ時代小説大 賞を受賞

「2023年 『元の黙阿弥』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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