ジャッジメント (双葉文庫)

著者 :
  • 双葉社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575521399

作品紹介・あらすじ

大切な人を殺された者は言う。「犯罪者に復讐してやりたい」と。凶悪な事件が起きると人々は言う。「被害者と同じ目に遭わせてやりたい」と。20××年、凶悪な犯罪が増加する一方の日本で、新しい法律が生まれた。それが「復讐法」だ。目には目を歯には歯を。この法律は果たして被害者たちを救えるのだろうか。復讐とは何かを問いかける衝撃のデビュー作!

感想・レビュー・書評

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  • 『大切な人が殺された時、あなたは「復讐法」を選びますか?』

    昨今、日本では凶悪犯罪が増加している、そんな印象が一般的にはあります。しかし、実際にはこの国では少なくとも他殺は10万人あたり0.2件と世界の中で飛び抜けて低い値になるようです。各国を比較すると、ドイツ1.0件、英国1.2件、そして米国に至っては5.3件にもなるという数字を見ると日本の治安の良さが際立っていることがわかります。また、歴史的推移を見ても1950年代に年間総数2,000件を超えていた他殺が2016年には300件を切って、さらに減少傾向にあるというのですから、統計上この国は、どんどん安全な国になっている、そんな風に言うことができるようです。

    とは言え、他殺による被害者がゼロでない以上、被害によって遺族の苦しみが無くなることはありません。この国は法治国家です。犯した罪は法の裁きを受けます。しかし、人の思いはそんな裁きだけでは受け入れられない感情に達する場合があります。

    『あの女はたった十二年で戻ってくる…模範囚なら、もっと早く出所することだってある…アキラの命の重さは、たかだか十二年間自由を奪われるのと同等なんですか。絶対に違う』。

    この世に残された遺族が心からの思いを叫ぶ瞬間、そこにはこんな思いが生まれる余地があります。

    『犯罪者に復讐してやりたい。被害者と同じ目にあわせてやりたい』。

    そんな思いは『当事者にしか分からない痛み』です。法の裁きが全てである、そんな風に冷静に言える人は『自分の大切な子どもが殺されても同じことが言えるのでしょうか』という問いに答えることができるでしょうか?

    さて、ここに『復讐法』という新たな法律が制定された『二〇××年』の日本を描いた作品があります。『治安の維持と公平性を重視した』『復讐法』によって、被害者が『犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行できる』という法律の下、『自らの手で刑を執行』する人たちの苦しみを描くこの作品。そんな人たちを見守る『応報監察官』という立場の主人公の思いの丈が描かれるこの作品。そしてそれは、『大切な人が殺された時、あなたは「復讐法」を選びますか?』という問いに読者のあなたが対峙することになる物語です。

    『本日は、よろしくお願いいたします』と『刑事施設一号館前駅』の改札で待ち合わせた天野義明(あまの よしあき)に挨拶するのは主人公で『応報監察官』の鳥谷文乃(とりたに あやの)。二人は『高いコンクリートの壁』で囲まれた施設へと入ります。『IDカードをかざし』厳重な警備の建物へと入ると、『この先が執行場所の「応報室」です。中には受刑者がいます。準備はよろしいですか』と文乃は天野に話しかけました。『意を決した表情で頷くのを確認した』文乃は、天野を部屋へと入れると、そこには『「A17」と書かれた鉄の首輪をつけた男が床に座ってい』ます。『後ろ手に手錠をかけられ』、『鉄鎖に繫がれ』ているのは『受刑者の堀池剣也』、『十九歳』。『三ヵ月前、十六歳の天野朝陽は、十九歳の四人の少年に拉致監禁され、激しい暴行を受けた後、四日目の早朝に殺害され』ました。『右目は失明しており、指の爪は全て剝がされ…』と『無残な姿』で見つかった朝陽。そんな事件の裁判では『二つの判決が言い渡され』ました。『旧来の法に基づく懲役十八年の実刑判決』と、『新たに施行された「復讐法」の適用を認める判決』です。『犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行できる』という『復讐法』を選ぶか『旧来の法』の適用を選ぶかは『被害者、またはそれに準ずる者』の判断に委ねられています。そして『復讐法』を選んだ天野。しかし、それを選んだ場合には『選択した者が自らの手で刑を執行しなければなら』ず、この場を訪れた天野は、『息子を殺害された父親』でした。『俺はお前が殺した天野朝陽の父親だ』と語る天野に『子どもの喧嘩にパパが登場かよ』と返す剣也。『お前がしたことは喧嘩じゃない。人殺しだ』と言う天野は『朝陽に関する問題』に答えられなければ『朝陽が受けた残忍な暴行と同じことをお前にもする』と宣言すると、用意されていたサッカーボールを『強く蹴りつけ』ました。『顔面に的中し、鼻から血があふれた』という状況の中、『相手から何か言われたら返事をしろ』と言う天野が再度ボールを蹴ると『腹に強く食い込み、剣也は苦しそうに上半身を前に倒』れます。『息子がどれほど痛かったか、どれほど苦しかったか、どれほど怖かったか、お前に分かるか』と続ける天野。そんな光景を見る文乃は、『私は息子がされたように四日間かけて刑を執行します』と天野から告げられた時のことを思い出します。そして、一日目を終え、施設から天野と出た先に『一人の女が飛び出してき』ました。『許してください許してください…』と繰り返す女を見て『堀池…和代さん』と口にした文乃。『あの子は悪い子じゃないんです。息子を許してやってください』と土下座する和代を見て『私が手紙で執行開始日と場所をご連絡した』と文乃に言う天野は『私の息子は、「許してほしい」と何回懇願したか分かりますか。髪に火をつけられ、爪を剝がされて鼻を折られ…』と和代に向かって話します。そして、天野は、『あなたにも責任がありますよ』、『どうしてあんな悪魔に育てたんですか。どうやったらあんな化け物になるんですか』と『冷たく言い放』つと『和代から、もう謝罪の言葉は出て』きませんでした。『剣也だけではなく、母親の和代への復讐もしたかったのだろう』と思う文乃。『復讐法』が施行された『二〇××年』の未来世界の衝撃的な物語が描かれていきます。

    『凶悪な犯罪が増加する一方の日本で、治安の維持と公平性を重視した新しい法律』、『復讐法』が施行されたというまさかの未来世界『二〇××年』の物語が描かれた小林由香さんのデビュー作でもあるこの作品は、五つの章から構成された連作短編の形式をとっています。そして、その本編の前に置かれた短い序文にこの作品で要となってくる『復讐法』の位置づけがこんな風に記されています。分かりやすく箇条書きにします。

    『復讐法』とは?
    ・『犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行できる』
    ・『裁判により、この法の適用が認められた場合、被害者、またはそれに準ずる者は、旧来の法に基づく判決か、あるいは復讐法に則り刑を執行するかを選択できる』
    ・『復讐法を選んだ場合、選択した者が自らの手で刑を執行しなければならない』

    いかがでしょうか?この国には武士が台頭し出した中世紀から江戸期にかけて”仇討ち”というものがありました。江戸時代には制度化もされていたというその制度は”主君や直接の尊属を殺害した者に対して私刑として復讐を行う”ものとされています。そうです。『復讐』は過去にこの国で列記とした制度として合法的に認められていたものでもあり、この作品の前提が荒唐無稽と切って捨てるものでもないことがわかります。そして、物語は『二〇××年』という未来世界の設定にはなっていますが、我々の今の世界と大きく変わる描写があるわけでもなく、SFというよりはリアル世界のドラマを見ているような感覚で読者の心に突き刺さってきます。そうです。この作品は間違いなく読者の心の奥底にあるさまざまな価値観、考え方を厳しく問いただしながら展開していくのです。それこそが、こんな冒頭の問いに現れます。

    『大切な人が殺された時、あなたは「復讐法」を選びますか?』

    それは、読者自身への問いかけでもあります。犯罪を犯すということは当然に罪に問われることです。それは、法治国家であれば当たり前です。しかし、犯罪の内容、前提は犯罪の数だけあり千差万別です。だからこそ”情状酌量”というような言葉も存在します。その一方で、昨今問題視されているのが被害者遺族の存在です。さまざまなな背景事情から”情状酌量”の余地があると見做された犯罪、一方でそれは時と場合によっては被害者遺族の悲しみ、苦しみを助長する場合もあります。そこに『復讐』という感情が生まれるのはある意味自然な感情の流れなのだと思います。しかし、だからといって『復讐』という考え方が正しいのかについても議論は当然に分かれます。この作品では、こんなリアルさをもった言葉で語られていきます。

    『遺族の報復心を満たす結果に繫がっている』こともあって『施行から一年が経ち、復讐法の申請率は高くなってきている』

    その一方で

    『人権侵害や冤罪の観点から、本法を悪法と呼び、廃止運動を行う人々も増えた』

    どうでしょうか。小林さんの描くこの前提。

    『なぜ、更生していない凶悪な犯罪者を社会に戻すのか。犯罪に年齢は関係ない』

    そんな思いを抱く人がいる中には、『世界でも有数の治安の良さを誇る我が国で、前代未聞の重大事件が相次いだ』ことが、『犯罪の抑止力』のための『復讐法』の成立へと至ったという背景はあながちフィクションと片付けられないリアルさがあります。

    そんな物語は、私が今まで読んできた600数十冊の小説の中でも間違いなくベスト3に入るであろう”ページを捲る手が止まらない”、”止められない!”という体験をさせてくれました。小林さんは五つの短編において、犯した犯罪と、その『復讐法』による刑執行の場面を極めてリアルに描かれていきます。普段の私のレビューだと、短編ごとに少しだけ内容紹介を書き記すのですが、今回はその書き方をやめることにしました。小林さんの描かれるシチュエーションが如何にも現実社会にありそうで、そこに『復讐法』による刑の執行が行われた場合に何が起こるのか、これはもう読者の価値観、考え方に鋭くメスを突きつけるものです。そう、あなたは、この作品を読み始めた以上、”ページを捲る手は止められない”のです。それを、実感していただくためにも、内容の詳述を敢えて避けることにしました。ただし、それではレビューにならないので、上記で冒頭を記した一編目〈第一章 サイレン〉についてだけ簡単に補足を入れておきます。

    ・事件の内容: 『三ヵ月前、十六歳の天野朝陽は、十九歳の四人の少年に拉致監禁され、激しい暴行を受けた後、四日目の早朝に殺害された』

    ・被告: 『堀池剣也』、『十九歳』

    ・判決①: 『懲役十八年の実刑』→ 『旧来の法』
    ・判決②: 『「復讐法」の適用を認める』→ 『新たに施行された』法律

    ・法の選択権者: 『息子を殺害された父親の天野義明』

    ・天野が設定した執行条件: 『息子がされたように四日間かけて刑を執行』する

    物語では法に則り、父親の天野義明が、四日間に渡って刑を執行していく場面が描かれていきます。これには、ただただ衝撃を受けました。そこには、上記もしましたが剣也の母親も登場し、『息子を許してやってください』と天野に土下座もします。一方で『勇敢な父親』、『息子の仇を討て』、『父親がんばれ』といったネットの書き込みが相次ぐという状況で物語は進行していきます。親が子を思う感情と、その一方で我が子を殺された感情、さらには生前の親子関係等々さまざまな感情に激しく揺れ動いていく天野の『復讐』実行の四日間。なんとも言えない感情が渦巻く中、うっ…という思いの中に読み終えたこの一編目の重さ。しかし、それはあくまで序章とも言えるものであり、二編目、三編目…と、小林さんは、読者が、まさか!と驚かざるをえない問題提起とも言えるシチュエーションをこれでもかと突きつけていきます。これを心揺れ動かさずに読み終えることができる人などこの世にいるのでしょうか?ということで、ここにさてさてのレビュー史上初の一言を書かせていただきます。

    “ここまでこのレビューを読んでくださったあなた!この作品は絶対に読むべき一冊です!ブクログにおけるさてさての存在意義にかけて絶対に後悔はさせません!キッパリ!”

    ここまで『復讐法』そのもの、およびそんな短編に登場する被害者遺族に焦点を当てる物語という方向性からこの作品を見てきました。しかし、この作品の全編を通しての主人公は、そんな被害者遺族ではないのです。そんな刑の執行を見守る『応報監察官』という役割をもった一人の女性・鳥谷文乃が活躍する姿を描いていくのです。そう、この作品は『応報監察官』の”お仕事小説”という側面も持っているのです。あなたは、『復讐法』という法律に基づく行為とはいえ、人が人に裁きを下す場、しかも『犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行』する場に立ち会うことを自身の職業とすることができるでしょうか?そんな場に立ち会えるでしょうか?刑を執行する者には『事前にジャージや丈の長いレインコートが支給され』ます。これは、『返り血』が自身の衣服にかからないようにするためです。そんな刑の元となる犯罪行為は、『右目は失明』『指の爪は全て剥がされ』『鼻の骨は折られ』『歯はペンチで抜かれ』…と壮絶極まりないものです。『応報監察官』は、その凄惨な刑が執行される場面に仕事として立ち会う必要があるのです。もう、レビューを書いているだけで気が狂いそうになってきました。『復讐法があったから救われた』と、言ってくれる執行者の一方で、『思い悩んで苦しむ執行者たちの姿も見てきた』という文乃は、『出会う人間によって、いつも心は激しく揺れ動く』という思いの中に日々を過ごします。それは、仕事が終わった後も文乃の頭から離れません。

    『眠りにつく前に、時々思い出す場面がある。思い悩みながら復讐する人々の姿、それを見守る自分の姿。これまでの私の生き方は間違っていなかったか、それらは正しかったと胸を張って言えるだろうか。もしもこの法が間違いだというならば、それは私自身の間違いに繋がる』。

    この世にはさまざまな職業があり、苦楽を簡単に判断できるものでは当然にありません。しかし、『応報監察官』という職業、私にはとても務まりそうにありません。文乃に感情移入すればするほどに吐き気を催すほどの嫌悪感に襲われました。

    『外の世界に出たら、応報室のことは忘れよう。そう努めても、様々な場面で思い出してしまう』。

    その仕事の過酷さを生々しく吐露する文乃。しかし、そんな文乃という人物が、一人の人間としての心を見せていくからこそ、この作品の強い説得力が生まれていきます。そして、そんな主人公・文乃視点で描かれるからこそ、文乃と共に物語が突きつけるさまざまな問いかけに読者も自問し続ける読書の時間がそこにあり、何が正解なのか、読者自身に突きつけられた問題の大きさに打ち震える読後があるのだと思いました。

    『更生を願う人、復讐する人、罪を赦したいと思う人、自分の死をもって償う人。一体、何が正しいのだろう。一番正しい答え ー それはどこにあるのだろう』。

    『復讐法』が施行され、『応報監察官』として数々の執行現場を見守ってきた主人公・鳥谷文乃が苦悩する姿を一つの”お仕事小説”として描いたこの作品。そこには五つの短編それぞれの背景の元に罪を犯した人と、被害者遺族となり、そんな犯罪者に『復讐』を果たそうとする人たちの生々しい姿が描かれていました。リアルな背景設定にフィクションということを忘れて読み耽ることになるこの作品。『復讐法』の是非に読者の価値観や考え方が執拗に問われる瞬間の連続に、激しく心が揺さぶられ続けるこの作品。

    いったい何が正義で何が悪なのか、読めば読むほどにその解を求めて気が狂いそうにもなる壮絶極まりない絶品でした。


    P.S.この作品、正直凄いです!どうして本屋大賞の候補にならなかったのでしょうか?摩訶不思議です…。

    • shintak5555さん
      小林由香さんに入られたんですね。笑笑
      しんどい題材が多いですよ。お楽しみ下さい。
      小林由香さんに入られたんですね。笑笑
      しんどい題材が多いですよ。お楽しみ下さい。
      2023/04/01
    • さてさてさん
      shintak5555さん、こんにちは!
      まだ、どこにも宣言を書いていないんですが、女性作家さん100人並行読みをするという目標を昨年にこ...
      shintak5555さん、こんにちは!
      まだ、どこにも宣言を書いていないんですが、女性作家さん100人並行読みをするという目標を昨年にこっそり決めました。なので、読んだことのない作家さんを手当たり次第(笑)に読んでいます。知らなかった世界が色々見れてとても面白いです。小林由香さんは、確かに”しんどい題材”が多いですね。でも、一方で、とても新鮮です!楽しく読んでいきたいと思います。ありがとうございます!
      2023/04/01
  • これは非常に小説として興味深いし、だれもが考えさせられるもの凄い作品だ。
    本書は2016年に刊行された小林由香氏のデビュー作品。
    これがデビュー作品だということで、とてつもない才能を感じさせる。
    もちろん、デビュー作なので、登場人物のセリフや文章の書きぶりなど粗削りなところもあるが、そんなことを全く吹き飛ばすほど、小説作品としてのアイディアと読者の心を揺さぶるストーリーに満ち溢れた傑作である。

    本作の舞台は極々近い将来の日本。
    凶悪犯罪の急増に対処するため日本政府は、加害者に対し被害者遺族らによる直接の復讐を可能にした『復讐法』を成立させた。

    理不尽な犯罪により命を奪われた被害者遺族は、加害者が有罪になった際、従来の刑法による処罰と『復讐法』による自ら直接加害者に対する『処罰』を行うことができる制度のどちらかを選ぶことができる。

    『復讐法』による『処罰』の方法は被害者が殺されたものと『同様の手段』で被害者遺族らが直接手を下す。
    この物語の主人公は、被害者遺族による『処罰』を見届ける役目を負う『応報監察官』である元受刑者更生施設の職員・鳥谷文乃(とりたにあやの)。彼女の目から見た5件の壮絶な物語が収録されている短編集である。

    1話『サイレン』
    16歳の息子が若者集団にリンチで殺された事件。主犯の19歳の少年に対して、殺された少年の父親が『復讐法』で『処罰』を執行する。

    2話『ボーダー』
    祖母を刃物で刺し殺した孫である14歳の女の子が被執行者。彼女の実の母親が『復讐法』を選択する。

    3話『アンカー』
    27歳の精神異常の男性による無差別殺傷事件。彼に殺された3人の男女の遺族が『復讐法』を選択するか、心神喪失者による犯罪ということで『無罪』を受け入れるかを思い悩む。

    4話『フェイク』
    67歳の霊能力預言者の女性が、正当防衛で殺害してしまったと主張する彼女に子供を殺された母親が執行者。母親は霊能力者であれば事件を回避できたはずと主張する。

    5話『ジャッジメント』
    内縁の夫(32)と母親(31)が被執行者。彼らにより児童虐待(ネグレクト)で妹を失った母親の実の息子である10歳の兄が執行者。

    どの話も今の日本ではすぐに想像できるような事件ばかりであるし、似たような事件がすぐに思い浮かぶ。
    そのような中でもし自分の愛する者が理不尽に命を奪われ
      「もし自分の手で犯人に復讐できたら・・・・・・」
    とだれもが小説の登場人物たちの境遇と自らを重ねてしまうようなシチュエーションばかりだ。
    しかしながら、本作は被害者遺族が単に犯人に残虐な方法で復讐するというスプラッター的な話ではもちろんない。
    どの物語にも複雑な人間模様が隠され、執行者と被執行者との心のやりとりが鳥谷文乃の目を通じて壮絶に描かれる。

    何故、どんな国にも『刑罰』は法律として存在しているのであろうか?
    それは私刑を防ぐために他ならない。
    だれでも聞いたことはあるだろうが、刑法の元祖である『目には目を、歯には歯を』は紀元前18世紀のハンムラビ法典に記された刑罰の方法である。
    犯罪者には自らが犯した罪と同等の罰を与えるとう考え方は古代の世界から存在していた。

    『復讐』というのは、それこそ人間の歴史が始まって以来から存在し、それをある一定のルールで定めているのが法律であるが、それを国家権力によって、被害者遺族自らに、自らの手によって執行させる。
    しかも、被執行者が覚醒している状態でであるということころが、本書のミソである。

    これと若干似たようなシチュエーションの小説に『コンビニ人間』で芥川賞受賞した鬼才・村田沙耶香の描いた10人子供を産めば1人だれでもすきな人間を殺すことができるという世界を描いた『殺人出産』という小説があるが、この『殺人出産』の場合、殺害対象者になった者は国家権力により強制的に拘束され、睡眠薬で眠らされ、眠っている状態で殺害者により殺される。
    殺害対象者は眠っているのでもちろん抵抗はできず、殺害者は自由に好きな方法で殺すことができるのである。

    一方、本書の場合、相手は手錠、足かせ等はされており、抵抗はできないものの、覚醒している状態であり、言葉もしゃべることができる。
    このような状況で極悪犯罪者への刑罰とは言え、ごく普通の一般人である被害者遺族が刑を『執行』するのは、もはやそちらのほうが拷問であるのではないかと感じられる状況である。

    話は少しそれるが、人間の身体というものは意外と頑丈なもので、簡単には死なないようにできている。
    はっきり言えば、ナイフを背中に突き立てたり、金属バットで頭を一度殴ったりしたくらいでは、映画やテレビのように簡単に即死したりしないのである。

    よくテレビのニュースなので、殺人事件を報道する際、「被害者は10数か所刃物で刺されており、犯人は被害者に対し、強烈な殺意を持っており、怨恨の事件の可能性が高い」などという文言が使われたりすることがあるが、ある法医学者の書いたモノの本によると、
      『人を殺す際に「心臓一突きで殺す」などというのは、よほどの殺人のプロでもなければまず不可能だ』
    という。
    素人が人を殺そうとする場合、相手に刃物を刺す際には手元が狂ってしまい、狙い通りに刺せないのが当たり前であるし、相手だって抵抗するのであるから、結果として被害者の身体には何十か所も傷があるほうが普通なのだ。
    よって、犯人に強い怨恨があろうとなかろうと、結果として遺体の状況は同じ場合が多いのだ。
    つまり、刃物を使って人を刺し殺すというのは物理的にも大変なことであり、まして受刑者である犯人だって、「痛みで泣き叫ぶ、命乞いをする、涙を流して謝る」というような状況ではいくら『犯人憎し』の思いが強い被害者遺族であろうと、精神的ダメージは計り知れないのである。
    だからこそ、そういった肉体的精神的負担を被害者遺族に負わせないために、被害者遺族に代わって国家が刑罰として被告人に対し刑を執行するのであるが、まあ、そこは小説として国家権力に「代替え執行」させるよりも、被害者遺族に「執行」させた方がより人間ドラマが発生するのは間違いないので、そういう設定にしたのだろう。
    現実ではあり得ないが、間違いなくこちらの方が興味深い物語になる。

    本作は第33回小説推理新人賞受賞作品であり、著者渾身のデビュー作でもある。
    壮絶なヒューマンドラマを愉しみたい方は、是非とも手に取ってもらいたい一冊だ。

    • まことさん
      kazzu008さん。おはようございます。

      このレビュー、とても丁寧で完成度が高いですね。
      またもや、おせっかいですが、試しに一度1...
      kazzu008さん。おはようございます。

      このレビュー、とても丁寧で完成度が高いですね。
      またもや、おせっかいですが、試しに一度1月の桜庭一樹さんの講座に、このレビューを提出されてみてはいかがですか。
      今、オンラインで全国どこからでも参加しやすくなっていますし、桜庭さんは書評や読書日記もたくさん書かれていらっしゃるので、チャンスかと思います。
      池上先生は、毎年2月に次年度の講師の人選をするみたいですので、村田さんの名前の入ったこのレビューを提出されれば印象深いかと思います。他に、桜庭さんの読書傾向を調べて2、3本組み合わせて提出されてみてはどうでしょう。

      ただのおせっかいですので、コメントのお返事はなくて大丈夫です(*^^*)
      2020/11/04
  • 近未来、凶悪犯罪が増加する中で、新しい法律が制定された。
    『復讐法』と呼ばれるその法律は、目には目を歯には歯を、という趣旨で、被害者遺族が犯罪者に復讐するという...

    ・サイレン
    ・ボーダー
    ・アンカー
    ・フェイク
    ・ジャッジメント
    の5篇

    人が人を裁くことの難しさ、人を赦すこと、自分を赦すこと、それぞれのテーマ毎に、苦しみと悲しみが描かれます。
    なかなか難しいテーマですね。

  • 読みやい文章だった。考えさせられたストーリーだったな。読む前までは絶対復讐してやる!そうゆう風になればいいのに!くらい思ってたけど、そうじゃない事に気付かされた。でも読み終わっても復讐反対!とは言い切れないくらいもっと深いお話だったのかな。

  • 小林由香『ジャッジメント』双葉文庫。

    著者のデビュー作らしい。犯罪者への刑執行の代わりに被害者遺族が復讐する権利を保証する『復讐法』を巡る物語。はっきり言って期待外れ。

    メッセージ性の強い作品にしようという意図は伝わるものの、結局のところ何を伝えたかったのか……最近、増加しているように感じる凶悪事件と人間の本質について考えるきっかけにはなったのだが……

    本作を読み、人間の本質について考えたことは次の通り。

    最近、テレビや新聞で伝えられる凶悪事件を見ると人間の本質は悪なのではないかと思うようになった。昔は性善説を信じていたのだが、最近は人間というものが全く信じられない。日本はいつの間にか、いつ他人に刃物で切りつけられ、いつ駅のホームから突き落とされるのではと常に気にしなければならぬ国になってしまったのだ。気にしなければならないのは、こうした物理的な命の危険だけではない。突然あらぬ噂を立てられたり、信じていた人間に裏切られたり、昔なら大したことのない言動がセクハラやパワハラ、差別と言われ兼ねない恐ろしい国になってしまったのだ。思うに権利や自由といった言葉の幻想が、昔なら非常識だったことが一夜にして常識や正論へと変えてしまったことで、悪と善の境界線が曖昧になってしまったのではなかろうか。

  • 復讐法とは、犯人が被害者に対して行った暴力・加虐行為と同じ内容を刑罰として被害者、またはそれに準ずる者が自ら執行することを認めるもの。裁判によって適用が認められた場合、被害者、またはそれに準ずる者は「法の選択権利者」として旧来の法に基づく刑罰か、復讐法による刑罰を執行するかを選択することができる。

    今作の主人公、鳥谷は刑の執行を見届ける応報監察官。見届けて、報告して、また見届ける。凶悪犯罪が減るように、というのが応報監察官の目指す場所というが果たして抑制出来ているのだろうか。そして被害者たちを新たに苦しめる一つになってはいないだろうかと鳥谷自身も苦しむ姿に胸が痛かった。
    刑務官も、大変な孤独な仕事なのだろう。ただただ幸せな私生活を送っていてほしい。
    自分を、家族を、苦しめた犯人を私は私の手で同じように苦しめられるだろうか。周りに殺された人間もいない、もちろん殺したこともないから、その時どんな感情になるかどうか想像もつかない。想像もつかないほど憎み、悲しく寂しいのだろう。「目には目を、歯に歯を」とは昔からあるものだが、そう思えるのは他人事の事件だけなのか?今の私には復讐法は選べない。選ばないのではない、選べないのだ。怖い。どんなに憎い相手でも人を殺すという行為が、そしてまたその憎い相手と同類の人間になってしまいそうで。
    愉快犯に息子が殺された父親、祖母を殺した娘の実母、復讐法に反対していた婚約者を殺された男性、霊能力者によって息子を殺された母親、虐待により妹を失った兄。
    誰もがそれぞれの過去と今があって、これからがある。亡くなった人間の未来だけがない。その事実が怖くて悲しくて辛かった。あまりにも苦しい。耐えきれず刑執行者が自殺することも多いと。
    事件の内容は日本でよく聞く痛ましいものばかり。今の日本に復讐法が存在するならば、適用される事件は何で、何人の人間が復讐法を選び、執行し執行されるのだろう。


  • 最終話のジャッジメントを読み終えて、
    二の腕には鳥肌が立ち、背中は粟田って
    身震いし、言葉では言い尽くしきれない
    さまざまな感情に心が震えました。

    第1章 サイレン
    第2章 ボーダー
    第3章 アンカー
    第4章 フェイク
    第5章 ジャッジメント

    凶悪な犯罪に対し法改正で“復讐法“が生まれ、
    被害者側が加害者へ合法的に復讐することが
    認められるように変わった時代。

    ただし、復讐の執行は被害者側が自らの手で
    行い、かつ被害者が受けたことと同じことを
    加害者に対して応報する。

    大切な人を失った悲しみ、怒り、後悔、
    憤り、喪失感、虚無感、やり場のない
    さまざまな感情を抱えて思い悩む被害者と
    関係の深い人たち。

    大切な人を失ったとき、法に則って加害者に
    復讐ができるとして実際に実行できるのか。
    同じ痛みを相手に仕返しし、命を奪えば、
    被害者の無念を晴らせるのか。
    失った悲しみを乗り越えられるのか。

    とても深いテーマでした。

  • 話の構成だったり、文章だったりは巧いと感じたのだけど、全体を通してみると、物足りなさが残りました。

    凶悪な殺人事件の犯人に対し被害者遺族が、被害者が殺されたのと同じ方法で合法的に刑を下す権利を与えるのが「復讐法」
    この復讐法を選ぶか、あるいは拒否するかは被害者遺族の選択によって決められます。その法の運用を管理する、応報観察官の女性が語り手の連作短編。

    第三章の「アンカー」は、この設定を生かした秀作だったと思います。
    復讐の権利を持った三人の被害者遺族や関係者。復讐法を実行するか、否か。それぞれの復讐に際しての揺れる思いを描くとともに、それぞれの抱えていた故人への思いが徐々に見えてきて読み応えがありました。そして、身勝手な正義心を振りかざす世間の声についても、思わされます。

    復讐法うんぬんを置いて、刑のあり方であったり、凄惨な事件に対しての自分の立ち位置であったりを何となく考えさせられる話で、印象的でした。

    個人的には全編通じて、こうした遺族の思いをもっとフォーカスして欲しかったです。
    親子関係、虐待、ネグレクト、カルトと各編でテーマが入り乱れ、なおかつミステリ的な解決を入れ込むと、どうしても話のテーマが表層的な部分で終わってしまうような印象を受けてしまいます。
    巧いのは間違いないのだけど、一方テーマに対する熱が弱く感じるというか、浅い雰囲気があるというか。

    犯罪と復讐がテーマのミステリは、個人的に関心が深いし、傑作もたくさんあると思うので、それらと比較すると、浅さを余計に感じてしまいました。

    復讐法の理念については置いておくとしても、それを執行するための実務的な部分が雑な印象。
    第1章の「サイレン」の結末は、なぜこんな法律を通しているのに、こんなことが最後に起こるような警備体制なのか、と疑問に思うし、
    第5章の表題作「ジャッジメント」も不測の事態が起こることを想定していないのか、と感じてしまいます。

    また子どもに復讐法を実行させているのも、現実的な面や、子どもの情操面を考えると、まったくリアリティが感じられませんでした。そこを無視してまで、復讐法を成立させる説得力を、作中からは感じられません。

    話の劇的さやミステリを成立させるために、そうしたところをおざなりにしているように見えたのも、印象としては良くなかった。
    「復讐法」が、物語の中の活きた制度というよりも、物語を成立させるための、設定にしかなっていないように思えてしまいます。

    あとは、復讐法の観察官についても掘り下げて欲しかったです。事件の直接的な関係者ではないものの、行政の人間として様々な復讐と、遺族の思いに直接対することになる語り手の鳥谷ですが、彼女の視点って、他の小説ではなかなかないものだと思います。

    だからこそ彼女の心情や立ち位置が曖昧だったのも、物足りなかったし、もったいなく感じました。第三者視点での、復讐の是非や刑のあり方、遺族への寄り添い方など、もっと描いてほしかった。

    彼女の上司もいわくありげな雰囲気で、彼もどこかで話に絡んでくるのかと思ったら、そういうこともなく、そこもすかされた感じがします。

    この二人がなぜこの職に就いたのか。着任当初はどう思い、今は復讐や、刑の在り方についてどう感じているのか。特に上司は鳥谷に命じる時、何を思っているのか。

    こうしたところをそれぞれ一章分を使って描く。あるいは連作短編として話全体で徐々に描いていれば、自分の中でのこの小説の評価は、全く変わったようにも思います。観察官の視点や心情が、最も他の小説と差別化できそうなポイントなのに、そこが曖昧なのが、とにかく残念でした。

    総じて技巧的な部分は申し分なかったとは思うのですが、犯罪と復讐というテーマに対しての軸がいまいち見えてこなかったのと、設定の詰めの甘さ、鳥谷の心情の見えなさが最後まで引っかかってしまいました。

    第33回小説推理新人賞

  • うーーーーん。

    この本を紹介されて、どんな復讐を選ぶのか。そんなこと言っても復讐するって相当の覚悟が必要だから本当にできるのかって思いながら読みました

    個人的には、復讐には反対です
    もし、私が殺されたとしても、家族には絶対に復讐なんてして欲しくない。殺した相手と、同じ立場になって欲しくない
    逆は?と聞かれても、私の大事な人を殺した人を同じ様に殺そうとは、私には思えないでしょう
    そうしたって、その人は帰っては来ない。悲しくて辛くて赦せなくても、生きることに意味がもてなくても。

    結局復讐なんて、悲しみしか生まない

    赦す、ということの意味を問われている気もします。相手を殺さないという判断をしたからといって赦すわけじゃない。赦すって難しい

  • 先日の福岡出張の帰り、空港で友人が
    くれた文庫。どうやら既に読んでいた本を買ってしま
    ったらしい(^^;)。ということで軽く読み始めたのだが、
    そんな気持ちで読むべき本ではなかった・・・。

    20XX年、「復讐法」が成立した日本が舞台。復讐法と
    は「犯罪者から受けた被害内容を合法的に刑罰として
    執行できる権利」。裁判でこの法の適用が認められた
    場合、被害者(またはそれに準ずる者)は旧来の法に
    基づく判決か復讐法かを選べる。ただし、復讐法を選
    んだ者は、「自らの手」で刑を執行しなければならな
    い・・・。

    連作短編の体。
    復讐法執行権利者として登場するのは、息子を惨殺さ
    れた父親、自らの母親を娘に殺された女、通り魔に近
    しい人たちを殺された複数の被害者たち、一人息子を
    著名な霊能者に殺された母親、両親に妹を餓死させら
    れた兄。どのケースも一筋縄ではいかないのは勿論だ
    が、何よりも復讐法執行・・・つまり仇討ちを決意し、
    合法とは言え「殺人」を犯そうとしている人たちの心
    の葛藤があまりにリアル。

    自分がもし「復讐法」実行の権利を与えられたら、と
    いう事態を想像せざるを得ない内容。故に読後感もサ
    イアクだし、読み終わった後に長い間どんよりした気
    分が残る。ただ、これは読んでおくべき本だ、と思っ
    たのも紛れもない事実である。

    小林由香はコレがデビュー作らしい。処女作でこんな
    凄いモノを書いてしまったら、後が本当に大変な気が
    するなぁ・・・。

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著者プロフィール

1976年長野県生まれ。11年「ジャッジメント」で第33回小説推理新人賞を受賞。2016年、同作で単行本デビュー。他の著書に『罪人が祈るとき』『救いの森』がある。

「2020年 『イノセンス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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