文豪怪奇コレクション 恐怖と哀愁の内田百閒 (双葉文庫)

著者 :
制作 : 東 雅夫 
  • 双葉社
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本棚登録 : 150
感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575524703

作品紹介・あらすじ

夏目漱石、江戸川乱歩に続く、〈文豪怪奇コレクション〉の第三弾。漱石に学び、芥川龍之介と親交を結び、三島由紀夫らにより絶讃された、天性の文人・内田百鬼園。日本語の粋を極めたその文学世界は、幻想文学の一極北として、今もなお多くの読者を魅了してやまない。史上最恐の怪談作家が遺した、いちばん怖い話のアンソロジー。幽暗な魅力にあふれる百閒幻想文学の作品が満載の一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 文豪の書く「怖い話」読んだことある? 夏目漱石、江戸川乱歩、内田百間、泉鏡花の「怖い話」を集めた各作家のアンソロジーが誕生! 『文豪怪奇コレクション』|注目の一冊|COLORFUL
    https://colorful.futabanet.jp/articles/-/1137

    株式会社双葉社|文豪怪奇コレクション 恐怖と哀愁の内田百閒|ISBN:978-4-575-52470-3
    https://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-52470-3.html

  • 15年ほど前の大学生当時、ちくま文庫の集成でほとんど読んだはずだけど。
    その後正月に帰省した実家で読み返す率ナンバーワンは内田百閒だったが、その対象は代表的な幻想小説と、むしろ「間抜けの実在に関する文献」や「阿呆列車」シリーズだった。
    久しぶりにまとめて百閒怪談に触れたわけだが、これは改めていい読書ができた。
    なんといってもパニック発作を経験して、百閒のいわゆる心臓神経症の恐怖を、別の形で経験できたのは大きい。
    また金縛り、身体に澱が溜まる不快感、性的不義の臭い、身内の死など、中年以降のいわば下り坂の経験が、百閒を読むのに有意義だったとも判った。
    また、「悪い夢日記」を書けばいいんじゃないのという意見を容易に退ける、圧倒的な文体芸を味わえるようになったのも、この年ゆえか。
    こりゃ読書はやめられんわ。百閒に限らず。
    大江健三郎が言っていた「リリーディング」の時期に踏み込みつつあるのかしらん。

     ■とおぼえ ……私が怖がっている、と見せておいて、亭主が私の正体を察知して怖がっている、と見せておいて、その私の怖がりは嘘じゃないけどそういうんなら墓地へ帰ろうかという飄々ぶりは「件」にも通じる。恐いとも可愛いとも感じる。
     ■映像 ……百閒自身は心臓神経症と書いていたが、強迫神経症・不安障害・パニック障害の恐怖を描けば、こう。私=他者という点で、精神分析の題材としてもよい。なんとなく「エルム街の悪夢」も連想。
     ■サラサーテの盤 ……鈴木清純「ツィゴイネルワイゼン」はいずれ見返したい。どこもかしこも不義の臭いぷんぷん。こんなにエロチックだったっけか。
     ■梟林記(きょうりんき) ……9月12日のことを思い出した、11月10日のことを、時間を前後させながら記述していく。勝手な連想だがアラン・ロブ=グリエのヌーヴォー・ロマンっぽい繰り返しの語り。フクロウはあまり関係ないが、蛇の形の雲、大きな鳥、雀と鶸、とこっそり動物づくしでもある。これまたフロイトに解釈を頼みたい。
     ■青炎抄 かかわりのない五篇。
     (一 夕月) ……不義の臭い。後半は金縛りのときに見る夢のよう。
     (二 桑屋敷) ……血まみれで黒髪の図像が怖いのではなく、意思の疎通が図れない狂気こそが怖い。この連想はあながち間違いではないと思うがヘンリー・ジェイムズ「ねじの回転」および映画版ジャック・クレイトン監督を思い出した。
     (三 二本榎) ……これまた金縛りふう。やや饒舌な語りが八割なので乱歩っぽくもある。いい漫画みっけ。https://note.com/kumarinee/n/n4f9b7023d2e1
     (四 花柘榴) ……妻子が留守に新しく雇った下女。はっきりと不義の臭い。と危ぶんでいたら柘榴の枝にぶら下がるのは。谷崎・乱歩・夢野久作にあってもいい題材を、こんな味で描かれるのは、やはり文体自体が怖いということか。
     (五 橙色の燈火) ……自分の葬式に立ち会った?
     ■昇天 ……15年前の私に強くインプレスした一篇だが、今読み返すと驚くほどシンプル。むしろ隙間が多いというか、妄想を呼び込む文体というか。いずれにしてもおれいや耶蘇の病院が私の心に住み着いて、離れなかったし、今後もそうだろう。忘れていたが、なんでもちくま文庫「集成3」に「笑顔――「昇天」補遺」という文章があるらしい。百閒の、フィクションを書くようにして自分の経験を題材にしていたというパターンか。このパターンを経ると逆にのんびりエッセイに不吉が忍び入ってしまう、たとえば阿呆列車の窓硝子が「映像」の鏡に見えてしまって、平常心ではいられなくなってしまい困るのだが。
     ■遊就館(ゆうしゅうかん) ……遊就館といえば靖国や特攻などと連想が働きかかねないが、初出は1929年なので関係なし。ぷんぷん漂う戦死の臭いを散らすのは難しいけど、むしろ殺人の連鎖を読むべきか?
     ■影 ……知らぬ間に自分が災禍を撒き散らしていたと判る。視点人物の静かな苛立ちと、周囲の不幸が、知らぬ間に連動している。巧みな短編。
     ■亀鳴くや ……何度も読み返している。印象深い。怖いを経た哀悼の切実さ。
     ■枇杷の葉 ……女の猥褻感が凄い。
     ■雲の脚 ……白い雲の脚と白兎が重なるが、「どうか召し上がって下さい」という一言やズレた会話が嫌な感じ。
     ■ゆうべの雲 ……またもズレた感じの二人に勝手に家に入られるのはつらい。そしていきなり耳を触られる、ギョッとする。女が単独で猥褻なのではなく、彼女を三本目と呼ぶ男とセットで迫ってくるので、より凄みがある。
     ■狭莚(さむしろ) ……これはアンソロジーの妙だと思うが、連続してけだもの尽くし。
     ■由比駅 ……けだもの虐待記憶の極致のようなホラー。とりとめのなさが怖い。
     ■菅田庵の狐ー松江阿房列車(抄) ……島根の出雲や松江だから神様に遭ったということか。確か阿房列車の後半に行くほど幻想が加味されていった憶えがある。
     □編者解説 ……長さと繰り返しと些事の積み重ねに着目。

  • 夢幻、怪奇譚など15編集めた短編集。全編にわたって重く淀んだ不穏な霧に包まれているかのよう。序盤の「とおぼえ」「映像」「サラサーテの盤」からぞっとするような恐怖を味わいました。作中には坂道、雨、風、といったものが多く登場しており、雨や風は身近な気象現象でありながら、百間が書くと異様に不気味な現象に思われて、恐怖感を煽る。坂道というのも、上り坂は向こう側が上らなければ何があるか見通せない、という意味で不穏だ。どの作品も絶品だが1番怖かったのは夜な夜な自分の顔が覗きにくる「映像」。

  • 今までいろいろ怪談モノ読んできましたが、この本が一番読んでる最中にゾワゾワとしてくると言いますか、読者のメンタルが不安定になっていくような恐怖を感じさせてくれて、とても面白かった。

    目が覚めた後に振り返ると理論の展開がおかしいことに気づく夢物語と言えばいいか……夢を見ている最中は変な展開になってもそれが「正常」として進んでいく奇妙さ。その世界の中に素面で放り込まれたような恐怖感――といった感じで。描かれてる世界が、現実なのか夢日記なのかわからない不穏さがたまらなくツボでした。

  • 何とも説明のつかないような不思議、怖い話のアンソロジー。

    芥川龍之介の話は、「怖い」ではないような…。
    「哀愁」の方か?
    「阿房列車」は不思議な話ではあるが、やっぱり「阿房列車らしさ」があって、なんだかくすっと笑える感じがある。

  • 不穏で不安で悪夢のような短編が幾つもおさめられている。文章が端正でとても好き。天気の表現だけで不穏さを醸し出せるところが凄いと思う。とおぼえ、サラサーテの盤、昇天、枇杷の葉が特に好きだった。

  • 一番最初の「とおぼえ」を読んだときに、ぞくぞくと肌がひりつくような世界観に一気に引き込まれた。
    特に好きだったのは「映像」。狂気が滲む不気味なラストは、いっそ美しいのかもしれない。

  • 正直話の意味はわからんよ、全然。でも、うっかり仰向けで寝てしまってうなされて目が覚めて、目が覚めたことに気づくまでの不安定で重くてとらえきれない感覚が、理性働いてる端正な文章で立ち上ってくるところが、まともじゃなくて好き。映像とゆうべの雲は普通に怖いよ…

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著者プロフィール

内田百閒(うちだ・ひゃっけん)1889―1970
岡山県生まれ。本名・栄造。15歳のときに親友・堀野寛と出会い、堀野を通じて読書の趣味に目覚める。翌年、夏目漱石の『吾輩は猫である』上篇を読み、漱石に傾倒。19歳のころには俳句熱が高まって、俳諧一夜会や苦渋会という句会を結成。岡山近郊の百間川から俳号を「百間」とした。1910年、東京帝国大学文科大学へ入学。翌年2月に、静養中だった漱石を訪ねる。漱石の面会日「漱石山房」に出席するようになり、小宮豊隆、津田青楓、森田草平、芥川龍之介、久米正雄などと知り合う。以後、陸軍士官学校や法政大学で教鞭をとる。1920年には、作曲家・筝曲家の宮城道雄に知遇を得て親交が続く。同年、幼少期より寵愛を受けてきた祖母の竹が死去。1922年、はじめての著作集『冥途』を稲門堂書店より刊行。翌年、関東大震災に遭い、『冥途』の印刷紙型を焼失してしまう。1933年に三笠書房から『百鬼園随筆』を刊行してから、『冥途』の再劂版や第二創作集『旅順入城式』(岩波書店)、『百鬼園俳句帖』(三笠書房)などを刊行。その他、『贋作吾輩は猫である』(新潮社)、『ノラや』(文藝春秋社)など多数の書籍、作品を発表する。1965年には、これまでの功績を評価され芸術会員に推薦されながらも「いやだから、いやだ」とそれを辞退。それからも『麗らかや』『残夢三昧』(いずれも三笠書房)などを著す。多くの名筆を世に刻み、1971年4月20日に逝去。

「2023年 『シュークリーム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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