- Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
- / ISBN・EAN: 9784596541062
感想・レビュー・書評
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ジャングルの中で異能親子がバトルを繰り広げるのかと思いましたが、沈み込むような心象風景を主に描いているので、思いのほか地味でしたが、その分読み応えありました。
母を誘拐して自分を産ませた父への愛憎と、沼地への憧憬と親しみ、家族への愛。普通とは何ぞや。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ある誘拐犯が脱走して
そのニュースを聞いた女は
「この犯人を止めることができるのは
自分だけだ」と思う。
彼女はその犯人に誘拐された女性から生まれ育てられた娘だった…
娘は父親の狩りを開始する。
読む前に期待していたのはディーヴァーの様なスリラーで、帯にも「衝撃の〜」とある。
読んでみると二つの場面が切り替わりながら進む
現在:誘拐犯の父親を狩る
過去:父母と生活していた頃
そして章の頭で物語のモチーフであるアンデルセンの「沼の王の娘」の一編が挟み込まれる。
ハラハラする要素はあるけど、過去の"生活"誘拐犯と誘拐の被害者の娘の奇妙な親子の関係性の描写が間に挟まることで、ぐいぐい引き込む速度のある物語というより、現在で起きている事件に対する深さ、暗さを濃くしていく物語になっていて
ちょっと期待していたのとは違った。
最近は立て続けに「あらすじを読むとエンタメ寄りかな?と思いきやそうでもない」が続いてる。
面白いと言うか、どうやったらこの登場人物の気持ちや設定を考えつくのか?と言うことばかりが気になった。
それくらい異常な状態で起こりそうな考え方、事態を描いている。
まだ、「奇妙な親子の話」と一言で片付ける様な整理がつかない。
映画化されたら観てみたい。 -
設定が凄すぎる。凶悪犯の父が刑務官二人を殺害の上脱獄した。娘は家族を避難させ、父を狩るために、原始の森へ帰ってゆく。かつて父に教えられ、父を超えた、あの狩りの技術を駆使して。そういう設定である。
12年前。ヒロインのヘレナは父に誘拐監禁された母とともに森の中の父による幽閉生活から脱出し、父は終身刑を課され重警備刑務所で獄中にあった。その父が脱獄したのだ。
ぼくとしてはワイルドなアメリカ・カナダ国境の山の奥で、父と娘の壮絶な闘いがずっと演じられる作品を思い描いていた。C・J・ボックスの『鷹の王』が描いたネイト・ロマノスキーの凄まじい闘いのように。サバイバル技術に長けていた映画『ランボー』のように。
しかしこの物語は、闘いに向かう現在よりも、むしろ、完璧に幽閉され、外の社会を全く知らずに育ち切ってしまったヘレナの過去に重心が置かれる。その特異性、独自性に物語の奥行きは存在し、その暗闇ゆえに、父娘の愛憎がもたらす、のっぴきならない底深さを、読者は否応なく思い知らされるのだ。
14歳の時に誘拐され、森の中のキャビンに幽閉され、そこで虐待され、レイプされ、子を産んだ。精神の底から100%の奴隷と化してしまった母。父から森と狩りの教育を施され、逞しく育ったヘレナ。ヘレナの一人称で語られる、独自で偏った過去と、現在がクロスしながら物語は進む。
時折カットバックされるのが、ヘレナが読んでいたとされるアンデルセン童話『沼の王の娘』からの抜粋。沼の王とは父のことであり、娘とはヘレナのこと。過去と現在の描写、そして童話の暗示するもの。三つの断章により語られるヘレナという人間像。父という男の暗闇の正体は、やはり過去の虐待にあったという。暴力の連鎖。汚れた血の系譜を断ち切るために暴力から非暴力へ。普通の暮らしへ。
全編、そんな幼き少女の悲鳴という圧力が充満した物語なので、読むほうも心してかかりたい難物、かつ重厚、そして確かな読みごたえを感じさせる大自然の描写。街を離れた完全自給自足生活。狩猟民族の系譜。力と頭脳の対決。愛と憎悪のひしめき。
本作は、ミステリの重鎮が多く獲得している名誉ある賞バリー賞の最優秀作品賞受賞の栄誉に輝いた。『一人だけの軍隊』(映画『ランボー』原作)の作者デイヴィッド・マレルからのエールもあったようで、作者は彼に、登場する猟犬の名ランボーの名を冠し、さらにあとがきでの謝意表明で応えている。
サイコ・サスペンスと言われてもいるが、ワイルドなサバイバル小説、あるいは懐かしい冒険小説のジャンル名も似合いそうな骨太な、否、骨太すぎる力作である。 -
ある女の子が沼地に誘拐された。彼女は誘拐した男の子を産み、育てた。
その女の子が主人公の母だ。
物語は、主人公の父親が刑務所から脱獄したというニュースを聞いたところから始まる。主人公は娘二人を持つ母親。夫も子供たちも、自分の父親が沼の王と呼ばれた犯罪者であることを知らない。
父親は自然の中で暮らすすべに長け、それを主人公に教えていた。
警察に任されていたら、父親を捕らえることはできない。捕らえることができるのは、私だ。主人公はそう決意する。
主人公の回想シーンと、父親を追跡する現在が混在するのだが。
主人公の一人称で語られる世界の情報の豊かさがすごい。かつてどのように暮らしていたのか、どう思っていたのか、世界がどう見えていたのか。ひとことひとことの言葉の積み重ねがしみる。
普段、映画や漫画で泣くことはあっても、小説では泣かない。
文字を読んで脳内で変換するからなのかなと思っていたが、ものすごい意外なシーンで涙が出たので驚いた。 -
拉致監禁犯の男とその被害者の間にできた子供の話。男から逃げ、大人になり、結婚し子供ができた後、父が脱獄してきた。
ヘレナと父との心理戦。ヘレナが父を追い詰める様子、沼での暮らしが交互に描かれ、緊迫した状況を作り出す。沼での子供時代を通して、ヘレナがどうして今のヘレナになったかが、わかる。
父の行動を読む娘、娘の行動を読む父、追い詰めるところ、追い詰められるところはかなり白熱していて、ハラハラしっぱなしだった。 -
挿入話のアンデルセン童話「沼の王の娘」は、アンデルセンらしく一癖も二癖も読みようによって変わる、およそ“童話”らしくない物語。
その物語を副旋律として作家は現代の問題点を「束縛という最強の暴力の中から生まれた娘」の話を創作した。
ネイティブアメリカンのような生活を描き、あたかもアイデンティティの相違を理由としているように見えても、実は一人の男のエゴから生まれた悲劇であることを描き忘れてはいない。
生まれた娘は、与えられた環境の中でしか判断できないことから当然に善悪の理解は世間と相違する。前半の「ふりかえり」は、そういった意味からとても重要な悲劇の描写。
物語の後半に入り、大切な家族を持ったことで新たな感情が生まれ、父に対して毅然として対峙するさまが、前半とのギャップを生み出して、読者に深い感情を覚えさせる。
自らの出生の境遇に対し、周囲の目と自らの感情を消化し、社会で自立していくことがいかに難しい事か。
人が人を束縛するという現代社会の問題が加わったことで、「ジャングルブック」など異質の世界で育った子供の社会への順応を描いた物語などとは、一線を隔すことになった。
これは、すぐれたテーマを持った作品だと、私は思う。 -
サスペンスやサバイバル成分は期待どおり。そこへさらに、期待以上のドラマが加わる。
設定もキャラクターもかなり特異だが、作品内リアリティの構築に成功しており、違和感を覚えることなく没入して読める。この主人公の一人称で物語を書ききった作者の力量はすさまじい。
他レビューもほとんどが褒めているが、たまに酷評している者がいる。それが漏れなく男で、はなはだしきは「父娘シリアルキラーの死闘が見たかったのに、甘ったるいロマンティシズムばかりで読む価値ない。内容が無い」などと言っていたりするのには失笑を禁じえなかった。
殺害、強姦、共喰い、死闘ならば、他の生物もする。人間にしかなしえないこと、それが「思考」「共感」ではないだろうか。間違いなく女性が男に優越するがゆえに、きわめて「女性的」なそれらの能力をことさら貶め、無価値なものとする。過去の物事と感情に思いを馳せることを「くだらぬこと」とし、殺害や強姦に長けることを「優れている」と恣意的に決めつけたならば、そりゃ「オンナはしょーもないことしかしない・できない、男には絶対に敵わない劣等種」となるであろう。
そうしてできあがったのが、血と涙にまみれたこの地獄社会であるならば、いいかげん「男の論理」とは訣別——いや、そのようなくだらないものは捨て去るべき時が来たのではないだろうか。
2019/10/18〜10/19読了 -
ドラマチックな設定も綿密な現実味をもって書くとこんなにも地味になるのか。
エンタメ的なスリリングを味わおうとすると肩透かしかもしれないが、ドキュメンタリー(フィクションだけど)のつもりで読めばいいかも。
主人公が父親に抱く複雑な愛憎の動きはとてもよかった。
ただ、結局は二人の間でしか通い合わない特殊な関係性のなかでの心の動きなので、口出しできない話を興味本意で聞き始めてしまった時の緊張感ばかり残った。 -
アメリカの原野の沼地で育つ少女の話とそのサイコ父との戦いの話。一気読みできた。