ミトコンドリアが進化を決めた

  • みすず書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (524ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622073406

作品紹介・あらすじ

生命進化を「操る」したたかなミトコンドリアの論理を手がかりとして、生命の起源から人類の現在までの40億年を語り切ってしまうダイナミックな科学書。われわれヒトを含むすべての真核生物の誕生を可能にしたのは、ミトコンドリアの内部共生という進化史上の特異事象だった。以来、多細胞化や、複雑な形態など生物の際立った特徴が、内部共生体ミトコンドリアとその宿主である細胞の、ほかに類例のない進化戦略の結果として生じてきたといえる。さらに著者は周到な議論によって、生命の起源、性の起源、老化の原因など、進化の主要な問題にミトコンドリアが果たす決定的な役割を明らかにする。

感想・レビュー・書評

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  • これまで読んだ本の中でも最も難しい本のひとつであることは間違いない。読み応えがある、というレベルを超えている。それにも関わらず、先を読まないといけない、と思わせる力をこの本は持っている。生命の起源の真実がまさしくこの先にあるよ、と魅惑的に誘ってからだ。DNAによるセントラルドグマだけでは説明できない生命のミッシングリンクを、ミトコンドリアの論理と物語が埋めてくれるように思わせぶりなしぐさで語る。

    原題は"Power, Sex, Suicide - Mitochondria and the Meaning of Life"。すごいタイトルだ。邦題も悪くないが、この原題は、生体が利用するエネルギー生成、有性生殖、老化と寿命、という重大な謎にミトコンドリアが深く関わっていることがストレートに表現されている。そしてタイトルの最後の"Meaning of Life" ― 生命の意味 ― は、著者がこの本の最後に持ってきた言葉でもある。突き詰めていうと、生命の意味の探求がこの本の目的と言ってもいいだろう。何よりも、性と老化というわれわれを悩ませるものの起源とメカニズムをその根源から解明しようとする意志を感じることができる。老化にいたっては著者が考えるいくつかの解決案まで提示されている。

    そもそも、これまでミトコンドリアについて学校で習ってきたのは、それが内側にひだをもった袋状のもので、エネルギー生成の源になっているということくらいだ。こんなにも生命にとって本質的なものだとは思わなかった。「ミトコンドリアのイブ」によって、その母系遺伝の性質が注目を浴びたこともあったが、ミトコンドリアはその有名な逸話よりももっと根源的な形でわれわれ生命というものを規定しているというのが本書で示されている命題だ。

    著者は冒頭で「ミトコンドリアは、開きかけた秘密の箱だ」(P.2)と告げる。多くの価値と意味がそこに詰まっているが、それが何であるかまだ完全には分かっていないが、いま分かりつつあるとことを本書で示している。そういったミトコンドリアの世界を著者は懇切丁寧に説明してくれている。それでも半分も理解できないのであるが、きっとそれは自分のせいなんだろうとくらいは思ってしまうくらい熱が入っている。著者だって「本書の一部は必然的に難解になった」とか、「細胞生物学の基礎は知っていることを前提とせざるをえなかった」とも言っている。自分もATP(アデノシン三リン酸)なんて基礎的な用語も高校時代の生物の授業で習ったかなとおぼろげに思い出したくらいだし、フリーラジカルや呼吸鎖と言われてもさっぱりわからなかった。ただ、そうした基礎的知識不足が理由で理解が困難であったとしても、この本は苦労をして読む価値があると断言できる。

    生物進化上において、ミトコンドリアのポジションを特別なものにしているのは、それが真核細胞の誕生を可能にしたからだ。真核生物の誕生は、細菌や古細菌からの大きな進化上のステップだ。どの真核生物もミトコンドリアを現在持つか、過去に持っていたという事実は、ミトコンドリアの獲得が生物進化の上でのたった一回の出来ごとだったということを示している。そのことから細菌がミトコンドリアを得て真核細胞となったのはあまりにも幸運で貴重な出来事であったと結論付けられる。
    そして、細菌がミトコンドリアを受け入れたそのとき、多細胞のコロニーとしての生命は有性生殖と老化と死を不可避的に受け入れることになったのだ。

    そのあたりのロジックは実際にこの本にあたってほしい。生命に関する科学的見解を、その生命のひとつであるもの ― われわれ人間 ― が理解しようとしているのは感慨深い。そして科学的知見をわれわれが総動員をした今でも、果たして生命の意味とは何なのだろうかというのは謎のままだ。その上で、われわれは著者の本書の最後に置かれた次のメッセージを真摯に受け止める必要がある。

    「ミトコンドリアは、なぜエネルギーを消費する温血動物が環境の足かせをかなぐり捨てて登場したのか、なぜわれわれが性の営みを行い、ふたつの性をもち、子をもうけるのか、なぜ恋愛をするのかを教えてくれる。そのうえ、この世で暮らす日々には限界があり、最後には年老いて死んでしまう理由も明らかにしてくれる。どうしたら晩年がより良いものになり、人を苦しめる悲惨な老化を食い止められるのかもわかる。生命の意味はわからなくても、せめてそのおぼろげな形はわかる。それがわからなければ、この世界でそもそも意味とは何だろう? 」

    せっかくそこにおぼろげなる形があり、その形を見せようとするものがあるのだから、それを見るようにするべきではないだろうか。ニック・レーンはもっと読まれるべきだと思う。

  • 「水素仮説」を知りたくて。
    ミトコンドリアに遺伝子が残っているのは呼吸の速度を制御するため…って話の説明が丁寧で、私でも理解できた。

    スケールメリットって、こと細菌に関しては(細胞膜でエネルギー生成する為。表面積は体積より増大の割合が小さい)適用外であることを学習した。更にそこから展開して、いわゆるジャンクDNAの存在意義まで説明可能とはビックリだ(あくまで一説だけど)。

    ただ、遺伝子移動については、ラチェットだって言ったり双方向が可能だって言ったりで「?」。そのせいでか、多細胞生物でアポトーシスが有性生殖をもたらした経緯がよく理解できなかった…( ̄▽ ̄;)。
    16章まで読んだところで返却期限になり、一旦返却したので集中力が切れた…ってのもあったかな。

  • 近著(といっても2016年だが)「生命、エネルギー、進化」以来、いつか読みたいと思っていた著者の代表作。すでにフリーラジカルや細胞代謝の分野で科学者としての研究成果を挙げていた著者が、科学著作家としても名声を得る端緒となった著作である。前掲近著においては本書のいくつかの知見が修正されている(たとえば、本書ではミトコンドリアが片親遺伝するメリットは細胞内でのミトコンドリア競合によるコスト増大を回避することにあるとされているが、前掲書では受精細胞間のミトコンドリアのばらつき増大による自然選択の容易さの説明に重点が移されている)が、その基礎となる細胞内共生説や化学浸透共益、細胞内代謝らの諸メカニズムが詳述されるとともに、ミトコンドリアが生物の生と死をいかに巧妙かつ精緻に支配しているかが明快に語られている。

    本書で示される通りミトコンドリアの生命に及ぼす影響は多岐に亘るが、個人的には害悪の典型と見做されがちなフリーラジカルについて、本書ではポジティブな役割が見出されている点に最もインスパイアされた。ミトコンドリア呼吸鎖における電子伝達の停滞が生じると、核DNAを介したアポトーシスを惹起するシグナルとしてフリーラジカルが生じるが、同じプロセスが呼吸鎖修復のシグナルとしても用いられるというのだ。つまりアポトーシスされる細胞と修復され存続する細胞の分かれ目はミトコンドリア代謝能の良否にかかっているといえ、いかにミトコンドリアが細胞の生死に深く関わっていることが理解できる。本来フリーラジカルを専門とする著者ならではの、対象に対する多面的で深い思索の賜物と言えよう。

    本書の議論は相当に込み入っており、読み進めるうちに次々に疑問が生じる。特にミトコンドリアの機能が真核細胞に及ぼすメリットについては同時にデメリットとなっていることが多いため(前述のフリーラジカルしかり)、一読してすんなりと腑におちる部分が少なく、理解にやや苦労した。それでもこの微細なミトコンドリア呼吸鎖が、マクロ的な生命活動に抜きがたい影響を持っていることの不思議さについては存分に味わうことができた。

  • 読み終わった,ミトコンドリアを中心とした分子生物学の解説本。 内容は・真核細胞にはなぜミトコンドリアが必ずあるのか? これは、細菌にα-プロテオバクテリアが寄生し、そのままの形が定着したからであるが、そう簡単には起こりそうにないことなのである(宿主側の細菌は嫌気性。α-プロテオバクテリアは好気性なため住む場所が全然違うため)。それを引き起こすいろいろな仮説(特に有力なのは水素仮説)を解説する。・細胞の作り出すエネルギーについて 呼吸とはなんだろうか。酸素がなくても困らない生物はたくさんいる。であるので、酸素を消費して二酸化炭素を出すことでないのは明らか。ではいったいどのようなものなのか。これを分子化学の観点から詳細に伝える・細菌は小さくて単純なのに、真核生物は複雑で大きいのか 細菌は、細胞壁を通して食べ物を外から入手することが出来ない。ところが真核生物ではそれができるため多くのエネルギー源の入手が可能である。また真核生物はミトコンドリアを持っているためエネルギー創出も可能である。このため細胞分裂という細胞にとってもっとも多大なエネルギーロスを、巨大なゲノムを保持したまま実行できる。ところが、細菌は巨大なゲノムを持つとこのロスが乗り越えられない。従って、細菌には、小さく、単純でありつづけるよう選択圧力がかかる・アポトーシスについて。 人の指は胎児のころ、繋がっている。生まれる前に、指の間の細胞が自殺(アポトーシス)を引き起こすことによって、指が形成される。個々の細胞から見ると自分を消滅させるような最悪な事柄が、全体最適に繋がる。なぜこのようなことが起こるのかを解説する。・なぜ有性生殖が必要なのか、もしくは存在するのか 生殖は、多種類のゲノムを入手するために必要である。しかし、2性の必然性は明らかではない。2性でなく、1性であるほうが生殖相手を発見するためには有利なように見える。また、多性であっても2性よりは有利なようにも思える。なぜ2性なのか?そこにはミトコンドリアの多大なる影響があるように推定されている。・なぜ生物は老いるのか 寿命についてよく言われるのは、代謝と寿命は反比例するということ。つまりねずみの寿命は人の数十分の一であるが、これはねずみの代謝の多さから説明できるというものである。ところが鳥にはこの説は通用しない。では、なぜか。さまざまな説があるらしいのだが、特に有力な説にもやはりミトコンドリアが複雑に絡み合う。 あまりにも、詳細で多岐にわたりヘビー級なため、読むのに骨が折れるが、非常に興味深い本である。この本の中で解説されている仮説が解明され、早く続編がでることを願う。

  • ミトコンドリア。それは複雑な真核生物に備わる細胞小器官の一つで、生体エネルギーのほぼすべてを生み出す重要なパーツであり、そしてその起源はかつて我々の祖先真核生物に取り込まれた自由生活性の細菌である。。。という従来の常識?を大幅にアップデートし、新たな生命進化の物語を語りきってしまう壮大な啓蒙科学書。ミトコンドリアは我々の”重要なパーツ”なのでは全くなく、我々(複雑な真核生物)の起源そのものであり、(もとは単純な細菌にもかかわらず)複雑な多細胞生物に進化するために必須な諸要素の源であり、我々の祖先が取り込んだのではなく“共生関係”からスタートしたという本。原始真核生物がミトコンドリアの祖先を取り込んではなく、我々はミトコンドリアの祖先と共生することが真核生物に進化する必要な条件であった。そしてその共生は生命の歴史の中でただ一度しか生じなかった稀有な出来事(その意味では生命の誕生と同等の意味を持つ)で、それがあったからこそ複雑な多細胞生物が進化できた。(細菌と古細菌は40億年その形態を変えておらず、小さく単純なままである。一方彼らに20億年遅れて誕生した真核生物は、複雑極まりないシステムを進化させている。なぜ細菌と古細菌はは40億年も元の形態を維持し、真核生物は絶えず形を変えて複雑化してきたのか。ということもエネルギーを鍵にして説明している。)そして、我々が複雑な多細胞生物に進化するために必要な諸要素がどのようにミトコンドリアから与えられたかも全く意外だが著者のスケールは大きいが緻密なロジックの組み立てにより非常に説得力を持った記述が展開される。その諸要素とはなんと(ご存知エネルギーに加え)有性生殖と死という我々の背負う運命そのものであるという事実は、分子生物学の本に哲学的な色合いをも付与している。

  • [ 内容 ]
    生命進化を「操る」したたかなミトコンドリアの論理を手がかりとして、生命の起源から人類の現在までの40億年を語り切ってしまうダイナミックな科学書。
    われわれヒトを含むすべての真核生物の誕生を可能にしたのは、ミトコンドリアの内部共生という進化史上の特異事象だった。
    以来、多細胞化や、複雑な形態など生物の際立った特徴が、内部共生体ミトコンドリアとその宿主である細胞の、ほかに類例のない進化戦略の結果として生じてきたといえる。
    さらに著者は周到な議論によって、生命の起源、性の起源、老化の原因など、進化の主要な問題にミトコンドリアが果たす決定的な役割を明らかにする。

    [ 目次 ]
    第1部 ホープフル・モンスター―真核細胞の起源
    第2部 生命力―プロトン・パワーと生命の起源
    第3部 内部取引―複雑さのもと
    第4部 べき乗則―サイズと、複雑さの上り坂
    第5部 殺人か自殺か―波乱に満ちた個体の誕生
    第6部 両性の闘い―先史時代の人類と、性の本質
    第7部 生命の時計―なぜミトコンドリアはついにはわれわれを殺すのか

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 3年かけてやっと読了した。テーマとしては面白く手に取ったのだが、専門的な本なので、完全に理解したとは言えない。よく理解できなかった用語が沢山あった。でも、何となく分かったような気がするところもある。
    生物にとっての様々な謎にミトコンドリアが深くかかわっているのだなということがよく分かった。

  • 沈黙の春に匹敵する生物学の名著。

  • 難しい~~~でもとても興味深い内容。ちょっとミトコンドリア関連の本を色々読んでみようかなぁ。

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著者プロフィール

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)遺伝・進化・環境部門、UCL Origins of Lifeプログラムリーダー。2015年、Biochemical Society Award(英国生化学会賞)を受賞。著書に、斉藤隆央訳『生命、エネルギー、進化』みすず書房2016、斉藤隆央訳『生命の跳躍』みすず書房2010、斉藤隆央訳『ミトコンドリアが進化を決めた』みすず書房2007、西田睦監訳、遠藤圭子訳『生と死の自然史――進化を統べる酸素』東海大学出版会2006、共著書にLife in the Frozen State, CRC Press, 2004がある。科学書作家としても高い評価を得ており、『生命の跳躍』は王立協会による2010年の科学書賞を受賞。

「2016年 『生命、エネルギー、進化』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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