映画はいつも「眺めのいい部屋」:政治学者のシネマ・エッセイ (叢書・知を究める 20)
- ミネルヴァ書房 (2022年3月29日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (276ページ)
- / ISBN・EAN: 9784623093946
作品紹介・あらすじ
本書は、映画をあまり見ていない読者ヘ向けて、政治との関わりを手掛かりに映画の楽しさと奥深さを伝える。新旧の映画を織り交ぜ、権力と反権力の関係、家族や宗教、そしてスポーツも含めた社会、日米の銀幕を彩ったエピソードから世界を見通す。国際政治学者だからこそ描ける世界感、とびきり痛快な映画論。
感想・レビュー・書評
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ミネルヴァ書房の月刊誌『究』に連載されていた、政治学者のシネマ・エッセイ。
テーマ別に、海外と日本の作品が比較されています。
わたしはふだんあまり映画を観ません。本書はむしろそうした映画をあまり観ない読者を対象としている、ためになる映画批評でした。
特に、ホロコーストを直接・間接に描いた映画に興味をひかれました。知っている/読んだことのある小説がたくさん映像化され、評価を得ていることも知りました。
政治だけでなく、人生や社会の悲哀、人間の内面的な脆さを描いた映画が紹介されていたのもよかったです。
p27
さて、イギリスでは一九世紀末から女性参政権運動が展開されていたが、その中でも過激で戦闘的な行動を取る集団は参政権を意味する「サフラッジ」から「サフラジェット」と呼ばれ、しばしばテロリスト扱いされた。
p31
ソクラテスやプラトン以来私たちは、“思考”をこう考えます。自分自身との静かな対話だと。人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。過去に例がないほど大規模な悪事をね。私は実際、この問題を哲学的に考えました。“思考の嵐”がもたらすのは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう。(岩波ホール発行のパンフレット収録のシナリオより)
p73
アメリカには、裁判を題材にした傑作映画が数多くある。映画学者の加藤幹郎氏によると、ハリウッドで一番息の長い人気サブジャンルはSFでも西部劇でもなく、裁判(法廷)映画だという。民主主義の宣伝効果があり、陪審制度(法廷の劇場性)があり、しかも、「見ること」という点で映画と法廷とに高い親和性があるからである。(加藤『映画とは何か-映画学講義』文遊社、二〇一五年、八七〜九〇頁)。裁判ほどではないが、刑務所ものも多い。何しろ、全米の収監者数は二一〇万人(二〇一八年)だから、刑務所もそれなりに身近な存在なのである。
p80
歴史上、多くのアイルランド人たちが大西洋を渡って、新天地アメリカにやって来た。一八世紀から二〇世紀までの総数は、実に七〇〇万人に達する。一八二〇年から一九〇〇年の間だけでも、その数は四〇〇万人にものぼったという。ビジネスにとって、顧客の数は命である。それゆえ、アイルランド移民の物語は、ハリウッドの好むテーマの一つであった。
p81
ハリウッドでユダヤ系が有力であることはよく知られるが、アイルランド系も存在感と団結力を示している。彼らはしばしば「エメラルド島(アイルランド)仲間」と呼ばれてきた。
p103
中国は日本の総人口を上回る高齢者を抱えており、あと数年で「高齢社会」に突入する。しかも、すでに労働力人口(一五〜五九歳)は急速に減少しつつある。二〇三〇年頃には、中国の国内総生産(GDP)はアメリカのそれを抜き、中国が世界一の経済大国になる勢いだが、それまでには中国の総人口は減少しはじめ、世界一の人口大国の地位をインドに奪われる。
p124
一九二〇年代と五〇年代、そして八〇年代は、いずれも保守優位の時代であった。
p140
ヘラクレス(英語では、ハーキュリーズと発音される)は神々の王ゼウスを父にもち、人間の母アルクメネから生まれた半神半人、デミゴッドである。彼は偉大な英雄になることを期待されて育つが、ゼウスの妻ヘラの嫉妬を受ける。ヘラクレスはテーバイの王女メガラと結婚するが、ヘラの策略で発狂し、わが子を殺し、メガラを自殺に追い込む。やがて正気を取り戻した彼は、罪を補うためにミュケーナイの王に仕えて、不死身のライオンとの死闘に始まり、黄泉の国の番犬で三つの頭をもつケルベロスの生け捕りに至るまで、実に様々な一二の難行に挑むことになる。そのため、「ヘラクレスの選択」とは、あえて困難を選ぶ意味となる。やがて、自由を取り戻すと、彼はアルゴ船に乗って巨人族と戦うなどの冒険を繰り広げる。だが、浮気が原因で、妻から渡された毒入りの衣服をまとってしまい、この不屈の英雄はついに炎の中に身を投じるのである。
つまり、ヘラクレスは半神半人ながら、家族殺しの原罪を背負い、数々の難業を乗り越えるが、非業の死を遂げた。彼は神の強さと人間の弱さを兼ね備えた人物である。数あるギリシア神話の中でも最も個性的なキャラクターの一人であり、映画には格好のテーマといえよう。
p184
「ローマ人への手紙」一二章一九節による。「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである」。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
本書のタイトルからして曖昧でよくわからないことから、取り上げる映画に対する分析も浅薄で一面的である(著者自身の言)ことは暗示的だった。
第1部権力と反権力は著者の本来の専攻の政治学の範疇に入るものだろうがそれさえ前言を払拭することはできないので,余は追って知るべしというところか。 -
【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/772235 -
第Ⅰ部 権力と反権力
第1章 権力の群像
1 映画の中の大統領
2 映画の中の君主たち
3 映画の中の三人のイギリス女性像
第2章 抵抗と犠牲者
1 映画の中のホロコースト
2 映画の中の文明と野蛮
3 映画の中の反政府運動指導者たち
第3章 権力と抵抗の狭間
1 映画の中の権力者と芸術家
2 映画の中の天才科学者
3 映画の中の裁判
第4章 小国の悲哀と輝き
1 映画の中のアイルランド
2 映画の中のキューバ
第Ⅱ部 映画の映し出す社会
第5章 家族の意味
1 映画の中の老人と老い
2 映画の中の不治の病
3 映画の中の親子
4 映画の中の執事と女中
5 映画の中の近親相姦
第6章 神話と聖書が著すもの
1 映画の中の神話
2 映画の中の聖書
第7章 スポーツに漲(みなぎ)るエネルギー
1 オリンピックと映画と政治
2 映画の中のスポーツ
第Ⅲ部 銀幕の裏表
第8章 日本映画烈々
1 熊井啓と戦後、冤罪
2 三國連太郎のことども
3 森雅之と市川雷蔵
4 高倉健と日米関係
第9章 ハリウッドの虚実
1 リメイク映画の愉しみ
2 米アカデミー賞の魅力
第10章 警世と夢想のSF映画
1 ゴジラ再来
2 『フランケンシュタイン』と『白鯨』
3 映画の中の近未来
4 SF映画今昔記