顔の考古学: 異形の精神史 (514) (歴史文化ライブラリー 514)

著者 :
  • 吉川弘文館
3.13
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感想 : 11
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784642059145

作品紹介・あらすじ

土偶・仮面・埴輪・土器など、縄文時代から律令期にかけて作られた〈顔〉を意匠とするさまざまな造形品。抜歯やイレズミの顔面加工、笑いや怒りの誇張表現、耳飾りや髪形など、豊富な事例を素材に、考古学的研究手法で分析。古人(いにしえびと)の〈顔〉に対する意識の変化とその社会的背景を明らかにし、そこに込められたメッセージ、異形(いぎょう)の精神世界をさぐる。

感想・レビュー・書評

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  • ※遺物は饒舌。でも、写真を見ないことには、このレビューは分かりにくい。よって、特別にAmazonレビューに写真を載せました。出来たら、観てからお読みください。

    「池澤夏樹の旅地図」を読んだときに「パレオマニア」の取材方法を知った。少しそれを真似て、一つの遺物をめぐる小さな旅をした。よって、本書の感想は一部のみ。

    久しぶりに古代吉備文化財センター(岡山市北区花尻1325-3)に行った。センターは吉備の中山の中腹にある。吉備の中山は、様々な古墳や弥生時代の磐座(いわくら)がある聖なる山だ。だからか、此処には神社で1番格式の高い一ノ宮も、日本で唯一ひと山に2ヶ所もある(吉備津神社、吉備津彦神社)し、新興宗教黒住教の総本山も此処にある。

    何度も来ているので、選ぶ遺物の目処はついている。当然弥生時代。一つ選んで、それが出土した場所に行き、感じたことを書くのが「パレオマニア」のやり方だった。

    選んだのは、吉備の国発祥で謎の多い「分銅型土製品」である。名前の由来は、江戸時代に使われた秤の重りに似ているためであり、分銅として使われたわけではない。これまでに中国・四国・近畿・北陸・九州から900点あまり出土して、そのうち4割が岡山県出土となっている。

    私の一番好きなのは、最も最近(弥生時代後期)に作られた、ほとんど縄文時代の土偶のような「顔」のついた土の板だ。くびれがついた小判型。岡山市加茂政所(かもまんどころ)遺跡出土。上半分に表情のみの顔がつく。もうどう見ても、赤ちゃんの顔に見える。しかし、これを赤ちゃんの顔だという研究者はあまりいない。これは「顔」であるということでは意見は一致している。しかし、目が左右対称では無いことなど、つまらない所に注目している。「微笑んでいる」様に見えるのは、「のちに埴輪にも見受けられる『魔除けの効果』」〈辟邪〉を狙ったのだという見方もある。

    ひとつ発見したのは、普通壊れた形で出てくるのが多いのに、これは完成形で出土したのである。近くから出土したほかの顔付き土製品(時代区分はほんの少しだけ赤ちゃん顔よりも古い)が無表情で、しかも壊れた形で出てきたのと何故か違う。分銅型土製品は、壊れた形で出てくることの方が「正常」なのである。真ん中のくびれで、二つに割れて出てくることが多い。また、まとまって出てくることはなく、住居跡から出土する。500年前のそれは顔さえなくて、抽象的な模様のついた分銅型土製品だった。なんらかの家ごとの宗教行為があったのに違いないと、私も思う。また、私の好きな赤ちゃん顔の土製品は、下がむしろ大きく、ホントの分銅型をしていて、いわゆる普通の分銅型土製品とは違うという指摘もある。弥生時代後期の最終時期の土器として何の意味があるのだろうか?

    現在の研究では、子どもの枕元に置く魔除けではなく、上に飾り物を刺せる穴もあり、左右に通し穴もあることから、額につけて面のように使ったのでは無いか?という説もある様だ。赤ちゃん顔の土製品にも左右の穴はあったが、飾り物の穴はなかった。また、思ったよりも鼻は高くて、ちゃんと鼻の穴は二つある。くびれは小さい。よって最初から壊さないことを前提にして作ったということだろう。だとしたら、壊して魔物を他所に持っていく効果とは違う祭祀に変化したということだろう。しかし額には付けたのかもしれない。ときは弥生時代後期の中頃(AD150年ごろ?)。ここで何が起きたのか。
    旅の目的により、肝心なことは聞かない。資料の場所と出土場所のみ教えてもらった。発掘報告書は売り切れていて無かったが、その場でデジタルで見えるようになっていたので読ませてもらった。

    出土場所に行ってみた。場所は、文化財センターから吉備津神社に降りて、180号線を西進し、山陽自動車道と交わるところである。その工事中に発見された遺跡なので、今は高速道路の下になっている。東側はすぐ緩やかな、ちょっと見、神南備山(かむなびやま)に近い形の山が迫り、北も山が近くにある。

    西は足守川がながれ、南にはほとんど小森にしか見えないが、楯築(たてつき)遺跡の小山が見える。弥生時代最大級の墳丘墓にして、最も謎に満ちた弥生の王墓である。元気な子供が走れば30分ぐらいの距離と見た。吉備国中枢祭祀場から生活圏にある、津寺遺跡と併せてこの辺りは、まさしく吉備国の中央地区だった気がする。常に楯築の山を見ながらの生活だったのだ。

    さて、やっと「顔の考古学 異形の精神史」(設楽博己・吉川弘文館)で言及されている分銅型土製品について述べる。少ししか書いていないので、全面的な考察ではないが、とりあえず最新研究は見ているようだ。土製品はずっと縄文時代と関係ないと言われてきたが、近畿の縄文時代晩期終末の長原式土偶が、近畿姫路市丁・柳ヶ瀬遺跡あるいは総社市真壁遺跡の前期土製品に繋がるのではないか?という研究を紹介している。これにより、縄文土偶が分銅型土製品につながる道が見えてきた。設楽さんは、特に土製品の「顔」の「笑い」の意味について、私と(少し違うが)似ている意見を持っていた。つまり、魔除けの効果(辟邪)を狙ったものではないとする意見である。何故ならば(1)顔があまりにも穏やかで微笑ましい。(2)魔除けの鯨面絵画資料が墓から出るのに対して、土製品は墓からでない。設楽さんは「女性をかたどり、柔和な笑顔をたたえている」「おそらくは出産にかかわる護符のような機能」を持っているのではないか?と考えを述べる。それを補強するもうひとつの要因として、土製品の顔には、一切鯨面(刺青)の表現がない。ナント!赤ちゃん土製品の出た加茂政所遺跡の数百メートル西の津寺遺跡の、しかも弥生時代後期から鯨面線刻土偶が出土しているのである(←知らなかった)。「入れ墨は男子の習慣」だと書いたは魏志倭人伝である。設楽さんは土製品を「女性」だと言うが、私は少なくとも、最終末期に作られた赤ちゃん土製品は「赤ちゃん」だったと思う。赤ちゃんにも入れ墨はもちろんないからだ。赤ちゃんだという根拠は、赤ちゃんの顔だからである。あどけない寝顔のような顔にしか見えないからである。だから、出産の時にも効果を発揮しているかもしれないが、それ以外の時にも効果があるかもしれないのである。

    私は、やはり、子供を助けるための祭祀だったと思う。同時に子供が助ける祭祀だったのかも知れない。赤ちゃんは眠っている。夢を見ている。幸せな夢を見ている。安心しきっている。これまでも、これからも、病気も飢えも争いも憎しみもない空間が、この赤ちゃん土製品の周りにはあり、それを保証するだろう。集落で行われた豊作を祈る祭り(青銅器祭祀)が下火になるにつれて分銅型土製品も姿を消していった。家々での出土だったことを考えると、村の祭りを司る力は低下して、楯築の王の王国の強力な呪術の力が、人々の生活を守る様になっていったのかもしれない。150-180年に、この赤ちゃん土製品を使って家々で行われた或る秘儀の継承は必要なくなっていったのかもしれない。楯築王墓の儀式の成功の時、赤ちゃん土製品は、まるで家の御守りのように大事に家の隅に祀られていただろう。それは同時に全く新しい時代の曙光を意味する。弥生時代が終わろうとしていた。

    • hiromida2さん
      Kuma0504さん、こんにちは。

      いつも、kuma0504さんの見聞の深いレビュー 考古学者の話しを聞くように…
      ワクワク、興味深々でそ...
      Kuma0504さん、こんにちは。

      いつも、kuma0504さんの見聞の深いレビュー 考古学者の話しを聞くように…
      ワクワク、興味深々でその知識を得ながら、とても楽しく拝見させて頂いてます。

      今回もパレオマニア的、どんなレビューか、
      早速読もうとしたら、先ずはAmazonの
      写真を観てから…という一言に素直に従い(笑)先にAmazonの写真をみてから読ませて頂きました。
      まるで見聞のない自分ですが…
      単純に縄文土器やら埴輪と土偶を観るのは好きで、写真や展示、TVの展示だけでも関心を持って魅入ってしまいます。
      このお写真の顔の土板…子どもの顔だなぁって即、感じました 。
      地球っこさんと同じように”可愛いなぁ”って思って、写真を手で広げて、アップで観ると…‼︎
      まさに、kuma0504さんが仰るように
      「赤ちゃんの顔だ〜!」って思いましたよ
      それ以外に見えなくなってしまいました。

      想像膨らむ素敵なレビューいつもありがとうございます♪
      今後ともkuma0504さんの考古学の世界楽しみにしております。

      PS. kuma0504さんのBestレビューに
         私の拙いレビューを選んで下さってた
         ブックリストみた時は、あまりの驚き
         と嬉しさで小躍りしました(o^^o)
         皆さんのように高尚なレビューを書く
         のは、とても無理ですが、それでも
         士気が上がりました!本当に
             ありがとうございます♪
      2022/02/11
    • kuma0504さん
      hiromidaさん、
      ありがとうございます♪
      ちょっと褒められたのをいいことに、ちょっと長文を書きます。自己満足、かつ失礼な文章なので、返...
      hiromidaさん、
      ありがとうございます♪
      ちょっと褒められたのをいいことに、ちょっと長文を書きます。自己満足、かつ失礼な文章なので、返事はできたらしないように。

      毎年、数作は「特別なレビュー」を書いてしまったと思うことがあります。昨年で言えば、「一度だけの大泉の話」「カムイ伝第2部22巻」或いは「ストーナー」のレビューであり、一昨年で言えば「十二国記シリーズ」の最後の2巻、「キラキラ共和国」です。
      今回は、またそれらと意味合いが違って、旅レポートと本の感想とエッセイが渾然と合わせたレビューが書けたかもしれない、とちょっとびっくりしています。書くことで、自分の中に物語が広がる感覚がありました。
      この写真の分銅型土製品はホントに特別な土製品だったのではないか?もう20年間、楯築王墓の誕生は弥生時代のみならず、日本の歴史上の画期だったという「説」を持っている私には、それを側面から関わった人たちの姿が見えた気がしたのです。そんなことを書けば、ものすごく長くなるので、「こんな短いレビュー」に済ませています(^^;)。

      でも、少し書いていますが、研究者に、この土製品を「赤ちゃん顔」と言い切っている人は1人たりともいないのです。「顔」ではあるけど、性別を問題にしたのはこの本ぐらいで、あとは人か神かそれ以外かも、絶対言及しない。それが研究者の限界なのです。

      だから、「赤ちゃん顔にしか見えない」と言ってくださりとても嬉しかった。私は自信満々に書いているように見えますが、とても心細かったのです。
      ありがとうございました♪


      >kuma0504さんのBestレビューに私の拙いレビューを選んで下さってたブックリストみた時は、あまりの驚きと嬉しさで小躍りしました(o^^o)

      たいへん恐縮です。
      「女という生きもの」のレビューは、誰がどう言おうと傑作です。
      断っていますが、偏見と気まぐれの選択です。どうしてベストレビュアーのあの方が殆ど出てこないんだ?とか、私のあの傑作が選ばれないで、どうしてこれが選ばれるのか?とか質問されても、申し訳ありませんが答えられない。よって、今も権威なんてついてない。それが良い。あまり「小躍り」しないように(^^;)。基本的には「私の記録」のためです。実際、本を選ぶときにかなり役立っています。
      それと、あくまでもマイルールですが、ブックリストの内容がちゃんと自分か(私のならば推薦人のレビューに)リンクしていない場合は「いいね」しないことにしています。反対に、基本的にはリンク先を読んでから「いいね」したい。200字で3冊も紹介するなんて、基本的には無理だと思っているから。ブックリストは「レビューを読むためのツール」だと定義してもらいたいぐらいですが、そう書いてみて気がつくのは、それは「私の事情」であって、ほかの方たちは「他の使い方」をしているのだろうということ。だったらこんなこと書くなよ、ということなんですが、何処にも書くべき場所がないので、ブックリストを褒められたのを良しとして、ちょっと文書を滑り込ませてみました。ごめんなさい。
      2022/02/12
    • hiromida2さん
      Kuma0504さん、

      コメントのお返事ありがとうございます。
      kuma0504さんの「特別なレビュー」も、そこにある想いと心情が透けて見...
      Kuma0504さん、

      コメントのお返事ありがとうございます。
      kuma0504さんの「特別なレビュー」も、そこにある想いと心情が透けて見えるように伝わってきて好きです。
      今回はそれらの意味合いと違って、旅レポートと本の感想とエッセイが渾然と合わせたレビューを書くことで自分の中の物語りが広がるって感覚がありましたと書かれていましたが、読ませて頂いてるこちらにも味わい深く、その感覚が伝わってきました。

      日本の歴史上の側面に関わったものの説明も丁寧に書かれてあるので、その人たちの姿が見えた気がしたという一文は感慨深い思いがしました。

      kuma0504さんのBestレビュー案は、私だけではなく、他のブクログの皆さんも喜んでおられたレビューをみて、こちらまで嬉しくなりました。
      人それぞれの事情や環境の中で感じる思いによるレビューも様々ですが、ブックリストは「レビューを読むためのツール」なんて…素晴らしい!上手いこと言いますね(^^)
      kuma0504さんのブックリストのレビューに対するひと言も、いいスパイスになっていると感じます。
      思わず、ブクログさんの本棚のレビュー読みたくなりますもの。
      そこに新たな出会いや物事の感じ方、違いに遭遇出来て唸ったりしている自分です。
      そんなキッカケを下さって感謝です!

      ただ、皆さんのレビューを感心して読み続けていたら、肝心の読書の方をそっちのけにしてしまうきらいがありますけど…(^_^;)
      また…長文返事してしまいました、、失礼。
      2022/02/12
  • 古代の遺物である土偶や土器に描かれる顔から当時の社会を探るという内容。各地で発見されたものの比較や年代順にならべた検討により、それぞれに微妙な違いがあり、社会や当時の人々の価値観をよみとることができることを学んだ。

  • マニアックな考察を、ふうん、と思いながら読みました。

  • 方相氏入門にもいい。

  • もう少し整理され読み易いともっと面白くなるか

  • 登録番号:1026965、請求記号:210.025/Sh92

  • 医療が発達した今の抜歯ですらきついのに昔の抜歯なんて耐えられそうにない

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著者プロフィール

1956年、群馬県生まれ。1978年、静岡大学人文学部卒業。1986年、筑波大学大学院歴史人類学研究科博士課程単位取得退学。国立歴史民俗博物館・駒澤大学・東京大学を経て、東京大学名誉教授。博士(文学)。著書に『弥生再葬墓と社会』(塙書房、2008年)、『縄文社会と弥生社会』(敬文舎、2014年)、『弥生文化形成論』(塙書房、2017年)、『顔の考古学』(吉川弘文館、2021年)、共著に北条芳隆編『考古学講義』(ちくま新書、2019年)他多数。

「2022年 『縄文vs.弥生 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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