- Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
- / ISBN・EAN: 9784750516615
作品紹介・あらすじ
息苦しいこの世界からの出口は、ある。
片づけコンサルタント「こんまり」のメソッドは、
自分とモノとの純粋な対話ではなく、自分自身との対話を目指すものなのではないか。
アニミズムとは、地球や宇宙における存在者のうち、人間だけが必ずしも主人なのではないという考え方だとすれば、自分との対話を目指すのは、人間のことだけしか考えていないという意味で、真のアニミズムとは呼べないのではないか。
本書の出発点は、ここにある。
アニミズムは「原初の人間の心性」として過去のものとされてきた。
しかし、そこには、人間の精神を豊かにするヒントが隠されているのではないか。
文学、哲学の大胆な解釈とフィールド経験を縦横に織り合わせて、「人間的なるもの」の外へと通じるアニミズムの沃野を探検する。
人間が世界の「主人」をやめた時、動物、モノ、死者との対話がはじまる。
感想・レビュー・書評
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コロナ禍で浮かび上がった「健康という正義」や「人間中心主義」に反旗を翻す本ベスト3 - QJWeb クイック・ジャパン ウェブ
https://qjweb.jp/journal/44665/
モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと - books used and new, flower works : blackbird books ブラックバードブックス
https://blackbirdbooks.jp/?pid=155590989
亜紀書房 - モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと
https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=970詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ナウシカ、宮沢賢治からベルクソンまで幅広い事象から、人とモノ・動物の関係について話を紹介しアニミズムを考えるきっかけを与えてくれる一冊。
アニミズムと聞くと縄文時代の石棒や、インディアンのトーテムポールが思い浮かぶかもしれない。だが、この本は断捨離の話題から始まる。
「ときめくモノは残し、ときめかないものは捨てる」片付けメソッドで有名な近藤麻理子は「モノとの対話」を行って片付けをすることを勧める。
筆者は「モノとの対話」は、モノにも生命があると考えるアニミズムに通じているとようではあるが、実際はモノを通じて自分との対話をしているのではないかという疑いを抱く。純粋なアニミズムなのか/人間中心主義なのかという疑問が本書の大きなテーマとなっている。
ナウシカ、宮沢賢治からベルクソンまで幅広い事象から、人とモノ・動物の関係について話を紹介しアニミズムを考えるきっかけを与えてくれる一冊。
『意識とは何だろうか?』において、「他者の心は実在するのではなく、あるものとして学ばれる結果実在する」と述べられている。自分がいるからこそ相手に心があるというのは、モノとの場合に限らず、他者との関わりにおいても当てはまると思う。
モノ自体に意識や思考がなくとも、そこにある心は他者にある心と同質であるなら、人がモノに人格を与えるのも納得できた。 -
面白かった
もっと人間は感覚や感性を信じて
生きていった方がいいのかなと
なかなかは難しいような気もするが
一足飛びに世界が反転してしまう事もあるから
意外にスルッと変わってしまう事もあるのかも
ONREADINGにて購入 -
アニミズムについての論考を寄せ集めた本という印象。章間の連関がよくわからなかったものの、ひとつひとつの章は面白く読んだ。
紹介されていた「動物にひそむ贈与(gift in the animal)」という考えが気になったので引き続き調べてみたい。 -
真のアニミズムを様々な側面から探っていく
面白くはあったが、綺麗にまとまっている訳ではなく、少し読みにくかったかな -
著者 奥野 克巳
価格 1,700円(税別)
発売日 2020年9月25日
判型 四六判
製本 並製
頁数 256頁
ISBN 978-4-7505-1661-5
Cコード C0010
息苦しいこの世界からの出口は、ある。
片づけコンサルタント「こんまり」のメソッドは、
自分とモノとの純粋な対話ではなく、自分自身との対話を目指すものなのではないか。
アニミズムとは、地球や宇宙における存在者のうち、人間だけが必ずしも主人なのではないという考え方だとすれば、自分との対話を目指すのは、人間のことだけしか考えていないという意味で、真のアニミズムとは呼べないのではないか。
本書の出発点は、ここにある。
アニミズムは「原初の人間の心性」として過去のものとされてきた。
しかし、そこには、人間の精神を豊かにするヒントが隠されているのではないか。
文学、哲学の大胆な解釈とフィールド経験を縦横に織り合わせて、「人間的なるもの」の外へと通じるアニミズムの沃野を探検する。
人間が世界の「主人」をやめた時、動物、モノ、死者との対話がはじまる。
著者紹介
奥野 克巳(おくの・かつみ)
1962年生まれ。立教大学異文化コミュニケーション学部教授。
20歳でメキシコ・シエラマドレ山脈先住民テペワノの村に滞在し、バングラデシュで上座部仏教の僧となり、トルコのクルディスタンを旅し、インドネシアを1年間経巡った後に文化人類学を専攻。
1994~95年に東南アジア・ボルネオ島焼畑民カリスのシャーマニズムと呪術の調査研究、2006年以降、同島の狩猟民プナンとともに研究している。
著作に、『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(2018年、亜紀書房)など多数。共訳書に、エドゥアルド・コーン著『森は考える―人間的なるものを超えた人類学』(2016年、亜紀書房)、レーン・ウィラースレフ著『ソウル・ハンターズ―シベリア・ユカギールのアニミズムの人類』(2018年、亜紀書房)、ティム・インゴルド著『人類学とは何か』(2000年、亜紀書房)。
〈https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=970&st=4〉 -
本の内容の期待値を上げすぎてしまった。
勉強になった部分
P32
ーーエイブラムの言葉では、アニマ、霊魂的奥行き、聖なる存在、神聖性ーを飼い慣らしたり、コントロールしたりするのおではなく、逆らわずに、それを受け入れて従いながら、風の世界に融即し、風の意のままに動くことによって風の谷で暮らしている。
風の谷のナウシカ
人間が主人でありかつ土地や自然もまた主人であるという融即律が働いている。 -
摂南大学図書館OPACへ⇒
https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB50213195