ルールに従う―社会科学の規範理論序説 (叢書《制度を考える》)

  • NTT出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (564ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757142367

作品紹介・あらすじ

道徳性こそ合理性の根本に存在する。ゲーム理論、分析哲学、社会心理学、認知科学、進化論等を駆使して繰り広げられる奇才ヒースによる社会科学者のための現代哲学入門。

感想・レビュー・書評

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  • 人間はなぜルールに従うのか。我々人間が個々の行動や判断を律する道徳性や、人間社会における道徳や社会規範はなぜ存在するのか。

    このような問いに対して、新しい光を当ててくれる本になっている。

    人間は、他の生物種とは比較にならない規模の社会を形成し、広範囲の構成員の間で協力しながらその社会秩序を維持している。筆者は、このようなプロセスの背後には、人間に特有な「規範同調性向」があるという。

    人間は、進化の中で、模倣的学習により多くを学ぶという性向を身につけた。それが規範に同調するという人間の特徴に繋がり、さらには蓄積的文化や言語という形で定着していくことにより、社会秩序の形成に繋がっていったというのが、規範同調性向の発生に関する筆者の見解である。

    筆者は、この見解を理論構築していくために、哲学のみならず、経済学や社会学等の社会科学や、進化生物学をはじめとする自然科学等、様々な領域の学問の知見を批判的に検証しており、とても知的な刺激に富む本であった。


    これまでの社会科学の理論では、期待効用理論やゲーム理論、ホッブズの政治理論に見られるように、道具的合理性を基に人間の行動を理論付けることが多かった。これらの理論は、ある程度の所まで人間の行動や相互作用を説明することは出来るものの、心理学や経済学などの実験結果は、人間がこれらの理論で説明できるよりはるかに広い場面で、協力行動や社会秩序へ帰順することを示している。

    人間以外の動物の社会でも、一定の利他行動は認められる。それらは血縁選択と互恵的利他主義という形で説明がされる。しかし、人間は遺伝や直接的な互恵関係の範囲を超えて、より大規模な社会を構築し、相互に協力をする。

    筆者はこれらの協力行動の源泉を、人間が持っている模倣的同調性に見出している。著者は、人間がこのような模倣的同調性を進化的に獲得したのではないかという仮説を、ヴィトゲンシュタインの言語哲学から生まれてきた諸哲学や、エミール・デュルケム、タルコット・パーソンズらの社会化に関する理論、アンディ・クラークらの認知科学に関する研究などを参照しながら論じている。

    言語哲学の領域からは、1人の個人からだけでは規範性(例えば意味を持った言語)は生まれず、必ず社会の中における相互作用によって規範性を持つ状態が生まれること。そして、人間は「推論」によってさまざまな概念を合理的に駆使しながら、相互理解をしているということが、論じられている。これは、形式論理とは異なる判断の基準を我々が持っているということを示唆している。

    このような文脈や概念の把握から意味を推論する方法について、筆者はヴィトゲンシュタインの言語ゲームを引き継いだウィルフリット・セラーズ、ドナルド・デイヴィドソン、ロバート・ブランダムといった哲学者の議論を参照しながら紹介している。

    そして、社会学の領域における規範理論で示される「社会化」のプロセスも、言語哲学における「推論」を通じて「概念」を作り上げていくというプロセスと親和性があると論じている。

    筆者はまた、自然科学の領域の研究も参照することによって、このルールを作り上げ、それを遵守する人間の能力を、自然科学的方法によっても論証しようと試みている。

    たとえば、認知科学に関する哲学者であるアンディ・クラークの議論からは、「拡張された心」という概念を紹介し、人間の認知が外部の物理的・社会的世界の構造を内面化することによって形成されるという「外在主義」の立場からルールの生成と遵守の仕組みを論じている。

    また、マイケル・トマセロの研究によれば、人間の赤ちゃんの学習過程は、模倣学習に不釣り合いなほど依存しており、これはチンパンジーのような比較的人間に近いとされている動物と比較しても、明らかに相違があるとされている。このような学習システムが人間の規範同調的な社会形成のプラットフォームとして働いていると、筆者は考えている。


    これらの哲学、社会科学、自然科学の知見を縦横に駆使した議論によって、筆者はトマス・ホッブズやデイヴィッド・ヒュームが構築した人間観をがらりと見直すような新しい人間観を提示している。

    ホッブズの議論の背景にあるのは、行為はそれがもたらす結果の価値によってのみ評価されるという「帰結主義」である。この理論に対しては、これらの理論から演繹されてくる今日の意思決定理論(期待効用理論に基づくゲーム理論等)が、人間の社会的構築物である規範に同調する傾向を説明しきれないことから、批判的に論じられている。

    また、ホッブズやヒュームの理論においては、欲求は合理的に改訂され得ないとする「欲求に対する非認知主義」が取られているが、これについても、我々は文化的な領域で意識的に道徳的行為を選択する(規範同調性に重心を置いた決定をする)ことから、決して事前にプログラムされた不可知な価値体系のみによって行動を決定しているわけではないとして、批判的に論じている。

    そして、一方で、筆者はカントの「判断を我々がする行為として捉える」という立場を、再評価している。そして、ルールへ同調するといったように行為自体に対して評価を与える「原理」を構築することにより、人間の持つ合理性をより多面的な形で表現できる哲学のあり方を提唱している。

    筆者が提唱するこのような実践的合理性の体系によって、我々は結果に対する欲求や、ゲーム理論の構造に表されるような状況に対する信念だけではなく、自らの行為に対する判断の原理を交えた合理的意思決定モデルを持つ存在として表現することが出来る。このことが、我々の社会のあり方やその展開可能性をより拡げるような人間観を構築することにもつながるように思う。

    ルールに従うという人間の行動から、これまでの意思決定理論の枠組みを見直す新しい行為理論を提示してくれており、非常に興味深い本だった。

  • 超簡単にいえば、「人間性の根源は模倣にある」「道徳は言語である」「道徳性は人間の内なる心と、外なる社会制度の両方からなる」という話。非常に面白かった。

    『啓蒙思想2.0』では、新たな人間観=人間の非合理性に関する最新の知見(例えば進化論や行動経済学)を用いることによる人文諸科学のアップデートを提唱していた。本書では、道徳性に関するカントの議論をアップデートしている。

    要点:
    ・ヒトという生物種を特徴づけるのは「規範同調性向」(道徳的懲罰と組み合わされた模倣的同調性)である。そもそも言語の習得は言語ゲームのルールへの規範同調による。合理性は言語の形式をとる。道徳性はそれらの土台の上に立っている。
    ・われわれは、ルールに従うことがたまたま好きになった知的生物ではない。逆に、ルールに従うことこそ、われわれを現在あるような知的生物にしたのである。
    ・人間はメモを取ることで認知負荷を軽減する。それと同じように、社会制度によって道徳性の個人的負担を軽減する。認知の人工装具(prosthetic)。→この主張が『啓蒙思想2.0』におけるアーキテクチャ設計の話につながっていく。

    『啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために』より:

    > 社会制度をいかに構築すべきかと、テクノロジーをいかにデザインすべきかの類似を指摘することは有用だ。

    > 理想のインターフェイスは人間の認知バイアス、能力の限界、気まぐれさを完全に理解し、そのうえで人が直感的に正しいと、またいちばん簡単だと思うことをすることで望みの結果が得られるように設計される。

    > 社会制度もまったく同じ意味でユーザーフレンドリーであるべきだ。人間の弱みとバイアスを強みに変えなければならない。

    > 私たちはいつの日か、これ[iPad]と同じように苦労を要しない環境との調和を達成すべく、社会制度を改善するために同じような一致協力がなされることを夢見てもいいのかもしれない。理想は、私たちをもっとバカにではなく、もっと利口にする環境を生み出すための操作の対象のみならず、相互に作用しあう制度とも協働していく、そういう世界である。

    http://booklog.jp/users/zerobase/archives/1/4757143192

    リチャード・ローティのプラグマティズムと近い世界観だと思った。

    ****

    2019年9月4日再読:進化論者と道徳哲学者の議論を止揚しようとしている。「我々はなぜルールに従うのか」という問いに答えようとして、「そもそも我々はルールに従う動物だから人間になったのだ」と結論付ける。(合理性は言語であり、言語はルールである)

  • ジョセフ・ヒース『ルールに従う 社会科学の規範理論序説』NTT出版、読了。テーマはずばり「なぜ人は、利己的に振舞うのではなく規範・制度・道徳に従って行動し、そのような社会を維持できるのか」ということ。本書は哲学の古典的テーマを経済学から進化生物学に至るまで先端研究を踏まえ考察する。

    形而上学的徳論への嫌悪は、期待効用理論の対等を招き、人間の道徳的行動の根拠を考察することを弱体化させた。しかし筆者によれば道徳こそ人間の合理性の根拠であり、単純に形而上学と同一のものではない。それは時間をかけて抽出された人工物である。

    「ルールに従う」ことは、相対的な文化に依存する。これを限界ととらえるべきか。著者は、異文化間においても、相互作用によって道徳的規範のシステムを変化させることができると見る。哲学史の伝統を踏まえながら概念を一新する「社会科学を統合する新しい試み」。

    ジョセフ・ヒース(瀧澤弘和訳)『ルールに従う 社会科学の規範理論序説』NTT出版 http://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100002235 道徳性こそ合理性の根本に存在する。社会科学において重要である「ルール遵守」の問題について、哲学、社会心理学、進化理論、社会学や経済学の知見を用いて規範理論を構築する

  • ふむ

  • けっこう重要な翻訳。ちょっと読んだところ、ヒューム的な信念欲求の動機付けモデルを批判して、カント的な実践理性を自然主義的に再構成する、というような内容のようだ。ちょっと目についたが、コールバーグのpost-conventional moralityは「後黙約的道徳性」ではなく「脱慣習的道徳性」(慣習的道徳のレベルを超えた道徳性のレベル)と訳す方がわかりやすいだろう。よく読もう。

  • 141025 中央図書館
    <span style='color:#ff0000;'>なぜ、人間はコーディネーションや協力に成功し、ルールに従うことで社会を維持することができているのか</span>。この問いに対し、ゲーム理論、倫理学、社会学、進化生物学、発達心理学などの知見から一般理論を構築しようとする、1967年生まれのトロント大学哲学教授の著作である。
    とりわけ20世紀の経済学は、信念と欲求という2つの状態のみを組み合わせることで最適な行為を導くという「道具的合理性」に依拠して理論発展してきたため、道徳性という現象を軽視する傾向にあった。これに対し著者は、<span style='color:#ff0000;'>道徳性こそが人間の合理性の根本に存在</span>すると主張する。社会秩序を維持・変革しているプロセスの根底に、人間という種に特有の「規範同調性向(norm conformative disposition)が存在し、合理的意思決定について不可欠な部分をなしているとのこと。
     本書では、ホッブズとヒュームが批判される。ホッブズはその帰結主義ー行為はそれがもたらす結果の価値のみで評価されるー等が批判され、ヒュームは身体的刺激が欲求と同一視される理論によって協力問題の本質把握に失敗したとされる。
     一方で、カントとヴィトゲンシュタイン、さらに現代で「言語哲学のプラグマティズム的展開」を代表する人々を支持している。社会学者ではヂュルケムやパーソンズが高く評価されている。

  • 第1章 道具的合理性
    第2章 社会秩序
    第3章 義務的制約
    第4章 志向的状態
    第5章 選好の非認知主義
    第6章 自然主義的パースペクティブ
    第7章 超越論的必然性
    第8章 意志の弱さ
    第9章 規範倫理学

  • 目から鱗が落ちすぎて鮫肌のような目になりました。
    それにしても領域が広すぎる。そして難しすぎる。
    本書1冊を理解するためには、巻末の参考文献をはじめとするかなりの文献を読まなければならない。アホにとっては大変な難事だが、それだけにワクワクするのだ。

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784757142367

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著者プロフィール

1967年カナダ生まれ。トロント大学教授(哲学・公共政策・ガバナンス)。著書に『ルールに従う』、『資本主義が嫌いな人のための経済学』などが、共著書に『反逆の神話』(すべてNTT出版)などがある。

「2014年 『啓蒙思想2.0 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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