帝国の残影 ―兵士・小津安二郎の昭和史

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  • NTT出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757142619

作品紹介・あらすじ

監督・小津安二郎に差す、兵士・小津安二郎の影。小津映画の精緻な解読を通じ、「昭和」「日本」とは何かを明らかにする、新しいタイプの歴史書。

感想・レビュー・書評

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  • 18
    33 41 天津
    42
    58 60
    94 漢語・漢字の近代
    99 フロドン
    118
    135 大江 石原
    193
    216

  • あとがきにあった学生たちの見解を嘆くくだりが要らんかった。

  • 泥中の蓮を描いた小津安二郎と日本《赤松正雄の読書録ブログ》

     女優山田五十鈴さんが亡くなった。たまたま読み終えた與那覇潤『帝国の残影―兵士・小津安二郎の昭和史』の最終章に彼女が登場する映画『東京暮色』の記述が印象的に語られる。「ある近代家族の崩壊を描いたこの作品は、日本の朝鮮進出に始まり、大陸からの引き揚げで終わる帝国の残影を形象化した映像としても、そしてそのような敗北の原点に対する日本人の呪いの深さが刻まれたテクストとしても一級の歴史資料として屹立しよう」と。そして山田五十鈴に関しては、「上野駅から東北本線で山田五十鈴が東京を去る際のモンタージュは、小津映画の構図としては破格ながら、この作家の最高の表現の一つに数えられる」とまで。前号で取り上げた『中国化する日本』の前に世に出たこの本は、小津映画を解き明かすことで、見事なまでに昭和史を読み解いている。孫ほど歳の離れた少壮の歴史学者の映画論によって山田五十鈴も本懐を遂げたと言えるかもしれない。

     先年、三重県松坂市に行った際に小津安二郎記念館を訪れた。その時に抱いた仄かな疑問は、生涯独身であった小津安二郎がなにゆえ見事な家族を題材にした映画を一貫して作り得たのかという点だった。彼自身がよく問われたこの疑問に「結婚生活も知らないでよく、結婚の倦怠なんか描けるなって云われるが、体験しないことが描けないとすれば、ワシャ泥棒も人殺しも姦通もしなくちゃそんな事は描写出来なくなる勘定じゃないか。そんなことに感心してもらっては困る」と述べていたようだ。加えて、彼は兵士として戦場に赴きながら全くと言っていいほど直接的に戦争、戦場の表現をその作品に取り入れなかった。いや、戦後の生々しい社会風俗すら避けた。ほのぼのとした人間の温かみといったようなものを表現することで、戦争の影や悲惨さをさりげなく想起させた。

     本人はそれを泥中の蓮に喩えている。「泥土と蓮の根を描いて蓮を表す方法もあると思います。しかし、逆に言って蓮を描いて泥土と根を知らせる方法もあると思うんです」と。

     こうした小津の映画作法に丸山真男や竹内好らを巻き込んでの賛否両論が渦巻いたことが克明に語られて興味深い。著者・與那覇は序章で、この本の目的を「『日本』なるものが占める歴史的な位置を本当の意味で既存の国境から解放された、東アジアという時空間に開くこと」であり、「『一番日本的だと日本人が思っている』もののうちにすら明白に存在する混淆を明るみに出す」ことだと述べている。明治の文明開化とは「西欧化であるとともに中国化」であったし、その中国化の機会を江戸期以前に逃した日本が、明治以後、昭和史の中で戦前、戦後にわたり、それを追い求めているとの仮説は誠に示唆に富んでいる。

  • 監督・小津安二郎に影を落とす、兵士・小津安二郎。バリバリのモダニストだった小津安二郎の、国民的映画作家への転身の背景には、中国大陸での戦争体験があったのではないか。小津映画の精緻な解読を通して、昭和精神史、日中関係史を再考する、新しいタイプの歴史書。 やや深読みし過ぎの点があるようだが、反論できるほど小津作品に精通していないので、ここまでにしておきます。「あとがき」で書かれている著者の大学の学生たちの反応にはびっくり!

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。専門は日本近現代史。2007年から15年にかけて地方公立大学准教授として教鞭をとり、重度のうつによる休職をへて17年離職。歴史学者としての業績に『翻訳の政治学』(岩波書店)、『帝国の残影』(NTT出版)。在職時の講義録に『中国化する日本』(文春文庫)、『日本人はなぜ存在するか』(集英社文庫)。共著多数。
2018年に病気の体験を踏まえて現代の反知性主義に新たな光をあてた『知性は死なない』(文藝春秋)を発表し、執筆活動を再開。本書の姉妹編として、学者時代の研究論文を集めた『荒れ野の六十年』(勉誠出版)が近刊予定。

「2019年 『歴史がおわるまえに』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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