火の賜物―ヒトは料理で進化した

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  • Amazon.co.jp ・本 (262ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757160477

作品紹介・あらすじ

われわれは、いかにして人間となったのか?人類の起源をめぐる壮大な文明史。

感想・レビュー・書評

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  • 目から鱗が落ちる体験ができた。
    本書は学術書であるが、素人の読者にも非常に分かりやすく書かれており人類の歴史について興味がある方は是非読んでほしい。

    本書の論じているところは、
      古代の人間がいつ火を自在に使えるようになったか?
    を考古学的な見地からではなく、人類の身体の変化から考察した論文である。

    自ら火を起こし、その火を自在に使えるようになったことにより人間の生活が格段に進化したことについては異論はないだろう。生物において自在に火を使えるのは唯一人間だけである。
    人間と獣との間の線引きについて「火を使えるか」「使えないか」で分けても良いくらいであろう。

    では人間が火を使えるようになったのはいつからなのだろうか。

    これは学説上でもかなりの異論あり、考古学的な証拠があるものについては、
      約50万年前に北京原人が使った痕跡がある
    というものが最古の考古学的な証拠であると言われている。

    しかし、本書の著者リチャード・ランガム博士は、人類の身体の変化の形跡から人間が火を使い始めたのは約50万年前よりもはるかに遡り
       約200万年~180万年前
    には人間は火を使いこなしていただろうと主張している。

    この本は、その仮説についてどれだけの証拠があるかということを全編で論じている。

    約200万年前~180万年前というと人間はまだホモ・サピエンスではなくアウストラロピテクスやホモ・エレクトスの時代である。

    ではなぜランガム博士はそのように主張するのであろうか。

    簡単に説明すると
      腸などの消化器官が変化したこと
      歯が小さくなったこと
      あごの筋肉が小さくなったこと
      木登りが下手になり、二足歩行が上手になったこと
      脳が大きくなったこと
    等を上げている。

    火を使う前、当然人間は食物を生で食べていた。
    生で食事をするということは、固い植物の葉や生肉などをよく噛んで咀嚼し、丈夫な胃や腸によってそれを消化しなければならない。
    人間にもっとも近いと言われているチンパンジーの身体の仕組みをみれば、物をかみ砕くための大きな歯、長時間咀嚼するための大きなあごの筋肉、そして生の食物を消化するための長く丈夫な腸を有している。

    しかし、古代人の化石を調べると、約200万年前~180万年前になんらかの大きな変化が古代人の身体に起こり、腸が短く、歯とあごの筋肉が小さくなっていることが分かったのである。

    この原因について仮説を立てると、生で食物を食べることが少なくなり、火によって調理され、軟らかく、消化のしやすい食べ物を食べるようになったのだと結論づけるしかないのである。

    また、同時期に古代人は木から降り、地面で生活する機会が増えた。
    当時の地面は今と同じ環境ではない、ライオンやサーベルタイガーなどが跋扈し、古代人たちは獲物として食べられていた時代である。

    ではなぜ、当時の人間は木からおり、地面で生活できるようになったのか?
    それは火を起こし、ライオンやサーベルタイガーなどの肉食獣たちを追い払うことができるようになったからである。

    ここにあげたのはほんの数点であるが、本書には非常に興味深い実験の結果や推論が数多く載っており、その一つ一つがいちいちうなずかされるものばかりである。

    実はリチャード・ランガム氏は考古学者ではなく、ハーバード大学で教鞭をとるチンパンジー等の類人猿を研究する生物人類学者である。
    先にも述べたように本書は素人にも非常に分かりやすく書かれている書物である。
    このレビューを読んで、もし興味が沸いた人にはぜひ手にとってもらいたい本である。

    ちなみにリチャード・ランガム氏の別の著書『善と悪とのパラドックス』もおすすめである。
    本書はどのように人類が個別の暴力を克服し、組織的な力を得たかということを『自己家畜論』という論点から書いている。興味のある方は、そちらの僕のレビューも参考にしてもらいたい。

  • 現代社会において「火」は私たちの生活から切り離されている。火力発電所のガスタービンの中身,自動車エンジンシリンダの中ですらも目にすることはないだろう。電化住宅も増えているとはいえ,私たちが最も炎を目にするのは台所ではないだろうかと思う。

    料理された食物によって,短時間で効率的にカロリーを体内に取り込むことができたために,ヒトは進化に至ったのだというのが著者の主張である。大きな進化の流れから考えれば,彼が主張するような料理が進化の鍵であるという主張は,補助的なものに過ぎないと捉えることもできるが,本書の情景を思い浮かべることができる読ませる文章と十分な証拠になる豊富な事例を読めば,この主張を受け入れざるを得ないとも思う。ともあれ,発掘された人類の祖先の生物学的な特徴や遺跡といった小さな証拠,あるいは,ときには原住民族の生活様式を観察しながら,ミッシングリンクを補うような推論が展開されるのは,なかなか読み応えがある。また,現代社会におけるカロリーを摂取しすぎている現状についても言及されており,よくまとまった本だと思う。

    印象深かったのは,料理によって狩猟と採集・料理の役割分担を行うための男女ペアの家族という社会単位が形成された点について言及しつつも,これが男性優位の文化が生み出されたことを「決して美しい美しい図式ではない」と指摘している点である。

    また,個人的には「(器に肉が入った状態と見立てれば)亀はインスタント食品」というのは,本書のパワーワードのひとつではないかとおもしろおかしく思っている。

  • 噛む時間長い私は動物的かもしれない

  • とても面白く読めた。
    火を使うことが人間を他の動物と異なるレベルの進化に導いた、というのはなんとなく理解していた説明だが、それがどのように人間の進歩に影響を与えてきたのか、を火とそれが可能にした調理を通して語られる。
    調理により食物が成分を変え、柔らかく消化しやすくなったことが、人間の消化にかかるエネルギーを節約し、脳の活動に転用できたこと。加熱によって得られた食べ物の柔らかさが、消化と効率的な栄養吸収に役立ちさらに健康と知能の発達につながったこと。調理の役割をだれが担うのか、ということが人間社会の成り立ちを定義づけてきたこと。
    多少我田引水的な部分はあるかもしれないが、説得力がある。

  • 道具を扱うサルでなく、言葉を話すサルでもなく、料理をするサルとしての人類論。人類はナマの食べ物ではなく、『料理した食べ物』に適応して大きく進化したとする料理説の解説本。
    人類で料理がいつ始まったかについては諸説あるが、本書は火の利用の明確な遺跡が残る25万年前、火打ち石らしきものが見つかる40万年前、脳容量が大きく拡大した種族(ホモ・ハイデルベルゲンシス)が誕生した80万年前をすっ飛ばし、180万年前のハビリスからホモ・エレクトスへの進化の要因であったと説く。その解説について思わず頷いてしまうところが多いのだが、証明方法が『肉食のみによって大きく進化したとするなら、生肉に付着するバクテリアが生み出す毒素に抵抗できる証拠が見つかってもいいはずだ』みたいに背理法や帰納法を駆使して状況証拠を産み出す手法であるため、新事実が一つ見つかると簡単に反証されそうで納得し難いところも散見される。
    とはいえ過去、いや現在においても人の目はカロリーや栄養素にばかり着目し、食べ物の柔らかさや分子間結合力に応じた消化吸収効率を見落としがちなのも事実だろう。口に入れようとするものは見えるが、口に入れた後は見えない。安い手品のトリックでもないようなこんな簡単なトリックだけで、人間は多くのものを見失ってしまうようだ。『人は食べるもので生きているのではない。消化するもので生きている。』という言葉があるように、人類は食べるもので進化するのではなく、消化するもので進化するのかもしれない。

  • 霊長類研究者による、人の進化における
    加熱調理の影響の大きさを説く
    ポピュラー・サイエンス。

    ホモ・サピエンスの誕生については
    一般的に関心は高く、とりわけ言語や集団行動といった
    点から様々な議論がなされるが、
    本書で扱うのはその何十万年か100万年くらい前の
    フェーズの進化である。

    その段階において、火を利用し、獲得した材料を
    加熱調理したことで、
    非常に多くの環境適応、生存に資するメリットを人類は
    手にした、ということが科学実験データをもとに
    分かりやすく解説される。

    重要なポイントはいくつかある。

    ・加熱によるエネルギー総量の増大
     →同じ食材であっても、加熱することで生命体が利用できる
      エネルギー総量が増える。
      これは生存に有利に働く。

    ・加熱による食事時間、消化時間の短縮
     →類人猿が起きている時間の大半をモグモグしていないと
      いけないのに対し、ヒトは短時間で食事を済ませられた。
      これが、その他の生存に有益な活動時間確保や安全確保に
      大きく役立ったと考えられる。

    ・料理という高価値なものを適切に集団内で管理するノウハウの発達
     →料理が争いの元になり、集団内で奪い合いをする危険が大きい。
      そこで、男女がペアになって、男が材料を狩り、守り、
      女性が料理をつくって提供し、という分業が成立し、
      それらのペアを集団内で相互尊重する規範が適応的に誕生した。

    非常にどの説明も合理的で、
    なぜ今までそういうことに気づかなかったのか!と思うほどである。
    オカルトな生食信仰や、根拠のない食事療法のようなものは、
    本書の説明だけでほぼ全部論破可能であるとも思った。

    類人猿のクチの大きさと、ヒトのクチの小ささという話も非常に興味深い。
    加熱によって栄養価が高く、小さくできる食べ物を摂取できればOKになることで
    適応的に口が小さくなり、頭部骨格が変化したことが、
    ホモ・サピエンスにおける言語の獲得に繋がっているといえるだろう。

    あと、
    料理と結婚、というところで、
    一般的には「性的なパートナーの安定獲得」のような話で
    男が女とペアになりたがる理由を考えがちだが、
    それだとどうにも人間社会の現実を説明できないなぁと思っていたのだが
    これが「料理の安定供給関係と、その社会的相互承認」の
    ためだと考えると、驚くほど納得のいく理解が生まれる。

    つまり、たとえば今日の日本のような技術や商業が発達し、
    あらゆるところでおいしい食品を安く買って食べられる(コンビニやレストラン)
    ようになれば、料理の供給にまつわる男女ペアのメリットが
    激減するのは当たり前であり、
    であれば、結婚(制度的な婚姻でなく、事実婚でも良いのだが)する
    インセンティブが失われるのは、これまた一貫した話である。

    と思うと、少子化対策とかいって、いくら結婚しろしろと煽ったり、
    若年層の経済的な安定を支えよう、とか言ったりしても、
    いやそれらにも僅かな効果はあるかもしれないけれど、
    本質的にヒトという種の成り立ちと、生存のための仕組みにマッチしていないから、
    ほとんど意味がないのだろうなと気づかされた。

    結婚しないと孤独ですよ、みたいな煽り文句もあるけれど、
    別に現代なら、趣味を共通する仲間や、気の合う仲間とコミュニティを
    形成することも可能だし、あるいはペットを飼うという手段だってある。
    孤独を避けるというメリットは、そもそも本来的に男女ペアのシステムとは
    関係がなかったのではないか?
    (だいたい、男と女の考え方は相当に違うことも多いのだし、
     なぜ赤の他人と1から関係を築くのかと改めて考えると、その投入
     エネルギーの大きさといったら!
     しかし、料理供給という絶大なメリットを考えれば、それは見合うのだ)

    また、そもそも法治社会が成り立っている以上、たとえば家の中に
    食べ物を置いておいても盗まれない(盗むと社会から処罰される)のであれば、
    その点でも、男女がペアになって食物を守る必要もないのである。
    世界を見ると、出生率が高い地域は、法治システムの弱さと相関関係にあるのでは?とも
    思った。
    はるか数十万年前の人類たちに、法律があったわけがなく、小集団内の
    非言語的な規範くらいなもので、集団を出れば、そこはもう戦闘と収奪の繰り返し
    だったのではないだろうか?

    というわけで、
    現代社会の抱える「問題」を適切に捉えるには
    進化学の視座から、ヒトという種がどういう特徴を持っているのかを
    よく見直すがあるということを、改めて教えてくれた一冊。大変学びが多い。

  • 火を使った料理によって接種できるカロリーが増え、それに適応するために人類が現在の形態に進化したというもの。

  • 料理による人類に与えた影響は計り知れないほど奥が深いことが分かった。

  • 人類は火を使って料理をしたことによって、現在の姿になり、他の類人猿に勝利したのではないかとする論稿。
    火の発見より、調理に用いることがポイントで、料理によってどのようにホモ・サピエンスの身体が変化してきたのかを膨大な事例をもとに解説している。

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著者プロフィール

1948 年生まれ。ハーバード大学生物人類学教授。専門は霊長類の行動生態学。国際霊長類学会名誉会長。ピーボディ博物館霊長類行動生物学主幹、ウガンダのキバレ・チンパンジー・プロジェクト理事をつとめるほか、アメリカ芸術科学アカデミーおよび英国学士院(British Academy)フェローでもある。その功績を称えて、英国王立人類学協会からリバーズ記念賞を贈られた。著書に『善と悪のパラドックス』(NTT出版)、『男の凶暴性はどこからきたか』(デイル・ピーターソンとの共著、三田出版会)など。

「2023年 『火の賜物 【新装版】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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