善と悪のパラドックス ーヒトの進化と〈自己家畜化〉の歴史

  • NTT出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (474ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757160804

作品紹介・あらすじ

寛容と暴力、2億5000万年の人類史
世界で最も温厚で最も残忍な種、ホモ・サピエンス。協力的で思いやりがありながら、同時に残忍で攻撃的という人間の特性は、なぜ、いかにして育まれたのか。ヒトの攻撃性が他の霊長類と異なる理由とは? 世界的人類学者が、寛大で従順な性質を自ら身につける「自己家畜化」という人間の進化特性を手がかりに、優れた洞察とエビデンス、人類学、生物学、歴史学の発見をもとに、人類進化の不思議に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 知的好奇心を十分に満足させられた一冊であった。

    傑作として名高いジャレド・ダイアモンド氏の『銃・病原菌・鉄』やユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史』に匹敵する面白さである。

    ガチガチの学術書であるが、その文体は非常に分かりやすくどんどん読み進めることができる。
    著者のリチャード・ランガム氏はハーバード大学の生物人類学の教授であるが、著者の本書で提唱する「自己家畜論」や「処刑理論」を読むと目から鱗が落ちる体験ができる。

    どのように我々ホモ・サピエンスが世界の頂点に立つことができたのか?
    この難問が彼の理論できっちりと説明することができるのである。

    ホモ・サピエンスは個々の個体を強化するのではなく、組織としての力を強化していくことによって強くなっていった。

    本書のなかにネアンデルタール人とホモ・サピエンスの違いやどうやってネアンデルタール人をホモ・サピエンスが駆逐していったかが丁寧に説明される。

    ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの脳の容積はほぼ同じであり、体格は若干ネアンデルタール人の方が大きい。個体としてはネアンデルタール人の方がホモ・サピエンスよりも強いと言ってもよかった。

    しかし、ホモ・サピエンスの方が優れている部分があった。それが組織力である。

    ホモ・サピエンスはネアンデルタール人よりも言語を上手く操ることができ、仲間同士でのコミュニケーション能力が高く、組織だった行動や攻撃を行うことができ、個体としての力が強かったネアンデルタール人を組織の力でホモ・サピエンスは撃退していったのである。

    この組織だった行動を生むのが「自己家畜論」「処刑理論」で説明される。
    個人よりも組織を優先する本能を育てるため、個人の狂暴性は世代ごとに失われていき、協調性が高まっていったのである。

    それには「処刑理論」も一役買っている。
    古代では力の強いボスが組織を牛耳っていたが、言語が発達し仲間同士でコミュニケーションができるようになると、横暴なボスを他の者たちが協力して処刑することができるようになった。
    つまり、力が強いだけの個体より、力は弱いけれども集団で立ち向かうことができるほうが強くなったのである。非常に納得させられる。

    本当に素晴らしい本であった。
    最後に著者は「処刑」の役割について認めているものの現在の死刑制度には反対している。
    「処刑」が役に立ったのはあくまでも古代であり、警察や刑務所がない時代の話である。
    現在は、警察や刑務所が「処刑」の役割を十分に果たしているので今の時代では「死刑」は必要ないと述べている。

  • https://youtu.be/wKH0hsaaxPk
    本書をこれから手にとる人も、読み終えた人も参考になると思ったレビュー動画がコレ。
    本書でも「はじめに」で、全体のアウトラインが示されるが、全然ネタバレとも言えないほど簡単な要旨、だけど、以降の各章から汲み取れる知見は、さらに深いので読み応えがある。

    まず、重要だと思った指摘は、社会的な理解力の向上が、すぐれた知能ではなく感情のシステムの変化によるものだという点。
    すなわち人間の進化は、知能ではなく恐怖心の低下によって引き起こされたのだというからブッ飛ぶ。

    かつてオオカミに近かった人間の行動が、犬に近い現代の行動へと変わったと言われる通り、短気ですぐに相手を威嚇し、喧嘩をしていたのが、温和になり、従順で寛容になったのは、自己家畜化によって反応的攻撃性が抑えられたためだ。
    家畜化は、社会化の窓の期間を延長し、恐怖心を弱める。恐怖心が弱まることで、注意深くお互いを見ることができ、他人のシグナルを読む能力を増大させる。
    ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の違いも、知能より感情に基づいていた。
    結論的には、ホモ・サピエンスは自己家畜化し、ネアンデルタール人はしなかった。
    犬とオオカミの差異に近く、ホモ・サピエンスが、自己家畜化によって、反応的攻撃性を低下させ、激情や自己中心的な支配欲を抑えると、恐怖心が弱まり、協力し合う寛大さを手に入れたのに対して、ネアンデルタール人は、緊張を緩和でぎす、あまりにも早く攻撃に移ったので、社会的な協力関係が築けなかった。

    ここで、なぜ生物学的な利点のない同性愛が淘汰で消え去らなかったのかという疑問を呈示し、同性愛は適応ではなく、進化による副産物ではないか、と。
    すなわち、自己家畜化の副産物で、反応的攻撃性を抑える選択の付随的な結果だとする。
    反応的攻撃性を抑える選択が偶発的に協調性を高め、協調性の向上が非適応の同性愛行動を生んだという指摘は興味深い。

    それと、確かに反応的攻撃性が低下すれば、寛容な協調性は向上するが、それだけでは不十分で、道徳性の向上も不可欠だ。
    息子の命を犠牲にしたイヌイットの未亡人の話が出てくるが、この人間に特有の特徴を説明する前に、そもそもなぜ自己家畜化が始まったのだろうか?

    そこには言語の獲得があり、従来は言葉が評判を生み、評判が道徳性を生んだという評判仮説があったが、そもそも暴力的な図々しい男にとって、評判など無意味だ。
    現在では、言語能力の向上が、共謀する能力の引き上げ、集団で暴君を排除(処刑)が可能になることで、自己家畜化が進行したとする、処刑仮説が主流となりつつある。
    つまり、横暴なボスを失脚させるため、下位の男たちが団結して、共謀し、互いに信頼し協力して暴君を処刑する。
    支配的で、気が短い乱暴者を淘汰するため、言語によって共謀する能力が引き出されたのだが、これは人間に特有の能力だとする。
    この言語獲得が共謀する能力を育み、思いのままに人を処刑する協力関係が出現したというのは、ずいぶん唐突な感じがするかもしれない。

    しかし著者は、人類が見知らぬ敵を殺して楽しむように進化したという、更なる不穏な考えを呈示する。
    進化は他者を殺すことを快楽にした。すべてのメンバーにとって、弱った隣人は言うに及ばず、目の上のたんこぶのような横暴で危険なボスでさえ、集団で共謀して襲えば成功の確率が高いと踏めば、躊躇なく攻撃し、成功に酔いしれる。
    この死刑の導入は男性連合の支配の始まりで、その後の家父長制導入も新たな女性支配の更新に過ぎないという指摘は重要。
    それと、男たちの掟のルール化が恐れの感情を育み、道徳的感受性を進化させたという結論も凄い。

    つまり、すべての根底にあるのは恐怖心で、一方では恐怖心の低下が、協調性を高め、協力関係を生み出し、他方では、掟を破ること、批判されることへの恐怖心が、道徳的感受性を進化させたのだ。
    他に類を見ないほどの複雑な道徳的集合体はこうして作られ、「種としてきわめて邪悪であると同時に、きわめて善良である」ように我々は進化した。

  • 人間社会は他の霊長類に比べて暴力的になることが例外的に少ない一方、一度戦争などの紛争が起こると死亡率が例外的に高くなる事象をもって「(人間社会の)善と悪のパラドックス」と呼び、その謎に迫っている。

  • 難しい。興味のあるところ以外はあまり頭に入ってこなかった。

  • 人類の自己家畜化について知見を広げたく手に取った。集団による支配により個の力が抑えられ反応的攻撃性が優位を保てなくなったとの考察は納得だが、処刑による排除や個々の抑制の結果、遺伝的に組み込まれるようになったとの論にはいまいち首肯しかねる。能動的行動性の強化についても同様。また能動的攻撃性と戦争回避の可能性については本題から外れるので触れなくて良かったのではないかと思う。
    参考文献が恐ろしいほどの量で、著者の費やした時間とエネルギーには頭が下がります。

  • [出典]
    「「逆張り」の研究」 綿野恵太

  • おもろい。「反応的攻撃」と「能動的攻撃」がマジ納得。

  • 家畜化症候群が起きる過程とその生理的メカニズムを説明したうえで、人間の自己家畜化が進んだ原因を推測する。人間は反応的攻撃性が低いが、能動的攻撃性は高いとの指摘が興味深い。

    ドミトリ・ベリャーエフは、毛皮農場のキツネの中からおとなしい個体を選んで交配させ、その子ギツネの中からおとなしい個体を選んで交配させることを繰り返した。すると、30~35世代で70~80%が犬のように尾を振ったり、クンクン鳴いたりするようになった。メスは繁殖の季節性が失われ、年に複数回出産するようになった。人間が管理する過程で、必然的に攻撃性の低い個体が選ばれる。家畜化は、反応的攻撃性を抑える選択によって生じることがわかる。

    受精卵が分裂を繰り返して原腸を形成すると、神経堤細胞が形成されて様々な部位に散らばる。家畜にみられる体毛の白いぶち模様は、メラミン色素を産生するメラノサイトの欠乏によるものだが、それはメラノサイトが大きな影響を受ける神経堤細胞が体の末端まで届かないことが原因。神経堤細胞は副腎にも影響を与え、そのホルモン産生率が減少すると感情的反応は抑えられる。他にも、顎の発達や歯の大きさ、垂れ耳(内部の軟骨の長さによる)も神経堤細胞の影響を受ける。従順な個体を選択することによって、感情的反応に影響する生体の変化が生じ、それが他の特徴に二次的な影響を及ぼす。

    ボノボとチンパンジーの生息域は、どちらにも果実が豊富にある熱帯雨林があり、気候や植生に大きな違いはない。チンパンジーは食べ物を得るためにゴリラと競う必要があるため、散らばって単独行動をするが、ボノボの生息域にはゴリラがいないため、小集団でゆっくりと移動しながら食べる。小集団内のメスは安定した結びつきを築いて防衛的な協力体制をつくってオスの威嚇を撃退することができ、オスの攻撃性が低下して、自然下での自己家畜化が進んだ。

    チンパンジーによる他集団の殺害行動は、一方的に行われる。加害者側にはほとんど負担はかからず、競争相手を殺せば自分たちの利益になる。ローレンツの主張に反して、オオカミでも群れの間での殺害が多く確認されている。殺害の要因となる個体の連合は、群居性の肉食動物と霊長類だけに発生する。

    人間は他の霊長類と比較しても、日々の生活でカッとなって暴力をふるう反応的攻撃性は低いが、戦争などの計画して行う能動的攻撃性は高い。人間は、30万年前のホモ・サピエンスになった頃までに反応的攻撃性が弱まり、従順さが増した。反応的攻撃性がどのようにして淘汰されたかはわかっていないが、処刑仮説がある。狩猟採集民などの小集団では、社会の規範に従わない反応的攻撃性が高い者や独裁者になろうとする者を処刑することによって自己家畜化が進み、平等主義の社会が生まれた。処刑が人間の自己家畜化にどれくらい重要だったかはわからないが、その要因となったと考える証拠はそろっている。共謀の力で他人を計画的に殺すには、言語が必要になる。言語は10万~6万年前に現代のように洗練されたレベルに達していたという見解がある。

    チャールズ・ダーウィン、ジョナサン・ハイト、クリストファー・ボーム、サミュエル・ボウルズ、フランス・ドゥ・ヴァールは、集団志向の道徳的反応は、集団にとって有利に働くために発達したと論じている。だが、道徳的反応によって個人は有益な協力関係を築くことができ、処刑を恐れたことが道徳性を促したのかもしれない。

    人間は、いくつかの無意識のバイアスの影響を受けている。不作為バイアスは、責任を回避するために何かをするより何もしないほうを選ぶ。副作用バイアスは、故意に被害をまねかない方向に働く。非接触バイアスは、危害を加えられている人に触れるのを避ける。いずれも、行為者と行為の間に距離を置くことによって、悪事を働いたと非難されることを避けるためなのだろう。

    人類の祖先では、連合による社会集団内に向けた能動的攻撃性によって、自己家畜化と道徳が進化した。現代では、それによって国家が機能しているが、戦争や虐殺などの暴力ももたらされた。戦争には2つの形式がある。ひとつは、国家以前の小規模社会で起き、時間は短く、奇襲によるもので、ひとり以上を負傷させるか殺した後、すみやかに逃げる。もうひとつの戦争は、政治的リーダーシップがある社会で起こり、方針を決定する指揮官と、その命令に従う兵士が関与する。兵士には参加するか否かの選択権はなく、戦うことで生き延びるチャンスが広がることや、親しい仲間に軽蔑されないために戦闘に加わる。指揮官は、自軍が敵より圧倒的に強い場合に攻撃を開始し、戦闘を始めた側が勝利する傾向にあった。しかし、その確率は1850年から低下し始め、1950年以降は45%になっている。

    カルネイロは、自治政府数の減少傾向や世界28大帝国の拡大から、西暦2300~3500年に世界国家が樹立されることを推定している。

  • 「人間はボノボのように忍耐強く、チンパンジーのように凶暴だ。」
    自己家畜化をキーワードに、われわれホモ・サピエンスの歴史をVirtureとViolenceとして解き明かした生物人類学者リチャード・ランガムの意欲作。

  • レビューはブログにて
    https://ameblo.jp/w92-3/entry-12739179275.html

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著者プロフィール

1948 年生まれ。ハーバード大学生物人類学教授。専門は霊長類の行動生態学。国際霊長類学会名誉会長。ピーボディ博物館霊長類行動生物学主幹、ウガンダのキバレ・チンパンジー・プロジェクト理事をつとめるほか、アメリカ芸術科学アカデミーおよび英国学士院(British Academy)フェローでもある。その功績を称えて、英国王立人類学協会からリバーズ記念賞を贈られた。著書に『善と悪のパラドックス』(NTT出版)、『男の凶暴性はどこからきたか』(デイル・ピーターソンとの共著、三田出版会)など。

「2023年 『火の賜物 【新装版】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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