落日 (ハルキ文庫 み 10-3)

著者 :
  • 角川春樹事務所
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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758445085

作品紹介・あらすじ

わたしがまだ時折、自殺願望に取り付かれていた頃、サラちゃんは殺された──
新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。
十五年前、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』。
笹塚町は千尋の生まれ故郷でもあった。香はこの事件を何故撮りたいのか。
千尋はどう向き合うのか。そこには隠された驚愕の「真実」があった……令和最高の衝撃&感動の長篇ミステリー。

感想・レビュー・書評

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  • 『思い出すのは、あの子の白い手。忘れられないのは、その指先の温度、感触、交わした心 ー』
    
    幼い頃の記憶に何を思い浮かべるかは人それぞれです。個人差はあるものの記憶というものはおおよそ三歳から四歳くらいから人の中に残り続けるのだそうです。私、さてさてと言えば、何歳と断定できないのですが、雪が降り積もった道を祖母におんぶしてもらった、そんな記憶が残っています。真っ白な雪景色の中に包まれる寒々とした光景。しかし、私の中に残るのは祖母のあたたかい背中です。そんな祖母も亡くなってかなりの時間が経ちました。しかし、私の中には記憶としていつまでも残り続けている祖母の背中。人によって幼き日の記憶は異なるとは言え、やはりそれは人と人との繋がりの中にあるものではないか、そんな風に思います。

    さて、ここに、『出ていって』という言葉の先に『ベランダに閉め出された』幼き日の記憶を語る主人公が登場する物語があります。『雪がちらついて』という寒空の下の『ベランダ』で、『隣の部屋との仕切り板』の向こうに『自分と同じくらいの大きさの手』の存在を感じた主人公の思いを見るこの作品。閉め出される度に、そんな存在と『モールス信号』を交わす主人公が描かれるこの作品。そしてそれは、そんな経験のその先に、『思い出すのは、あの子の白い手…』と幼き日の記憶を大切に思う大人になった主人公がそんな記憶に隠されたまさかの真実を見る物語です。

    『あれが虐待だったとは、今でも思っていない。あれはしつけだった』と幼稚園時代のことを振り返るのは主人公の長谷部香。『夕飯後に「勉強の時間」というものがあった』という香は、『年長組に上がる前には小学二年生用のドリルを終えてい』ました。そんなある日、『一〇問中、初めて、三問以上にバツがついてしまった』香の前で『母は赤ペンをテーブルに叩きつけるように置』くと、『出ていって』と『ポツリと言』います。それが『ベランダに閉め出された最初』だったという香は、『とにかく母にきらわれたくな』いという思いの中に、それに従いました。しかし、『初日に抵抗しなかったため、それ以降、正解率が七割未満になると、ベランダに出されるのが習慣』となっていきます。そんなある夜、布団の中で『今からそんなに勉強させなくても…』と言う父親に、『文句があるなら、こんな暮らしから解放してくれたあとにしてほしいわ』と返す母親のやりとりを聞く香。そして季節が進んでいく中に、『あの日が訪れ』ます。『雪がちらついていた』という日に『またベランダに出される』ことになった香は、あまりの寒さに『風を避けられる場所を探』すと、隣家との境目に『稼働中の室外機から温風がもれて』いるのに気づき『体育座りをし』ます。そんな時、『ベランダの底面と板の隙間』から『手が覗いてい』ました。『板を挟んで誰かいる』と思う香は『指先でトントントン』とする中に触れ合いを持ちます。そして別の日、また別の日と、『モールス信号のような』繋がりを持つ香。そして、ある日スーパーで『お隣のタテイシさんよ』とサラちゃんと対面した香は、『ベランダに出なくても、サラちゃんに会える』ことを喜びます。しかし、『父の遺体が海で見つか』るという急展開の中に『母の実家である祖母の家に引っ越す』ことになった香は、『また会いたいね』と手紙を『サラちゃんの家のポストに入れ』ました。場面は変わり、『神池のおじいさんの十七回忌に帰ってこい』という父親からのメールを受け取ったのはもう一人の主人公・甲斐真尋。有名な脚本家・大畠凛子の下で脚本家の助手をしている真尋でしたが、大畠の勢いがなくなる中に先行きが見えない日々を送っていました。そんなある日、『見憶えのないアドレスから、メールが一通届いてい』るのに気づきます。『わたしは映画監督をしているのですが、新作の脚本について相談させていただけないかと思い…』というメールは初監督作品で『世界的に有名になった映画監督』である長谷川香からのものでした。『まったくの無名の脚本家に』、『何の接点もないのに…』と訝しがる真尋でしたが、『ぜひお会いしたい、とメールを送』ります。そして、香と真尋の二人の過去に繋がる接点に、まさかの真実が明らかになる衝撃的な物語が描かれていきます。

    “新人脚本家の甲斐千尋(本名: 真尋)は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。十五年前、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』”と、内容紹介に挙げられたこの『事件』が湊かなえさんらしい物語を作り出していくこの作品。第162回直木賞の候補作にも選ばれた近年の代表作の一つだと思います。

    そんな物語には、「落日」という書名を意識してか、海へと沈もうとする太陽の写真がとても印象的に表紙を彩っていきます。それは、作品中でも同様で、「落日」を描く見事な表現が作品内に登場します。せっかくなので、まずはそんな表現を追ってみたいと思います。

    ・『あと二時間くらいで、海に太陽が沈むんだ。ジュワって音が聞こえてきそうなほど大きくて真っ赤な太陽が』。
    → 亡くなった父に『一度だけ』『町のシネコンで映画を見た帰りに、海に連れていってもらったことがある』という香が、海を見つめて彼女に語りかける父親を思い出す場面に登場する「落日」です。なんとも雄大な情景が浮かんできます。

    ・『高台にあるおばあちゃんの家からは、これから沈もうとしている夕日をまっすぐ眺めることができた。太陽ってこんなに赤くて、丸くて、大きかったっけ?と目を奪われてしまうような夕日を』。
    → 真尋の従兄弟の『元カノ』・橘イツカが、友人に呼び出されて赴いた『おばあちゃんの家から』見る「落日」です。高校生だったイツカの新鮮な感覚が上手く表された表現だと思いますが、物語では、このあとイツカに衝撃的な運命が待ち受けています。

    ・『海の上にかかっていた雲が少しずつ上がっていき、雲と海のあいだに隙間ができる。ちょうど太陽がはまるくらい』という中に、『線香花火の赤く丸い玉が、早々に地面に落下したのをなげいていると、そこから最後の火花が上がり、ゆっくりと消えていく。そんな日の落ち方だった』。
    → これも見事な表現です。真尋が先生である大畠凛子と見る「落日」の場面です。まさしく絵に描いたような「落日」の場面。ここからは「落日」という表現にどこか付き纏うマイナスイメージが払拭されていくように思います。これから、読まれる方には是非、書名の「落日」の視覚的イメージも意識いただければと思います。

    “新作に取り掛かる際、よく編集者から投げてもらった一言から話を考えていく” と執筆の起点を説明される湊かなえさん。そんな湊さんはこの作品の起点をこんな風に説明されます。

    “今回、版元の社長から’裁判’、担当編集者から’映画’という言葉をいただき、なら裁判シーンのある映画を作る話にしようと思いました”

    二つのキーワードから単行本380ページという物語を編み出す湊さんの恐るべき筆の力にも驚きますが、そこに深く斬り込まれていくテーマもなかなかに絶妙だと思います。では、そんなキーワードを順に見ていきましょう。まずは、『裁判』です。この作品では、ダブルキャストとなる香と真尋の双方に縁のある『山と海に挟まれた細長く小さな町、笹塚町』が一つの舞台となって展開していきます。そんな町で十五年前に起こった『笹塚町一家殺害事件』。そんな事件の真相を求めて主人公の真尋が、ある時は香と、またある時は大畠凛子と事件の現場を訪れ、さまざまな人物に話を訊いていきます。そんな中でこの作品では、『法学部の学生であったにもかかわらず、裁判所を見学するのは初めて』という真尋が、香と東京地方裁判所へ『傍聴』に訪れる様子が描かれていきます。このレビューを読んでくださっているみなさんの『裁判』への距離感はマチマチだと思います。私、さてさては『傍聴』の経験がありませんので、『裁判』というとテレビドラマに描かれる場面しか思い浮かびません。そんな私のような者にとても気になる表現が登場します。それが、『なんか、ゆるゆるですね』という真尋の言葉の先に描かれていく『裁判』のリアルです。

    『裁判って、どれも、あんなに軽いものなんですかね』

    そんな風にも語られる『裁判』の場面は、『サスペンスドラマの法廷シーンと実際の法廷はまるで違う』という言葉通りドラマのあの劇的な場面からは程遠い世界として描写されていきます。作品では、『裁判所を見学するのは初めて』という真尋視点で、『違うなら、どうして現実に寄せないんだろうって疑問に思っ』ていたのが、『傍聴』によって『そのままやると退屈だからですよね』と納得感を得る先に、だからこそ『裁判』とはどうあるべきものかと香と意見を交わしていく姿が描かれていきます。

    また、刑事裁判でよく登場する『精神鑑定』にも光を当てていきます。『弁護側は「心神喪失状態にあった」と主張したが、検察側は「完全な責任能力があった」と主張』するというような展開は、現実の『裁判』でもよく聞く話です。しかし、その実際がどういうものかの詳細についてつい詳しい方も少ないのではないかと思います。この作品では、『精神鑑定』という名前は聞くもののイメージでしか知らないという方にも分かりやすくその裏にあるものが描かれていきます。『裁判』というキーワードからとても興味深い視点を見せていただきました。

    そして、もう一つが『映画』です。この作品は〈第一章〉から〈第六章〉で構成されていますが、一方で〈エピソード1〉から〈エピソード7〉という言葉が目次には記されています。〈第一章〉に〈エピソード1〉が起こるのか?と一瞬思いますがそうではなく、〈エピソード1〉、〈第一章〉、〈エピソード2〉、〈第二章〉…という順序で物語は進みます。これは実は、〈エピソードX〉が香視点の物語、〈第X章〉が真尋視点の物語となって構成されています。つまり、実際には香と真尋という二人の主人公に交互に視点が切り替わる十三章から構成された物語というのが実際の内容です。そして、そんな二人の主人公は、香が映画監督、真尋が脚本家という位置づけです。とはいえ二人には大きな落差があり、香が初監督作品がが海外で賞をとったことで『世界的に有名になった映画監督』である一方、真尋は大畠凛子の元で『アシスタントであり、事務員でもある』という光の当たらない身です。物語では、そんな二人が香が真尋宛に出した一通のメールによって繋がっていきます。それこそが、香が自らかつて一時期暮らした町で発生した『笹塚町一家殺害事件』を題材にオリジナル映画を撮るという思いを固めたことから始まります。そんな香視点となる〈エピソードX〉は監督になる以前の香の人生が描かれています。

    『あれが虐待だったとは、今でも思っていない。あれはしつけだった』という幼稚園時代の記憶

    香は、そんな記憶の中で、ベランダで心を交わし合った隣室のベランダの主のことがいつまでも記憶に刻まれ続けています。

    『わたしだって、あの子がいなければ心が折れていたかもしれない。そう考えると、彼女は命の恩人のように思えた』。

    物語は、そんな『あの子』が重要な位置づけにあります。そして、主に現在の姿が描写されていくのが〈第X章〉で描写される真尋の物語です。脚本家としての将来が全く見通せない中にもがき苦しむ真尋に一つの転機が訪れます。それこそが映画監督の香からのメールですが、真尋の脚本が『採用してもらえるか、決まったわけじゃない』という中に『笹塚町一家殺害事件』に深く足を踏み入れていきます。そこには次から次へと新たな事実が浮かび上がり、まさかの関係性の中に人と人が繋がっていきます。そんな中に真尋の心の内が細やかに描かれていきます。

    ・『この町は、監督がただ通過しただけの場所ではなさそうだ』。

    ・『マスコミが報じなかった彼女のエピソードを知ることはできたけど、どういうわけか、それは長谷部監督が求めているものではないような気がした』。

    そして、

    ・『まるでつかめない。形が見えない。事件の概要、ではなく、監督が何を撮りたいのか。監督を信頼できるのか。監督が知りたいことを、果たして自分は見たいのか』。

    といったように香がどうして『笹塚町一家殺害事件』に深い関心を持つのか、そんな香の思いに向き合っていく真尋。そんな真尋が、『企画が通る通らないは関係ありません。ただ、わたしは「笹塚町一家殺害事件」を元にした映画の脚本を書きます』という強い思いの先に進んでいく物語は、真尋自身の中に眠る事ごとに決着をつけていく過程を描くものでもあります。「落日」という書名から”イヤミス”な結末を想像させる物語は、そうではなく、「落日」したからこそ訪れるであろう次に続く新しい未来、輝ける未来を予感させる中に終わりを告げました。

    『思い出すのは、あの子の白い手。忘れられないのは、その指先の温度、感触、交わした心 ー』

    『裁判』と『映画』をキーワードに書き上げたというこの作品。そこには、”再生に繫がる一日の終わりもあるんじゃないかと思ってこのタイトルにしました”とおっしゃる湊さんの思いを感じるあたたかい読後感の物語が描かれていました。湊さんらしく真摯な物語の紡ぎ方に上質な読書を楽しめるこの作品。視覚的な「落日」の描き方に映像を強く意識させるこの作品。

    湊さんらしく細やかに張り巡らされた伏線が、結末に向かって鮮やかに回収されていく物語作りの上手さの中に、さまざまな思いが去来した作品でした。

  • 読む本が無くなってしまったので、ブックオフで数冊仕入れてきた中の一冊。

    久しぶりの湊かなえ先生。何時以来だろう??

    本当はカケラを読んでみたかったのだが、古本屋さんには無かった。


    この本は主役が2人。
    まず1人は新人脚本家の甲斐千尋。
    笹塚町出身、母は癌で他界しており、姉はピアニスト。
    彼女の故郷で過去に一家殺害事件が起きていた。

    もう1人の主役は、その一家殺害事件を映画化したいと考えていた映画監督の長谷部香。

    彼女の母親は厳しく、幼稚園の頃、勉強が出来ないとベランダに出されていた。
    何時ものようにベランダに出されたある日、隣の部屋からも人の気配を感じる。
    ベランダの隙間から幼い手を見つけ、自分と同じ境遇なのかと感じる。
    そして2人は言葉ではなく、その手だけでお互いを励まし合う。あくまで記憶の中の世界だが。。。

    その相手が一家殺害事件の被害者と知り、香は映画化したいと考える。

    香はその土地出身の千尋の存在を知り、彼女に直接脚本の依頼をする。


    取材をするに従って、この事件の全容が明らかにされていく。
    そこには千尋も全く無関係ではなかった。


    前半30%くらい読んだところで、何となくこの本の落ちを想像していた。

    ちょっとネタバレになるかもしれないので、これから読む人は読まないで頂きたい。


    千尋の姉が最初から所々登場するが、実態が無い。
    ミステリ読みからすると、一番怪しい人物。
    いやでも、これはミスリードかもしれない。
    なーんてモヤモヤ考えながら読み進めると、だんだん自分の考えていた方向に物語が動いてきた(^_^;)

    今回は深層がかなり自分の想像と一致してしまった(笑)
    細かい設定まではよみきれなかったが、ある程度想定内に落ち着いた。

    しかし最後に一つ香に贈り物が。
    これは流石に気づかなかった。


    流石の湊先生。
    やっぱりサクサク読めるし、面白いなぁ。

    映画を一本見終わったような満足感。

  • 安心安全の湊かなえ
    「事実と真実の違いとは?」
    どちらを信じたいかで情景がガラリと変わる
    お得意の主観錯誤ミステリー
    登場人物が点から徐々に線に繋がり、見事に回収されるのは流石

    「実際に起きた事柄が事実、そこに感情が加わったものが真実だと、わたしは認識している。裁判で公表されるのは事実のみでいいと思う」

    結局、どちらが正解かは第三者はどぉでもよい。
    それよりも楽で面白いほうに傾くのがマスコミ・世論・私達でしょうか?
    物語フィクションだが、昨今のメディア報道がそのとおりだなと自己完結。

  • 落日は明日の生き方を始めるための転換スイッチ
    私たちが毎日目にする色んな事件事故
    誰が何を思って、何で起きたのか
    当事者でなければそれは想像でしかない
    2人の登場人物の目線である事件事故について知っていき、最後1つのストーリーへ結びつくのが気持ち良かった
    イヤミスで無かったのが個人的には好きな作品
    人は自分の見たいものを見たいように見られるけど、事実を知ることで良くも悪くも見えるものやストーリーが変わってくる
    敢えて見ない、知らない方が幸せなこともあるし、知ることで救いになることもあるよね

  • 湊かなえさんの作品は「告白」以来、めちゃくちゃお久しぶりの二作目。
    イヤミスの女王と言われる湊さん。後味悪いお話は極力避けたい族の私ですが、今作は湊さんには珍しく読後感の悪くない作品というウワサを聞きつけて手に取ってみました。

    ※※※

    鳴かず飛ばずの脚本家・甲斐千尋は、15年前に千尋の地元で起きた殺人事件をテーマに作品を作りたいと新進気鋭の映画監督・長谷部香から相談を受ける。
    それは引きこもりの少年が高校生の妹を刺殺したあと、自宅に火をつけて両親を焼死させたというものだった。
    すでに死刑判決が出ているこの事件で、香は何を撮りたいのか。そして、千尋はどう事件と向き合うのか──

    ※※※

    途中少し中だるみを感じる箇所はあったものの、それでも先が気になってページを捲らせる力量はさすがだな、と感じられる一冊。

    特に千尋の描写が印象的だった。

    それなりに重たい過去を持つ主人公ってよくカッコよく描かれたり特殊技能を持っていたり、何かしら魅力的に描かれることが多いですよね。でも千尋は特に才能があるわけでも性格が良いわけでも美人なわけでもない。小さなことで人を羨んだりもする、本当に圧倒的に普通の人。

    最後まで変わることなく普通の人でいる千尋がそれでもいろいろ「知った」後に完成させた脚本は、普通の人だからこそ面白いものになったんだろうなぁ、と思わせられる。

    というか、ここまで主人公をリアルな「普通の人」として書き切る湊さんの他作品にも興味を惹かれるものの、他の作品はぜんぶイヤミスなんだよね…?

    あと「事実」と「真実」の違いや、「見ること」と「知ること」の違いについての言及が興味深かったです。
    「真実はいつもひとつ!」じゃないってことですな。

    ほんとに後味悪くない…?とドキドキしたラストも清涼感ある希望をひっそりと感じられるものでひと安心でした。

  •  本書は、著者特有の、えぐり出すような心理描写、ドロドロした嫉妬感情などのイヤミスのにおいを残していますが、家族や人の生き方を扱った濃密な物語でした。
     「事実」と「真実」はどう違うのか…。脚本家と映画監督の二人を並列した主人公に仕立て、その生育歴から職業への信条が交差しながら、描かれていきます。
     過去の殺人事件を辿ることで、何が得られ、どう想像し、何が伝えられるのか、そして希望をもてるのか、と知らず知らず製作・想像する立場で読み進めていました。
     改めて、湊かなえさんの物語を構成する力量と筆力に感心させられました。
     身の回りには、誰もが共有できる「事実」があるのに、その背景にある「真実」は何が本当なのか、実にわかりにくい例は沢山あります。安易に分かったふうな物言いや憶測の域を出ない誹謗・中傷などへの警鐘であり、著者のメッセージでもあるのか、と考えさせられました。

  • 物語の主人公は2人
    脚本家の卵 甲斐千尋(本名 真尋)と
    新進気鋭の映画監督 長谷部香

    香は幼少期のある時期、真尋の故郷である笹塚町に住んでいた。次作の題材としてこの町で15年前に実際に起きた笹塚町一家殺害事件を取り上げようと、真尋に連絡して来たのだが、過去の事件を掘り下げていくうちに2人が辿り着いた事件の真実とは・・・
    その「真実」は彼女達に何をもたらすのか・・・

    2人の主人公の幼少期や思春期の思い出や回想シーンを交互に繰り返しながら物語は進行する。

    途中、真尋のパートでの姉への呼び掛けへの違和感が蓄積し、モヤモヤし過ぎて脱落しそうになった。明らかなミスリードだが答え合わせのお預け感が半端無く展開がゆっくりなので、中盤は少し中弛みしてしまった。

    「事実」と「真実」は何が違うのか・・・
    本作は物語の最初と最後とで全く違った景色がみえる構成となっていた。ここに複雑な人間模様を交錯させながらも細やかな伏線が張り巡らされている。2人の主人公の、創作者としての物の見方や見え方、物語を通じて成長していく様子も、実に丁寧な筆致で描かれていた。

    それにしても、女性の描き方に定評のある湊かなえさんだが、その一方で今回はあまりに不幸な男性陣が多過ぎだった。また女性陣と違い、あまり深掘りされていないように感じた。
    ネタバレになるので詳細は避けるが、せめて生き残っている面子に対してだけでも、明るい兆しが見えるような場面を垣間見せて欲しいと思ってしまった。

    終盤に近づき伏線が回収される度に、私の予想を丸呑みしつつ確実にそこを超えてくる様子には、ゾワゾワと鳥肌が立った。思いがけずプラスアルファの計らいにもジーンと来た。
    ラストは救いがあり、鳥肌がおさまる頃には温かな読後感に浸ることが出来た。
    いやぁ〜解説を読んで更に納得。お見事だった。

    これは読むのはもちろん映画で観ると面白そうだなぁと思ったら、映像化されたようなので是非こちらも見てみたいと思う。
    イヤミス要素は控えめだが、湊かなえさん要素はしっかりと盛り込まれている作品だった。

  • 脚本家と映画監督の女性2人が主人公。
    章ごとに主人公が入れ替わり、どっちかどっちだったか一瞬戸惑いつつ読み進めました。
    序盤は少し話が長く感じてしまいましたが、中盤の脚本家の姉が突然登場?する辺りから一気に面白くなって読む手が止まりませんでした。
    流石に終盤の展開は予想できてしまうのですが、それでも面白かった!

  • イヤミス本領発揮というわけではないですが、湊さんらしい作品です。

    映画監督と脚本家の2人の女性が主役で、映画監督の香は父と母を亡くし、脚本家の千尋は姉を亡くしている。

    人生の終わりが近いと自然と落日を見たくなるのか。たまたまそうなるのか。なんて考えながら読んでました。

    香の父と千尋の姉の真相に辿り着くことで、最後は少しだけ救われたような気がしました。

  • 新人脚本家と新鋭映画監督が15年前に起きた「笹塚町一家殺害事件」を題材にした映画を作るための取材を通して、事件の隠された真実に辿り着いていく物語。無関係だろうと思っていた人物や出来事が複雑に絡み合いながら繋がっていくところが面白く読み応えがあった。

    心に残った言葉
    ・自分で事実を確認することなく、自分で深く考えることもなく、賛成も反対もあったもんじゃない。(甲斐真尋)
    ・この認識が合っているかどうかわからないけど、実際に起きた事柄が事実、そこに感情が加わったものが真実だと、私は認識している。裁判で公表されるのは事実のみでいいと思う。そうしなきゃ公平と言えない。だけど、人間の行動には必ず感情が伴っている。そこを配慮する必要があるから、裁判で問われることも真実のほうでなければならないのだろうけど、果たしてそれは本当の真実なのかな。(長谷部香)
    ・想像力において大切なことは、まず、自分の想像を疑うことではないのか。(甲斐真尋)
    ・ここに来なければ知ることができなかった真実は、はるかな希望をわたしに与えてくれる。父が最後に見た景色は、わたしをその向こう側、次の世界へと導いてくれるに違いない。そして、いつか、わたしの描いた景色で、次の世界に行くことができる人が、それを希望と感じる人が、1人でも多く現れてくれればいい。(長谷部香)

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著者プロフィール

1973年広島県生まれ。2007年『聖職者』で「小説推理新人賞」を受賞。翌年、同作を収録した『告白』でデビューする。2012年『望郷、海の星』(『望郷』に収録)で、「日本推理作家協会賞」短編部門を受賞する。主な著書は、『ユートピア』『贖罪』『Nのために』『母性』『落日』『カケラ』等。23年、デビュー15周年書き下ろし作『人間標本』を発表する。

湊かなえの作品

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