「飽食した悪魔」の戦後:731部隊と二木秀雄『政界ジープ』

著者 :
  • 花伝社
3.20
  • (1)
  • (1)
  • (2)
  • (0)
  • (1)
本棚登録 : 35
感想 : 3
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784763408099

作品紹介・あらすじ

731部隊の闇と戦後史の謎に迫る!
雑誌『政界ジープ』創刊、ミドリ十字創設、731部隊隊友会、日本イスラム教団――
残虐な人体実験・細菌戦を実行した医師がたどる戦後の数奇な運命
GHQと旧軍情報将校の合作による731部隊「隠蔽」「免責」「復権」の構造


731部隊で結核・梅毒の人体実験を企画・実行した二木秀雄。
戦後GHQによって免責された彼は、
故郷の金沢で時局雑誌刊行を始め、政財界にも人脈を広げる。
個人の一生をたどりながら、戦後に連続した731部隊の隊員たちの活動と、
医療民主化の裏側での医学者たちの復権を
アメリカ公文書などの新資料から明らかにする。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 1981年に森村誠一の「悪魔の飽食」がベストセラーになり、石井四郎の率いる関東軍七三一部隊の人体実験、細菌爆弾攻撃が暴かれた。以下「悪魔の飽食」より。
     いかなる軍隊も侵略軍となったときは悪魔の使者となる。集団虐殺、略奪、暴行、強姦、放火等、ありとあらゆる悪逆無道が戦争によって他国の領土に強制された無法状態の中で集中的に犯される。しかもそれを犯す兵士たちは、平時の時にはおおむね平凡な市民である。家族を愛し、社会から分担された仕事を受け持ち、責任と常識をわきまえた善良なる小市民が一度武器を握って侵略軍の兵士となるとき、悪鬼羅刹となってしまう。
    七三一部隊の場合は、それが「国のため」という名分でなされた。森村の言う飽食とは、七三一部隊が「帝国陸軍随一の美食部隊」で、全日本が飢えていたときに七三一部隊が飽食していたことである。内地ではすいとんやサツマイモが国民食となり、敗色濃い前線では栄養失調、飢餓の兵士が続出し命を落としていたときにも、七三一部隊の隊員3000人余りには、銀シャリの白米飯にビフテキやエビフライ、刺身の豪華な食事が供され、キャラメル、羊羹のデザートや果物も食べられた。貧しい農家出身の少年兵は、「この豚肉の大盛り、郷里のお袋に1度でいいから食べさせてやりたい」と感激した。その理由は細菌戦準備の研究のためだった。実験用ネズミを太らせるためにも、マルタに十分な栄養を与えて人体実験を科学的に進めるためにも、豊富で豪華な食事が必要だった。同じ理由で、本部は冷暖房完備、細菌感染を防ぐためすべての建物が水洗トイレの下水道完備だった。飛行場、プール、神社などもあり、盆踊りやスポーツ、サークル活動も盛んで、悪魔の残虐性が文化の糖衣でカムフラージュされていた。七三一部隊の恐ろしさは、職業軍人でなく、学問で鍛えられたはずの学者や研究者によって犯された戦争悪が、われわれ日本人が、同じ状況下に置かれれば、同じ所業を何度でも繰り返す素地を抱えていることである。再び国のため、軍事研究容認の声が高まる中で、忘れてはいけないことである。
    七三一部隊は、研究データを積極的に占領軍に提供することにより免責された。1950年にこの本の主人公である二木秀雄は、七三一部隊の仲間である内藤良一と日本ブラッドバンクの発起人となり、政界、財界との共同、神戸銀行の出資で創立して取締役となる。日本ブラッドバンク社は、日本初の血液銀行として、朝鮮戦争時には米軍が血液を大量に購入して繁栄した。1964年にミドリ十字となり、1978年にアメリカの会社を買収、子会社化したが、この子会社はアメリカの貧民層の血液を恐ろしく安く買い集めてミドリ十字に送った。これが薬害エイズ問題へと発展した。
    七三一部隊は3000人以上の人を実験台として殺害したが、それは主に抗日分子とされて裁判もなく連れて来られた人たちだった。七三一部隊の医師たちの弁明は、マルタはどうせ死刑になるはずの抗日分子なのだから、彼らの生命を最期に人類のために役立てたという、恐るべき論理と倫理である。
    七三一部隊が性病を研究していたのは、日本軍が慰安婦を使っていたからで、さまざまな階級の軍人の中での性病の万延の結果、軍紀と軍の効率が脅かされ、関東軍司令部は七三一部隊がこの問題を解決することを求めたからだ。盧溝橋事件と南京大虐殺は1937年に起きたが、その間の5ヶ月間にロシア人女性に対する強姦が、告発があっただけで2万件に達したと記録されている。
    七三一部隊における二木班は関東軍に万延していた結核の研究を中心とし、梅毒も研究していた。梅毒については、収容された女性を使い、性病に罹患した異性との性交や注射によって感染を生じさせた。その後、経過を観察して、また妊娠、出産させて、子供への感染の有無を確かめた。七三一部隊へは当時大正製薬より莫大な寄付金が投じられており、その見返りとして、サンバルサン606号という梅毒治療薬の製造権が与えられた。大正製薬は戦後もサンバルサンを製造し続け、主要医薬品メーカーへと成長した。
    アメリカはナチスドイツの崩壊後すぐに、ソ連と張り合ってドイツに侵攻し、ドイツの科学研究所や設備、科学技術者を手に入れようとした。アルソス作戦という。当初アメリカは日本の科学技術をドイツほどには評価していなかったが、七三一部隊にとっては幸いなことに、ドイツの細菌戦研究はヒトラーの好むほどには進んでおらず、アメリカは七三一部隊の人体実験データやペストノミ爆弾製造法の独占に、ソ連との対抗で意義を見出した。これが七三一部隊を免責した理由である。
    七三一部隊はポツダム宣言受諾の情報をいち早く手に入れ、徹底した証拠の隠滅と物資の持ち帰りを行い、特別列車と専用機で戻った。内地でも豊富な資金で隊員たちの生活を支えたが、口止め料も含まれていたらしい。また、実験データをG2ウィロビー部長と取引して総額2500万円相当で買い取ってもらった。
    七三一部隊の隊員たちは戦後もそのまま医学会などに復帰し、大きな影響を与えた。中には七三一部隊での研究成果を戦後の英語論文で業績にしたり、博士論文として大学に提出してステップアップするケースも見られた。
    戦争で大きな打撃を受けたソ連は、経済、社会の復興に戦争捕虜たちを奴隷労働力として使った。ドイツ捕虜240万人、ハンガリー50万人、日本60万人が強制労働させられた。
    公衆衛生福祉局の局長だったサムスの代名詞のように語られるDDT革命は、何よりも勝者・米軍兵士の安全と健康を確保するために、敗者である日本の民衆に施された予防衛生措置であった。今日では環境汚染物質といわれる有機塩素系殺虫剤のDDTを、シラミ退治のため港の復員者や学校児童に浴びせ、飛行機で空からもばらまいた。

  • 森村誠一『悪魔の飽食』を読んだ時はかなりの衝撃を受けた。
    関東軍防疫給水部本部、通称731部隊は表向きは感染症の
    予防や対策などの設立されたのだが、その実態は細菌戦の
    為の生物化学兵器の研究や開発に伴い、人体実験を行って
    いた組織だ。

    森村誠一の著作に関しては後に掲載された写真が問題視され
    た。このことで731部隊の人体実験自体が捏造だとの説が一部
    にはあるようだ。慰安婦問題と同じ構図なのだろうな。

    加害の記憶は刻みたくないのは人間の本能なのかもしれない。
    しかし、戦後、戦勝国に戦犯として裁かれた人たちがいた一方
    で、GHQにより免責された実質戦犯たちがいたことは確実だと
    思う。

    安倍晋三の祖父である岸信介もその一人だろうし、732部隊の
    中心的人物だる石井四郎もそうだろう。そして、本書が取り上げる
    二木秀雄もだ。

    731部隊については研究が進んでおり、本書以外にも優れた作品
    となっているので詳細は省くが、この二木秀雄なる人物については
    まったく知らなかったので面白かった。

    研究データをGHQに提供することで戦犯としての訴追を免れた
    二木をはじめとした元731部隊隊員たちが戦後も跋扈している
    のだよね。

    戦後に二木が創刊した雑誌「政界ジープ」が企業の不祥事をネタ
    にして恐喝事件を起こした政界ジープ恐喝事件、GHQとの深い
    関係をうかがわせる「日本ブラッドバンク」の設立は後々売血問題
    に発展するきっかけか?

    この「日本ブラッドバンク」は後年、薬害エイズ問題を引き起こす
    「ミドリ十字」の前身である。

    余談だが、売血については私が敬愛する故・本田靖春氏が読売
    新聞記者時代に「黄色い血追放キャンペーン」を行っている。

    苦しい戦後を生き抜いたり、戦中の自身を顧みて医学の世界に
    背を向けた元隊員もいた一方で、二木のように戦中の人脈を
    引き摺りながらも、時代の波を上手に乗り切った人もいるんだ
    なと思うと複雑な気分だ。

    二木の戦後も興味深く読んだが、ゾルゲが日本の細菌戦準備の
    情報を掴んでいたとの話が面白かった。

  • まだ読み切っていないけれどこれはすごい本だ。元731部隊員の二木秀雄の戦後の活動を辿ることで冷戦下の日本の反共右翼人脈の行動原理を浮き彫りにする。

全3件中 1 - 3件を表示

著者プロフィール

1947 年岩手県生まれ。東京大学法学部卒業、博士(法学)。現在、早稲田大学大学院政治学研究科客員教授、一橋大学名誉教授。英国エセックス大学、米国スタンフォード大学、ハーバード大学、ドイツ・ベルリン・フンボルト大学客員研究員、インド・デリー大学、メキシコ大学院大学客員教授等を歴任。専門は政治学・比較政治・現代史。インターネット上で「ネチズン・カレッジ」主宰。著書に『「飽食した悪魔」の戦後――731部隊と二木秀雄『政界ジープ』』(花伝社、2017年)、『日本の社会主義――原爆反対・原発推進の論理』(岩波現代全書、2013年)、『ゾルゲ事件――覆された神話』(平凡社新書、2014年)など多数。

「2018年 『731部隊と戦後日本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

加藤哲郎の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×