- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784772417709
作品紹介・あらすじ
心は震え、身体はささやき、そして人は生きていく。
薬物依存、摂食障害、解離性同一性障害、女性への性暴力、男児への性虐待をはじめとした臨床現場の経験知から、中井久夫、エイミー・ベンダー、島尾ミホ・敏雄との対話からなる人文知へ。傷を語ることは、そして傷に触れることはできるのか? 問われる治療者のポジショナリティとはいかなるものか? 傷ついた心と身体はどのように連動しているのか? ジェンダー・センシティビティはいかにして臨床の質を左右するのか?――傷ついた心と癒されゆく身体、その波打ち際でトラウマと向き合う精神科医の、思索の軌跡と実践の道標。
感想・レビュー・書評
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Pⅲ
『トラウマにふれる。
触れる。振れる。震れる。降れる。狂れる。
触れる。ふれる。ゆれる。ぶれる。ずれる。
精神科の臨床をしていると,相手の抱えるトラウマ(心の傷)がなんとなく透けて見えることが多い。でもそこに触れた方がいいのか,触れない方がいいのか,迷うこともまた多い。傷には触れないですませられたら,それにこしたことはない。けれども触れざるをえないこともある。時には,深い傷口をざっくり開けた状態で,目の前にあらわれる人もいる』
ーーー
こころの傷ーそれはあたりまえに目に見えない。
だからといって,見て見ぬふりしていいわけがない。
だからといって,どう見たらいいのか正解があるわけでもない。
だからこそ,ただそっと,そっと,ふれていくのだ。 -
傾聴とは何か。
トラウマを知り、トラウマと向き合うことを知ることで、この問いの答えに一歩近づくことができた気がする。
傾聴とは、自分のアンコンシャスバイアスとの闘いなのだと思う。向き合う相手が深い傷を抱えている程、自らの経験則、培った来歴を捨てて、ありのままを受け入れることが出来るのか、が試されているのではないか。
我々は、無意識の部分を探究するスキューバダイバーなのだ。
単一の学問ではなく、森岡正博さんが説く「ひとり学際」の精神で、総合的な学びを成し、自らの無意識に深く踏み込むことが必要だ。
そうでなければ、真の「傾聴」は実践できない。トラウマを抱えた人と共に居ることは出来ないのだ。 -
登録番号:0141918、請求記号:493.74/Mi75
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題名通りのトラウマにずっと関わってきた著者の「触れる」ではなく「ふれる」である。繊細な臨床をおこなってきた著者の言葉も繊細であり、読んでいる度に心の輝線に触れる。トラウマ臨床で語られにくく、そして対処が難しい性の問題、そしてそれに絡むジェンダーの問題。徐々に難しい問題に章を進め、男性の性虐待の問題に触れる。この問題については、この著書で初めて知ることもあり、目が開かされた。最後は、学問、知の世界への著者のスタンスを語る。トラウマ臨床への一歩が進む書であった。
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烏兎の庭 第六部 12.4.21
http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto06/diary/d2112.html#1204 -
岐阜聖徳学園大学図書館OPACへ→
http://carin.shotoku.ac.jp/scripts/mgwms32.dll?MGWLPN=CARIN&wlapp=CARIN&WEBOPAC=LINK&ID=BB00607586
心は震え、身体はささやき、そして人は生きていく。
薬物依存、摂食障害、解離性同一性障害、女性への性暴力、男児への性虐待をはじめとした臨床現場の経験知から、中井久夫、エイミー・ベンダー、島尾ミホ・敏雄との対話からなる人文知へ。傷を語ることは、そして傷に触れることはできるのか? 問われる治療者のポジショナリティとはいかなるものか?
傷ついた心と身体はどのように連動しているのか? ジェンダー・センシティビティはいかにして臨床の質を左右するのか?――傷ついた心と癒されゆく身体、その波打ち際でトラウマと向き合う精神科医の、思索の軌跡と実践の道標。
(出版社HPより)