蓮と嵐

  • 彩流社
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  • Amazon.co.jp ・本 (477ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784779122699

作品紹介・あらすじ

南ヴェトナム、歴史の渦にいやおうなく
巻き込まれていく一人の少女とその父の人生、
そして、もう一人の「私」。

アメリカ文化に親しみ、家族の愛に包まれて
幸せな少女時代を送っていたマイ。
けれど暗い歴史は確実に忍び寄り、
ある日を境にすべての歯車が狂いだす。
失われる国、そして家族。

あのとき、ヴェトナムでいったい何が起こっていたのか……。
ヴェトナム、そして戦後のアメリカでも消え去ることのない
歴史の暗い影、そして希望を、静かな筆致で情感豊かに描く。

感想・レビュー・書評

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  • 2006年のアメリカ。ヴァージニア州にあるリトル・サイゴン。老いて病んだ父と暮らすマイ。父はかつてベトナム南軍の軍人だった。サイゴン陥落の日にヘリでヴェトナムを逃れ、アメリカに定住した父と娘の過去の記憶が交互に語られる。これはヴェトナム戦争に引き裂かれた家族の物語。

    始まりは1963年のチョロン。コカコーラが好きで、ロックンロールを聞くのが好きな9歳の少女マイ。ずば抜けた頭脳を持つ最愛の姉カーン。誰から見ても美しく商才に長けた母クイ。中国人の乳母、アメリカ兵との交流。家族の愛に包まれたマイの幸せな記憶。

    一方、軍人としての父から見た南軍の友人、アメリカ軍人、ヴェトコンになった妻の弟、最愛の妻との複雑に絡み合う関係と記憶。誰が敵で、誰が味方なのか?一瞬の判断のためらいが生む幾つもの悲劇。

    1963年のある日、街中で突如家族を悲劇が襲う。失語症になり、気絶を繰り返し、不安定になるマイ。その後の1968年のテト攻勢で、一時母とはぐれたマイの人格が完全に解離して行く様子は、その場に居合わせているようで息も出来ない。

    ここから語り手が一人増え、タイトルの意味がわかってくる。複数の語り手が交互に語ることで本当は何が起こっていたのかが最後にわかってくる構成。

    北軍による民間人の虐殺、サイゴン陥落後にヴェトナムで起きていたこと、ボートピープルを襲う海賊、脱越したヴェトナム人のアメリカでの暮らし。史上最悪と言われるヴェトナム戦争の内側から見た知らなかった側面が浮かび上がる。

    父と娘が生き延びられた現在があるのは、何の、誰のおかげだったのか?誰が裏切り者で誰を信じれば良かったのか?母のクイはどうなったのか?親しかった青年アメリカ兵は?父の友人は?父の命を助けたアメリカ軍人は?消えていった南ヴェトナムは…。

    沢山の深い喪失と癒しがたい傷にまみれて生きながら、失われた故郷と時間を回想する父と娘。静かな筆致で美しいヴェトナムの自然や、たまらなく魅力的なヴェトナムの食文化を随所に挟みながらも、描写される過去と現在から次々と浮かび上がる真実に涙も声も出ない。

    父亡き後、2006年にヴェトナムを訪れたマイにとって、そこはかつての故郷の姿を残しながらも故郷では無い場所。しかし、ある人との邂逅によって、幸せな家族の記憶がしっかりと彼女の心の中に蘇り、目の前の緑の水田の風景と共にマイの心が融合して行くくだりは感動的だ。

    国際法学者でもある著者のこの小説はヴェトナム共和国の軍事クーデターが起きた1963年から、2006年にドイモイ政策20年のヴェトナムをマイが訪れるまでを現在と過去を往き来して描いているが、ヴェトナムだけに限らず、戦争に人生を翻弄され、国を捨てざるを得なかった人々が自己との折り合いをつけるまでの心の軌跡と、幸せな家族の記憶があれば、そこには故郷があるのではないかと感じさせるものだった。非常に深い印象を残す一冊だった。

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著者プロフィール

1961 年ベトナム、サイゴン生まれ。1975 年サイゴン陥落の年にアメリカへ渡る。チャプマン大学法科大学院で教鞭を執る国際法の専門家、作家。著作に『モンキーブリッジ』、『蓮と嵐』( 彩流社)、『アジア系アメリカ人の歴史について知っていなければならないこと』( 共著、未訳) など。

「2022年 『ランとハーラン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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