大人と子ども、男と女、命を奪うものと奪われるもの、鏡写しの先に待っていた幸福。
「チェンジH」シリーズ掲載作品の中では『エクロール』や『転生少女図鑑』と並び好きな作品でした。
厦門先生ご本人があとがきで述べてらしているように、SFに重点を置いた筋書きであり嬉しはずかしなTS成分は控えめ。ですがストーリー上では不可欠なものとして打ち込まれている向きがあります。
詳細はぼかされていますが、作品の背景となる時代は近未来。
地球はアジアなどの州域ごとにブロック統治され、国際機関に強大な権限も持たされているようです。
ただし、その辺は主人公のひとりである「榊」長官が度々過激派に狙われている要人であることの理由付けに過ぎず、「榊」および彼の暗殺に巻き込まれた少女「マリア」の二者の交流が軸になるでしょうか。
ここに、非合法のクローン体として何者かの手によって産み落とされヒットマンとして育てられ、榊の命を狙った「シン/リジェ」を第三の主人公として加えます。
特殊な体質によって彼あらため彼女になってしまったこの子が、ふたりの間で繰り広げられる交流をよそに彼/彼女なりに悩みます。波紋ももたらします。物語を一気にクライマックスに持っていきます。
そういったわけで本作ではSF的なガジェットとして「クローン再生技術」が作品のカギとなります。
むしろ本来主題として挙がるはずの「TS(性転換)」はイレギュラーが重なった偶発的な事例です。
ジャンルとしては一風変わった趣向を取っていますが、その分作品の主軸を担う三者が三様の性転換していますので、けっしておざなりにはしていないのが肝でしょうか。
ちなみに、技術面についてはクローニングで用意されたまっさらな肉体にバックアップしておいた記憶をダウンロードする方式です。
場合によってはオリジナルから枝分かれしたコピーも派生しうる、エグい背景も置かれています。
そんなわけで替えが効かない人材のため繰り返し殺されては肉体に記憶を打ち込まれ蘇生させられてきた榊長官ですが、今回はなぜか用意されていた成人女性の肉体での復活となってしまいました。
榊長官の本来の蘇生用の肉体に打ち込まれたのは土壇場でバックアップが取れたマリアの記憶の方です。
生育が間に合わなかったので子供状態の榊の身体(男性)に入ってしまった女児、そしてそれを支える熟年男性の精神が入った妙齢の美女、なかなかに倒錯的でいいと思います。
まぁそれはそれと作劇的には眠り姫になっているマリア(オリジナル)の方に注目が向かいがちですが、細かいフェチズムを抜きにしてもこういう対比を利かせる手法は王道であり手堅いですよね。
性差が肉体的なギャップを演出し、心身の齟齬が波紋を広げ、描かれるべきドラマを生む。
男から女へ、もしくはその逆に変わったことによって、普段の自分から離れて自分自身そのものを見つめ直すことができた。なかなかにTSの扱い方として上手いですね。
ひるがってシン/リジェの場合はクローン再生による肉体の取り換えとは別原理での性転換です。
委細は省きますが、彼/彼女の持ち前の性格がどこか虚無的なので性別が変わってもさして揺らぎません。色々と無防備なノンセクシャル的な魅力があり、第三極的な動きも美味しいと感じました。
それはともかく話を変えると、テクノロジーがいくら進歩しようと人間のエゴの形は早々変わらない。
その中でも大人と子どもという埋められない力の差が、利用する者される物というべきえげつない構図を作り出す。最終的にはそういったテーマが見えてきたのが本作を秀作たらしめるのだと思います。
ここに関しては巻末の短編『シンフォニック・プレシャス』で補完されていますが、マリアのことも単なる巻き込まれた被害者と思わせておいて相応のバックボーンがあったのだということを明らかにします。
具体的にはマリアもまたシン/リジェのように大人に利用された子どもだったことを示すのです。
対比構造をそういった形でも生み出してしまうのは物語として美しいですが、極まって残酷ですね。
同時に、理不尽を作ったのが大人(親)のエゴならそれを正すのも大人である、という力強いメッセージ性も伝わってきたのですが。ええそうです、単に悪趣味なだけでは終わらせないのですよ。
クローンに論議の余地はあれ、子どもを道具にするのは大人のやることではない。そういうことです。
いずれにせよ、クライマックスに続く結末に想像の余地(派生したマリアはどうなったのか?)を残しながら、紛うことなくハッピーエンドで終わらせたのはいいとこどりな話の終着なのかもしれません。
さて。ここからはレビューを〆に持っていくにあたって、総評を述べていくことにいたします。
まず作品のバックボーンはしっかりしている上に、整合性をしっかり取ってきています。
被害者視点と加害者視点の読み切り二本から派生させる形で全一巻という分量に合わせて膨らませた構成力、詳細な説明を省いてもしっかり伝わってくる世界観の伝達力の高さについても、お見事の一言です。
医療現場が舞台になることが多いので、お色気シーンに必然性があるところにも技巧を感じました。
下世話なことを言っておくと文字通り生まれたままの姿のインパクトが強く、極めてエロチックでした。
反面、話としては明確に「悪役」を作り、急ぎ足かつコンパクトに話をまとめたなという印象が残った感もあります。クローン再生による人が人を作る業、コピーとオリジナルの定番のアレコレについて話を膨らませていたら、レーベルが表すものからさらにズレるので致し方ない部分もあるのでしょうけれど。
また、三者が最終的に着地するのが元々の性別なので、その辺で多少好みが分かれるかなと思いました。
では最後です。最初の繰り返しになる上、自問させていただく形で書評を閉じさせていただきますね。
「TS(性転換)」という看板を知った上で買い求めたとして、作品になにを求めるか? それから作品から読者が魅力を引き出せるか? 読者次第で評価が変わって来る作品なのだと私は思っています。
ただ、メッセージは普遍なので簡単には評価を割り込むことはない。それもまた自明だと確信しました。