遠くの都市

  • 青弓社
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  • Amazon.co.jp ・本 (121ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784787210401

作品紹介・あらすじ

ロサンゼルスをめぐる2つの思索から、開放的でもあり閉鎖的でもある、絶えず膨張と内破を繰り返しながら人々を飲み込む「都市」の輪郭を描き出す。非‐場所としての都市の存在を細やかに丹念につづるナンシーの秀作。坂牛卓と若林幹夫の解題も所収する。

感想・レビュー・書評

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  • 上京して間もない頃だった。神楽坂の毛細血管のような街で迷子になった。
    歩いても歩いても、目的地らしいものは見当たらず、ケバケバしいパチンコ屋のネオンと音に溢れている通りの前で、ため息を吐くことしか出来なかった。彷徨うほどに街は拡大し、その場に住む人を置き去りにする。
    細い路地を昇ったり降りたりを繰り返すうちに、僕は、神楽坂に嫌われているような気になったのを覚えている。かつての街の名残を微かに残していると言えばそうかもしれない。けれど、それらの景色は、もはや街の抜け殻でしかない。


    「年はあらゆる方向へ向かう。交通網の中にと、それによって追いやられ、汚染によってと、それによって追いやられ、都市自身の動揺の只中での果てしない吸収合併の中にと、それによって追いやられて。」


    目的地にたどり着けないまま、僕は再び地下鉄に乗る。家へ帰るのだった。「都市自身の動揺によって」かどうかは定かではないが、毛細血管のような街のなかで、少なくとも僕は、僕自身の動揺によって、神楽坂から追いやられた。だが、そこに、その場所の名が与えられた時から、神楽坂は、既にそれ自身によって、追いやられていたのかもしれない。もはや、かつての何分の一もの重要性をなくした神社の境内と、細くて車の入ることの困難な路地。腰を曲げた老女がビニール袋からねぎをはみ出して歩いている。
    地下鉄によって追いやられた僕は、また別の区域へと異動を続けるしかないのだった。

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著者プロフィール

ジャン=リュック・ナンシー(Jean-Luc Nancy) 1940年、フランス・ボルドー生まれ。哲学者。ストラスブール・マルク・ブロック大学名誉教授。著書に、『無為の共同体─哲学を問い直す分有の思考』(1986年/邦訳、以文社、2001年)、『自由の経験』(1988年/未來社、2000年)、『限りある思考』(1990年/法政大学出版局、2011年)、『世界の創造あるいは世界化』(2002年/現代企画室、2003年)、『イメージの奥底で』(2003年/以文社、2006年)、『モーリス・ブランショ 政治的パッション』(2011年/水声社、2020年)など多数。

「2021年 『あまりに人間的なウイルス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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