「想定外」をやっつけろ!: 検証・なぜ墨田区はコロナ禍第5波で重症者を出さなかったのか

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  • 時事通信社
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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784788718180

作品紹介・あらすじ

2021年7月初めから急速に患者が拡大し、9月まで続いた新型コロナウイルスの感染拡大第5波は、それまでにない激流となって各地に押し寄せた。重症化する患者が相次ぎ、入院が必要なのに在宅での療養をよぎなくされる患者も激増。入院できないまま自宅で死亡する例も出た。もはや「医療逼迫」を超えて「医療崩壊」と言わざるをえない惨状を呈した。
東京都では、8月12日~9月14日の間、都の基準による重症者数が連日200人を超え、8月28日には過去最高の297人に達した。重症者用の病床使用率は、9月1日に96.9%となった。
救急車を呼んでも、搬送先がなかなか見つからず、長時間患者が車内で待たされるケースも増加した。救急隊が「医療機関への受入れ照会」を4回以上おこない、「現場滞在時間」30分以上に及んだ「救急搬送困難事案」を、総務省がまとめているが、東京都では7月19日から9月12日までに毎週1000件以上が報告されている。とりわけ8月9日~15日の週においては、その数は1837件にも上った(うち、コロナ疑いは870件)。
自宅療養者の死亡者も同様に増加し、9月19日付読売新聞によると、8月1日以降9月17日までの東京都で、自宅療養中に亡くなった人は44人(救急搬送後の死亡者を含む)を数えた。

全国各地で医療崩壊やそれに近い状態が起きる中で、住民の命と健康を守り抜いた自治体がある。

東京都墨田区である。

6月25日~9月29日の重症者数はゼロ。大都市圏でこの時期に重症者が1人も出なかった自治体は珍しいのではないだろうか。入院待機者も8月中旬にはゼロとなり、ほかの都市部の自治体のように、本来入院が必要な患者が自宅療養をよぎなくされる、という事態はなくなった。

墨田区が住民の命と健康を守り抜けたのには、速やかなワクチン接種や、「墨田区モデル」とも呼ばれる地域内で完結する医療体制の整備、区と医療関係者の連携、議会の対応など、いくつもの要因がある。
本書では、再びやってくるであろう災害や感染症に対し、後世の備えとすべく、墨田区のコロナ対策を概覧し、危機時における地方自治体のあり方を考えるものである。

感想・レビュー・書評

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  • コロナ禍で各地で「医療崩壊」が起きていた時、墨田区民である私の不安は比較的小さかった。

    だが、コロナが流行りはじめた時は不安だらけだった。
    ダイヤモンドプリンセス号での感染者214人を墨田区の医療機関が受け入れ、
    学校が全国で休校になった時は、台東区の病院で院内クラスターが発生し、台東区の感染者も墨田区で受け入れた。
    志村けんさんや岡江久美子さんが亡くなり、他人ごとではないと身近な脅威となる中、墨田区の2病院で続けて院内クラスターが発生した。

    コロナの正体は不明だし、国は有効な対策を打たないまま GoToトラベルなどを開始するし、
    都も「東京アラート」を発し「ステイホーム」と注意を呼び掛けるだけ。
    区も当時は何をしているか分からず、院内クラスターの収束まで4カ月も要していたので安心できるわけがない。

    だが初期に病院内でクラスターを発生させてしまった教訓として、墨田区は国や都の検査体制の不十分さを痛感し、
    区主導でやらないとだめだと意志を強めたことが大きい。

    墨田区の対応が素晴らしかったのは、区役所や保健所、医療機関のトップが危機管理に有能だったことに尽きると思う。
    墨田区は海抜ゼロメートル地帯で地盤も弱く、墨田川と荒川に挟まれており、細い路地の古い家に住んでいる高齢者も多い。
    災害に弱い地域だと分かっているので、普段から行政と医療関係者のネットワークが緊密に作られていた。
    2019年の想定外の台風19号被害の反省から、災害医療のシステムや情報発信の方法を見直していた最中でもあった。

    こうした背景もあり、感染者数は他の地域と同程度だったが、「命を守る」ための体制づくりと実行が迅速だった。
    具体的にはPCR検査態勢の強化もそうだが、ワクチン接種の迅速性が群を抜いていたという実感がある。

    何より区民の信頼を得たのが、情報の発信力だった。
    何処でどんな人がコロナに感染したという情報が包み隠さず報告され、発熱した時にどこで受診できるかの情報も伝えられた。
    個人的には、この情報の透明性と迅速性が「風評被害」を防ぎ、余計な心配をしないで済んだ一番の要因だと思う。
    保健所への問い合わせも減ったので、保健所は本来やるべき仕事に集中できたという。
    当時よく見ていたSNSでの発信内容や、ワクチン接種の予約システムに不満はなかった。

    その他、コロナ禍前から訪問介護士との関係が密接だったり、先を見越した準備の速さなど多方面に渡る状況がわかった。
    「トップが危機管理に有能だった」と書いたが、墨田区では全ての方針決定は議会を通している。
    「専決処分」にたよると、区内の状況や区民の声といった情報収集の機会が減り、本当の課題が見えなくなってしまうからだそうだ。
    国や都は迅速性が大事という理由で、トップダウンで議会を通さない(多少的外れな)「専決処分」で対応していたようだ。

    コロナ禍では、墨田区でも図書館が閉鎖されたのだが、「失敗は、図書館を閉めたことだ」と言っている議員の意見が載っていた。
    その他、高齢者施設や生涯学習センターなどの施設は安易に閉めてはだめだという結論も得ているようで心強い。

    本書は、墨田区民としては、あっぱれの★5です。

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著者プロフィール

江川紹子(えがわ・しょうこ) ジャーナリスト。神奈川大学国際日本学部特任教授。新宗教、災害、冤罪のほか、若者の悩みや生き方の問題に取り組む。著書に『オウム事件はなぜ起きたか』『「オウム真理教」裁判傍聴記』『「カルト」はすぐ隣に』など多数。

「2023年 『みんなの宗教2世問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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