興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史

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  • 青土社
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  • Amazon.co.jp ・本 (358ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791760978

感想・レビュー・書評

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  • 面白かった。かくばった文体で読み進めるのに少し時間がかかったけど、そんな読書時間が全然楽しい。まずエグスプロージョン映画っていうテーマが楽しいし、世の中には知らない面白そうな映画たくさんある、見る方法がない作品が多い。柳下氏の知識量と考察力には感銘するばかり。

  • ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演で、『魔人ドラキュラ』役で一世を風靡したベラ・ルゴシをTV版『スパイ大作戦』のマーティン・ランドーが演じた『エド・ウッド』という映画がある。バートン、デップで『エド・ウッド』ということで、期待して見た映画だったが、期待は裏切られることはなかった。エド・ウッド、以て瞑すべしである。「史上最低の映画監督」と称されるそのエド・ウッドが、エクスプロイテーション映画を代表する映画人であったといえば、エクスプロイテーション映画なるものが、どんな映画か少しは分かってもらえるだろうか。

    エクスプロイテーションフィルムというのは、狭義には「1920年代から1950年代まで、アメリカにおいて、スタジオ・システムの外で作られた映画のこと」である。メジャー・スタジオとブロック・ブッキング契約を結んだ上映館はメジャー制作の映画しか上映しない。そこで、独立系映画製作者は、チェーンに組み込まれていない小さな映画館で上映するよりなかった。乏しい予算と劣悪な環境で最大限の効果を得るため、扇情的な作品で、見世物めいた興行を打つことから「観客の好奇心をそそり、騙し、誘惑して劇場に連れ込む商売が搾取(エクスプロイテーション)と名づけられることに」なったのである。

    しかし、映画の祖、リュミエール兄弟やメリエスのしていたことは見世物ではなかったか、と筆者は言う。「知らない世界、禁じられたものへの誘惑。それが見世物商売である。映画は見世物商売として生まれた。」「その直接の後継者がエクスプロイテーションと呼ばれる映画群だ」。今では、すっかり芸術づいた映画だが、本を正せば、観客の欲望を掻き立てなにがしかの金を取るという見世物商売だった。「それこそが映画の本当の姿なのである。それに比べれば映画監督の作家性を論じるなど、ずっと小さな話である。しょせんは映画の一部分でしかない映画フィルムの、その一部を作ったにすぎない存在なのだ。それよりも映画作りのすべてを自分一人でコントロールしようと試みた人間の方がはるかに興味深い。」

    何でもそうだが、規模が大きくなれば、機構が複雑化し、作業は分業化され、それが生まれた当時持っていた面白さは薄れていくものだ。分業化の進む映画産業の中で、映画そのものを丸ごと我が手に入れようとすれば、エクスプロイテーションフィルム作家とならざるを得なかったのかのかもしれない。しかし、「夢の工場」として産業化したハリウッド製の映画に圧され、「リュミエールの子たち」は、周縁に追いやられていく。どうまちがっても、彼らの作るものは商業作品であり、芸術ではなかったから、まともに論じられることもなく、際物として冷遇されてきた。これらの映画人やその作品についてこのように詳しく言及されるのは、はじめてではないだろうか。

    普通の映画では高額の予算をかけたハリウッド映画に太刀打ちできない。エクスプロイテーションフィルムがめざしたのは、ハリウッドが見せられない映画だ。それは秘境のドキュメンタリーからはじまった。やがて、モンド・ムービーという呼称まで冠せられることになった『世界残酷物語』の成功から、やらせ満載の偽ドキュメントへとエスカレートし、極めつけは見世物の原型とも言える奇形を見せる『フリークス』が誕生する。全編、これ奇形のオンパレードという問題作は、この手の映画では、批評の対象となった稀有な例である。

    もちろん、セックスを扱った映画を外す訳にはいかない。意外だったのは、スペクタクル映画の巨匠として知られる『十戒』のセシル・B・デミルがこの種の映画の中に入れられていることだった。そういえば、今にして思えば、不必要なほど、女性の裸が挿入されていた。そういうシーンは決まって、腐敗や堕落を極めた世界を描く場面で挿入されていたが、教訓めかして、これでもかというほど扇情的なシーンを挿入するのは、エクスプロイテーション映画の常套手段である。

    映画に付加価値をつけて客を呼ぶのも、エクスプロイテーション映画の手法のひとつである。ウィリアム・キャッスルのギミック映画を扱った一章で、その嚆矢として、『サイコ』上映の際、途中入場を禁じたヒッチコックが論じられていたのには虚をつかれた。なるほど、ヒッチコックこそエクスプロイテーション的なものを最大限、武器にした映画作家ではなかったか。

    エクスプロイテーション映画作者の多くは、見世物興行に魅惑され、そこから身を起こし映画の世界に入っていった人たちであった。映画の芸術性などというものをテンから相手にせず、どうすれば、客を呼べるかという事のみを念頭に置いて、乏しい制作費の中での早撮りや撮影済みのフィルムの再利用、同じフィルムに別のタイトルを付けての上映等々の涙ぐましいともばからしいともいえる悪戦苦闘ぶりが、何ともいえない。映画賞などに目もくれず、地方を回っては、観客の喝采だけを頼りに自転車操業を続ける人々の姿はいっそ清々しく、この無償性あってこそ、救われるのだな、とあらためて感じさせられた。

    思えば、初めて父に連れられて劇場で見た映画が、日本のエクスプロイテーション映画作者の草分け、大蔵貢制作の『明治天皇と日露戦争』であった。嵐寛寿郎が明治天皇を演じたこの映画で、大蔵が日本の観客に見せたかったのは大衆が見ることのできない生きて動く天皇の姿であった。その後大蔵はピンク映画に移っていく。天皇とセックス、考えてみれば大胆な飛躍だが、観客の見たがっている物を見せるという視点だけは譲らないところが首尾一貫していると言えば言えるのかもしれない。

  • 映画は芸術や産業ではなく、見世物だというスタンス。ある種の映画から受ける奇妙さやいかがわしさの理由が良く分かる。子供の頃に行った映画館の寂れた感じを思い出した。映画だけが娯楽だった頃、まさにこの本にあるような場所だったのだろう。翻訳本かと思ったら日本人が書いててビックリ。道理で読みやすい。エクスプロイテーションの歴史から来て、現代版のそれということで渡辺文樹が出てくると、あの変さも異常さも何か合点が行くような気になってしまう。ああそうだったのかと膝を打つような。打たないけど。地元の市民会館かなんかにも来てたけど、気になろうがなるまいが役に立たないと見たら一切金を出さない気風のあの街でどれほどの効果があったのか。矢沢でさえノリが悪いと言った県だからな。

  • 興行モノであることを黙殺するオタ臭ぷんぷん映画評が主流の中「しょせん見せ物じゃん」と纏められる映画マニア視点の本。
    だがさすが柳下さん、「しょせん」と言いながらも作品数と紹介数が豊富。
    分類はエキゾ・やらせドキュメンタリ・フリークス・エロ映画・エスノ映画・ギミック・国際映画賞の箔づけ、などをハリウッド製を中心に時系列で紹介。
    いかがわしい興行企画すらも含め、映画全盛期を愛でるように撫でます。

    映画マニアでなければ書けない一冊です。
    サブタイトル「全史」は吹かし過ぎかと。

  • 素晴らしい本。街でたまに見かける怪しいポスターは現代のエクスプロイテーションだったとは。

  • 殺人マニア宣言(世界殺人ツアー改題)に比較すると、やはり盛り込まれた知識の膨大さ故に個人的には読みにくかったかなあ・・・。(映画好きを公言しながら殺人録のほうを推してしまう自分もどうかと思うが)古典的作品の映画作家もカルト・ムービーもヒットメイカーも同列に論じていく手法は見事なのだが、どうにも私の知識をあまりに遥かに超えすぎていて・・・。さすがにトッド・ブラウニングもラス・メイヤーもブラクスプロイテーションものも新東宝のインチキ映画も一本も見てない私には、「ああ、そうだよな」な瞬間が少ないのが残念。ひとえに私自身の責任ですけども。<br>
    <br>ただし、白々とおかしく、そこはかとなく恐ろしげな空気が、計り知れぬほど緻密に計算された展開を彩る柳下テキストの醍醐味はここでも十分に発揮されていて、素晴らしい。やはりこの人は稀代の「評論家」であり、何より「物を書く」こともまた詐術であることを知り尽くしているゆえの微細な表現の巧さが光る「文筆家」なのだよなあ、と実感。最終章の持っていきどころを「滅び行くエクスプロイテーション」に持っていくかと思いきやミニシアター・ムーブメントと映画祭の意味という部分に落とし、「全ての映画は見せ物なのだ」と断ずるあたり、ホントに巧い。そう、映画稼業ってのはヤマ師の才を最も要するいかがわしいお仕事であり、だからこそ観客はそこに魅せられ続けてしまうのだ。

    <br><Div Align="right">(04.11.7 読了)</Div>

  • 作家論から離れて眺めた映画論。

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著者プロフィール

映画評論家、英米文学評論家。1963年生まれ。訳書にアラン・ムーア『フロム・ヘル』(みすず書房)、ジョン・ウォーターズ『ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』(国書刊行会)、キャサリン・ダン『異形の愛』(河出書房新社)、『J・G・バラード短編全集』(共訳 東京創元社)、ニール・ゲイマン『サンドマン ドールズハウス』『ネバーウェア』(インターブックス)など多数。著書に『新世紀書評大全 書評1990-2010』(洋泉社)、『皆殺し映画通信』シリーズ(カンゼン)など。

「2023年 『サンドマン 序曲』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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